第一回文藝MAGAZINE「文戯」BUNGI杯
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無気力とロックと蝉と弥勒
茶屋
投稿時刻 : 2017.09.04 00:03
字数 : 4000
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無気力とロックと蝉と弥勒
茶屋


「自由はいくらでもあるが、どれもこれも腐ている」
 そんな言葉を残したのはどの時代の、どの国の作家だたか。確かに大なり小なりの自由はそこらじうにあて、大抵のものはホコリまみれか、腐ている。腐りかけが美味しんだというのも、それは果実や肉の話であて思想や行動の話ではない。でも、人間というものは自由が大好物で、腐りかけのそれの匂いに敏感だ。まるで、生ゴミにたかる蠅のように。
 僕は蠅が嫌いだた。
 自由という、よくわからないグロテスクな者にたかる蠅を、僕は嫌悪していた。
「ジンルでくくてほしくねんだよ。拘束されたくないの。既成概念に」
 ゼロ年代も終盤。ありきたりなオルタナテブ・ロク。どこかサブカル臭いそれにアイデンテを託すベース兼ボーカル。そんなやつが学生時代の僕の数少ない友人だた。
「強いて言うなら、この音楽のジンルは自由。フリーダムだ」
 音楽性は時代の流行りに乗ていたけど、彼のいう言葉は古臭くてどこかカビ臭い感じすらした。そう言た言説を嫌悪する僕だたけど、不思議と彼とは馬があた。胡散臭い連中が跋扈すインデ・ロク界隈だけれど、音楽自体は好きだた。歌詞の意味はなるべく思考の外に追いやて、ボーカルすらも楽器の一つとしてとらえる。そんなどこか外道的な聞き方で、僕は僕なりに好き嫌いの折り合いをつけていた。
「でも、それて自由て言葉に囚われすぎてるんじない」
 当時、酒を与えさえしなければ寡黙と評判な僕だたので、そう言たのはいくらかアルコールを摂取したときだただのだろう。
「いいんだよ。人間は自由とFuckさせられているてどかの名言にあただろう」
 サルトルの言葉をどう間違たらそうなるんだと突込もうと思たがやめた。突込むにはまだ酒精の量が足りなかた。
 僕らはその頃、特に不自由ではなかた。金はなかたが時間はなかた。自由の叫びを嫌悪していたが、そもそも自由の意味もよくわからなかた。
 それは多分彼にとては漠然とした憧れの対象で、距離の縮まらないアキレスにとての亀のようなものだたのではないのかと思う。
「俺はなるぜ。自由に」

 当然のごとく時代は流れ、時はすぎる。時間の流れは早いものでわずか一行で十年近くの歳月が経過するという驚きの現象が発生する。
 移ろいゆく季節が立ち止またここは夏と秋の中間地点。夏の残響と秋の色彩が入り交じた季節の中で、僕は呆然と流れに身を委ねていた。特に人生に疲れていたとか、何かに絶望を感じていたとかそういたことではなく、元から流され続ける人生だたというだけである。目が覚めたらたまたまこんな場所にいて、それを漠然と受け入れる、そんな主体性のない人生を送り続けている。
 新幹線の車窓から代わり映えのない景色を眺める。どこでどの新幹線に乗ても景色というものは代わり映えがしない。季節によて変わるのは色彩と密度ぐらいなものだ。似たような建物と、似たような田んぼ、似たような山、そして似たような墓地だ。高速道路と新幹線の車窓には墓地はつきものだ。そしてそれは人の死体が埋まている場所にしてはあまりにも退屈な光景だ。無機質で面白みのない、尊厳などまるで感じさせないそれは不思議なものである。墓場そのものにはそんな感覚など抱いたことはないのだけれど、これが新幹線の車窓から見えるものとなると途端に陳腐になる。廃棄されたコンクリ群と大して違いがない。
 死とは案外こんなもんなのかもしれない。
 死は、その瞬間を過ぎ去てしまえば、下らない景色の一つなのかもしれない。
 死とは程遠い場所にいて、ぼんやりとそんなことを思う。別に自分が当分死なない自身があるわけではないのだが、新幹線の中でぼんやりと景色を眺めているというこの状況が、死とは壁一枚を隔てているような気がする。寝る前に布団の中で意識する死とはどこか違う。まるで別の生き物が享受する運命のようにすら思えてしまう。
 まるで別の生き物。
 まるでエイリアン。
 かのHRギーガーが男性器をモチーフにデザインしたグロテスクな怪物。フイスハガーにチストバスター
 ああ、新作が公開されたら見に行こう。
 そんな適当な微睡みの中で僕は眠りに落ちる。
 暗闇の中に伸びる一本の線路。何故か進行方向上に踏切があて、その奥には墓場。

 時間は伸び縮みもすれば、行たり来たりもする。洗濯すれば色落ちもする。
 故に、色あせた過去を語る。必要性は殆どないが諸事情による。
「死ねば自由になれんのかな」
 自由に憧れる彼がそんな言葉を口にした時、僕はそれが本気なのか冗談なのか測りかねた。
「ここから飛べば、翔べるんじないかな」
 どこかの屋上での記憶、確か大学の屋上は鍵がかかていて学生は立ち入ることができなかたから別の場所だたと思う。多分酒を飲んでいたし、煙草も吸ていた。なんだか寂れた青春にはおあつらえ向きの場所だななんて皮肉臭く思た記憶もある。けれども、何の経緯があてどこか知らない屋上に言たのかは記憶は曖昧だ。
 曖昧と言えば、彼のことをどこか曖昧な存在のように捉えていた。掴みどころのない、曖昧な存在。アヴンギルドやエクスペリメンタルを積極的に取り入れていた彼の音楽はどこか彼に似ていたのかもしれない。理解したかと思うと、拍子を外される。メロデをずらされる。
 ジンルに囚われたくない。ジンルという束縛からすら自由でありたいという音楽を奏でていた彼は、彼自身の表現だたのかもしれない。
 彼自体も、他人から何らかの形で決定されるのを嫌ていたふしがある。だから、彼は曖昧を振る舞ていたのだ。他人の理解の拍子を外し、メロデをずらす。
 彼の音楽は彼だたのだという物語にはありきたりな結論に落ち着こうとした時に、思い出した。作曲はギターのタカノリ君だ。
 全然違た。
「やぱり、死は駄目だな。リスキーだ」
 死は青春の何処かで一度は魅力を感じる時期があるというが、彼はそんなものをとくに経験しているものだと思ていた。
「前回は超痛かたし」
「前世は何だたん」
「蝉」
 僕の前世はザリガニ、アメリカザリガニでした。
 水槽の中で、脱皮に失敗して死にました。

 時の流れには従うのが自然だ。逆再生の映像にはどこか居心地の悪さを感じる。
 大した出来事も種明かしもないのに行たり来たりするのは迷惑だ。誰に? 誰かに?
 これ以上メタぽい記述はあまりにも芸がない。さじ加減は既に間違た。
 間違たまま、未練がましくも、時は流れてまた戻る。
 霊園へと続く階段を登ていく。階段は意外と長く、もしザリガニのままだたら登りきれずに途中で死んでいたことだろう。人間に転生できてよかたかもしれない。いや、オカヤドカリとかでもいけたかも。そんなことはわりとどうでもいい。元節足動物仲間に会いに行くのだた。
 霊園へと続く道は小奇麗に整備されていて、同じ墓地を抱える寺とは雰囲気がだいぶ違う。これがモダンというやつか、などと考えながら進んでいくが、なかなか喫煙所が見つからない。喫煙者に世知辛い世の中になたものだ。死んだ人間にはたくさんの煙を焚いてくれるのに、生きた人間が煙を吸うのは許されない世の中になてしまたのだ。
 喫煙の自由すら立ち消えてしまた世界。
 こんな不自由な世界を見越して彼は選択したのだろうか。
 彼の選択が正しかたのかどうか、今の僕にはまだわからない。でもその選択は、間違いなく自由のためだたのだろう。
 この夥しい数の墓石が並ぶこの霊園の何処かに、彼は眠ている。僕は彼の大好きだたジンクフードを手土産に、眠りの園を徘徊する。喫煙所を求めて。心のなかで彼に何かを語りかけたりもしない。それは当人の前ですればいいだけのことだから。
 やと喫煙所を見つけて、煙草を吐き出して人心地ついたところで携帯を取り出して電話する。
「着いたけど」
「ん……あ、まじ、てか今何時」
「三時すぎ」
「うわ、まじか。すぐ行く」
 五分後に現れた彼は当時の面影が感じられない爽やかなスキンヘドの好青年とかしていた。
「ワリ、寝てたわ」
「だろーと思てたよ。いいのか、抜けて」
「問題ない。今日の外界は暇だたらしいから、俺はここの雑用。平日だしわりと暇」
「吸う?」
 煙草を差し出すと彼は渋い顔をした。
「そういう解脱への道を妨げるようなものは……
「お前の道は煙草一本程度でぶ壊れるようなもんかよ」
「それもそうだな」
 二人並んで煙草を吸うのは何年ぶりだろうか。メーカーの設計職の俺と自由を求めて霊園で坊主兼牧師の彼。
 何がなんだかよくわからない。
 よくわからないなりに、この状況が現にあるのだ。想像すらしなかた未来だが、現に存在する未来を突きつけられると些か狼狽する。
「解脱、いつすんの」
「来年の夏ぐらいかね
「そんときは連絡よろしくな。あと、これ土産」
「うお、マジあんがと。やたね」
「ふんじ、明日七時に串家だてさ。そん時にな」
「おう。俺のベースが唸るぜ」
「ほどほどにな」
 なんとなく、たぶんこんな類のものがある種の自由なんだと思う。
 どこかの誰かが定義し、その誰かが多分求めたくても求められなかたたぐいの自由。
 今の僕はそれなりに自由で、過去の僕だてそれなりに自由だた。
 自由を渇望し続けた彼は、ロクから仏教に宗旨変えしたようだが多分自由を求めたゆえの行動なのだろう。
 変わたようで変わていない。
 同年代の知人たちがどんどん変化していく中で、どこか変わらない安心感がある。
 だけどそんな関係性を結ぼうと思えばそれはすぐに破綻するだろう。自由は束縛は嫌うからだ。
 考える時間ならまだある。弥勒の降臨は56億7000万年後の話だ。それに本当のROCKはそこから始まるんだ。
 趙州ちなみに僧問う、アメリカザリガニに還て自由有りや無しや。
 州云わく、無
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