第76回 てきすとぽい杯
〔 作品1 〕» 2  5 
君の言葉は響かない
投稿時刻 : 2024.10.19 23:13
字数 : 1421
5
投票しない
君の言葉は響かない
犬子蓮木


 ある星に大勢の人が住んでいた。
 ある星にひとりが住んでいた。
 同じ星の話だ。
 この星の人間(地球の人間とは大きく異なるが、便宜上、人間や人とする)は、思考を電磁波で共有していた。ある程度近い距離なら誤差が感じられないほどで、遠くとも時間をかければ、星のどこにいても伝わるものだた。
 ゆえにひとつの思考だとすることができた。
 ゆえにひとりの人間だとすることができた。
 この星に住む、他の生物よりも秀でて、星を統べる種となた。
 誰もがみんなのために働いている。
 誰もがひとりのために働いている。
 はじめは大変な世界だた。
 低い気温、凍た世界、暴れる猛獣、etc……
 みんなで / ひとりで、ひとつずつ目標を立て、達成しながら進んできた。様々な技術を発展させ、暮らしやすい世界を作た。今では怯えるようなものは存在しない。
 幸福。

 次なる目標のためにある海の生きものを採取する必要があた。
 それは深海に住んでおり、人間が向かうには、通常、厳しい世界だた。しかし目標はほどなく達成された。
 いくらかの怪我はしたけれど、リスクは織り込み済みで、大きく予定を超えたりはしてないので問題ない。
 捕まえた生き物を分析することで、今後、さらなる食料の増産につなげることができる。
 そうすれば人間はより成長し、星に広がることができる。
 
 人間は成長する。
 より複雑な問題を解くことができる思考を獲得し、より遠い世界に進出する。
 人間はついに違う星に向かうことにした。
 幾星霜のチレンジで、一番、近い惑星に到達し、住みはじめた。
 いくらかの怪我はしたけれど、リスクは織り込み済みで、大きく予定を超えたりはしてないので問題ない。
 人間は、走て、転んで、泣きながら立ち上がて、強くなて、また走り出す生き物だ。
 新しい星の資源を獲得したことで、より大きなエネルギーを得ることができた。
 住処を広げたことで、宇宙は、偉大なる遠き場所ではなく、海の先に見える島のようなものになた。
 人間は成長し、宇宙に広がることができる。
 他の星と連絡を取り合い、文化の違いを知ることもできた。

 あるとき、宇宙で事故が起きた。
 よくあることだ。
 宇宙船から放り出された一部は、宇宙を漂流しはじめた。
 地球の人間が、海の中で怪我をして、血の一滴が、海を混ざるようなものだ。
 一部は、爆発の衝撃で、住処としていた星から遠ざかていく。
 一部は、地球の人間とは違い、宇宙でも、すぐには止まらない構造をしていた。
 一部は、思考を飛ばす。
 反応はない。
 距離が遠い。
 中継地点がない。
 一部では、弱い。
 遮る星がいたかもしれない。
 届いても無視されたかもしれない。
 宇宙を漂う一部をどうにかする意味はない。
 地球の人が、海に流した血を探し求めないように。

 それはずと繰り返してきた歴史。
 怪我をして、流した血は、仕方がない。
 より大きな目標のためには。

 地球の人。
 髪を切る。
 爪を切る。
 生きていくうえで当然、行われる些末な犠牲、考えたりするだろうか? 爪に謝罪するだろうか?

 思考が切り離された。
 孤独になり、個が発生する。
 一部は、ひとりになた。
 一部は、人間になた。
 大きな大きな偉大なる人間ではなく、
 小さな小さな卑小なる人間になた。
 漂う宇宙で、人間は、数日ほどで死んでしまうけれど、生まれた。

 静かで、静かで、ひとりだけで、考える時間がたくさんあた。
 これまでの大きな人間だた頃に比べればとても短いけれど、なぜか、とても長いように感じられた。

 こんな孤独が、僕は嬉しい。
                                                                                                                <了>
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない