第67回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動10周年記念〉
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壁の向こう
白鯱
投稿時刻 : 2022.02.19 23:45
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壁の向こう
白鯱


「それは視覚器官に捉えられるのであるから、『見える』わけだ」
 また、泰輔の訳知り顔で、疎らなあごひげと櫛を通したことの無さそうな乱雑の長髪で斜めに顔を傾げて目を伏せる仕草を思い出す。
 ――ハンプテ・ダンプテトオンアウル。
 別に”今”なんて重要じなかたんじない。リプを塗り忘れた唇を噛みしめて、瞼をきつく閉じる。そうしないと、身体の中の水分が流れ出してとんでもないことになるのが分かる。
――コスミクエグ、ああ、これは宇宙の原初の姿で――
 胸の奥の方で響くような低い声。身体の線の出るようなミニのワンピにウブのかかた長髪でひげ面の泰輔と初めてあたのは学祭の時だた。
 工業系の単科大学で関東ではそこそこの名門だと思われている大学で、泰輔は応用化学の研究をしていた。
 あたしはおんなじ大学だたけど、工業デザインの学部で、三年になるまで出会わなかたのも、茨木の田舎にあたしのキンパスはあて、泰輔のキンパスは東京湾の海辺にある近代的なビルだたからだろう。
 冷やかしに出かけた都内のキンパスの学祭のエスカレーターを登り切た先の小さいスペースで、彼は宇宙と生命と題された発表をしていた。工科大学だから男子が多くて、サークルの伝統で、学祭では女装をするのが決まりなんだて郁美に言われて連れて行かれた。年の離れた従兄弟が入て居たサークルだから、面白い物が見れるよと言われたのが、中途半端な女装の軍団だた。誰も彼もが真面目な顔をしてすね毛も剃らず顔もそのままで、スカートを履いて宇宙と生命だとか、カオスがどうとか、エントロピーがどうとかという話をしている。
 あたしのインナーカラーの青が見えるのが珍しいのか、何人かの男子が視線を送てくたけど、その中で一番の長身だた泰輔は、目の前のホワイトボードに自分の研究の内容について絵を交えた説明していた。楕円形のイラストに「egg」と走り書きの英単語が添えられていた。
――宇宙の始まりは卵だたんだ」
 何の話だか全く分からなかた。リケジの端こにいたんだろうと思う。学外では理系で扱われてたし、入試は数学で突破したけど、理系ではなくてデザインがやりたかたから科学のことなんてよく分からない。
 どことなくそのひげ面が印象に残たのが最初だた。
 郁美とそのサークルのメンバーとの学祭後の飲み会に流れて、その後大学の傍の泰輔の家にみんなで集また後に、酔て開けた部屋にあた絵を見た。
 割れた卵の上から手を出して、今にも生まれて来そうな女がモチーフだた。
「宇宙が大きな生き物だて説があて」
 その絵の前で、揺れながらグラスを持ている泰輔の視線はその女に注がれていて、
「それじあ宇宙の性別てなんだろうて思う」
 LGBTとかそういた開放運動みたいのが単なる流行なのか、どこまでいても細分化されてて、自分の好きを自分で探して産み出さなきいけないのが、工業デザインにも男性的なもの女性的なものへのジンダートラルなデザインで今までの『普通』であたヘテロな自分の否定をしているような気がして、あたしは泰輔にそれを一気に話してしまたと思う。お酒の勢いもあて、なんだか感情が高ぶていて、ボロボロと頬を流れるのがわかてるのに、泣き上戸だけとか、性別に疲れてて、かわいい女子にかわいいから好きていうのは、レズの気持ちなのかなとか、迷ているのが、どうしたて髭面でミニスカートを履いていた泰輔の男臭さのかくしきれなさがなんだて悔しいと思てたからなのか。
「自己認識は好きな方でいいんだよね、相手が居れば好きな自分になれば解決するんだと思うよ」
 て言葉が、なんだか水の中みたいな、目を擦たからぼやけてたのか、絵の中の女の子に言われたような気がした。卒業制作の女の子ぽい作品ばかり思いつく自分の才能の無さについての気持ちが、枠の外に出られない自分の窮屈さが言葉に出来たのは別の学部の人だたからライバルとか思わなくて済んだからかもしれない。
 そんな風に他人の事を認めてくれてた泰輔だたけど、アール・ブリト展なんかに誘われて何時間も異形のよく分からない小さな字でびしりと書き込まれた献立を天井から物干しヒモで吊り下げたところで、なんでか泣いてた。

――Humpty Dumpty had great fall.

 泰輔の煙が煙突の先から流れて青空に消えていく。彼の絵のモデルが、郁美だたことを知たのは、彼に抱かれた後だた。あたしは郁美よりも悲しんでもいいのか分からなくて、隣で泣きじくる手をぎと握りしめて唇を噛んだ。
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