第76回 てきすとぽい杯
 1  2  3 «〔 作品4 〕» 5 
投稿時刻 : 2024.10.19 23:42
字数 : 3384
5
投票しない
デスラーの青い顔
月狂 四郎/月狂 紫乃 アルファポリス「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」参加中!!


 最悪だ。ひとたび収またと思ていたパンデミクがまた襲いかかてきた。

 あのコロナウイルスの変種かと思いきや、もとタチの悪いやつらしい。罹ればゾンビのように人へと襲いかかり、感染していない人々を文字通り喰てしまうという。ていうか完全にゾンビウイルスや。

 なんてこた。もと平和な時に風俗にでも行ておくべきだた。

 感染者の見分けは割と素人でも簡単で、ゾンビの頭文字からとた通称Zウイルスは罹患すると顔が青くなる特徴がある。簡単に言えば、感染者の顔はデスラーみたいなビジアルになる。

 そのため感染者の見分けはつけやすいところだが、一度このウイルスに感染すると狂暴性が格段に増してしまう。

 そのため、感染者――トでの通称というか蔑称はデスラー――は非感染者を見つけ次第軍隊アリのように集まて来て哀れな犠牲者をバクバクと喰い尽くしてしまう。

 どうしてか感染者同士の共食いは発生しないのだが、その理由は分からない。種の保存に関する本能か何かが働いているのかもしれない。

 そういうわけで、日本は現在のところ異世界から来たようなバケモノの恐怖に怯えている。

 それで最悪なことに、感染者はなぜか日本だけで発生しており、海外にそれがいないと分かるや否や欧米諸国やアジア圏の国々は日本からの渡航者を入国禁止にしていた。

 まあ、俺が彼らの立場なら似たような対策をとるだろうなとは思いつつも、その世知辛さには一度も信仰したことのない神をいくらか怨みたくもなる。

 一時は有名人や金持ちが持ち前の影響力を駆使して日本からの脱出を試みたが、各国の水際作戦はガチで日本からの出国を行た人々は海上で発見され次第船ごと沈められた。

 それでガチで誰一人として日本から逃げ出すことが出来ないと判明して、俺たちは絶望を味わた。

 まるで戦時中だた。夜眠ているとサイレンが鳴り、さきまで爆睡していても跳び起きて逃げないといけない。それが出来ない奴らは喰われていた。

 日本は崩壊しつつあた。ゾンビを殺せば人権問題が当然出て来そうなものだが、あいにくそれを唱えている人たちは抵抗もせずにゾンビに喰われて全滅してしまたし、司法の機能が死んだ日本でゾンビを殺すことを躊躇う人間もいなかた。誰だて死にたくはないからだ。

 それでもネトや最低限のライフラインは完全なる善意の人たちによて支えられており、俺たちはなんとか生きることが出来ていた。

 ネトのお陰でゾンビの攻略方法というか、ゾンビの苦手な動きや弱点を紹介する人々も現れた。時々「ゾンビは香水が苦手」といたガセネタを信じたせいで何人かが喰われた。多分ゲームでしばしば聖水がゾンビに有効だたから「香水もいけるんじないか」と思ただけだろう。知らんけど。

 そういたこともあり、ゾンビには基本的に物理攻撃が有効であることが分かた。やはりというか、脳の機能を破壊しないとどうにもならないらしい。

 ある程度倒し方が分かたのもあり、結局一番有効なのは暴走族の喧嘩よろしく一人のゾンビを武装した男たちでボコボコにして脳を破壊するというものだた。調査の手法が科学的でも行き着いた結論が原始的というのは皮肉な話だた。

 そんなことはいい。攻略法を見つけたとはいえ、デスラーはいまだに俺たちの脅威となていた。

 デスラーに噛まれた人はもちろんデスラーになるが、デスラーの血液を浴びた人間や運悪く血が口に入たなどの理由で感染者になたケースも報告されだした。

 そうなるとデスラーを駆除するにしてもリスクが伴うこととなり、そうであれば倒そうとはせずに逃げた方が賢いという考えが一般的になた。お陰で街中にウヨウヨいるデスラーは野放しだ。

 そんな中、このデスラー問題を解決する魔法のワクチンが開発された。

 なんでもデスラーに噛まれてもデスラー化しなかた人の血液をもとに作たワクチンだそうで、これを打てばデスラーに噛まれても大丈夫どころか、そもそもデスラーに狙われないという。

 これはすごい! 魔法のワクチンだ!

 珍しく俺もエウレカ! と叫びたくなるほどの朗報だた。

 ただ、ワクチンはそもそもの数が少なく、現状の日本では製造に時間がかかるとのことだた。

 そのため、金を持ているセレブや有名人、政治家などが優先してワクチンの接種を行うこととなた。どうして海外への入国をNGにされる状況を作た政治家が優先されるのかは不明だが、まあ世の中てそういうものだよなと勝手に納得してしまた。

 だが俺にとて問題となているのはそんなことじない。

 何も知らないうちに接種出来ていればまだ良かたのだが、ワクチンはやはり治験すら経ていないせいか――そんなシステムはパンデミクでとうに崩壊している――副作用の報告がネトで挙がるようになていた。

 ワクチンを打たはずなのにゾンビに襲われた。それぐらいならまだいいが、ワクチンを打た瞬間にFOX DIEよろしく息絶えた人もいるとのことだた。いや待て。本当に大丈夫なのか、このワクチン。

 だが、世間の趨勢としてはワクチンを打つのが当たり前という雰囲気になていた。恐らく戦時中に日本人が戦地へ赴くのが当たり前になていた時代は似たような空気があたのだろう。

   ◆

「それで、いい加減に覚悟は決またの?」

 ヨメと顔を合わせるたびにワクチンを打つ打たないで喧嘩になる。妻はワクチンを早く打ちたい派で、俺は可能な限り避けたい派だた。この音楽性の違いで一家という名前のバンドは解散の危機に瀕している。

「いや、副作用だてあるみたいだし、顔だて青くなるんだよ?」
「それがどうしたの? 顔が青くなるぐらい、死ぬのに比べたらマシじない!」

 またこの水掛け論が始また。お互いが言いたいことを延々と言い合うのでストレスしかたまらない。ツイターで言うレスバてやつか。話し合いの出来ない二人が延々とお互いの主張を譲らない宇宙一無駄な時間の使い方。

「ねえ、いい加減に覚悟を決めて。私たちのワクチンチケトも手に入たから、それでまた幸せな生活に戻ろうよ」

 涙ぐむヨメ。悪いけど、デスラーになた君を前のように愛せるかどうかはかなり怪しい。でも、言たら殺されるから言えないこんな世の中じポイズン。

 結局ヨメは言いたいことを言いたいだけ言てスキリして眠りに就いた。いかに俺が日本にとて害悪になているか、社会にとての異物であるかを延々と説かれて生きる力も失いそうになる。多様性の時代はどこへ行たんだ。

 胸糞悪くて仕方がないが、明日も仕事があるので無理くり寝ることにした。当然と言うか、寝つきは悪く睡眠は足りていなかた。

   ◆

 翌日に帰ると、ヨメの顔が青くなていた。

「ワクチンを打たの」
「でしうね」

 もはや疑いようのない事実。ヨメは理性を保たままデスラーになていた。

 マジか。ヨメの顔が真青か。

 顔で選んだのに……

 でも、そんなことを言たら確実に殺されるので絶対に言えない。これから青い顔をしたヨメを愛することが出来るのか、大いに不安となた。

 ――ふと思た。これは神が与えた試練なのではないかと。

 ヨメは世間の趨勢に合わせてデスラーになた。それはネトでかつて蔑視の対象となていた存在だが、この勢いだと国民が総デスラーになる日も遠くない。

 その時に、俺はただ一人の肌色をした人間として生きていけるのか?

 正と異は逆転し、正でい続けようとした俺が異物へと成り代わる。

 そう考えると、それは無理な気がしてきた。

 そもそもそこまで意志が強固なわけでもなく、嫌なものは徹底的に避けてきた人生だた。多様性を重んじる姿勢を見せておきながら、その実は自分と異なるものを遠ざけていた。

 俺たちは、その罰を受けただけなのかもしれない。

 今まで散々長いものに巻かれてきた俺が、ワクチンを打つことだけに抵抗する理由はあるのか。そう考えると何もかもがバカバカしくなてきた。

 ――もう、めんどくさい。

 極めてシンプルな思考だけが脳裡を過ぎる。

 もうどう足掻いたところで俺たちはマイノリテになる。そうならばそうでいいじないか。

 今日は青い顔をしたヨメを抱いてみよう。そうすれば、俺の考えも変わるかもしれない。

 再び自分の思考を捨て去りながら、俺は心のどこかで「世界よ終われ」と思ていた。

   【了】
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない