悠太が、いつもの能天気な笑顔でビニール袋を差し出してきたとき、だめかもしれない、と思った。
「あのさあ」
　自分の声が恐ろしく攻撃的に聞こえた。
「何よ、お土産って。困るんだけど」
「何で？　可愛いだろ、金魚」
　甚平は着崩れている。男友達と夏祭りに出かけると言っていたから、仲間内でハメをはずしたのかもしれない。
「うち、金魚鉢も水槽もないし。研究が忙しくなったら家に帰れないこともあるし、世話なんかできないから。そんな事も考えないで釣って来たわけ。子供じゃないんだから」
「あー……」
　気まずそうに悠太が頭をかいた。
「ごめん」
　狭いビニール袋の中で、金魚が驚いたようにターンした。ひらひらと尾ひれが舞う。赤と黒の金魚が一匹ずつだった。
　そうやってすぐに謝るところだ、と思った。
「でもこれ、どうしよう」
　困ったように悠太がビニール袋を覗き込んだ。その目には、私に叱責された怒りや戸惑いなど微塵もなく、手元にいる小さな魚の行く末をただ純粋に案じているようだった。
　昔なら、付き合ったばかりの頃なら、ここで私は毒気を抜かれていたと思う。
　なのに、苛立ちが収まらなかった。

　風呂場の手桶に放した金魚は元気よく泳いだ。緑の手桶の中は暗くて鑑賞もできない。wikipediaによると、金魚には上方向から鑑賞するものと横方向から鑑賞するものがあり、上方向から鑑賞するものの方が高価らしい。夏祭りの金魚など安価だろうから、不透明な桶に入れて上から見ていても楽しくないだろう。このまま買い続けるなら水槽か金魚鉢を買わなければならない。
　結局腹の虫が治まらないまま悠太を帰して、部屋はむなしいほど静かになった。
　なんであんな言い方してしまうんだろうといつも思う。
　悪意があるわけじゃない、ちょっと考えが足りなかっただけだ。金魚が可愛いから私が喜ぶと単純に思ったのだろう。彼は心が優しくて、少しだけ軽率なのだ。そういうところに惹かれて恋に落ちたはずなのに、最近では何かあるごとに腹が立って一方的に責め立ててしまう。一緒にいると自分が嫌いになってしまう。お互いのためにそろそろ別れるべきなのだ。そう思ったのに、結局金魚を受け取ってしまった。
　桶の中で赤い金魚がくるりと回った。それを追うようにして黒い金魚もくるりと回る。きっと横から見ればその尾ひれがゆれるのが見えて綺麗だろう。
　明日、手ごろな金魚鉢を買いに行こうか。この金魚がいるうちは、まだ希望はあるだろうか。

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