第一回文藝MAGAZINE「文戯」BUNGI杯
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女子タイプM
酔歌
投稿時刻 : 2017.09.02 06:07 最終更新 : 2017.09.02 18:48
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- 2017/09/02 18:48:57
- 2017/09/02 06:07:42
女子タイプM
酔歌


 先日、三稲の家が燃えた。
 いつも通りの日常を高校で過ごして、チリんこに乗て坂を下て。家に着くまで変な所なんてまたく無かたらしい。父親は町内会の長で、威厳ありかつ教育熱心。だが褒めてのばすタイプだた。母親の方はパートで少しでも家計を支え、子供にも優しく接していた。
 今でも考えられないが、二人とも火に呑まれ死んだ。三稲も知ている。
 火炎を目の前に、彼女は立ちすくんでいた。そこに俺がたまたま通りかかり、遠方にしかない消防署に連絡した。
 消化が終わたのはそれから一時間くらい後で、ようやく両親の死亡が確認された。三稲はただ「そうですか」と言う。唖然としたとは少し違うが、とにかく悲しみに満ちた表情で二人を見ていた。いや、悲しんでいたのか?

 一時的住処として俺の家を貸した。高校から随分と離れてしまうが、一番信頼できる人だという理由で大したことのない場所へ来た。数日は車で送り迎えしたが、三稲のほうから電車通学を望まれた。暗い声で「行てきます」と玄関で聞くたび、ソフで何度もあの火柱が瞳に浮かんだ。気分を晴らすために風呂場でロン毛の様に伸びた髪を洗い、リラクスのできる緩い服装に着替えた。
 テーブルに未完成のデザインが並ぶ。それは家だたり文房具だたり、はたまたロゴマークだたりする。俺の仕事は所謂デザイナーで、一日中部屋に閉じこもてアイデアを模索する事が多い。
 彼女の父親とはデザインの仕事で知り合た。それこそ町内会のシンボルマークからオリジナルのペンシルまで、いろいろと手ほどきをしてきた。仕事の最中、何度か娘さんと合わされた。随分賢そうな子で、口調も丁寧。父親としても嬉しい事なのだろう。だがそれと同時に、彼は仕事熱心だた。家に帰るのは常に深夜帯で、そのくせして早朝から資料と共に市長の下へ足を運ぶような男なので、俺は随分と危険視し続けていた。

 ある曇りの日「娘の様子を見ておいてくれ」と頼まれたことがあた。俺は何でも屋ではないが、そういう状況だたから引き受けて何度か家を訪ねた。何よりも娘さんを一人にしてはいけないと思ていた。
「お母さんはいないのか、挨拶したいんだけど」
「いないよ、ずとパートで朝から夜までずーと私一人。昼にはお弁当持てきてくれるけどね」
 ちうど彼女は下校後で、自室に俺を案内してから汗を流してくると言た。芳香剤のような、女性特有の甘い香りがした。だが特に大人ぽく、高校生の匂いかと言われるとそうでない。妙なくらい整た部屋で、女子高校生だたらもと派手な装飾を施しそうだが。
 しばらくすると雨が降り始めた。窓から覗くゲリラ豪雨の様なそれと、そばにあた写真立てが目に入た。手に取てよく見ると、着物の大人二人と学生服の彼女だた。上方には〈In January〉と彫られている。
「お待たせ」
 ソフに座たロングボブのTシツ姿が、やけにまぶしかた。写真立てを置いて隣に座ると、ちんと女子の匂いがしたので安心した。
「お父さんに頼まれちてさ、心配だから様子見といてくれて。デザイナーて暇なときと忙しい時の差が激しくてさ、すきを突かれちたなあ」
「でも、嬉しいです。人と話すの久しぶりで」
「学校は? 友達とかと話すでし
「私いじめめられてるんで」
 まるで解たかのように二回頷いた。
「大変なのよ、この境遇。父親がああいう人だから、その下からしたら私は調子に乗ている存在らしくて。で、でもあの、ほらここ見て」
 いきなりTシツを引き首元、もといエロテシズムを感じさせるうなじあたりを露出させたと思たら、縄の痕の様なものがあた。
「虐待て一言で言えたら気持ちいいけれど、私を傷つけるの。毎晩毎晩」
「ホントに?」
「本当! トマトだたらもうくずれちてるよ」
「中がおいしいのにね
 予想外の出来事だたので、簡単に言葉を出すことができなかた。というより億劫に感じていた。例えどれだけ優しい言葉をかけようとも、俺の主観的な意見に過ぎないようにも思えた。彼女が腰を動かしている。それと共に体が少しずつ触れあい始め、肩がぶつかた。なんだ?心拍が肩越しではわからない。だが彼女の足の動きで、状態が解た。ソフを掴む音、つばを飲み込む音が大人の香りと共に鼻と耳を貫く。
 彼女の荒い吐息が頬にかかる。俺はソフに押し倒されあと少しでも動かせば口づけが成立する状況だた。匂いがする。火照た汗の匂い。足と足を絡め、防ぎようのない柔らかな感覚に襲われる。
「ね……私のこと好きなんでし?」
「俺が?」
「そうよ。好きなんでし?」
 つばを飲み込む音。
「一目惚れだたの。あなたを初めて視界に入れたあの瞬間。市役所で初めてあなたの香りを吸た瞬間。私の脳は貴方だけのものになたの。合う度素敵な声と触感と、魅了されていたの。あのクソ親父が初めて役に立た」
 笑い声。
「あのさ、なんか勘違いしてるけど、君高校生だよ。こんな微妙な大人と恋するて、それ罪なことだと思うけどな」
「いいよ、最悪二人で逃げればいい」
「俺の同意無かよ」
「知てるもん、本当の気持ち。高校生だからてずと気持ちにストパーをかけているだけなの! ねえ、素直になてよ。私が好きて言てよ。私は大好きだよ。こんなに愛してくれる人がいるのに」
「俺は……その……好きだよ」
 頬と身体が押し付けられるのを感じていた。しばらくの間。

 三稲と食事を済まし、俺は会話するためにソフへと誘た。
 静かな夜。僅かに漂う夏の香りと、それを吸い込んで吐く三稲の甘い香り。俺はどうしてもこのタイミングを、どうしようもなく待ていた。
「あのね、聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「虐待て嘘でし
 三稲はしばらく夜に溶け込んだ後、アハハと笑い始めた。
「何でわかたの?」
「だて、青くなてたりしたらそり叩かれたて分かるけど、どちかていうとロープで縛られた感じ?」
「なるほどねー、惜しい」
 彼女は立ち上がて冷蔵庫を開け、俺の缶ビールを開けて飲もうとした。もちろん寸前のところで止め、焦りから無償な笑いが出てしまう。
「なにしてんの」
「私大人なのよ。もうお酒も飲めちう」
 本能的に、三稲を異常者だと脳は判断した。少なくとも理性で感じるところ、正常者ではない。
「あれはね、自分でつけたの。こうギて。こんなひ弱な女子高校生でも、痕くらいはつくもんだね」
 その場所を摩る。酒の匂い。
 被害を受けてる女性を、男性は守りたくなるものだとうわさで聞いたことがある。俺の混乱するおつむで思考できるのは、俺の気を引く為に体を傷つけたという答えだけだた。
「変なことじないでし? 貴方が欲しかたの。本当に私を心の奥底から、空気と水分全部失て私だけで埋め尽くされてしまえばそれでいいて思てくれるくらいに私の事を好きになてほしかたの」
 腰に手を回される。俺は力が抜けてしまて、キチンにもたれる。彼女は泣き始めて、もう収集が付きそうになかた。
「幻滅したよね」
「しないよ。そのくらいの嘘、いろんな人につかれてきたから」
「本当に?」
「うん」
 その場は、時間が解決させた。

 桜が満開、とまではいかないけれど小さく咲き誇ていた。道路をスニーカーで歩いて行く。この田舎道に来る車と言えば、そばの田んぼに行くトラクくらいで、乗用車の姿は無かた。
 携帯を片手に景色を見渡す。何もない、都会では味わうことのできない情景を見つめていると、アイデアが浮かんでくる。デザイナーにはそういうことも必要な気がしていた。彼女と出会い、作品が刺激的になたとよく言てもらえるようになた。次期町内会にも俺のデザインは採用され、そこそこ人気があるらしい。
「もしもし」
『着いたの?』
「もうちいかな」
 だが今回はアイデア考案の旅ではない。三稲が学校へ行ている間、家の様子を見てきてほしいと頼まれた。父親に似たのか。
『ごめんね、変なお願いしちて』
「別にいいけど、何で今なの? 休日に二人で来ても良かたのに」
『ううん、だめなの』
 家が火災にあてから大体一か月くらい経たか、何故今更そこへ向かう必要があるのか分からなかたが、自分が住んでいた家なのだ。あの部屋は、彼女の部屋なんだ。自分が居た場所というのは変に思いが残る。残留思念というやつなのか分からないが、あまりにも懐かしい感覚を取り戻してしまうらしい。当然、俺にとてもあの家は自分の家の様なものだ。
「もしもし」
『着いた?』
「だけど、もう何もないよ。燃えカスとかあるかもしれないけど、大分前に撤去されてたし」
『うん、もう十分だよ。それが知れて。周りに人はいる?』
 右足を軸に三百六十度見渡す。そもそも田舎だという事と合わさり、存在を感じることができない。ああ今ここには俺しかいないのか、あんなにも大きな家があたはずなのに。空気の存在へと変化を遂げ、あの大人の香りを感じることはもうできない。
『もしもし?』
「いない」
『そう、ならよかた。なんか、これから私たち二人で傷を撫であいながら、歩幅を合わせて進んでいくんだて思うと、どうしてもあの家を見ておかないといけないような気がして。まあ、直接は見れてないんだけどね』
「ヘンな感覚だよ、こんな状況に身を置くことになるなんて思いもよらなかたからね。君と付き合ていることだて、偶然の重なり間とまだ思てる。親父さんと俺が出会てなかたら、君のこと知らないまま陀多なんて、想像もできない」
『私も』
 家を眺めながら、三稲の匂いを思い出していた。親父さんには申し訳ないけれど、もう彼女を好きなようにしていいのは俺だけなのだと――

「よくあれだけ大きい家が燃えたよね」
『ガソリンがかかていたのよ』
「なんでそんなこと知てるの?」
『だて家を燃やしたのは、私だもん』
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