てきすとぽい
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第67回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動10周年記念〉
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それは卵
(
すずはら なずな
)
投稿時刻 : 2022.02.19 23:45
字数 : 1115
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それは卵
すずはら なずな
赤ん坊を産んだ直後 美咲は居なくな
っ
た。病院のベ
ッ
ドは空だ
っ
た。
出産はスムー
ズだ
っ
たはずなのに 産声を聞くより先に気を失
っ
ていたらしい。
「元気な女の子ですよ」の声にも何の反応もなか
っ
たというが、その後の検査等では「ただ眠
っ
ているだけ」という診断に至り、目覚めるまで不安を抱えた僕はひたすら待つだけという状況だ
っ
た。
新生児室の赤ん坊はそんなことは知る訳がなく母親が様子を見に来て乳をくれるのを待
っ
ている。
初孫の誕生に大喜びし、お祝いを言いに来た双方の親は唖然とする。なにしろ母親にな
っ
たはずの嫁、わが娘が居ないというのだ。状況がさ
っ
ぱり解らない。
どういうことなの タクミさん。うちの子どこにい
っ
たの?赤ち
ゃ
ん置いて
何かあ
っ
たの?赤ち
ゃ
ん置いて 出産すぐの身体で居なくなるなんて。それも初産なのよ。どうするの?心当たりないの?どこにい
っ
たのか。
行き場所に心当たりどころか、こんなこと完全に想定外だ。
何か 何か 手がかりはないか。美咲に何が起こ
っ
た?美咲は何を考えている?
いや これから僕はどうしたらいい?
いやいや まずは今すぐのことだ。赤ん坊にミルク。母乳が無いんだ。ミルクをやらねば。
僕は新生児の部屋に行く。看護師から自分の赤ん坊をそれぞれ渡された母親たちは 授乳にいそしむ。
乳の出の足りない母親は哺乳瓶でミルクを、溢れるほど出るものは張
っ
た乳房からできるだけ赤ん坊に吸わせて、残りを絞
っ
て捨てる。母も赤ん坊もお互いに不慣れな場合は看護師がそばについている。
喜びに満ちた顔、不安でい
っ
ぱいの顔。無垢と信頼、愛情、喜び、少しの不安ととまどい。
そんな中、オトコが一人で入
っ
ていくのはなかなか勇気がいる。
皇帝ペンギン。そうだ、美咲が出産前にしきりと観ていたのはあの映像だ。
極寒の地で卵を産んだ雌はすぐに雄に卵を渡す。取り落とせばすぐに死が待つ氷の大地。
そ
っ
と受け取
っ
た雄は卵を自分の身体で包み込み ブリザー
ドの中で2ケ月飲まず食わずで卵を抱き続け
……
。
美咲の産んだのは卵なのか。僕はこれから一人で卵を抱き続けないといけないのか。
赤ん坊より卵の方がましかもしれない。僕は空腹に耐えて卵を抱き続ければいい。いや、社会生活はブリザー
ドなみに僕を痛めつけるはずだ。
いやいや、あれは卵なんかじ
ゃ
ない。にんげんだ
っ
た。駆けつけたとき気を失
っ
た美咲の傍に寝かされていたのは。
双方の両親の手助けを頼りにして、僕は赤ん坊をなんとか育てている。ミルクの作り方も慣れたもんだし、おむつだ
っ
て上手く替えられる。美咲の行方はまだ解らない。卵を産んだ雌ペンギンのつもりでいるのかもしれない。
可愛い笑みも見せるようにな
っ
た我が子を抱いていても 時々まだ、卵を抱いているように感じる時がある。
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