君の言葉は響かない
ある星に大勢の人が住んでいた。
ある星にひとりが住んでいた。
同じ星の話だ。
この星の人間(地球の人間とは大きく異なるが、便宜上、人間や人とする)は、思考を電磁波で共有していた。ある程度近い距離なら誤差が感じられないほどで、遠くとも時間をかければ、星のどこにいても伝わるものだ
った。
ゆえにひとつの思考だとすることができた。
ゆえにひとりの人間だとすることができた。
この星に住む、他の生物よりも秀でて、星を統べる種となった。
誰もがみんなのために働いている。
誰もがひとりのために働いている。
はじめは大変な世界だった。
低い気温、凍った世界、暴れる猛獣、etc……。
みんなで / ひとりで、ひとつずつ目標を立て、達成しながら進んできた。様々な技術を発展させ、暮らしやすい世界を作った。今では怯えるようなものは存在しない。
幸福。
次なる目標のためにある海の生きものを採取する必要があった。
それは深海に住んでおり、人間が向かうには、通常、厳しい世界だった。しかし目標はほどなく達成された。
いくらかの怪我はしたけれど、リスクは織り込み済みで、大きく予定を超えたりはしてないので問題ない。
捕まえた生き物を分析することで、今後、さらなる食料の増産につなげることができる。
そうすれば人間はより成長し、星に広がることができる。
人間は成長する。
より複雑な問題を解くことができる思考を獲得し、より遠い世界に進出する。
人間はついに違う星に向かうことにした。
幾星霜のチャレンジで、一番、近い惑星に到達し、住みはじめた。
いくらかの怪我はしたけれど、リスクは織り込み済みで、大きく予定を超えたりはしてないので問題ない。
人間は、走って、転んで、泣きながら立ち上がって、強くなって、また走り出す生き物だ。
新しい星の資源を獲得したことで、より大きなエネルギーを得ることができた。
住処を広げたことで、宇宙は、偉大なる遠き場所ではなく、海の先に見える島のようなものになった。
人間は成長し、宇宙に広がることができる。
他の星と連絡を取り合い、文化の違いを知ることもできた。
あるとき、宇宙で事故が起きた。
よくあることだ。
宇宙船から放り出された一部は、宇宙を漂流しはじめた。
地球の人間が、海の中で怪我をして、血の一滴が、海を混ざるようなものだ。
一部は、爆発の衝撃で、住処としていた星から遠ざかっていく。
一部は、地球の人間とは違い、宇宙でも、すぐには止まらない構造をしていた。
一部は、思考を飛ばす。
反応はない。
距離が遠い。
中継地点がない。
一部では、弱い。
遮る星がいたかもしれない。
届いても無視されたかもしれない。
宇宙を漂う一部をどうにかする意味はない。
地球の人が、海に流した血を探し求めないように。
それはずっと繰り返してきた歴史。
怪我をして、流した血は、仕方がない。
より大きな目標のためには。
地球の人。
髪を切る。
爪を切る。
生きていくうえで当然、行われる些末な犠牲、考えたりするだろうか? 爪に謝罪するだろうか?
思考が切り離された。
孤独になり、個が発生する。
一部は、ひとりになった。
一部は、人間になった。
大きな大きな偉大なる人間ではなく、
小さな小さな卑小なる人間になった。
漂う宇宙で、人間は、数日ほどで死んでしまうけれど、生まれた。
静かで、静かで、ひとりだけで、考える時間がたくさんあった。
これまでの大きな人間だった頃に比べればとても短いけれど、なぜか、とても長いように感じられた。
こんな孤独が、僕は嬉しい。
<了>