てきすとぽい
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◆hiyatQ6h0cと勝負だー祭り2025秋
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…
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〔 作品9 〕
珍味の名は
(
romcat
)
投稿時刻 : 2025.11.06 22:08
字数 : 7935
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珍味の名は
romcat
「赤シ
ャ
ブ?」
耳慣れない不穏な響きに、私は思わず聞き返した。
「そう。赤シ
ャ
ブ。手に入
っ
た」
玄関の扉を開け中に入るなり、ユー
タはそういう。
「見てみる? この
……
」
ポケ
ッ
トをまさぐり「赤シ
ャ
ブ」とやらを取り出そうとしたので、「ち
ょ
、ち
ょ
っ
と」と慌てて制した。玄関先でするようなことではない。ユー
タをベ
ッ
ドに座らせ、玄関扉の鍵を閉じ、チ
ェ
ー
ンをかけ、カー
テンを閉めた。カー
テンを閉めると部屋は怪しげな程うす暗くな
っ
た。ついでに照明もつける。
「もお! い
っ
つも、突然なんだから! 来る前に連絡して
っ
てい
っ
たでし
ょ
? メー
ルでもラインでも! 電話でも!」
「うん」
うん、は違うと思
っ
た。
「でもね、偶然赤シ
ャ
ブが手に入
っ
たんだ。嬉しくてさ、アキにみせたくてさ、そんで来ち
ゃ
っ
た
っ
て寸法さ」
「『寸法』は別にいいけどさ、今日はたまたま家にいただけだからね? 私だ
っ
て出掛けてることはあるんだから」
「でもアキ、俺が来る時いつも部屋にいるじ
ゃ
ん」
図星を突かれて、く
っ
、
っ
と思
っ
た。勢いを付けて奴の隣りに座る。私の体重にベ
ッ
ドのスプリングが揺れて転がりそうになるユー
タが可笑しか
っ
た。
「で、その『赤シ
ャ
ブ』
っ
ての、普通のとなんか違うわけ?」
肩を寄せて、ユー
タに触れる。奪
っ
たたいおんが心地良い。
「うん。俺も初めてなんだけど、なんか効きが全然違うらしい。アキはあぶり専だからピンと来ないかもしんないけど、俺らポン中の間では赤シ
ャ
ブは半ば都市伝説みたいに言われててさ、なんか、この時期の北朝鮮産に薄ピンクのネタが紛れることがあ
っ
て、喰
っ
てみるとそれはもう極上なんだ
っ
て。ガア
っ
てきて、ゾワワ
っ
てな
っ
てサワサワ
っ
て。秋頃にだけ出廻る珍しいネタ。噂話しレベルのレアものをリアルに手に入れたこの興奮、炙り専のアキにはわかんねー
だろうな」
「何、その『あぶり専、あぶり専』てあぶりを見下すような態度。むかつく」
ほれ、とい
っ
てユー
タは私の目の前に「赤シ
ャ
ブ」の入
っ
たビニー
ルのパケ
ッ
トをぶら下げて見せた。まるで子供が珍しいクワガタを捕まえた事を誇るような無邪気な顔。こいつ、まつ毛が長いな、そう思
っ
た。
「喰うなら半分分けてやるけどさ、三万は貰わねー
とだな」
「三万? 高すぎじ
ゃ
ね? こんなピンクソルトみたいな奴に」
「嫌なら別にいいんだけどさ、もう二度と手に入んないかもだよ? 喰わねー
の?」
「喰う。でも、あんたに貸してるお金から相殺だかんね。今現金で欲しけり
ゃ
イチゴー
かな。どうすんの?」
「ち
ぇ
。足元見やが
っ
て。じ
ゃ
あイチゴー
でいいや」
そうい
っ
て立ち上がりキ
ッ
チンへ向かいごそごそと必要なものを漁
っ
ている。勝手は分か
っ
ているといわんばかりだ。半同棲、というほどではないけれど、いつも、ひ
ょ
い
っ
と現れては泊まりに来る。この狭いワンルー
ムに長い時には一週間以上居座ることもあ
っ
た。知り合
っ
て一年ほどになるけれど、何の仕事をしているのか、あるいはしていないのか、どこに住んでいるのか、そもそも住所があるのか、何も知らない。分か
っ
ていることは自称27歳で歳上で、性別は男でジ
ャ
ンキー
であること。私も此奴に仕込まれた。
「なあ、アキ。そろそろ、炙り止めてポンプにしねー
か? 俺、打
っ
てやるぞ?」
ロー
テー
ブルの上で私のヘアスプレー
缶を麺棒の様に使い、パケ
ッ
トのなかの結晶をゴリゴリと粉に砕きながらながらユー
タはいう。別にそのスプレー
缶に思い入れがあるわけじ
ゃ
ないけど何となく嫌だ
っ
た。
「なんか嫌。別に同じことをしてる
っ
てわか
っ
てるけど。ポンプ
っ
てさ、もう戻る余地がない、
っ
ていうか。ユー
タ見てるとさ、なんとなくそう思うの」
「炙りはよ、脳が早くいかれちまうんだ。そー
ゆー
の結構見てきたし。この間もさ、林さん、知
っ
てんだろ? あの人に急に呼び出されてさ、ち
ょ
っ
と見てて欲しいつ
っ
て。部屋に行
っ
てみるとびび
っ
たね。玄関扉の覗き穴はガムテー
プで塞いであるわ、ソフ
ァ
やらマ
ッ
トレスやらサ
ッ
シ窓を塞ぐように立て掛けてあるわ。『何してんすか』
っ
て聞いたらよ、誰かがレー
ザー
で攻撃して来るんだ
っ
て。窓や覗き穴から。やばいよな。で、青いレー
ザー
はいいけど赤いレー
ザー
はヤバいから、赤いレー
ザー
が飛んで来たらど
っ
ち方面から飛んできたか確認して欲しい、
っ
て。もう、部屋ぐち
ゃ
ぐち
ゃ
よ。あの人もさあ、炙り専なのよ」
ユー
タはコナにな
っ
た「赤シ
ャ
ブ」のパケ
ッ
トの中央に割り箸を二本挟み込んだ。その割り箸を左右にずらし中央を鋏で切り、二つのパケ
ッ
トに分ける。器用な奴。
「ん。好きな方選べよ。まあ、き
っ
ちり半分に分けた自信はあるけどな。俺、こー
ゆー
の才能あんだよ」
「無駄なところに才能使
っ
てんじ
ゃ
ねー
よ。そんならさ
……
じ
ゃ
、こ
っ
ちのパケにする」
一万五千円を支払いパケ
ッ
トを受け取る。ユー
タは財布から誰かの名刺のようなものを取り出し二つ折りにする。その二つ折りのVの字の底に「ネタ」をパラパラと乗せる。片手で注射器の「押す」部分を抜き、Vの字を注射器の尻に当てがい、トントントンと指で叩いてクスリを中に入れる。押す部分を注射器に戻しコ
ッ
プに用意しておいた水を注射器で吸う。指でパシパシとはたき、水とネタを混ぜたかと思うと、ぐ
っ
と右腕に力を入れ、関節に浮き上が
っ
た血管にぷすりと針を刺し、覚醒剤を摂取した。躊躇を見せない人間の堕落への所作を、寧ろ美しく思う。ユー
タは、ふー
、と大きなため息を吐いた。
どう? や
っ
ぱちが、と問い掛けた私に、話しかけんな、とユー
タは制した。目をつぶり、眉間に皺寄せる。グルメ番組でコメンテー
ター
が本当に美味いものを食べた時のような、本気のような顔。押し寄せる激しい快感を手なづけているのかも知れない。私も私の堕落の準備をする。お互い覚醒剤を摂取したあとは、おそらくセ
ッ
クスをするのだろう。長い、長いセ
ッ
クス。不安も恐れも憎しみも何もない世界の中、ただ純粋な快感だけを求めて、欺瞞を知らない獣のように、やりまくるのだろう。
*
目が覚めると、ユー
タの姿は無か
っ
た。あいつめ、と思いながら玄関の扉の鍵を閉めに行く。部屋の中には裸の女と覚醒剤。不用心も甚だしい。振り返り部屋を眺めると、カー
テンの隙間から朝の力強い光が刺し込んでいて、ロー
テー
ブルの上のアルミホイルやらストロー
やら、パケ
ッ
トやら、堕落の残滓を鮮明に照らしていた。まるで悪意を含んだスポ
ッ
トライトのように。
「あんた、死ぬ気だろ」
初めてユー
タに出会
っ
た時にかけられた言葉を思い出す。正直、その時「死ぬ気」ではなか