第16回てきすとぽい杯 誤字修正版投稿所
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投稿時刻 : 2014.04.09 11:21
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僕らの終点
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中


「お客さん、終点ですよ」
 今さっき電車に乗り込んだばかりだというのに、アキホは僕の肩をつついてそう言った。ちょっと低めの声で、車掌さんの真似でもしているつもりなんだろうか。細くて丸い目がくりっと動くかわいらしいアキホに、それはまったくもって似合わない。
「終点はまだまだ先だよ」
 アキホはじと目で僕を睨んだ。
「ほんっとに面白くないよね、ヨシって。もっと面白い返しができないわけ?」
「僕は大阪人じゃない」
「大阪人が全員芸人だと思ったら大間違いなんだから。人種差別もたいがいにしろ」
 千葉県生まれの千葉県育ちのくせに、アキホは知ったような顔でダメ出ししてくる。ヒドイ。とはいえ、アキホが僕に対してヒドくないことの方が珍しいので、もはやなんとも思わないけど。アキホに罵倒され続けてはや一年とちょっと。彼女の罵倒は、僕の生活におけるBGMみたいなものだ。
 午後三時過ぎ。房総半島の下の方に向かう四両編成の車両は、かろうじて空席がないくらいの乗車率だった。僕らは閉まったばかりのドアに並んでもたれかかっている。アキホはお正月に買ってもらったという自慢の赤いエナメルのポーチを肩に斜めがけしていて、そこから取り出したオレンジ色ののど飴をおもむろに口に放った。
 きんかんの甘酸っぱいような匂いが僕の方まで漂ってくる。
「それで? なんで終点なの?」
「ヨシの人生が行き詰ってそうだから」
 この世に生を受けて今年で十二年目。早くも僕の人生は行き詰っているそうです。
「どう行き詰っているのか、説明してもらえると嬉しいんだけど」
「そんな頼み方で人に教えてもらえると思ってんの? まずは土下座して足をなめるところから始めなさい」
「悪いけど、僕、やれって言われたらそれくらいできるよ?」
 車内にアナウンスが流れた。もうすぐ次の駅に到着する。
「それと、僕ものど飴ほしい」
「人にものを頼むときは――」
 電車ががくっと揺れて、バランスを崩したアキホは僕の肩に掴まった。アキホはこの一年で身長がぐぐっと伸びて、僕と同じか僕より少し高いくらいになった。男子の中でも背の順は前の方から数えた方が早い僕ではあったが、それは本当に残念だった。いつまで経っても、僕はアキホと対等になれない。
「セクハラ!」
 アキホに肩をつかれた。自分から僕に掴まってきたくせに、ヒドい言い草である。
 音を立てて、電車は次の駅に止まった。開いたドアから一歩離れて、僕らは二つ並んだ空席を見つけて腰を下ろした。ほれ、とアキホが差し出してくれた手の中には、オレンジ色ののど飴の小袋。
 アキホのこういうところが、僕は好きだ。

 最寄駅で一駅分の乗車券を買って、当てもなく電車に乗って、飽きたら帰ってくる。そんな遊びが、今の僕らのブームである。
 僕もアキホも、自分たちの街にいるのが嫌いだった。小学校というのは狭い世界である。同じ町内の子供たちが集められているというのがまずよくない。学校を出ても、誰かと遊ばなきゃいけない。誰かと遊んでなくても、道端で会うかもしれない。一人でいるとアイツはまた一人だって言われるかもしれないし、誘いを断ったのに町でばったり出くわしたら翌日からハブにされるかもしれない。面倒だ。ちなみに今のは、前者は僕の話で、後者はアキホの話だ。つまり、僕らは小学校というコミュニティにほとほとうんざりしていたわけである。
 僕とアキホは、そういう部分の考え方がきわめて似ていた。少なくとも、僕は似ていると思っている。アキホもそう思っているかどうかはわからないけど、でも似たようなことを思っているからこそ僕と一緒にいる、はず。ちなみに、僕らは去年通っていた英会話教室で仲良くなった。英会話教室は、二人そろって半年でやめたけど。
 そんな僕らが、この狭っ苦しいコミュニティから抜け出すために考えたのが、この遊びである。お金はちょっとだけかかるけど、ペットボトルのジュースを一本買うのと同じくらいだと思えば大したことはない。空になったペットボトルに家で麦茶を詰めてくればいい。
 週に一度か二度、僕はアキホと一緒に電車に乗る。狭っ苦しいコミュニティにおさらばだ。適当な話をして、車窓を流れる景色を見て、無為な時間を過ごす。
「この電車の終点って、どれくらい遠くにあるんだろう」
 唐突な僕の言葉に、窓の外を見ていたアキホがこちらを振り返った。
「房総半島の端っこでしょ」
 アキホはリアリストだ。
「それって、どれくらい遠い? 三日くらいかかる? 帰れなくなったりするかな」
 僕とアキホの小さな旅は、いつも二時間くらいで終わっていた。一時間くらい電車に乗っていると、段々と不安になってどちらともなく、そろそろいいかな、って空気になって、引き返す。
「あんた、地図とか見たことないの?」
 アキホは嬉々として僕をバカにする罵詈雑言を並べ立てた上で、数時間もあれば終点まで行けることを教えてくれた。
「終点まで行ったら、帰れなくなるかな」
「そんなことないよ。世界は狭いんだよ、意外と」
「じゃあ、行ってみようよ」
 アキホはちらと車内を見回した。停車するたび、電車からは少しずつ人が下りていって、少しずつまた人が乗ってくる。でもなんとなく人は減っていっている気がする。向かいのシートに座ったずっと眠っている中年のおじさん、車両の端っこを占領している女子高生のグループ、なんだか幸せそうに喋っているおじいちゃんとおばあちゃん。僕らがこの電車に乗って、三十分以上が経っていた。
 いいよ、と少し強がるようにアキホは言った。
「じゃあ、目指すは終点ね」
「帰れなくなっても、僕はアキホと一緒ならかまわないからね」
 僕は精一杯、アキホの不安をカバーするつもりで言ったのに。
「悪いけど、私はそれは勘弁」
 つれない。

 電車に乗って、一時間が過ぎた。窓から見える景色は緑が増えてきて、やがてそれは海の青に変わった。東京湾。落ち着いた濃いブルー。南国の海はどうしてあんなに明るくてテンションが上がる常夏ブルーなんだろう。東京湾は差別を受けてるんだろうか。
「終点までは、まだまだかな」
「まだまだだね」
 アキホは携帯電話で地図を表示してくれた。僕らの乗っている電車の終点は、館山駅というらしい。房総半島は意外と下に長くて、まだ僕らはようやくその半分を過ぎたくらいの位置にいるらしい。
「ずいぶん、遠くまで来たね」
 アキホは神妙な面持ちで頷いた。
「未知との遭遇に備えないといけないかもしれない」
 アキホの言葉に僕も気を引き締める。僕は布製のトートバッグを持っていたのだけど、こんなことならランドセルを持ってくればよかったと思った。ランドセルの方が頑丈そうな感じがするし、武器とか詰めるにはぴったりに思えた。
 僕は、ふと向かいのシートに目をやった。この車両にいた女子高生グループやおじいちゃんとおばあちゃんはどこかの駅で降りてしまってもういなくなっていて、顔見知りなのは眠り続けている中年のおじさんだけになっていた。くたびれた薄手のコートは前が空いていて、七福神の太った神様みたいなお腹が灰色のズボンに乗っていた。日焼けしたみたいに赤黒い顔色で、頭はつるっと禿げ上がっていて、口は半開きになっている。でもいびきは聞こえない。僕のお父さんはこのおじさんよりももう少しお腹は引っ込んでいたけど、夜中のいびきはひどいものだった。ちょっとはこのおじさんを見習ってほしいものである。
「あのおじさん、ずっと寝てるね」
 いつの間にか、僕と同じようにアキホもおじさんを観察していたらしい。
「どこから来たのかな」とアキホに顔を覗き込まれて首を振った。
「僕が知ってるわけがないよ」
「ちょっとは面白いこと言えないわけ?」
「何を言っても、僕の答えじゃアキホはきっと満足しないよ」
「そうだね。でも、あんまり自分を卑下しない方がいいよ」
 アキホはむき出しの膝の上に肘をついて、おじさんを凝視する。
「そんなに見たら、起きちゃうよ」
「視線で人は起きないわ」
 そうだ、とアキホはいいことを思いついたみたいに言って、口元に笑みを浮かべた。
「どうかしたの?」
「今は教えない」
 電車は加速と減速を繰り返す。もうすぐ、次の駅に着く。

 途中から単線になったのか、上り方向の電車の待ち合わせのために駅に停車する時間が増えた。『単線』っていう言葉も、この遊びを始めるようになってアキホに教えてもらった。アキホは僕が知らないことをたくさん知っている。
 段々と日が傾いてきて、夕方になったなぁと思っていたら、あっという間に外は暗くなった。夜だ。午後五時半過ぎ。四月になって長かった冬が終わったと言っても、日が沈むのはまだ早かった。冬が春の足を引っ張っているみたいな感じがする。
 僕らの目指す終点、館山駅が近づいてきた。車両はすっかりガラガラで、僕らと眠り続けるおじさん、ほか数人って感じになっていた。
 車内アナウンスが流れたのを機に、アキホは立ち上がった。
「どうかしたの?」
「ずっとこれ、言ってみたかったんだよね」
 アキホはためらうことなくおじさんに近づいた。そして、肉厚そうなおじさんの肩をぽんぽん、っと叩いた。
「お客さん、終点ですよ」
 アキホが企んでいたのはこれか。っていうか、どんだけこの台詞が言いたかったんだろう。
 アキホはにまにましておじさんが起きるのを待っていた。が、おじさんは動かない。
 ちょっと焦れたように、アキホはおじさんの肩をゆする。
「お客さん、終点ですよ!」
 次の瞬間。
 音を立てて、おじさんの体が前のめりに倒れた。

 おじさんは亡くなっていた。
 終点の駅に着いて、同じ車両に乗っていたほかのお客さんが駅員さんを呼んでくれた。おじさんは目立ったケガもしていなかったし、心臓か何かの病気じゃないかと駆けつけた救急隊員の人が言っていたけど、詳しいことはわからなそうだった。
 救急車に乗せられ、運ばれていくおじさんを僕とアキホは黙って見送った。
 おじさんがいつ終点に到着したのか、僕らにはまったくわからなかった。

 それから僕らは駅員さんに事情聴取されて、ちょっとだけ怒られて、家に電話をされて、僕らの町に向かう電車に乗せられた。僕らの駅に、僕とアキホのお母さんが迎えに来るらしい。どれくらい怒られるのか、想像しただけでげんなりである。
「帰りたくない」
 ぼそっと呟いたアキホに僕も大賛成である。
 しばらくして、アキホは僕の肩にもたれて眠ってしまった。窓外を流れる景色は夜の黒色ばかりで、森の緑も海の青ももうわからない。ただ、僕らの町に近づくにつれ、白々しい明かりが増えていくような気がした。
 すぐそばにあるアキホの顔。その口元に、そっと僕は手を当てて、彼女が確かに呼吸をしていることを確認して安心した。僕はアキホと一緒に終点に行って、戻ってきた。そのことがちょっとだけ誇らしい。
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