てきすとぽい
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第9回てきすとぽい杯 誤字修正版投稿所
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父になる日
(
゚.+° ゚+.゚ *+:。.。 。.
)
投稿時刻 : 2013.09.29 00:41
字数 : 2243
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父になる日
゚.+° ゚+.゚ *+:。.。 。.
「カタギになろうと思うんだ」
助手席で唐突にそう言い放
っ
たユー
リの表情はいつになく柔らかく見えた。
「
……
なんの冗談?」
その表情を横目で一瞥して、私の眉は知れず力が入
っ
て、寄
っ
た。信号が黄色に変わ
っ
て、ゆ
っ
くりとブレー
キを踏む。赤になる頃には私たちの車は一旦停止線の手前で穏やかに止ま
っ
た。
「安全運転だな」
と、ユー
リは言う。
「当たり前でし
ょ
、今は私たち、国税局員なんだから」
「国税局員のフリな」
「
……
そうよ」
言わなくた
っ
てわかりき
っ
ているはずの、当たり前のことを、わざわざそう訂正する彼の意図がわからず、私は今度はは
っ
きりを顔をそちらに向けて、様子を伺
っ
た。いくばか自嘲的にも見える、笑みを浮かべて、ユー
リはま
っ
すぐ前を見つめている。
スー
ツは似合
っ
ていなか
っ
た。見慣れていないだけかもしれないが。20歳過ぎで、どういう因果か、この世界に足を踏み入れたという。今はメイクで見えにくくな
っ
ているが、顎の近くに、深い傷が一筋あるのを私は知
っ
ている。普段は無精ひげを生やしているが、今日は変装のためにきちんと剃
っ
た。身だしなみをチ
ェ
ッ
クしたのはパー
トナー
とな
っ
た私だ。徹底的に身だしなみや着こなしを指導したけれど、それでもスー
ツなんてのは似合わない、と思う。服を着ているのではなく、まるで着られているみたいだ。
そのグレイのスー
ツの襟元を、ユー
リはそ
っ
となぞ
っ
た。それからふ
っ
と、吐き出すような小さなため息をつく。
「悪くねえな
っ
て思
っ
ちま
っ
たんだよな」
私はなんだか嫌な予感がして、かすかに震えた。その後に続く陳腐なお約束の展開が目に見えるようだ
っ
た。
「スー
ツ着て、毎日同じ時間にオフ
ィ
ス街に出社する。つまらねえ決まりき
っ
た仕事だけど、日に当たる場所で定期的な収入がある。そういう生活を自分がしてるとこを、想像しちま
っ
たんだ」
「無理よ」
思わず口から出た言葉が、案外いつも通りの、何の感情も篭
っ
ていないかのような冷たい声で紡がれたことに、私は安心したし、失望もした。
「無理よ。ユー
リが今更、カタギのサラリー
マン? ありえない。そんなの無理よ。だいたい、一体自分をいくつだと思
っ
てるのよ。40も過ぎて、人に言えるような職歴もない男を、どんな会社が雇
っ
てくれる
っ
ていうの」
「常識的な説教をしてくれるんだなあ」
苦笑しながらそう言
っ
てユー
リは頭をかく。それからしばらく沈黙した後、恐れていた言葉を放
っ
た。
「一緒になりて
ぇ
女がいるんだ」
私が何も言えずにいると、言葉を一度切
っ
たユー
リがまた続けた。
「40も過ぎて、なあ。全くだ。年甲斐もなく、馬鹿みてえだろ。でもなあ、ガキが出来た
っ
て言われたとき、なんだか、馬鹿みて
ぇ
な事を願
っ
ちま
っ
たんだよ」
私はしばらく言葉を捜していた。何も見つからなか
っ
た。40も過ぎた殺し屋は、見た目はも
っ
と若くて、そこそこに女を寄せ付けても不思議ではない整
っ
た顔立ちをしている。同じ裏の世界の女と何度かねんごろになり、何人かの本気にな
っ
た女と揉めた事もあるらしい。そのうちの何人かはユー
リが手にかけたことがあるとも聞く。そんな男が、何故、今にな
っ
て。
「すまねえな」
黙りこんだ私に対して、ぽつりと、ユー
リが言
っ
た。
「ボスとは話したんだ。誰にも言わずに、今日の仕事が終わ
っ
たら消えろ
っ
て言われたんだが、どうしてもお前にだけは言
っ
ておきたか
っ
たんだよ。コンビ組むようにな
っ
て、もう、何年だ?」
「6年」
「
……
6年か。長
ぇ
よな。赤ん坊が小学校に入るぐらいの年数だ」
その言葉が終わると同時、長か
っ
た信号がようやく青に変わ
っ
た。私はゆ
っ
くりとブレー
キから足を離し、アクセルを踏む。
* * *
部屋中が死臭で満ちていた。狭い工場の倉庫のあちらこちらに、血痕と肉片が散らば
っ
ている。ユー
リの仕事はいつも容赦なく、そして完璧だ
っ
た。絶命した死体から、銃を収める彼に視線を移す。スー
ツが僅かに返り血を浴びている。こんな事をした人間が、明日から今度は別の綺麗なスー
ツに着替えて、一般人に紛れ込もうと言うのだから、笑
っ
てしまう。
「ねえ、ユー
リ」
「ん?」
声をかけると、軽く喉を鳴らすようにしてユー
リが答えた。
「なんで私には、話したの」
問いかけながら、真
っ
直ぐに彼の顔を見つめる。5人もの人間を惨殺した直後だというのに、彼の表情はまるで穏やかだ
っ
た。彼は、裏社会の人間だ。カタギになどなれるはずがない。
「
……
だからよ、お前の事は可愛が
っ
てたんだぜ。そうだな、娘みたいなもんじ
ゃ
ねえか。俺がもしカタギの人間で、ま
っ
とうな人生送
っ
てたら、お前ぐらいの娘もいただろうなあ」
「結婚」
感慨深げに言う彼を遮
っ
て、私は更に問う。
「結婚、今までに、しようと思
っ
たこと、一度もなか
っ
たの」
「あ? なんでそんなこと
――
」
「ねえ、ユー
リ」
それを聞く自分の声が、思
っ
ている以上に激しくみ
っ
ともなく震えたことに、私は失望したし、同時に少しだけ安心した。
「覚えてる? マナミ・ヤマモト
っ
て名前の女のこと」
ユー
リがそれに何がしかの反応を示すのを確認するより前に、私は引き金をひいた。6年間彼に仕込まれた技は完璧に決ま
っ
た。油断しき
っ
ていたユー
リはこめかみを撃たれそのまま倉庫の冷たい床に倒れこむ。もはや彼が母の名前を覚えていたのかどうか知る手段はなくな
っ
てしま
っ
た。
「
……
どうして私に話したのよ」
呟きはむなしく倉庫の冷え切
っ
た空気に溶け込んでいく。
私が、自分の娘の存在すら知らずに生きてきた父から教えられたのは人の殺し方で、最期に着ていたスー
ツは血を浴びていた。
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