◆hiyatQ6h0cと勝負だー祭り2025秋
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ハロウィン小景
投稿時刻 : 2025.11.02 17:13 最終更新 : 2025.11.02 22:01
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11/02 17:14:35 付記更新)
- 2025/11/02 17:13:18
ハロウィン小景
MOJO


 十月も半ばを過ぎたある日のことである。
 午前中のクラスを終えた僕はダイニングコモンズでタコスやグアバジスの昼食をとり、そのまま寮には戻らずにキンパスを出た。4thストリートを左に曲がりダウンタウンに向かて歩いていると、街路樹を駆けあがていくリスが見えた。リスは日本のそれより大ぶりで木も通年葉を落とさないヤシの類いである。それらはこの地の温暖な気候を象徴しているようではあるが、五月でも十月でも似たような陽気で季節の移ろいが希薄である。僕はまだそれに慣れていない。
 左手にセブンイレブンを見ながら数分歩くと、そこはもうダウンタウンの入り口で、バンクオブアメリカのサンノゼ支店が見える。レンガ積みの外壁に二基のキスペンサーが備え付けられているが、僕はそれに目をくれずに入店した。
 預金を引き出すための用紙に必要事項を記入し、順番を待つベンチに座る。そこで思わず目を見張た。窓口業務の女子行員たちがロクバンドKISSのようなメイクをしているのである。ハロウンの時期であることは知ていたが、仕事中のテラーが仮装しているなんて。
 左端のテラーさんから番号を呼ばれ、カウンターへ向かう。彼女はこの地で人気の高いロクシンガー、リンダロンシトに似ている。僕がキスペンサーを使わない理由もそこにあるが、今日の彼女はリンダには似ていない。
「ハピーハロウン。メイク、素敵ですね」
 おずおずと話しかけてみる。
「ありがとう」
 彼女はにこりと微笑んで返してくれた。

                  §

 「ねえ、せかくパーにお呼ばれしたのだから、ケイスケもメイクしてみたら?」
「メイク? ナマハゲみたいになる気がする」
「アハハ、ナマハゲでいいじない。悪霊も逃げると思うわ。あたしがやてあげるから手鏡を持てここに座てみて」
 ラウンジのソフで僕はメイクを施される。人生初の経験である。
 サチは僕より早くこの地に来た日本人留学生で、同じ寮に住んでいる。現地のことをろくに調べずに来た僕は、当初、男子学生と女子学生が同じ寮で暮らすことに驚いた。けれど今では数人いる日本人学生の中で、サチが最も気の置けない存在になている。でも色恋沙汰に発展する兆しは見えない。
 サチは奔放で複数のネイテブの男子学生と身体の関係を持ていた。彼女の実家は中央線の快速が停まる駅に近い開業医である。あの路線を走る電車のように速く生きる彼女を僕は好ましく感じていた。
                  §  

  場末のおかまバーのママのようになた僕はサチとパー会場に向かう。行き交う人々の視線は大して気にならない。ハロウンなのだからいいではないか。途中、セブンイレブンで缶のハイニケンとバドワイザーを半ダースずつとドリトスのサワークリームフレイバーふた袋を買た。
 パー会場のオフキンパスホールに着いた。エントランス横に鎮座したジクオーランタンの頬をひと撫でしてから階段を上がり広間に入ると、真先に目を引いたのは古代ギリシ人に扮した男子学生だた。白い布を身体に巻いて足元はサンダル履きである。しかし他の仮装者との圧倒的な違いは頸に太いニシキヘビを巻き付けていること。
「そのヘビ、人を咬んだりはしない?」
「安心してほしい。こいつはおとなしいんだ」
「なぜ古代ギリシと大蛇なの?」
「家系がギリシ系なんだ。ヘビはペトだから連れてきた。僕はニコラス。きみは? どこから来たの?」
「ケイスケ。日本から来てロイスホールに寄宿している」
「ああ、キンパス内の寮だね。専攻は?」
「まだ正規の学生じないんだ。学期末のTOEFLをクリアすると、次の学期からレギラーになれるんだ」
 サチが壁際に寄せられたテーブルから紙皿に何かを盛て戻てきた。
「パンプキンシードよ。ローストしたカボチの種なの」
「ああ、ハロウン用のスナク菓子か。セブンイレブンで売ているヒマワリの種よりデカいね」
 ニコラスにサチを紹介し、僕はハイニケンのプルタブを開いた。パンプキンシ―ドはナツ類のような香ばしい風味である。
「あら、あなたはケイスケ? ナイスなゾンビメイクね。どこのお墓から這い出てきたの?」
 とんがり帽子を被り、踝丈の黒いマントを羽織た女子学生が悪戯ぽい笑顔で話しかけてきた。日本の墓ではないことは確かである。何故なら土葬は禁止されているから。と心の内で言てみる。
「キシー、君も性悪な魔女そのものだね。どうか僕を呪わないでくれよな」 

                   §

 キシーはロイスホールの僕の部屋と廊下をはさんだ向かいの部屋の住人である。
  この地に来て間もない頃、何かの用事で彼女の部屋をノクしたことがあた。
「カムイン」
 ドアを開けると、キシーは僕に背を向けてベドに座ていた。オレンジ色の髪をポニーテールに結う彼女の上半身は白いブラジを着けただけだた。肩から背にかけてソバカスが点々と散ている。僕はドギマギして一言二言何か言たが部屋には入らずにドアを閉めてしまた。
 それ以来、僕は弦の錆びたアコーステクギターでサイモン&ガーンクルの「キシーの歌」を練習するようになた。

                    §

 ニコラスが運転するフド・ピントはハイウエイ101を北上してサンフランシスコへ向かている。ピントは最も廉価なメイドインUSAで故障が多発するクルマと知られている。女子席にはサチ、後部座席には僕とキシーが座ている。
 ハロウンパーで意気投合した僕らは、次の週末にサンフランシスコへシーフードを食べに行く約束をし、レンタカーを借りたのである。
 カーラジオからマイケルジクソンの「スリラー」が流れている。あのゾンビたちが踊る映像がアタマに浮かんでくる。
 左手に湾を望みながらピントは走る。都会に近づいたのに海は青く、そこが東京湾とは違う。
 空港の滑走路を離発着する飛行機が見えてきた。ここまで来ればもうすぐサンフランシスコ市街である。
 市街地に入ると、カレンダーや絵葉書でよく見る一輛しかない路面電車が坂道をゆくりと登てゆく。
 かつては漁港であた有名な観光地「フマンズワーフ」に着き、ニコラスはピントを駐車場に停める。車外に出ると海風が強く吹いていて潮の香があたりにただよている。

                    §

 僕たちは桟橋沿いのシーフードレストランに入店する。この店のジクオーランタンは巨大と云える大きさで、それは母方の祖母の家で見た火鉢のようであた。こんなに大きなカボチを何処で収穫したのだろうと不思議な気分になる。
 窓際のテーブルに座るとすぐにウエイトレスが注文を取りに来た。この時期の名物料理は生牡蠣で、白ワインのボトルと共に注文する。
 アメリカで海産物を生食するなんて大丈夫なのか? と心配する気分も生じたが、運ばれてきた牡蛎は新鮮で肝の部分がうすらと青かた。僕は十代の頃からの友人が好きだたブルーオイスターカルトというバンドのことを思い出した。「ブルー」は「新鮮」のメタフなのかもしれない。などと連想しながら窓に目をやると、遠景のゴールデンゲートブリジが霧に霞んでいる。
「あの橋、ここからそんなに遠くないのにぼやけて見える」
「この辺りは良い天気になることはあまりないんだ。霧は海流と土地の高低差が影響しているらしい」
「サンノゼからクルマで小一時間なのに、陽気が全然違うんだね」
「そうね。ここの霧は流行歌にもよく出てくるのよ」
 キシーが言う。僕はオールデズの「霧のサンフランシスコ」という曲を思い出した。それは邦題で英語に直訳しても話が通じないであろうことも。
 赤いケチプを牡蛎にたらしてレモンを絞る。この地に来て以来最も美味な食事かもしれない。ワインはすぐに空きボトルを追加で注文した。
 とりとめのない会話が続き、僕は再び窓辺に目をやた。桟橋を食べ歩きする観光客たちたちが道端に落としたシーフードを海鳥が啄んでいる。
 追加のボトルも空き、会計を済ませる。最も多くワインを飲んだのは僕だが支払いは四等分のワリカンであた。
 テーブルにチプを置いて店を出る。僕はこの国のチプ制度にもまだ馴染めない。
 四人は桟橋を岸に向かて歩き駐車場に戻た。

                    §  

 復路でプントを運転するのは僕だた。
 サンフランシスコ市街は坂が多く道幅も狭い。映画「ダーハリー」もこの街の狭い道でのカーイスが見どころだたことを思い出す。
 観光名所化している狭い路地の坂を下る際、僕はピントを車道と歩道の境に立ている消火栓に擦てしまた。
「ケイスケ、飲み過ぎたの?」
 助手席のサチが剣のある声で言た。
 ニコラスが車外に出てピントの擦れ具合を見分している。
「ああ、これは修理工場行きになる」
「バジトとの契約では、保険は対人と対物だけだたはずだわ」
 キシーの口調もどこか他人事のようである。
「修理費、折半にならないかな」
 僕は呟いてみる。日本にいる頃、数人で奥多摩にキンプに行た際に似たようなことが起きたが、クルマの修理費は面子のアタマ割りで折半した。
「ケイスケ、これは君のミスだ。修理費は全額君が払うんだよ」
 ニコラスが言い放つ。
「気のどくだけど、それがここの流儀なの」
 キシーが追い打ちをかける。
 嗚呼、やはり蛇を頸に巻くようなヤツとは友達にはなれない。きと性根も蛇のように冷酷なのだろう。
 キシー、あの後ろ姿は何だたのかい? ボロなアコギで君に「キシーの歌」を聴かせたかたのに。
 すがる気持ちでサチに目を向けると、彼女は不機嫌な貌で首を振た。
「ケイスケ、これは折半にならないわ」
 サチ、生き急ぐ君はカコいいけれど、すかりアメリカナイズされてしまたんだね。
 僕は言いたい。日本の男にも優しくしてくれよ。

                    §

 ハロウンの喧騒から日常に戻たある日、僕は再びダウンタウンへ向かて歩いている。
 バンクオブアメリカに入店し、預金を引き出す。KISSメイクではないあのテラーさんはやはりリンダロンシトに似ていた。
 今日も彼女から番号を呼ばれ、カウンターへ赴く。僕がキスペンサーを使わない理由を知てか知らずか、彼女は微笑みを浮かべている。
「あなた、気を落とさないでね」
 そう呟いたような気がした。
 銀行を出て、ダウンタウンのレンタカー業者「バジト」に寄り、修理費の支払いを済ませる。僕にとては予定外の出費であり、それは小さな額ではなかた。
 自室に戻た僕はハロウンパーで残たパンプキンシードを齧た。
 ローストされてから日が経たカボチの種は苦かた。
 僕はバドワイザーのプルトプを開いて種をポリポリと齧りながらローカルなラジオ局にダイアルを合わせた。

                            〈了〉
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