第18回てきすとぽい杯 誤字修正版投稿所
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トワイライト
(大沢愛)
投稿時刻 : 2014.06.21 05:06 最終更新 : 2014.06.21 06:24
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- 2014/06/21 06:24:30
- 2014/06/21 05:06:35
トワイライト
大沢愛


○ もし可能でしたら、以下の部分を消去願います。
      ↓
 「佐緒里だって、そのうち大きくなるって」

 消去したつもりが残っていました。不注意で申し訳ありません。


★ つまり、このようになります。  
      ↓ 


 手ぶらでいいよね、と思う。
  鉢植えの花とか、ミルフィーユとか、お笑いのDVDとか。
  たぶん、あの子はベッドに横たわって、麻酔の名残でぼんやりしているんだろうな。
  そのほうがいい。
  だって、意識がはっきりしていたら、まともに顔が見られないもの。

  鳥羽医院の建物は、昭和時代の建築だった。モルタル造りで、どことなく「洋館」という呼び方がしっくりする。
  あの子はいつも、この前を通りかかると、苦しそうな声で「あめゆじゅとてちてけんじゃ」って言って笑ってたっけ。
  それじゃ大正時代だっての。
  港から、スピーカーのテスト音が聞こえてくる。今日は七夕。みなとまつりの日だ。毎年毎年、本当に変わらないね。私はどんどん変わってゆくのに。玄関を入る。天井から丸い笠を被った電灯がひとつぶら下がっている。待合室には誰もいない。壁際に並んだホルマリン漬けはいつも通りだ。一枚一枚に手書きのラベルが貼ってある。いちばん手前のラベルはこうだった。「○年×月△日 乳癌 鳥羽院長執刀」たぶん鳥羽先生は当たり前のつもりでこうやって飾っているんだろう。釣り好きのひとが魚拓を飾る具合に。このあたりのひとたちは昔から見慣れているので、べつに驚かない。なかには、ここに入院して手術を受けた家族の一部が収まっているひともいるだろうけれど、騒ぎになったという話は聞かない。ただ、子どものころは、もしかすると私の内臓がここに飾られることになるんじゃないか、なんて思っていた。つまり、あのころすでに白髪だった鳥羽先生がいつまでもご存命だと思っていたんだ。
  すぐ左の階段は木製の手摺りで、緩やかに螺旋を描いている。赤いじゅうたんの敷かれた段を二階へと登る。昼間でも薄暗い廊下には、待合室と同じ、丸い笠の電灯がともっている。左側の「1」の札の下がった病室のドアをノックする。返事はない。真鍮のノブを回す。薄暗い室内には4床のベッドが並んでいる。いちばん奥の、壁をくりぬいた窓際のベッドにだけ布団が敷かれて、そこに点滴のスタンドが設えられていた。
  そばに寄る。仰向けに横たわった顔は真っ白で、眼は閉じられたままだった。付添い用の木製の丸椅子に腰を下ろす。嵌め殺しの窓ガラスは港からの音をほぼ遮っていた。ロッカーほどもあるクーラーが音を立てて冷気を吹き出している。窓のすぐ下のスチーム配管は、タオル置き場になっていた。
  うふふ。
  声が聞こえる。見ると、布団から出た顔がひくひく動いている。
 「佐緒里、起きてたんだ」
  口を開けて笑い出す。ちんまりとした顔がゆっくりとほどけて行くみたいだ。耳のところでカットした髪は、それでもつややかに流れている。目が開く。麻酔の影響があるのかないのか、いつも通りせわしなく動き回る。
 「愛衣、きてくれたねー。ありがとー」
  声は掠れていた。表情を隠すために、わざと顔を顰めてみせる。
 「お祭りまで時間があるからね。暇つぶし、よ」
  佐緒里は天井に目を向けて、軽く咳き込む。掛け布団の盛り上がりは、人一人が入っているとは思えない。
 「今年は誰と行くの?」
 「んー、まあ、いつもと同じ面子かな」
  点滴の管が目の前を走っている。逆さになったバックから滴るリズムは、まるで砂時計みたいだ。
 「雄治くんも一緒?」
  ほんのわずか、間があく。黙って頷いてから見上げると、いつの間にかこっちを見ている。
 「そっかぁ。よろしく言っといてね」
 「言わないよ。そんなこと言ったらアイツ、佐緒里に会いたがるに決まってるから」
  口許に笑みが浮かぶ。注射針の固定された左手には、あちこち青い針痕が残っている。
 「愛衣さぁ、またおっぱい大きくなった?」
  左手の指先を、わずかに持ち上げる。両手で包み込む。
 「おいおい、セクハラは会社だけでたくさんだよ」
  そのまま、胸元に押し当てた。顔がぴくん、となる。ワイヤーが触れたみたいだ。そっとベッドに戻す。 
 「雄治くん、おっぱい大きいの好きだろうなぁ。いいなぁ」
  うまく笑顔が作れない。
  ゆっくりと目を閉じる。静かに部屋が暗くなる。
 「また来るよ」
  声が届くかどうか。目の前の光景が遠ざかる。

  陽射しがオレンジ色を濃くしている。宇那木神社の境内だった。まつりの準備が進んでいる。
  拝殿裏側のベンチに座っていた。
  いつものことだ、と思う。毎年、まつりの日の夕暮れどきに、決まって同じ夢を見る。
  中学二年生の七月七日。半年前から入院している佐緒里を見舞う夢だった。中学に入ってすぐ友だちになった。一年生の七夕の日、一緒にまつりに出かけた。そのとき、雄治たちのグループと一緒になった。それから佐緒里はいつも雄治の話をするようになった。私は黙って話を合わせていた。次の年の七夕、私は雄治とふたりだけで祭りに行った。ほんとうは見舞いに行く約束をしていたのに。二日後、佐緒里は面会謝絶になって、そのまま会えなくなった。
  それから毎年、七月七日になると私は病室へと連れて行かれる。佐緒里は変わらない。私はひとつずつ、年を取って行く。このまま何十年も経てば、私は皺くちゃで、佐緒里は14歳のままだろう。佐緒里が満足なら、それでいい。あの日、私は行かなかったんだから。
  でもね、佐緒里。私、アンタにできないこと、いっぱいやったよ。雄治とキスするのが夢だったよね?
  へーんだ。
  もうキスどころか、想像するだけでも赤面するくらいのことも、みんな。
  うらやましい?
  おかげで、知らなくても良いことも知っちゃったよ、いっぱい。
  だから、どんなにおばあさんになっても、アンタに会ってあげるからね。つやつやのアンタと向き合って、笑ってあげる。
  待ってなよ、来年も。

  スマホのアラームが鳴った。待ちくたびれたらしい。我慢できない男って安っぽく見えるんだよ。いいかげん憶えなよ。
  ベンチから立ち上がる。敏文との待ち合わせ場所に向かって、私は歩き出した。

                       (了)
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