あたしの彼氏になりたい、あんたが？　本気でいってんの？　だったらテスト受けなさいよ。と大富豪の娘であるところの彼女は言った。超絶美少女、高嶺の花で知られるあの彼女だ。て、て、て、テストって？　と例によっておれはどもった。好きだからつきあってくれと言ったときにはどもらなかった。息継ぎせずに一気に言ったからだ。もちろん練習の成果だ。ひと晩練習した。おれがひと晩というからには文字どおりの意味だ。つまり朝までだ。だから寝不足だ。放課後に彼女をつかまえて体育館の裏までひっぱっていって言い終えたときには全体力を使い果たしていた。どもったにせよテストって？　と聞き返せたおれは偉い。とても偉いと思う。だから全体力を使い果たした上にテストって？　と間抜けな問いを発したおれが卒倒したとしても不思議ではないしだれもおれを責められまい。
　気づいたときには白い病室だった。壁も天井もベッドもシーツも、どこもかしこも白い窓のない病室だった。点滴を打たれていた。しかしそうした一切はあとで気づいた。最初に視界に入ったのは点滴でもなく天井でもなく彼女のドアップだった。べつに唇が迫っていたとかそういう展開ではない。醜い実験動物を観察するように、彼女は眉根を寄せておれをのぞきこんでいた。テスト？　とおれは訊いた。かすれた声だったが彼女には聞こえたようだ。テストよ。と何事もなかったかのように彼女は答えた。まるでおれがどもったあの直後に何事もなくその答えを続けたかのようだった。何をすればいい、とおれは尋ねた。というか尋ねるつもりだったが言い終える前に筆ペンを握らされた。届いた年賀状にあわてて返事をだそうと引き出しからひっぱりだしたらインクが切れていて慌ててコンビニに走る、あのときにしか必要性を感じないあのペンだ。
　その筆ペンを握らせて彼女は要求した。一時間やるから書きなさいよ、と。すべて言葉で埋めつくしたら認めてあげる。どこを？　とおれは尋ねた。そのころにはすでにそこがただの病室ではないことに気づいていた。彼女は白いワンピースをするりと床へ脱ぎ落とした。下には何も着ていなかった。滑らかな白い肌にはあちらこちらに蛇のような刺青があった。よく見るとそれはすべて文字だった。これはこれまでの落選作よと彼女はいった。あなたはもっとましな小説を書いてあたしを楽しませてくれるわよね？　と彼女はいった。下書きに一時間。十五分でそれを刺青に刻むわと彼女はいった。合格しなかったやつら、選ばれなかったやつらはどうなったんだい？　とおれは尋ねた。知ったことじゃないわと彼女は答えた。

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