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第7回 文藝マガジン文戯杯「COLORS」
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菫色の毒
珠樹
 投稿時刻 : 2019.05.24 00:10
 字数 : 1554
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菫色の毒
珠樹


十二時間前の私は、浅い眠りから目を覚ましたばかりだた。

  付き合て初めての彼の誕生日は、天気のいい土曜日で。前日まで仕事に追われてバタバタしていた私は、お昼少し前に目を覚ました。

  少し寝坊したかなと思たけれど、このくらいは想定内だ。前々から金曜日は会社の先輩と飲み会の予定だたから、今日のデートは夕方ごろに待ち合わせにしていた。

  いつも私のために色々考えてくれる彼だから「今日くらいは」と私が提案したデートプラン。
  
  喜んでくれるといいんだけどな。 少しのドキドキと、ワクワクで。私の胸は早くもはちきれそうだた。


  八時間前の私は、鏡の前に立ていた。

「これ、やぱり変じないかな……。大丈夫かな

  今日のために新調したワンピース。すみれ色をした、裾がふんわりと広がたシンプルな一着。

『ゆかりなら絶対これが似合うよ!』

  脳裏に浮かぶ、親友のガツポーズ。三時間かけて新宿を歩き回て、お気に入りの一着を見つけたのだけれど。それでもいざ着てみると自信がない。

  彼は、私を可愛いと言てくれるだろうか。愛しいと思てくれるだろうか。

  早く逢いたいな

  あと少しで逢えるのに、考えるのはそればかりだ。


  四時間前の私は、待ち合わせ場所に向かう電車の中にいた。
  
  いつもだたら電車の中ではスマホをいじるか、本を読むかのどちらかだけど、今日はそわそわして落ち着かなくてキロキロとあたりを見回してばかりだ。

  はたから見たら私は、挙動不審者に見えるんだろうな。

  頭の隅でうすらそんなことを考えたけど、そんなのに構てられない。今私の頭のほとんどを占めているのは、今日のデートの段取りだ。

   いつも私を喜ばせてくれる彼には敵わないけど。でも。少しでも楽しく過ごしてくれたら嬉しい。


  二時間前の私は、レストランでのデナーを終えて彼とホテルに移動する途中だた。

「ゆかりのおすすめ、すごくいいお店だたね。料理も美味しかたし、雰囲気も素敵だた」
「本当に?  ハルにそう言てもらえて嬉しい。お誕生日だたからステキなお祝いがしたくて」

  斜め下から見上げた彼の表情はいつも通り柔らかくて優しくて。美味しい料理で満たされたお腹の重みも手伝てとても幸せな気分だた。

 「それで?  今日泊まるのはどんなホテル?」
「ふふふ。それは着いてからのお楽しみ」

  ああ、早くその腕の中に飛び込みたい。


  一時間前の私は、ドキドキしながらシワーを浴びていた。

  ドルームでは、先にシワーを浴びた彼がバスローブを着て待ている。
  そう思うだけで、胸がドキドキして、頭が真白になて、どうにかなてしまいそうだ。

  今日は少し気合を入れて、ワンピースと一緒に下着も新調したのだ。レースのたくさん付いた、可愛いブラジとシ

  ワンピース以上に、緊張する。彼はどんな反応をするんだろう。


  今、私は、ダブルベドの上で彼から別れ話を聞いていた。

「別に好きな子が出来て」
「ずと言えなくて」
「こんなところで言うことになて本当にごめん」

  うなだれた彼の頭ばかりをぼんやり眺めながら、本当に悲しいときは涙も出ないんだなと気づいた。

  ドサイドにはまだ栓も空いてないシンパンボトルが、沢山の冷や汗をかきながら所在無げに立ていた。
  うん、君は悪くないよ。ごめんね、こんな時にシンパンなんて頼んじて。

 「ごめん、ゆかり。俺が全部悪いんだ」

  ずるいな。そんな顔まで私好みだ。
  世界一ひどい振られ方をされていると言うのに私はまだ、彼のことを諦めきれない。


  五分後の私は、きと彼にこう強請るんだろう。

『別れる前に、私を抱いて』

  一番最後の、私のわがまま。それが朝には、自分を傷つける思い出になると知ていても。

『ね、お願い』

  ゆるゆると体を痺れさせる菫の毒をあえて飲み干すように、私は口を開くのだ。
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