第三回てきすとぽい杯 誤字修正版投稿所
〔 作品1 〕
投稿時刻 : 2013.03.22 23:39
字数 : 2438
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尻尾
゚.+° ゚+.゚ *+:。.。 。.


 尻尾が見えるんです。
 知ていますか? 人間にも実は尻尾があるんです。……いや、猿だたころの名残の尾てい骨とか、そういう意味じなくて。本当に、人間には、尻尾があるんです。僕にはそれが『見える』んですよ。
 例えば、ほら、向かいの席に座ているあの若いカプル。男の子の方は大型犬のようなふさふさの尻尾を必死に振ているのに、女の子の方と来たら――にこにこしているけれど、尻尾はぴくりとも動きませんよ。ああ、キツネみたいな尻尾ですねえ。
 あちのテーブルは職場の飲み会でしうかね。お酒を注いでいる若い背広の男性。なにやら必死におべか使ていますが、馬みたいな尻尾がだらしなく垂れ下がている。疲れているんでしうねえ。
 本当です。見えるんですよ。僕には。僕には不思議な力があてね。信じられない? それなら……
 ああ、どうして僕が尻尾を見えるようになたのか――それをお話しなければなりませんかね。
 お恥ずかしい話ですが、僕の生まれた家は特別に貧乏でしてね。父親は呑んだくれで、母が朝から晩まで惣菜屋のパートに出て、なんとか食いつないでいた。僕は次男で、5つ年上の兄がいて、中学を卒業するまでは新聞配達のバイトをしていたんですが、卒業と同時にどこかへ消えてしまいましたよ。まあ、兄の失踪とは関係ありません。その1年ほど前の話ですから。
 クラスにタケシくんという子がいましてね。まあ、ごくごく普通の中流家庭の、男の子でしたよ。今になて思えば。でも当時の、ものを知らない僕は、彼の姿も、持ち物も、お家も、それはそれは羨ましくてねえ。僕は貧しくて風呂にもめたに入れない、服もあまりなくて洗濯なんて数えるぐらいしかしないから、臭いくさいなんていじめられていて。だから滅多にないことだたんですが、その日、何故だたか、タケシくんがお家に呼んでくれたんですよ。他のクラスメイトの子も何人か、一緒でした。
 タケシくんのお家には、最新の型のテレビゲームがありましたね。彼のお家に行きたがるクラスメイトはだいたいそれが目当てですよ。僕はテレビゲームなんて、目にしたのも初めてでしたから、最初はテレビゲームに群がるクラスメイトたちを遠くから眺めているだけでしたが――今思えば、タケシくんは、本当に、いい人でしたよ、そんな僕に、君もやりなよ、と声をかけてくれたんですね。それで、最新のシングゲームを初体験したのですが、何しろ、ゲームなんてやたことがありませんからね。すぐに操作法とルールを理解してぐんぐん腕をあげる他のクラスメイトたちに対して、僕なんて、相手にならないわけですよ。楽しみたい彼らの気分を害していることがすぐに判てしまたんですね。僕はすぐにゲームから離れて、また遠巻きに黙て彼らを眺めていましたよ。
 そうしたら、あの子がやてきたんですね。チワワ、というのかな。小さい室内犬ですよ。後から知たんですが、テレビコマールでブームになた犬だたらしいですね。僕の家にはテレビがなかたので、知らなかたんですけど。
 小さい犬は黙て僕の膝元に来ましたね。本当に小さかた。まん丸な黒い目でこちらを見上げて。ふさふさの毛の尻尾を振りながら。タケシくんの家のリビングはフローリングでしたよ。だから犬が歩くとほんのかすかにチチと爪のようなものが当たる音がしました。僕の家はぼろぼろの畳でしたからね。犬の爪で多少傷ついてはいるけれどぴかぴかの、タケシくんの家のフローリングが、なんだか急に妬ましくなりましてね。光てて綺麗なものは、僕を歓迎していませんからね。タケシくんたちのランドセルとか、ゲームのコントローラのボタンとか、フローリングの床とか、犬の潤んだ黒い目とかですよ。唐突に、惨めさというのを感じましてね。僕の目はかすんできましたよ。その時――なんでなんでしうね。犬が僕の膝元に前足をかけましてね。尻尾を振たんですよ。僕はいつの間にかだいぶ俯いていたんで、激しく振られた尻尾の毛が頬に当たりましてね。なんだか、無性に腹が立て、思わず、僕の頬を掠めた犬の毛を握て引てしまいましたよ。
 本当に、恥ずかしい話ですよ。動物に八つ当たりなんて。
 犬は小さく声をあげたと思うんですが、ゲームで盛り上がてるタケシくんやクラスメイトたちは気付いていませんでしたよ。僕は思わず抜いてしまた犬の毛を握り締めてタケシくんの家を飛び出しましてね。家まで全力疾走しました。
 それからです。この能力が身についてしまたのは。家に帰たときには始まていました。
 尻尾はその人の本質や本音を表すんです。父が飲んだくれながら、本当はそんな自分に憤ていること。母は父を悪く言わないけど、もう失望していること――僕たちにももううんざりしていること。兄も、辛抱強いフリをしているけど、一刻も早く家を出たいと願ているのがわかてしまたから、1年後に失踪したとき、僕だけは驚かなかた。
 学校で、最初に一番シクを受けたのは、優しいと思ていた担任の先生が、僕の事を本音では疎ましく思ていたのを知たことですかねえ。まあ、昔の話ですよ。表向きは本当に親切な先生だたので、今となては、彼女は本当に立派な先生だたなあ、なんて思います。タケシくんとは中学3年まで同じクラスでしたが、ずと親切ないい人でしたよ。だから逆に本当に犬の件が申し訳なくて後ろめたくて、なんとなく距離を置いたままでしたねえ。中学までは、この能力は僕の心に暗い影を落とすものでしかなかた。
 でも、年を取るにつれて、この能力を有効活用しなければ、と前向きに捉えられるようになりましてね。わかるでしう。それでまあ、今はそれなりに、立ち上げた事業を成功させて、今日に至ります。
 ああ、どうしてこんな話を始めたか……いやだなあ、もうわかているでしう?
 婚約は、破棄させてくださいね。僕、打算だけの女性と結婚するのは、嫌なんで。
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