嘘のない世界
人類が嘘のない世界、真実だけの世界を手に入れて半世紀は経過しただろうか?
コンピ
ューターとIT、ネット技術の発展で、あまりにAIが進化しすぎた。Deep Learning、Machine Learningは行きつくところまで行きついて予測の的中率がほぼ100%になっていた。
ちょっと断りを入れておきたいが、CGもAI技術の数式を使ったある種の予測演算のアルゴリズムだ。推論の技術。なにか意外と思われるかもしれないがそれが、いやそれもAI技術です。もちろん、会話などの音声を分析するAIもありますが、あれもデータを学習して、そのデータを基にある種の推論をしていく技術だ。会話自体を分析するのだけがAIと思われますが、推論するのがAIで、21世紀の大疫病が広がっていた時点でこのAIがこれだけ急速に広がっていました。
もちろん会話AIもこの時期にかなりの進化を遂げました。特にあの大疫病で先進国がリモートワークにシフトしてチャットやビデオ会議の会話のデータを大量に取得したのがひとつのターニングポイントとなっていた。当時のメガプラットフォーマーがやっていた?それは半分正しくて半分間違っている。たしかにメガプラットフォーマーのクラウドの基盤を利用しました。ただし、メガプラットフォーマー自身はインフラを提供しただけで、そのAI化の分析自体を推し進めたのは企業や行政、政府だった。メガプラットフォーマーはそれをやるにリスクを感じていた。当時、すでにデータ、情報の寡占化が問題となっていたため、メガプラットフォーマーは手を出せなかった。企業や行政、政府が自らの組織に属する人間のデータを収集し学習をはじめました。それも最初は当時の流行りだったコンプライアンス、ガバナンス順守のために。嘘を見抜いて事前に防止しないと組織運営上のリスクが大きくなる。不正に嘘がないことはほぼありえない。正直に本音ベースで話し合い、する不正は本物の犯罪です。そんなものは当時でも許されていなかったし、AIの進化の過程でもっとも最初に対策がなされました。それでも人類は物足りず、嘘をつくと、すぐに推論して検知、分析できるシステムを求めました。人類は嘘のつけない世界にしました。メガプラットフォーマーの情報監視もここで終わりになった。
それが暴走をはじめた?いや、逆で、人類は誰も嘘をつけない真に自由で公正な社会基盤を手に入れたのだった。
僕は授業で21世紀はじめのアメリカ大統領の演説を見ている。公民の授業だ。トランプだった。アメリカが内戦になって、もう何年だろうか?アメリカは嘘をつけない世界になり、共和党と民主党がお互い本音をぶつけあうようになった。一方では白人vs黒人vsスパニッシュの主張もはっきりし、さらにもう一方では中絶容認vs中絶反対などと言う複雑な対立状況になり、連邦制度が破綻した。そして、青い州と赤い州の内戦が起こった。ただ、これが面白いところなのだが、銃社会のアメリカだからさぞかし死者が増えたことだと思うだろう。しかし、嘘をつけない社会になり、嘘を見破るカメラやゴーグルが普及し、人が銃を持っているか?いつトリガーを引くかがわかるようになり銃撃戦で死者が出なくなった。そうです、銃が発射されるのがわかるのなら、簡単なことで逃げればいいだけだった。そういうわけですべての暴力は成立しなくなった。ただ、お互いににらみあうだけ。そのとおりで、お互いの発する言葉で嘘をつけば、すべては相手に嘘とわかるのだからコミュニケーションは成立しない。だから、正直ベースで状況が発生すると言うおかしな内戦になったのです。それまでの戦争はだましあいの戦略の出し合いでした。いまや、それは成立しなくなりました。緊張がピークに達して銃撃しあうようになりそうになるとお互いに引く。ただ、合意も成立しない。妙な妥協点がなく解決しない内戦。
ドナルド・トランプ。この大統領はかつて評価が低かったようだが、いまではすべての思い、正直に話していた大統領と評価が高い。逆にバイデン、オバマ、クリントンはいいことを言っていたが、自分の本当の思いではなかったとわかり、評価が低くなった。
日本では安倍晋三の評価が高まった。民主党で評価が高まった首相経験者は野田佳彦だけだった。特に安倍晋三への追悼演説は全部、本音で話していたこと理解され評価された。とにかく評価が低くなったのが、岸田だ。たしかに彼は嘘を言っていなかった。ただ、嘘を言っていないのがわかると言うことは、ほぼイコールでなにも考えていない、つまりはなにかを聞かれた時の反応でなにも考えていないこともわかり、分析される。ただ、オウム返しの返事をしていただけだった。岸田は、当時、私は聞く耳を持ちますと言っており、たしかに聞いていたが、そこから先はなにも考えていなかったのだ。この技術、嘘を分析する研究段階の初期で、このことがマスコミにリークされ、岸田体制はぶち壊れた。
だが、この岸田的態度が日本から消えたわけではなかった。日本の多くの国民はこの岸田的態度のただ聞くだけの人間になり、一部の自分の意志を発するリーダーのみが政治家、官僚、企業の幹部となった。
しかし、これは格差ではなかった。人間の能力が公平に評価された結果だった。日本人はアメリカ人のようにみなが本音で自分の意志を持って話す人種ではなかっただけであった。それが本来の日本の気質だった。匿名掲示板やSNSでただ誹謗中傷だけをしている人間もあぶりだされた。結果として、人の能力の差がはっきりして、適切な職や職位に人々は属し、長年の日本の問題だった労働生産性も改善した。そして、再び日本は世界の工場となり、世界で一番の成長を手にした。それと、中国とEUがかなり変化したためだ。
中国は、そうはうまくいかなかった。もともと、個性のはげしい人種だ。おもしろかったのは共産党指導層がいかに共産党員いや国民を恐れているかが表出して、共産党指導体制が崩壊したのだった。習近平は三期目の就任の時に台湾侵攻を謳っていたが、実はことが失敗した場合の自分の党の体制や亡命先などを優先して考えており、それが白日のもとにさらされ失脚した。これ以降は台湾や解放されたウィグル、チベットなどを巻き込み、統一どころか各地域が独立した。アメリカと違うのは、中国人と言っても、この中国人と言う単語も習近平体制の頃のものだが、彼らは本音で話し合うとお互いの利益を尊重し、攻撃をしあうことは無益だと察したのだった。独立して各地域で最低限の貿易関係だけは成立していた。アメリカのような内戦にはならなかった。だが、当然、世界の工場としての機能は失った。
EUにしても中国と似たようなものだった。通貨としてのユーロも残り、各国の自由な行き来も廃止されることはなかったが、各国が要塞都市化して最低限の貿易だけになった。20世紀に誕生した相互依存のEUと言うシステムを破壊するまでのメリットはなかったのはわかっていた。嘘がつけず、本音だけで話すと、異文化のコミュニケーションは成立しづらくはなるが、20世紀以下の生活・文化水準までは落としたくないと言うのもまた嘘のつけない世界での相互の本音だった。
これは僕が公民で習った現代だった。もちろん、これにも嘘はない。多分に差別的な要素も混ざっている。ただ、嘘のつけない世界なのだから、これは当然だ。検閲とは違う。検閲の逆だ。ただ、これを、検閲をしない検閲だというもののも一部にはいたのも事実だ。とは言え、多くの人は、嘘をつきあう真実のない世界よりいまの世界のましだと教育で学んでいた。フェィクニュースを利用した世論誘導もなくなっていた。
プーチンの大虐殺。この戦後処理は四半世紀かかった。あらゆる嘘が暴かれていった。これももともとプーチンの嘘からはじまっていた。だが、それ以上の嘘がこの戦争では吐かれていた。人類はそうやって、歴史からちゃんと学べるように変化していた。
僕は授業が終わり、隣の女子に話しかけた。たいして仲はよくない。
「いまの授業、面白かったね」
「そうね」
僕のゴーグルにメッセージが流れる。
「こいつは本音ベースでなんでも話すけど、趣味が悪い」
僕は一言だけ言った。
「そうだね」
彼女も察したようで、笑顔で「そうね」と言った。僕は教室を出てトイレに向かっ