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第24回 文藝マガジン文戯杯「Silent」
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…
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〔 作品4 〕
つぼみの神話
(
木嶋章夫
)
投稿時刻 : 2023.11.26 14:05
字数 : 6136
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つぼみの神話
木嶋章夫
「さ
っ
き何を撮
っ
ていたんですか? ち
ょ
っ
とスマホの中の写真を見せてくれませんかねえ」
地元のライフセー
バー
だろうか。屈強な男だ。いきなり、砂浜で水着を着て座
っ
ている僕のところにや
っ
てきてそう言
っ
た。
「いいですけど、つまりませんよ?」
僕はそう言うと、スマホを操作して、たくさんある浅瀬の岩の写真を男に見せた。
「趣味でこういうものを撮
っ
ているんです」
と僕は言
っ
た。
「ほう、いいじ
ゃ
ありませんか」
男はそうは言うものの、あまり納得がい
っ
ていないふうで、なかなか立ち去ろうとしなか
っ
た。
「いや、さ
っ
き水着の女性を撮
っ
ているひとがいるという報告を受けまして
……
いや、失礼いたしました」
と男は謝
っ
た。
「いいんですよ。海ではそういう誤解もあるかもしれませんね。お勤めご苦労様です」
僕がそう言うと、男はかるく頭を下げて立ち去
っ
て行
っ
た。
僕はペ
ッ
トボトルのコカコー
ラを全部飲むと、水着の上からTシ
ャ
ツを着て、民宿に戻ろうと決めた。砂浜に足をとられながら、民宿への道を歩いて行
っ
た。
途中セブンイレブンに寄
っ
て、2リ
ッ
トル入りのポカリスエ
ッ
トとハンバー
グ弁当を買
っ
て民宿に戻
っ
た。
民宿の畳敷きの自分の部屋に戻ると、すぐにスマホを確認した。
先ほど撮
っ
た写真を見直した。
そこには可愛らしい黄色いビキニ姿の少女が8枚写
っ
ていた。小学5年生か6年生くらいだろう。波打ち際ではし
ゃ
いでいる姿が見事に写
っ
ていた。見つからないように盗撮していたのだ。
もしこの写真をライフセー
バー
の男に見られていたら警察に通報されていただろう。運が悪ければ報道され、社会的地位も失
っ
ていただろう。と言
っ
ても失うものなど今更なにもないのだが。浅瀬の岩の写真も撮
っ
ておいて助か
っ
た。危険を犯してまで手に入れた大切な8枚の少女だ。
そのはし
ゃ
いで笑う姿はかなり可愛く見えた。美少女とい
っ
ていいだろう。髪は肩のあたりまでの長さで、瞳が大きくて美しか
っ
た。ち
ょ
っ
と痩せ気味の身体をしているのが好みだ
っ
た。
まだ胸がほとんどないのにビキニを着ているのが微笑ましく、わずかに膨らんだ胸を凝視するのに長い時間をかけた。
下半身は残念ながら、波が邪魔をしてほとんど写
っ
ていない。下半身は想像するしかなか
っ
た。
僕は大きなお尻ではなく、小さなお尻を想像した。腰のくびれもほとんどなく、したかも知れない淫毛の処理の情景をも想像した。
僕は実際の性交には興味がなか
っ
た。この少女とも性交したいとは思わなか
っ
た。独特の強すぎる力を加える自慰を繰り返し続けたあげく、性交の際には完全な不能に陥
っ
たのだ
っ
た。
僕が望んでいることはただ一つ、砂浜や街で美しい少女を見かけて、この世に生まれてきたことをひたすら感謝する。それだけだ。
少女が信仰の対象にな
っ
ていると言
っ
てよか
っ
た。少女の写真を撮ることは、僕のささやかな偶像崇拝だ
っ
た。ありえないことだが、もしも少女が存在しないとしたら、僕はとうの昔に自殺していただろう。しかし少女が存在していても、自殺に対する誘惑に襲われる夜は多いのだ
……
。
少女はあまりに神々しか
っ
たため、僕には少女から見られることさえ辛いときがあ
っ
た。有罪の自覚がそうさせるのだ
っ
た。まれに少女と街中で目が合
っ
てしま
っ
たときなど、僕は自分の醜さが恥ずかしか
っ
た。消えてしまいたか
っ
た。このようにして、少女の存在が僕を自殺の危機に追い込むことさえあ
っ
たのだ。
よく無能な若者が、誰かの命を救
っ
て死にたいなどと考えるものだが、僕の場合はその誰かが少女に限定されていた。少女は僕のことなどすぐ忘れ、他の男と結ばれるだろう。それでいい、と僕は考える。最終的には、僕は少女から完全に忘れ去られることを望んでいるのだから。
僕はネバダたんと呼ばれている美少女殺人犯のことを思い出していた。
彼女は11歳の時に、親友の少女をカ
ッ
ター
ナイフを使
っ
て惨殺したのだ
っ
た。
テレビなどで報道されたネバダたんの写真の可愛らしさに、世間は騒然とな
っ
た。たくさんのフ
ァ
ンを生み出し、ネバダたんのコスプレをする少女が後を絶たなか
っ
た。
僕がネバダたんのことを思い出したのは、僕が写真に写した少女が、どことなくネバダたんに似ていたからだ
っ
た。切ない瞳が似ているように思えた。
しかしネバダたんの写真で本物なのは、僕が知る限り一枚しかない。左手でピー
スをしている写真だ。そのニ
ッ
クネー
ムの由来とな
っ
た、「NEVADA」と胸に書かれたパー
カー
を着ている。一時期このパー
カー
が飛ぶように売れたという噂もあ
っ
た。
ネバダたんの写
っ
た写真がこの一枚しかないことを、僕は非常に残念なことだと思う。もちろんネバダたんの写真はず
っ
と昔から僕のスマホの中に保存されてある。
僕は今日自分で写した少女の写真と、ネバダたんの写真を比べてみた。やはり瞳が似ているが、それほどでもないかも知れない。
ネバダたんは今、30歳にな
っ
ているはずだ。
30歳という年齢の女性は、僕にと
っ
て完全に興味のない存在だ
っ
た。
僕は少女しか愛せなか
っ
た。しかしそれは僕が望んだことでもあるのだ。
ネバダたんのことを思い出すと、僕はラスコー
リニコフのことを思い出さずにはいられない。
『人間は凡人と非凡人の2種類に分けられる。社会を発展させるため、非凡人は凡人に服従するのが義務であり、非凡人は現状を打破し世界を動かすために、既存の法律を無視してもかまわない。非凡人こそが真の人間である』と考えたラスコー
リニコフとネバダたんを関連づけて考えずにいられない。
ネバダたんに比べれば、殺された少女は残念ながら、可愛らしくなか
っ
たのだろう。それをネバダたんは当然ながら承知していた。ネバダたんは親友を『殺してもかまわない』と考えたことは間違いないのだ。
ラスコー
リニコフは老婆とその義妹を殺したことに対して、物語の最後まで反省しなか
っ
た。ネバダたんも謝罪の手紙を、被害者の両親に一度も出さなか
っ
たのだ。
法律の裁きは問題ではない。問題はネバダたんが永遠に愛され続けるであろうということだ。凡人たちが、殺された少女ではなく、ネバダたんの方を支持しているということなのだ。
噂によると、今ではネバダたんは結婚して子供までいるという。
僕はネバダたんの夫にな
っ
た男に激しく嫉妬する。涙を流すまでに嫉妬する。
自分が凡人どころか、それ以下の屑のような人間であることを思い出さされる。
ネバダたんはその可愛らしさと、僕たちにはとてもできないことをいとも簡単にやり遂げてしま
っ
たという非凡人さによ
っ
て、僕たちを救い続けてゆくだろう。
先日、精神科に受診に行
っ
た。
僕は自分より若いであろう医者に、いつものように「眠れない」と訴えた。まるで何も出来ない子供のように。
眠る前に飲む薬が少し増えた。それで診察は終わるはずだ
っ
た。
「先生、実は僕、ほぼ完全にインポテンツなんですが
……
」
歳下の医者に、勇気を出して言
っ
たつもりだ
っ
た。
「薬が原因なんじ
ゃ
ないでし
ょ
うか。老いたとい
っ
ても、僕はまだ50歳です。完全にインポテンツということはないでし
ょ
う
……
」
「でもねえ、これ以上薬を減らすわけにはいかないんですよね。インポテンツに関しては、こちらで考えておきます。それではまた二週間後に」
これで診察は終わ
っ
た。薬を減らすわけにはいかない、お前のちんぽを勃たすわけにはいかない、と言われているように感じた。
僕は深いさみしさを感じていた。ここで気がついた。僕は本当は少女と性交したいんじ
ゃ
ないかと。やはり結局のところ、行き着くところは性交なのだろうか。
これまで何度も少女との性交を収めた違法DVDを観てきたが、少女たちは明らかに感じてはいなか
っ
た。それが僕には耐え難か
っ
たのだ。するからには、全力を尽くして感じてもらいたいという思いが僕にはあ
っ
た。それがゆえに、僕は少女との性交を収めた違法DVDが嫌いだ
っ
た。
しかし少女の裸体は美しか
っ
た。胸はほとんどなく、尻は大きくなく、また陰毛も生えてはいなか
っ
た。その裸体を舐めてみたくないと言
っ
たら嘘になるだろう。
性交以外の方法で少女と結ばれたいとひそかに考えていたが、そもそもそんなもの無いのだろうか。
心と心の結びつき
……
それが果たして、年端もゆかぬ少女と可能なのだろうか。
恋愛は、どちらかがどちらかをより愛しているという意味で、結局は片想いにすぎないと考える。そして片想いでかまわないと考えている。僕が少女に対してしているのは片想いなのだ。場合によ
っ
ては命を捧げてもかまわないと考えるほど、僕は少女を愛している。
よく少女性愛者は、大人の女性に対する恐れから生まれると言われているが、あるいはそういう人もいるのかも知れない。しかしそういう人達は偽の少女性愛者にすぎない。本当だ
っ
たら、大人の女性で間に合うのならば、それは少女性愛者とは言えない。
僕は過去、大人と呼ばれるような年齢の女性と付き合
っ
てきた。そして性交もした。しかしそれは少女と交際することができないので、しかたなく妥協してしたことだ
っ
たのだ。大人の女性と交際して、幸せだと感じたことがなか
っ
たわけではなか
っ
た。しかし心は常に少女を求めていた。少女特有の美しさに、完全に心を奪われていた。
少女性愛者とは、少女特有の美しさに魅入られた人々のことなのだ。
医者は薬を減らしてはくれなか
っ
たが、それには理由があ
っ
た。僕は躁鬱病だ
っ
たが、去年の冬に躁状態になり、警察沙汰にな
っ
ているのだ。
空を飛ぶカラスが、人間の言葉で、僕に「山に登れ!」と命令した。僕は恐怖からそれに逆らうことができなか
っ
た。
僕は11月の夜、強い風の中、クロミち
ゃ
んのTシ
ャ
ツ一枚とGパン、それに裸足という姿で外に出た。手には武器として傘を一本持
っ
ていた。本当はゴルフのドライバー
か、金属バ
ッ
トが良か
っ
たのだが、傘くらいしか武器になりそうなものが無か
っ
たのだ。
山に向かう途中で背の高い青年に出くわして、僕はいきなり彼の頭に傘を振り下ろした。敵だと思
っ
たのだ。
「痛え
っ
! なんだこいつ! こいつや
っ
ちまおうか!」