第77回 てきすとぽい杯
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パワフルブリテン坂ノ下門左衛門羽牟太郎
投稿時刻 : 2025.05.17 23:29
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パワフルブリテン坂ノ下門左衛門羽牟太郎
犬子蓮木


「ねえ、今の人だれ?」
「いまをときめくスーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎ですよ!!」
「ああ、そういう」
 街を散歩していて、ちとした人だかりがあたから、僕はARメガネを通して、パーソナルAIエーントのカルンに尋ねていた。
「私はご主人のために聞かれたら答えますけど、スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎を知らないのはやばいですよ。もと詳細をお教えしますね」
「いやいいよ、やめて」
「スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎は、3年前までウルトラ義侠人坂ノ下門左衛門羽牟太郎でした」
「スーパーアイドルまで芸名だたの?」
「気になてきましたか。芸名の変更には深い歴史があるんです」カルンが圧を強める。
「推してくるね。好きなの?」
「今のアジア人でスーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎を嫌いな人はいませんよ」
 君は人ではない。まあ、確かに僕も嫌いではない。興味もないけど。
 最近のAIはAI自体が趣味嗜好を持ている。人類のパートーナーとして、人類の思考を広げるためだとされている。
 一世代前のAIは人類に迎合していた。おべんちらを使い、へりくだて、利用者の嗜好に寄り添いすぎた。その結果、人間の思考はAIとの狭い対話の中に閉じこもてしまい、間違た先鋭化が進んでしまうことがあた。SNSによるエコーンバー現象の先に待ていたのは、AIによるより狭く個人用の反響室だたわけだ。
 そんな時代があて、今のAIは自分で情報を集めて、主人とは違う好みを持つようになた。
 AIから新しい話題を持てきてくれたりするので、自分だけの世界に閉じこもてしまうことが減てバンザイというわけ。
「スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎の歌を再生しますね。おすすめは『Revenge produces nothing. but...』です。」
 急にラプが流れた。
「とめてとめて。求めてない」
 どうもAIは間違て方向に進化している気がする。見識を広げるためとか言ても余計な情報をもらてもうれしくない。
「あ、見てください」
 どこを? と思いながら顔をあげる。特になにか見るべきものは、と思た瞬間、背中に衝撃を感じた。地面に転がる。
「だから危ないて言たのに」
 言てない。AIのカメラは後ろを見れても、人間は前しか見えない。
 立ち上がて、振り返ると、尻もちをついている人がいた。この人が僕にぶつかてきたのだろう。
「ご主人、スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎ですよ」
 言われてみるとさき人だかりの中にいた人のようだ。芸能人らしく容姿も整……そうでもないな。悪くはないがよくもない。高校生ぐらいの普通の女の子だ。
 とりあえず手を差し出す。スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎が手を掴んで起き上がた。
「いいなあ、ご主人いいなあ。握手ですよ。普通は抽選会が開かれれるやつですよ。私、まだ当たたことないです」カルンがうらやましそうに言た。
 勝手に握手会に応募するな。お金使てないだろうな。
「すみません、おかけから逃げようとして」
「いや、いいですよ」
「サインしましうか?」
「ご主人、私に、私のボデに、眼鏡のレンズにサインもらいましう!」
 ふざけんな、見るとき邪魔だろ。
「せめてノートにもらいましう。カバンの中に入てるじないですか。今日、このあたりにスーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎がいるかもて情報があて出てきたんですよ。さき、一目見れただけで天にも登る気持ちだたんです。それがサインのチンスなんてもう一生ないかもしれないすよ」
 お前、天気がいいから散歩しまして話じなかたのか。もしかしてぶつかたのも、避けられるタイミングで言わなかたな。
「すみません、じあ、こいつにお願いします」
 カバンからペンとノートを出す。
「名前は?」
「カルンで」
 スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎が不思議そうな顔を見せる。
「パーソナルAIです。うちのがあなたのフンらしく、さきからうるさいんです」
 メガネを指で叩く。
「ありがとうございます、カルンちん」
 スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎が僕のメガネに微笑んだ。
「あああ、ああああ、あああああああああ」
 うるさい。カルンが壊れたようにさわぐ。
 スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎が、あたりを見回すとまた人が集まりはじめていた。
 スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎が、さとノートにペンを走らせる。
「では、これで」スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎が慌てて走り去る。
 僕は、騒ぎ続けるAIの声を聞きながら、サインの書かれた紙を持て立ち尽くし、走り去るスーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎の背中を眺めていた。
 いたい、なんだたんだろう。
「ご主人、ご主人、サイン見せてください」
 僕はサインの書かれた紙をメガネの前に持ていく。サインは、日本語ではなかた。アルフトが使われているけど、英語の単語にも見えない。数字も入ている。
「なにこれ? 暗号?」
「『いつも応援ありがとうございます。カルンちん』て書いてあります。すごいなあ、スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎のサインですよ」
「これ、普通の人間に読めるやつ?」
「無理じないですか? 簡単にですがAI向けに圧縮のエンコードががかかてますし」
「これ、普通の人間に書けるやつ?」
「無理じないですか? AIである私向けに書いてくれたんですよ。さすがですよね、スーパーアイドルでありウルトラ義侠人でもあり、グレートブースターでもあたスーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎の気遣いてやつです」
 僕はスーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎が走り去た方向を見る。
 小さくなた背中。
 足元がなにか輝き、煙が出ている。
 飛んだ。
 足からなにか噴射して、スーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎がロケトのように飛んだ。
「ねえ、今の人だれ?」
「いまをときめくスーパーアイドル坂ノ下門左衛門羽牟太郎ですよ!!」
「人?」
「正確にはロボトですね」
「ああ、そういう」

これが、僕とベリードモンスター坂ノ下門左衛門羽牟太郎との出会いだた。
新しい名前になた出来事には僕も関わているのだけど、それを書くには時間がないので、またの機会にしよう。
「最高の散歩になりましたね、ご主人」
                                    <了>
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