てきすとぽい
X
(Twitter)
で
ログイン
第16回てきすとぽい杯 誤字修正版投稿所
〔 作品1 〕
»
〔
2
〕
僕らの終点
(
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中
)
投稿時刻 : 2014.04.09 11:21
字数 : 4350
1
2
3
4
5
投票しない
感 想
ログインして投票
僕らの終点
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中
「お客さん、終点ですよ」
今さ
っ
き電車に乗り込んだばかりだというのに、アキホは僕の肩をつついてそう言
っ
た。ち
ょ
っ
と低めの声で、車掌さんの真似でもしているつもりなんだろうか。細くて丸い目がくり
っ
と動くかわいらしいアキホに、それはま
っ
たくも
っ
て似合わない。
「終点はまだまだ先だよ」
アキホはじと目で僕を睨んだ。
「ほん
っ
とに面白くないよね、ヨシ
っ
て。も
っ
と面白い返しができないわけ?」
「僕は大阪人じ
ゃ
ない」
「大阪人が全員芸人だと思
っ
たら大間違いなんだから。人種差別もたいがいにしろ」
千葉県生まれの千葉県育ちのくせに、アキホは知
っ
たような顔でダメ出ししてくる。ヒドイ。とはいえ、アキホが僕に対してヒドくないことの方が珍しいので、もはやなんとも思わないけど。アキホに罵倒され続けてはや一年とち
ょ
っ
と。彼女の罵倒は、僕の生活におけるBGMみたいなものだ。
午後三時過ぎ。房総半島の下の方に向かう四両編成の車両は、かろうじて空席がないくらいの乗車率だ
っ
た。僕らは閉ま
っ
たばかりのドアに並んでもたれかか
っ
ている。アキホはお正月に買
っ
てもら
っ
たという自慢の赤いエナメルのポー
チを肩に斜めがけしていて、そこから取り出したオレンジ色ののど飴をおもむろに口に放
っ
た。
きんかんの甘酸
っ
ぱいような匂いが僕の方まで漂
っ
てくる。
「それで? なんで終点なの?」
「ヨシの人生が行き詰
っ
てそうだから」
この世に生を受けて今年で十二年目。早くも僕の人生は行き詰
っ
ているそうです。
「どう行き詰
っ
ているのか、説明してもらえると嬉しいんだけど」
「そんな頼み方で人に教えてもらえると思
っ
てんの? まずは土下座して足をなめるところから始めなさい」
「悪いけど、僕、やれ
っ
て言われたらそれくらいできるよ?」
車内にアナウンスが流れた。もうすぐ次の駅に到着する。
「それと、僕ものど飴ほしい」
「人にものを頼むときは
――
」
電車ががく
っ
と揺れて、バランスを崩したアキホは僕の肩に掴ま
っ
た。アキホはこの一年で身長がぐぐ
っ
と伸びて、僕と同じか僕より少し高いくらいにな
っ
た。男子の中でも背の順は前の方から数えた方が早い僕ではあ
っ
たが、それは本当に残念だ
っ
た。いつまで経
っ
ても、僕はアキホと対等になれない。
「セクハラ!」
アキホに肩をつかれた。自分から僕に掴ま
っ
てきたくせに、ヒドい言い草である。
音を立てて、電車は次の駅に止ま
っ
た。開いたドアから一歩離れて、僕らは二つ並んだ空席を見つけて腰を下ろした。ほれ、とアキホが差し出してくれた手の中には、オレンジ色ののど飴の小袋。
アキホのこういうところが、僕は好きだ。
最寄駅で一駅分の乗車券を買
っ
て、当てもなく電車に乗
っ
て、飽きたら帰
っ
てくる。そんな遊びが、今の僕らのブー
ムである。
僕もアキホも、自分たちの街にいるのが嫌いだ
っ
た。小学校というのは狭い世界である。同じ町内の子供たちが集められているというのがまずよくない。学校を出ても、誰かと遊ばなき
ゃ
いけない。誰かと遊んでなくても、道端で会うかもしれない。一人でいるとアイツはまた一人だ
っ
て言われるかもしれないし、誘いを断
っ
たのに町でば
っ
たり出くわしたら翌日からハブにされるかもしれない。面倒だ。ちなみに今のは、前者は僕の話で、後者はアキホの話だ。つまり、僕らは小学校というコミ
ュ
ニテ
ィ
にほとほとうんざりしていたわけである。
僕とアキホは、そういう部分の考え方がきわめて似ていた。少なくとも、僕は似ていると思
っ
ている。アキホもそう思
っ
ているかどうかはわからないけど、でも似たようなことを思
っ
ているからこそ僕と一緒にいる、はず。ちなみに、僕らは去年通
っ
ていた英会話教室で仲良くな
っ
た。英会話教室は、二人そろ
っ
て半年でやめたけど。
そんな僕らが、この狭
っ
苦しいコミ
ュ
ニテ
ィ
から抜け出すために考えたのが、この遊びである。お金はち
ょ
っ
とだけかかるけど、ペ
ッ
トボトルのジ
ュ
ー
スを一本買うのと同じくらいだと思えば大したことはない。空にな
っ
たペ
ッ
トボトルに家で麦茶を詰めてくればいい。
週に一度か二度、僕はアキホと一緒に電車に乗る。狭
っ
苦しいコミ
ュ
ニテ
ィ
におさらばだ。適当な話をして、車窓を流れる景色を見て、無為な時間を過ごす。
「この電車の終点
っ
て、どれくらい遠くにあるんだろう」
唐突な僕の言葉に、窓の外を見ていたアキホがこちらを振り返
っ
た。
「房総半島の端
っ
こでし
ょ
」
アキホはリアリストだ。
「それ
っ
て、どれくらい遠い? 三日くらいかかる? 帰れなくな
っ
たりするかな」
僕とアキホの小さな旅は、いつも二時間くらいで終わ
っ
ていた。一時間くらい電車に乗
っ
ていると、段々と不安にな
っ
てどちらともなく、そろそろいいかな、
っ
て空気にな
っ
て、引き返す。
「あんた、地図とか見たことないの?」
アキホは嬉々として僕をバカにする罵詈雑言を並べ立てた上で、数時間もあれば終点まで行けることを教えてくれた。
「終点まで行
っ
たら、帰れなくなるかな」
「そんなことないよ。世界は狭いんだよ、意外と」
「じ
ゃ
あ、行
っ
てみようよ」
アキホはちらと車内を見回した。停車するたび、電車からは少しずつ人が下りてい
っ
て、少しずつまた人が乗
っ
てくる。でもなんとなく人は減
っ
てい
っ
ている気がする。向かいのシー
トに座
っ
たず
っ
と眠
っ
ている中年のおじさん、車両の端
っ
こを占領している女子高生のグルー
プ、なんだか幸せそうに喋
っ
ているおじいち
ゃ
んとおばあち
ゃ
ん。僕らがこの電車に乗
っ
て、三十分以上が経
っ
ていた。
いいよ、と少し強がるようにアキホは言
っ
た。
「じ
ゃ
あ、目指すは終点ね」
「帰れなくな
っ
ても、僕はアキホと一緒ならかまわないからね」
僕は精一杯、アキホの不安をカバー
するつもりで言
っ
たのに。
「悪いけど、私はそれは勘弁」
つれない。
電車に乗
っ
て、一時間が過ぎた。窓から見える景色は緑が増えてきて、やがてそれは海の青に変わ
っ
た。東京湾。落ち着いた濃いブルー
。南国の海はどうしてあんなに明るくてテンシ
ョ
ンが上がる常夏ブルー
なんだろう。東京湾は差別を受けてるんだろうか。
「終点までは、まだまだかな」
「まだまだだね」
アキホは携帯電話で地図を表示してくれた。僕らの乗
っ
ている電車の終点は、館山駅というらしい。房総半島は意外と下に長くて、まだ僕らはようやくその半分を過ぎたくらいの位置にいるらしい。
「ずいぶん、遠くまで来たね」
アキホは神妙な面持ちで頷いた。
「未知との遭遇に備えないといけないかもしれない」
アキホの言葉に僕も気を引き締める。僕は布製のトー
トバ
ッ
グを持
っ
ていたのだけど、こんなことならランドセルを持
っ
てくればよか
っ
たと思
っ
た。ランドセルの方が頑丈そうな感じがするし、武器とか詰めるにはぴ
っ
たりに思えた。
僕は、ふと向かいのシー
トに目をや
っ
た。この車両にいた女子高生グルー
プやおじいち
ゃ
んとおばあち
ゃ
んはどこかの駅で降りてしま
っ
てもういなくな
っ
ていて、顔見知りなのは眠り続けている中年のおじさんだけにな
っ
ていた。くたびれた薄手のコー
トは前が空いていて、七福神の太
っ
た神様みたいなお腹が灰色のズボンに乗
っ
ていた。日焼けしたみたいに赤黒い顔色で、頭はつる
っ
と禿げ上が
っ
ていて、口は半開きにな
っ
ている。でもいびきは聞こえない。僕のお父さんはこのおじさんよりももう少しお腹は引
っ
込んでいたけど、夜中のいびきはひどいものだ
っ
た。ち
ょ
っ
とはこのおじさんを見習
っ
てほしいものである。