最後まで聞けって
「冥途の土産に聞いてくれ。これは俺の先祖の話だ。驚くのかよ。誰にだ
って先祖はいるだろ。あの聖人にも、あの極悪人にも先祖ってもんがいるんだ。ともかく、こいつは俺の先祖の話だ。まぁ、聞けって。そう死に急ぐなよ。お前がくたばるのが今だろうが五分後だろうがそう大差ないだろう。大差はない。そうさ、大差はないのさ。俺の先祖は、大体五代位前の前の先祖なんだが、戦争の時代に生まれたわけだ。といってもこの国はいつだって戦争している。曾曾曽孫の俺ですら戦場にいるんだからな。戦争のない時代に生まれる幸福な連中はこの国には存在しなくて、生きてる間に一回くらいは戦場に立つのが国民の証ってくらいだからな。ああ、だからこれは戦争の話だ。その時代はまだエグゾ骨も開発されてなかったからな。骨で戦ってたんだ。想像できるか? 骨だぜ? エグゾじゃないんだ。俺の曾曾曽爺も骨に乗って戦っていたんだ。エグゾみたいに人工神経みたいな制御がないんだ。今みたいに髄につないで直接操るなんてはできねぇ。背中の椎に集中している筋を引っ張ったり押したりして操作してたんだ。アナログだよ、アナログ。でもありがたいのは調子が悪い時は叩けば大概治るってことでね。肝が飛び交う戦場ってのは今と変わりねぇけどよ。今みたいに連射も聞かねぇし精度も悪い。それでも曾曾曽爺は肝飛ばし盟主だったんだぜ。三里離れた敵陣のウェルニッケ野を破壊したっていうんだからな。大したもんだろ? でも、曾曾曽爺ちゃんがもっとすごかったのは近接接合だ。曾曾曽爺ちゃんの腸さばきはすごかったらしい。エグゾになってから腸を好んで使う奴なんて、ほとんどいなくなったけどよ、俺はそれに憧れてこの腸を使い続けてるんだ。曾曾曽爺ちゃんの腸だ。百戦錬磨の腸だ。俺の系統は肝が飛び交って、骨がぶつかり合う戦場を生き残ってきた。肝が頬すれすれを掠めて行って、後ろにいた奴の頭蓋をぶち抜く。アバラに切り裂かれた仲間が、最後の気力を振り絞って喉頭を破裂させる。最新式の顎を、旧式の腸で絡めとり、引き絞って破壊する。淘汰戦の戦場じゃ古臭い戦い方かもしれないけどな、昔ながらのやり方ってのはそれなりに馬鹿にできない。何より、かっこいい。昔ながらの戦い方ってのはある種の美学ってもんだ。生き様ってもんだ。超痺れるだろ? 痺れろよ。そして、痺れながら死ね」