◆hiyatQ6h0cと勝負だー祭り
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不明瞭の箱
投稿時刻 : 2024.07.23 12:17
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不明瞭の箱
こてこてXJ


 エレベーターがないので階段をあがる。
 四階しかないが、しかりした造りの清潔なマンシンだた。
 届け先は四〇一号室。いちばん上の角部屋だた。
 コンクリにはやや年季が入ているが、ゴミは落ちていない。わりと家賃が高そうだ。
 四〇一の前につき、スポーツバグから箱を取りだす。
 こんな大きいバグを持てきてしまたが、品物は一辺十センチの立方体だた。両手で包みこめる。
 綺麗な箱だた。
 黒地に金で模様が描かれている。円、流れる雲、輝く星。そんな感じの図案だた。なにでできているか、材質がいまいちわからないが軽い。
 観賞用としか思えないが、保護ケースもなかたし、受け渡しは雑だた。用途不明の箱だ。
 まあいい。これをここに持てくれば金がもらえる。箱の受取を入れても、家から三十分自転車に乗ればいいだけ。詐欺だたとしてもなんてことはない。
 箱を左手に持ち、バグを肩にかけなおすと、俺はインターホンのボタンを押した。
 中年くらいの女の声がした。
「言え」
 あまりにつけんどんで面食らた。なんて言えばいいかわからない。しばし頭をめぐらして、思い当たりを口にする。
「ウルトラエデンです」
 この箱を受け取た場所の名前だた。返事のかわりにドアの向こうから鍵の回る音がする。扉がゆくり開いた。
 出てきた相手に、俺は息をのんだ。箱を落としそうになる。
 扉の隙間にもじもじと身悶えているのは、裸の女子児童だた。
 頭の高さは俺の胸くらい。片手で隠している胸は未発達で、わずかな曲線を描いているだけ。右手をこちらへ差しだしているので、股間はあらわだ。生えていない。
 髪の短い女の子は、上目遣いで俺に手を向けていた。無邪気なのではなく、明らかに羞恥を感じている。
 虐待か。
 戸惑たが、時間をかけては悪い。俺はすぐ女の子に箱を手渡した。
 無言でドアが閉まる。
 衝撃的だた。しばしドアの前に立ち尽くし、ひと息吐いて帰り道をとる。
 通報するべきか。
 通報すると、こちらの素性も聞かれるだろうか。少なくとも電話番号は控えられてしまう。金はどうなる。
 逡巡しながら階段をおりていたが、自転車の前まで戻ると、態度を決めた。
 しばらく様子を見よう。
 このデリバリーは、まだ何回か続くはずだたから。
 
 友人から教えてもらた闇バイトのサイトで、この仕事をみつけた。
 危険なことをするつもりはなかた。興味本位で眺めていただけだた。
 そこに、なんとも不可解なこのバイトの求人があた。
『カンタン。箱を運ぶだけ。数回。一回三万円。くすのき台に住んでる人限定。二十代男性のみ』
 なんだこり。でも三万か。近所だし。
 応募するとすぐ電話がかかてきた。低い男の声が告げた。
 ウルトラエデンという店から、あのマンシンまで箱を運べ。場所は調べればすぐわかる。夕方五時から六時のあいだ。それだけだ、と。
 ウルトラエデンというのも、よくわからない店だた。
 近くのマンシンの一階に入ているテナントで、英語とカタカナで店名が書かれた看板がついていた。しかし窓はカーテンが閉ざされ、営業している様子はない。
 インターホンを押しても、うんともすんともいわないので、ドアノブに手をかけてみた。扉は開いた。入口の床にぽつんと、無造作にあの箱が置かれていただけだた。
 ウルトラエデンのなかは薄暗く、作業机が何台か。その上に積まれた段ボール箱。白い梱包材が散らばる。店とも思えなかた。
 怪しいところはいろいろあるが、危険はないようだたし、これで三万もらえるならと、俺は指示に従た。

 箱を持ていた日の夕食後、俺は女児の裸を思いだし、思い切り吐いた。気持ちの表面にはそんなことないのだが、心のどこかで虐待に対する嫌悪感がうずいていたのかもしれない。
 翌日、銀行アプリをチクすると、金は振り込まれていた。これは続けるに値するバイトだと思た。ちと嫌だが。
 すぐに次の指示が来た。前回とまたく同じ。夕方五時から六時のあいだに、ウルトラエデンからマンシンまで箱を届ける。
 マンシンのインターホンを押し、同じやりとりをしたが、出てきたのは大人の女だた。不気味だた。
 肌は青みがかていて、気色悪いほど艶かしい。髪が不衛生なくらい長く、顔がよくわからない。唇が半開きで、歯並びの悪い黄色い歯が覗いていた。
 たるんだタンクトプだたので、たくあんのように垂れた乳房と、干しブドウのような乳首が見えていた。全体的にはそれほど歳には見えないが、胸は老女だた。
 無言のやりとりをし、扉が閉まる。
 今回も仕事が終わた。気持ち悪いものを見たが、裸の女児よりはマシだた。
 自転車まで戻り、ふと目をあげる。
 マンシンの敷地に設置された公園に、女の子がひとりいた。ベンチにぽつねんと座ている。
 間違いなく、このまえ裸で出てきた、このマンシンの女の子だた。今日は薄い色のワンピースを着ている。
 あたりは夜の時間に移行しようとしている。なにをしているのだろう。
 俺は迷た。かなり迷た。そして声をかけることに決めた。
 女の子のほうへ歩いていく。俺のことに気づくが、そのままでいる。
 そばまでいくと言た。
「このまえ会たよね」
 女の子は無言で頷く。
「ねえ、もしかしてきみ、虐待されたりしてない? よければ話してみてよ」
「ぎくたいて?」
 俺は少し考えて言葉を選んだ。
「お父さんかお母さんにいじめられてない? 嫌なことされてない?」
 女の子の表情は明るくも暗くもない。安らかとさえいえる顔をしていた。小さな唇が動く。
「別に」
 逆に質問してきた。安穏とした表情で。
「おにいさんはどうしてこち側についたの?」
「え?」
 意味がわからない。
 返事を考えようとしたとき、おかしなものが目に入た。
 彼女の背筋に沿て、銀色のフスナーがついていた。肌に、じかに。子供に流行ているフンだろうか。
「背中についてるのなに?」
「どれ?」
「これ」
 俺はフスナーの取手をつまんで揺らした。ついでに好奇心からちとおろしてみる。
「あ!」
 彼女の背中の内側から、赤黒い針が飛びだした。ウニのような針はうねて、俺の手を貫く。手のひらを貫通する痛みに痺れる。瞬時に脂汗が浮くほどの痛みだた。
 針はもう彼女の内側へ戻ている。
 俺はうずくまて、手をおさえながら震えた。嗚咽がもれる。
 女の子はなにごともなかた様子で立ちあがた。
「じ、またね」
 歩き去ていく。俺はそれどころじなかた。痛みと混乱で呻く。
 苦しみはそれほど長く続かなかた。しばしののち、頭のなかで睡蓮が花開くがごとくゆるやかに、甘美に、気持ちよくなてきていた。
 手から血が流れ続けていたが、なんだか幸せだた。自然と頬がゆるむ。気分がいい。体が軽い。なんでもどうでもよかた。
 鼻歌まじりに自転車に乗て帰り、心地よい気分で飯も食わずに寝た。

 目覚めると、ハとして手を確認した。手の表と裏に、赤い点がある。塞がた傷跡だと思う。
 なにがあたかわからないが、なにかがあたことは確かだ。
 幸せな気分の残滓のようなものがあり、ぼうと過ごした。
 そしてその日も電話が鳴た。
 義務のようにウルトラエデンへ行く。
 インターホンを押し、ドアを開く。だが、床の上には箱が置いてなかた。
 周囲に目を走らせるが、箱はない。しかたなく声を出した。
「すいませーん」
 何度か呼んでみた。
 ものの動く気配のあと、男の声がした。
「おーう、もうきたか
 声の主が姿を現す。
 派手な柄のアロハを着た、ガリガリに痩せた男だた。白のチノパンもだぶついている。
 頭はパンチパーマの伸びた感じ。なかば夢をみているようなゆるんだ顔だた。
 男は右手に大きな天秤を持ていた。左腕にはゴムバンドが巻かれ、それより下には注射器が刺さたまま、ぷらぷら揺れていた。
 あまりの異様さに、俺の体は固また。逃げたいが、足が動かない。
 男は作業机の上にどんと天秤を置き、思い出したように注射器を引き抜くと、無造作に放た。
「こちきて座れ」
 体が動くようになた。震えるが、覚悟が決まていた。言われたとおりに、男の向かいに座る。
「この皿の上に腕置け」
 男は天秤のいぽう指差す。俺は震える右手を差しだした。カタンと皿が落ちる。
 男は血走た目で、金色の分銅をいぽうの皿に乗せる。大して重くなさそうなのに、俺の腕がぐんと上がた。
 男はおもりを追加していく。三つ載せたところで釣り合いがとれた。
「よし、計算どおりだ」
 男は立ちあがると、奥からいつもの箱を持てきた。
「今日はこれを持てけ」
 いつもと変わらないように見えるが、意見をいう気持ちはなかた。
「わかりました」
 自転車で箱を運ぶ。
 あの男はどんな人間なのか。誰がこの箱を渡してくるのか。あの少女と女は何者なのか。なぜこの箱が必要なのか。
 なにより、この箱はなんなのか。
 いまさらながら疑問に思う。潮時かもしれない。このバイトはもう辞めたほうがいいだろう。
 考えているうちにマンシンについた。インターホンを押す。
 いつもの女の声がした。だが内容が違た。
「入てきな」
 恐怖がわいてくる。どうしようか迷う。
 でも相手はあの不健康そうな女だ。最悪の場合でも逃げられる。それに、今回が最後だ。
「おじまします」
 俺は中に入た。
 奥から声がした。
「こち。テーブルの上に置いとくれ。印の真ん中に」
 薄暗いが照明が必要なほどじない。エアコンが効いていてひんやりする。甘い匂いがした。
 玄関を入るとすぐ廊下で、左手に風呂場、右にはドアの閉また部屋。ますぐ奥がリビングで、テーブルが見えた。
「おじまします」
 俺はもう一度いい、靴を脱いでリビングへ向かた。
 なんの変哲もないリビングだた。
 テーブルがあり、椅子があり、テレビがあてソフがある。セミの鳴き声も聞こえる。日常的だた。
 乳房の垂れた女はソフに横たわり、手でテーブルを指している。
 少女もいた。
 テーブルの奥に立ている。ワンピースを着て、手をうしろで組んでいた。
 なにかを期待しているように見えなくもない。
 だが、この変な親子とも、これでお別れだ。
「それじ、これ」
 俺はテーブルの中心、二重丸が描かれた場所へ箱を置いた。
 その途端、周囲が一変した。
 壁が黒くなり、赤い液体が流れ落ちる。
 テーブルは変形して台座になた。
 女は錫杖を持て、玉座に座ている。
 両足を貫く痛みが走た。
 足の甲を突き破て、刺々しい茨が飛びだし、脛に絡みついた。
 悲鳴もあげられずに尻もちをつく。
 もう俺は動けない。かろうじて絶望的な状況だとは悟ていた。
 窓の外は白く、黒い太陽が沈んでいく。
 女が言た。
「おまえが運んでいたのは、おまえ自身の魂だよ。ヤツにバレないよう、小分けにしてね」
「オニイチン、ケコンシヨー!」
 金属的な声のするほうへ顔を向ける。そこには緑色の巨人が立ていた。でぷり太て、ぬらぬらしている。乳首と股間には金属のドリルが生えていて、甲高い音で回転していた。足元には、脱ぎ捨てられた少女の皮が落ちている。
「オニイチン、アイシテルー!」
 巨人はドスドスと近づいてきて、俺を抱きあげた。
 ドリルが俺の体に穴をあけ、肉と骨を引き裂いて混ぜ合わせる。
「フク、フク、フク、フク」
 巨人が腰を振り、俺の体を掘る。
 絶叫というものは、可聴域を超えるらしい。俺はなされるがまま、ただ死を待ち望んだ。

「ああ!」
 汗塗れで目覚めた。部屋のなかが明るい。
 自分が生きていることにほとした。痛みもない。
 だが、目に見えるものが少しおかしかた。
 金色の靄が漂い、あたりがきらめいて見える。
 疲れのせいだろうか。陽の光をみれば治るかもしれない。俺はカーテンを開けた。
 息が止また。
 そこには、新たな世界が広がていた。
 青空なのに星が輝き、紫からオレンジへとグラデーンする星雲が漂う。
 太陽はうずをまき、フレアの触手を広げて誇らしげだた。
 その光景はただただ美しく。
「ああ、綺麗だ、すごく綺麗だ……
 感動の涙が自然と溢れでた。
 背後からの静かな声に気づいたのは、だいぶあとのことだた。
「マテ、ソノトキヲ。マテ、ソノトキヲ。マテ、ソノトキヲ」
 声は、例の箱から聞こえる音楽だた。 
 
 
 
 
 
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