第24回 文藝マガジン文戯杯「Silent」
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つぼみの神話
投稿時刻 : 2023.11.26 14:05
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つぼみの神話
木嶋章夫


「さき何を撮ていたんですか? ちとスマホの中の写真を見せてくれませんかねえ」
   地元のライフセーバーだろうか。屈強な男だ。いきなり、砂浜で水着を着て座ている僕のところにやてきてそう言た。
「いいですけど、つまりませんよ?」
 僕はそう言うと、スマホを操作して、たくさんある浅瀬の岩の写真を男に見せた。
「趣味でこういうものを撮ているんです」
 と僕は言た。
「ほう、いいじありませんか」
 男はそうは言うものの、あまり納得がいていないふうで、なかなか立ち去ろうとしなかた。
「いや、さき水着の女性を撮ているひとがいるという報告を受けまして……いや、失礼いたしました」
 と男は謝た。
「いいんですよ。海ではそういう誤解もあるかもしれませんね。お勤めご苦労様です」
 僕がそう言うと、男はかるく頭を下げて立ち去て行た。
 僕はペトボトルのコカコーラを全部飲むと、水着の上からTシツを着て、民宿に戻ろうと決めた。砂浜に足をとられながら、民宿への道を歩いて行た。
 途中セブンイレブンに寄て、2リトル入りのポカリスエトとハンバーグ弁当を買て民宿に戻た。
 民宿の畳敷きの自分の部屋に戻ると、すぐにスマホを確認した。
 先ほど撮た写真を見直した。
 そこには可愛らしい黄色いビキニ姿の少女が8枚写ていた。小学5年生か6年生くらいだろう。波打ち際ではしいでいる姿が見事に写ていた。見つからないように盗撮していたのだ。
 もしこの写真をライフセーバーの男に見られていたら警察に通報されていただろう。運が悪ければ報道され、社会的地位も失ていただろう。と言ても失うものなど今更なにもないのだが。浅瀬の岩の写真も撮ておいて助かた。危険を犯してまで手に入れた大切な8枚の少女だ。
 そのはしいで笑う姿はかなり可愛く見えた。美少女といていいだろう。髪は肩のあたりまでの長さで、瞳が大きくて美しかた。ちと痩せ気味の身体をしているのが好みだた。
 まだ胸がほとんどないのにビキニを着ているのが微笑ましく、わずかに膨らんだ胸を凝視するのに長い時間をかけた。
 下半身は残念ながら、波が邪魔をしてほとんど写ていない。下半身は想像するしかなかた。
 僕は大きなお尻ではなく、小さなお尻を想像した。腰のくびれもほとんどなく、したかも知れない淫毛の処理の情景をも想像した。
 僕は実際の性交には興味がなかた。この少女とも性交したいとは思わなかた。独特の強すぎる力を加える自慰を繰り返し続けたあげく、性交の際には完全な不能に陥たのだた。
 僕が望んでいることはただ一つ、砂浜や街で美しい少女を見かけて、この世に生まれてきたことをひたすら感謝する。それだけだ。
 少女が信仰の対象になていると言てよかた。少女の写真を撮ることは、僕のささやかな偶像崇拝だた。ありえないことだが、もしも少女が存在しないとしたら、僕はとうの昔に自殺していただろう。しかし少女が存在していても、自殺に対する誘惑に襲われる夜は多いのだ……
 少女はあまりに神々しかたため、僕には少女から見られることさえ辛いときがあた。有罪の自覚がそうさせるのだた。まれに少女と街中で目が合てしまたときなど、僕は自分の醜さが恥ずかしかた。消えてしまいたかた。このようにして、少女の存在が僕を自殺の危機に追い込むことさえあたのだ。
 よく無能な若者が、誰かの命を救て死にたいなどと考えるものだが、僕の場合はその誰かが少女に限定されていた。少女は僕のことなどすぐ忘れ、他の男と結ばれるだろう。それでいい、と僕は考える。最終的には、僕は少女から完全に忘れ去られることを望んでいるのだから。

 僕はネバダたんと呼ばれている美少女殺人犯のことを思い出していた。
 彼女は11歳の時に、親友の少女をカターナイフを使て惨殺したのだた。
 テレビなどで報道されたネバダたんの写真の可愛らしさに、世間は騒然となた。たくさんのフンを生み出し、ネバダたんのコスプレをする少女が後を絶たなかた。
 僕がネバダたんのことを思い出したのは、僕が写真に写した少女が、どことなくネバダたんに似ていたからだた。切ない瞳が似ているように思えた。
 しかしネバダたんの写真で本物なのは、僕が知る限り一枚しかない。左手でピースをしている写真だ。そのニクネームの由来となた、「NEVADA」と胸に書かれたパーカーを着ている。一時期このパーカーが飛ぶように売れたという噂もあた。
 ネバダたんの写た写真がこの一枚しかないことを、僕は非常に残念なことだと思う。もちろんネバダたんの写真はずと昔から僕のスマホの中に保存されてある。
 僕は今日自分で写した少女の写真と、ネバダたんの写真を比べてみた。やはり瞳が似ているが、それほどでもないかも知れない。
 ネバダたんは今、30歳になているはずだ。
 30歳という年齢の女性は、僕にとて完全に興味のない存在だた。
 僕は少女しか愛せなかた。しかしそれは僕が望んだことでもあるのだ。
 ネバダたんのことを思い出すと、僕はラスコーリニコフのことを思い出さずにはいられない。
 『人間は凡人と非凡人の2種類に分けられる。社会を発展させるため、非凡人は凡人に服従するのが義務であり、非凡人は現状を打破し世界を動かすために、既存の法律を無視してもかまわない。非凡人こそが真の人間である』と考えたラスコーリニコフとネバダたんを関連づけて考えずにいられない。
 ネバダたんに比べれば、殺された少女は残念ながら、可愛らしくなかたのだろう。それをネバダたんは当然ながら承知していた。ネバダたんは親友を『殺してもかまわない』と考えたことは間違いないのだ。
 ラスコーリニコフは老婆とその義妹を殺したことに対して、物語の最後まで反省しなかた。ネバダたんも謝罪の手紙を、被害者の両親に一度も出さなかたのだ。
 法律の裁きは問題ではない。問題はネバダたんが永遠に愛され続けるであろうということだ。凡人たちが、殺された少女ではなく、ネバダたんの方を支持しているということなのだ。
 噂によると、今ではネバダたんは結婚して子供までいるという。
 僕はネバダたんの夫になた男に激しく嫉妬する。涙を流すまでに嫉妬する。
 自分が凡人どころか、それ以下の屑のような人間であることを思い出さされる。
 ネバダたんはその可愛らしさと、僕たちにはとてもできないことをいとも簡単にやり遂げてしまたという非凡人さによて、僕たちを救い続けてゆくだろう。

 先日、精神科に受診に行た。
 僕は自分より若いであろう医者に、いつものように「眠れない」と訴えた。まるで何も出来ない子供のように。
 眠る前に飲む薬が少し増えた。それで診察は終わるはずだた。
「先生、実は僕、ほぼ完全にインポテンツなんですが……
 歳下の医者に、勇気を出して言たつもりだた。
「薬が原因なんじないでしうか。老いたといても、僕はまだ50歳です。完全にインポテンツということはないでし……
「でもねえ、これ以上薬を減らすわけにはいかないんですよね。インポテンツに関しては、こちらで考えておきます。それではまた二週間後に」
 これで診察は終わた。薬を減らすわけにはいかない、お前のちんぽを勃たすわけにはいかない、と言われているように感じた。
 僕は深いさみしさを感じていた。ここで気がついた。僕は本当は少女と性交したいんじないかと。やはり結局のところ、行き着くところは性交なのだろうか。
 これまで何度も少女との性交を収めた違法DVDを観てきたが、少女たちは明らかに感じてはいなかた。それが僕には耐え難かたのだ。するからには、全力を尽くして感じてもらいたいという思いが僕にはあた。それがゆえに、僕は少女との性交を収めた違法DVDが嫌いだた。
 しかし少女の裸体は美しかた。胸はほとんどなく、尻は大きくなく、また陰毛も生えてはいなかた。その裸体を舐めてみたくないと言たら嘘になるだろう。
 性交以外の方法で少女と結ばれたいとひそかに考えていたが、そもそもそんなもの無いのだろうか。
 心と心の結びつき……それが果たして、年端もゆかぬ少女と可能なのだろうか。
 恋愛は、どちらかがどちらかをより愛しているという意味で、結局は片想いにすぎないと考える。そして片想いでかまわないと考えている。僕が少女に対してしているのは片想いなのだ。場合によては命を捧げてもかまわないと考えるほど、僕は少女を愛している。
 よく少女性愛者は、大人の女性に対する恐れから生まれると言われているが、あるいはそういう人もいるのかも知れない。しかしそういう人達は偽の少女性愛者にすぎない。本当だたら、大人の女性で間に合うのならば、それは少女性愛者とは言えない。
 僕は過去、大人と呼ばれるような年齢の女性と付き合てきた。そして性交もした。しかしそれは少女と交際することができないので、しかたなく妥協してしたことだたのだ。大人の女性と交際して、幸せだと感じたことがなかたわけではなかた。しかし心は常に少女を求めていた。少女特有の美しさに、完全に心を奪われていた。
 少女性愛者とは、少女特有の美しさに魅入られた人々のことなのだ。

 医者は薬を減らしてはくれなかたが、それには理由があた。僕は躁鬱病だたが、去年の冬に躁状態になり、警察沙汰になているのだ。
 空を飛ぶカラスが、人間の言葉で、僕に「山に登れ!」と命令した。僕は恐怖からそれに逆らうことができなかた。
 僕は11月の夜、強い風の中、クロミちんのTシツ一枚とGパン、それに裸足という姿で外に出た。手には武器として傘を一本持ていた。本当はゴルフのドライバーか、金属バトが良かたのだが、傘くらいしか武器になりそうなものが無かたのだ。
 山に向かう途中で背の高い青年に出くわして、僕はいきなり彼の頭に傘を振り下ろした。敵だと思たのだ。
「痛え! なんだこいつ! こいつやちまおうか!」
 傘によるダメージはほとんど無かたらしく、男は僕と対峙した。僕がまた傘を振り下ろすと、それは外れ、その隙を狙て男は僕の脳天に三発、蹴りをぶち込んできた。男は格闘技経験者だたようだ。僕は気絶した。しかしすぐに立ち上がて、すでに離れたところにいる男に向かて、
「てめえが気狂いだろこのやろう!」
 と思い切り叫んだ。
 持ていた傘はボロボロに折れていたのでそれを捨て、僕は山に向かて歩き出した。
 駅に向かう途中、わざと人にぶつかて歩いた。敵を牽制するためだた。もちろん文句を言てくる奴もいたが、思い切り睨み返してやたら、尋常でないものを感じたらしく、何もしてこなかた。
 千葉駅に着いたが、金がないので自動改札はそのまま通過した。扉が閉またが、強引に突破した。
 僕は裸足で電車に乗り込み、空いている席に座た。電車内はほぼ満員だたが、僕のとなりに座ろうとする人はいなかた。明らかに僕は尋常でない人間だたのだ。
 しばらくすると体格のいい男が僕の隣に座てきた。その男はずとスマホを見ていたので、僕もそのスマホを覗き込んだ。するとそのスマホの中で、僕を主演にしたドラマが始まるという映像が流れていた。罠だと僕は思た。隣に座ている体格のいい男は、一度たりとも僕と目を合わせずに電車を降りて行た。
 茂原で僕は電車を降りた。
 裸足で、自動改札は強引に突破し、僕は歩いて山へと向かた。
 茂原は僕の生まれ故郷だ。知り合いもたくさんいる。僕は知り合いの家の一軒に行き、チイムを何度も鳴らした。
「助けてください、このままでは殺されてしまいます。助けてください!」
 しかし家の中からは何の反応も無かた。僕はあきらめて山に向かうしかなかた。
 すでに深夜になていた。茂原の町は静まり返り、ただヤクザだけが僕を黒い車に乗て追て来ていた。捕またら殺されてしまうだろう。ヤクザの車が来るたびに、僕は物陰に隠れてやりすごした。僕の裸足の足の裏には、たくさんの金属やガラスが刺さていた。
「山に登れ!」
 僕は再びカラスに命令されると、近くにあた山に登り始めた。藪に覆われた、急な勾配の山だた。足の裏にはたくさんの藪が突き刺さた。
 山に登ている途中、ズボンとパンツが脱げてしまた。僕は下半身真裸のままで山に登ることになた。
 やがて体力の限界が近づき、僕は死を覚悟した。最後に願たことは、縁を切てきた妹の幸福だた。僕はこの山で死ぬだろう。しかし妹には幸せになて欲しかた。噂では結婚して、子供も二人いるということだた。
「山に登るのを休むんじねえ!」
 カラスに恫喝されて、僕はまたゆくりとだが山に登り始めた。
「全部映像に撮てるからな!」
「お前のちんぽも、全部撮てるぜ!」
 なんとか山の頂上に辿り着いた時には、朝になていた。神秘的な気持ちだた。朝の光に照らされて、僕は幸せさえ感じたのだた。
 すでに体力が残ていないため、下山は転がり落ちて行うことにした。真裸の下半身に、たくさんの藪が刺さた。転がり落ちながら死ぬかと思たが、なんとか生きたまま下山できた。
 家が一軒見えたため、そこまで何とか歩いて行て、チイムを鳴らした。僕はクロミちんのTシツ一枚に、下半身が真裸という姿だた。
「助けてください! このままでは殺されてしまいます!」
 僕は死にそうになりながらチイムを押して言葉を発した。すると、
「雉町くん!?」
 と聴いたことがある声がした。なんとここは昔の彼女の家だたらしい。結婚してここに住んでいたのだた。
「あんなに汚いおさんを家に入れるの? 絶対に嫌だよ!」
 と、彼女の息子らしい男の子の声がした。
 彼女は子供を望めない体だたが、子供ができたのだ。僕は本当に嬉しかた。
「どうやら風呂に入れてくれるらしいぞ。いい家だな!」
 とカラスが言た。
 僕は家の人が出て来るまでいつまでも立て待ていた。
 すると覆面パトカーがやてきて、僕はあという間に捕まてしまた。警察署でしばらく檻の中に閉じ込められたあと、精神病院に覆面パトカーで直行した。
 医者に統合失調症だと診断を下され、千葉県知事の命令で強制的に入院させられることになた。
 しばらく閉鎖病棟にいて、開放病棟に出ることになたが、そこにはたくさんの患者がいた。
 その中に非常に美しい女性がいた。30歳くらいだろうか。30歳くらいの女性に興味はなかたが、なぜその女性に興味がわいたのだろうか。
 彼女と目と目が合た時、非常に長い沈黙が流れた。忘れられない瞳だた。その時、僕はすべてを理解した。
 彼女は成長したネバダたんだたのだ。千葉県の精神病院に入ていたのだた。
 僕はやと合点がいた。僕はここでネバダたんに殺されるのだ。そのための長い長い旅だたのだ。
 できることなら11歳のネバダたんに殺されたかたが、贅沢を言うことはできない。
 カターナイフを持ち込めない病棟において、ネバダたんはどうやて僕を殺してくれるのか、それを考えると、やと救われるような気がして来るのだた。
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