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【BNSK】月末品評会 in てきすとぽい season 5
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花火セットを用意して
 投稿時刻 : 2014.08.02 23:13
 字数 : 31991
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花火セットを用意して
都宮 京奈


 別れ際に交わされる「じあ」という言葉の裏には、だいたいにおいて「また明日ね」とか「さよなら、お元気で」とか、そういた言葉が続く。誰だてお互いの表情を確認し合て、その言葉の裏を察しようと努める。察することができなかたのなら、その言葉の先に何かあると期待するだろう。だて、言たほうと言われたほうにすれ違いが生じるから。「じあ、またね」なのか「じあ、お元気で」なのか。会うつもりがあたのか、なかたのか。これが結構大事だたりする。
 もしその先が途切れて消えてしまたのなら、私は絶対「またね」と声を掛ける。「さよなら」なんて寂しいじないか。一億三千万のうちのたたひとつの出会いかもしれないけど、その中の二人が声を交わして、目と目を合わせて、気持ちを触れ合わせたのだ。こんなに奇跡的なことを「もう二度とない」といて打ち切るのはあんまりすぎる。だから「今日はいい天気だなあ」といた誰かの無意味なつぶやきにも、私は全力で「そうですね。絶好の布団干し日和ですね」と答える。そう思えるのは私の周りには素敵な人ばかりいたから(友人に恵まれていたのだ)でもあるし、ある少女と幼少時に唐突に別れて以来、そのことを後悔し続けているからでもある。
 その少女は別れ際、私に向かて「今度『あそこ』に連れててやる」と言た。『あそこ』とは何処のことを指すのか、私の頭には選択肢すら思い浮かばなかた。だから『あそこ』に連れて行てくれると言た少女と、また会うのを楽しみにした。でも会えなかた。
 決して会いたくなかたわけではないのだ。私は「じあな」と言われて「じあね」と返事をしてしまた。そこで「またね」と言ていれば、少女はきと『あそこ』に連れて行てくれたはずだたのだ。


 一


 夏の暑い夜中は、どんな手を使ても涼しさを手にしたいと思うだろう。少なくとも三依(みい)はそう思ていた。
 涼しさを手にするには、どんな手があるだろう? クーラーを稼動させて室温を低下させるのもいいが、それでは電気代が気になる。ビニールプールを膨らませるというのもあるが、ビニールプールというものは日中に楽しむもので、真夜中に楽しむものではないはずだ。真夜中の暗がりから「バシ、バシ」と音がするなんて愉快なものでもないし。氷を用意するのもいいが、あいにく三依の家の冷蔵庫には、涼しさを得られるほどの多量の氷をジンジン作ることのできる製氷皿は備えられていなかた。家の冷蔵庫は小さいのだ。
 ……そこで扇風機の登場である。扇風機は一生懸命首を振て三依たち三人へ風を送ている。三依には少し物足りなかたが、いろいろな要素を鑑みたうえで「この部屋には扇風機で十分」と思ていた。
 それもそのはず、この部屋で生活できるのは一人だけ、せいぜい二人までの四畳半一間のオンボロアパート。家賃は、洗濯機の排水溝無しで二万五千円ポキリ。何をポキリと表わすのかいまだに定かではないが、取りあえず洗濯も容易に出来ない安物のアパートなのだ。贅沢は言てられないと三依は思てるし、我慢するのは自分一人でいいのだから安いものだとも思ている。きと大学を卒業して、この部屋を出るときまでもそう思い続けることだろう。経済的で大変よろしい部屋なのだ。後学にもなりますし。
「三依、ビール取てきて」
 この狭いオンボロ部屋にあぐらを掻いて、扇風機の風を独占しながら面倒臭そうに京香(きうか)は言た。彼女は、この部屋の中心に位置しているちぶ台に合わせて用意された座椅子に鎮座し、扇風機の『両頬』を掴んで静止させていた。
「できればオリオンビール」
「そんなものはあーりーまーせーんー……たく人使い荒いんだから」
 三依は立ち上がて、台所の横に配置させた冷蔵庫に向かう。京香はなけなしのオモイヤリで「ありがと」と適当につぶやいた。
 その二人のやり取りを見て、折りたたみベド(三依が普段寝るベドだ)にお人形さんのようにちこんと座ている紗代(さよ)が笑た。
「なんだか熟年夫婦みたい」
 三依は発泡酒三缶を冷蔵庫から取り出して、冷蔵庫からちぶ台へとパタパタと戻てき、扇風機の風を独占し続けている京香の頭の上に一つ置いた。
「それで、その話のオチは?」
 京香は顔を扇風機から翻すことはなく、頭上のビールを片手で掴んで、これまた適当に言い捨てた。
「首吊り死体だた。だから、男がずと見てたのは死体だてわけ」
 三依は続いて、ベドに座ている紗代に二缶目を手渡す。紗代はそれを受け取てから、ベドの堅さを確認するように受け取た発泡酒の缶をベドを押し付けてから、つぶやいた。
「生きてる人間と、死んでる人間、そんな簡単に見間違うのかしら」
 京香は頭上に置かれた発泡酒のプルタブを小気味良く開けてから、答えた。
「その男もさ、普段から血色悪い感じなんだよ。死体と同じぐらいの青白さでさ、ところどころ腐てんの」
「そちのほうが怖いね」
 三依は感心のため息を吐いた。この感心は、即座に適当な理由を考え付く京香の思考回路に対してである。


 ▽


 今日は大学の講義終了日だた。同じ大学に通う三依と京香と紗代の三人は、「お疲れ様会」と称して大学の近くで一人暮らしをしている三依の家に押しかけた。三依は文学部で、京香と紗代は経済学部だたので、三依の知らぬ間に、京香と紗代の二人が今日一日の日程の計画を立てていたたのだた。いろいろと候補が挙がたみたいだが、結局京香が主張した「今日は一日ホラー尽くし」に決定してしまた。
 紗代からそのことをスマートフンの『ライン』という簡単にコンタクトが取れるアプリで教えてもらて、三依は紗代の優しさ(というか主張力の弱さ)をのろた。それもそのはず、三依は京香と小学校からの幼馴染で、京香の思いつくことはだいたいろくなことではなかたのだ。だから、三依は京香と言い合いをした際には必ず京香の言い分を却下しようと必死になる。「今までの経験から言て、キウちんの言てることはろくなことにならないんだよ!」て。
 ……結局、三依は流されやすいから、京香が「絶対こちのほうが面白いて」と悪戯に笑うと、それでだいたいおしまい。気を張るための空気のようなものが鼻からぷすーと抜けていて、賛同してしまうのだ。
 京香は男の子みたいに無鉄砲で思いつき、計画性はないしそういう行き当たりばたりなものに興味津々。何回彼女と遊んで痛い目をみたか。逆に紗代はお嬢様という言葉をそのままお出ししたような女の子だたので、かなり前から気になていたことを聞くために。三依は紗代に電話を掛けてみた。
「ねえ、紗代ちてさキウちんと仲良いと思うんだけど、なんで仲良くなたの?」
 紗代は小首を傾げる。
「どうして?」
「いや、紗代ちんみたいなお嬢様はさ、キウちんみたいなズボラな人間て敬遠するんじないのかなて。友達付き合いしてるのが珍しいていうか……
 紗代は、三依に言われた言葉を一言一句間違わないように口内で復唱する素振りをしてから(復唱したように思えたのだ)、しばらくたて答えた。
「京香はズボラじないわ。だから敬遠しなかた。それじ答えにならない?」
 紗代の言た言葉が、想像していた答えとぜんぜん違うもんだから、返答するのにまたかなりの間が空いた。
「ズボラじないて思たことなか……てことは、キウちて実は繊細なの!?」
 紗代は笑ておとりと答える。
「さあ? ズボラか繊細かは人それぞれの基準に拠るから。でもね、私には京香はズボラじないように見えるわ。気が利くし、お世話焼きだし」
 紗代はそう言うと、「講義が終わたらそち行くから」と言て電話を切た。


 ということで、三依たち三人は京香の組み立てた『ホラー・デイ』に同行することになてしまた。講義終了日の午後に約束通り三依の家に集まてお酒を飲みながら、簡潔に『ホラー・デイ』の行程発表がなされた。そして、その次の土曜日に、三人で集まてその日程をなぞる様に遊ぶことになた。
 まず午前中に映画館に行て、さして面白くないホラー映画を三人で見た。『電話越しに囁く』といたタイトルの映画だた。あら筋は、幽霊が実は主人公の婚約者で、彼女は主人公に何度も電話を掛ける。しかし主人公は怯えて電話に出ない。結局、主人公は留守電を聞いて婚約者を思い出して、待ち合わせ場所にて朝日に薄く浮かび上がた幽霊と抱き合うのだ。
 映画は本当につまらないもので、三依にはハピーエンドなのかバドエンドなのかさぱり検討もつかなかた。それはきとつまらかたからだろうと三依は解釈した。本当に面白い映画というのは、見る人に理解力を要求しないのだ。
 上映が終わた今では、そんな結末のことよりもその映画を見ながら食べたアプルチーズ味のポプコーンを買て大失敗したことしか覚えていない。逆に、キラメルバター味のポプコーンを買た京香とポプコーンの鉄板の塩味を買た紗代は、お互いの味を食べさせあいながらも楽しく映画を見終えたようだた。
 その後、帰り道に寄ることのできるレンタルビデオシプでホラー映画をいくつか借りて、三依の家で見ることになた。三依の家にはテレビはないが、パソコンでDVDやBDが見れるということを、京香は知ていたのだ。
 借りたタイトルはどれも中途半端なもので、三依のなかでは特に『ニポン大家族』というDVDがくだらなかたことを覚えている。家族一丸となて頑張ている姿が、実は保険金目当てに子供たちを殺そうとしていた母に対して用意周到に計画した、子供たちの復習劇だたというオチだた。このドキメンタリー(正確にはモキメンタリーという手法らしい)をなぜホラーにつなげてしまうのだろう。その意図が悪趣味に見えて仕方がなく、気分を害していたところだた。三依のテンシンも下がてきたところに、京香が「怖い話でもしよう」と持ちかけて、紗代も賛同したので、怖い話大会になたのだた。
 そして怖い話を順繰り順繰り披露していたのだが、三依たち三人の想像しうる、また見聞きした話には限界があり、結局話も定型的な驚きのないものの連続となてしまていた。挙句の果てに、どこまでも冷静で論理的な紗代が「そのオチ……」と先回りしてオチを言い当ててしまうのだ。これじあホラーというよりも謎解きだ。
 つまるところ、紗代というフリル付きのカーガンを羽織て、ふんわりとしたキトスカートを着こなしたお嬢様がベドに座ている限り、雰囲気はホラーには近づくことはないということだ。


 △


 発泡酒をぐいと喉に流し込んでから、京香はやけに真剣な声色を作て静かに言た。
「怖い話てのは、ふたパターンあるんだ」
 三依はパソコンの前の座布団に座て、発泡酒のプルタブを開けると適当に言い放た。
「殺すか、殺されるか、みたいな?」
 今度はベドに座ていた紗代が、体をベドに預けて横になてからつぶやく。
「呪うか、呪われるか、かしら。嫌よ、こういうのは極端に言てくれないとインパクト弱いんだから」
 京香は一仕事終えたとでも言うように扇風機をやと離すと、三依や紗代に向き直る。
「一つは身近なもの、起こりうるもの。もう一つは身近ではないもの、起こりえないもの」
 三依はその言葉を聞いて、しばし京香の言葉を反芻した。決して、三依の頭の中にある怖い話ライブリーを参照して、京香の言ていることが本当か確認しているわけではない。ただ、京香の言ていることがあまり上手に理解できなかたのだ。
 紗代は理解できたようで、手のひらを合わせて小気味良い音を鳴らせる。
「ということは、さきみた『ニポン大家族』は起こりうるもので、映画館でみた『電話越しになんとか』は起こりえないものてこと?」
 京香は楽しそうに笑いながらうんうん頷いた。
「この三人の中でいちばん早く結婚するのは、紗代だな。違いない」
「どうして?」
 三依が、馬鹿ぽく口を開いて訊ねる。
「どんな適当な話でも、一生懸命聞いてくれる。自分がいかに物を知てるかひけらかしたい男からしたら、最高の聞き役だよ。うん」
 京香にそう言われて、紗代はとても嬉しそうにテレ顔を作り、はにかみながら顔を俯かせた。それから、頬を膨らませて少し責めるような口調になる。
「なによ。じあさき言たのは適当に思いついたものなの? これじあ私が馬鹿みたいじない」
 京香は紗代にむけて舌をぺろと出して、紗代に枕を投げつけられている。
 そんなイチイチなやり取りを眺めながら、三依は何度も京香の言葉を頭や口の中で反芻する。そうするうちに、あることを思い出した。
「あ、身近ではないけど、起こたことならある」
 ぽつりと漏らしたつぶやきを、京香はつまらなさそうに拾う。
「それは不条理な話だ。ヤマはあてもオチなし。物語になり得ない」
 物語になるかどうかは分からないけど……と三依は来ていたTシツを脱ぎ始める。
「お、姉ちん大胆だねえ」
「茶化さないでよ、もう」
 三依はブラジの下、脇腹あたりを京香と紗代の二人に見せた。
 そこには、まるで肋骨が浮き出たような大きな傷跡が、生々しくついてあた。
「痛そう……
 紗代は両手で口を押さえる。
「いや、幼稚園のときについた傷だから今はちとも。それでさ……
「何?」
 不安げに紗代は三依を見上げる。三依は頬を人差し指でぽりぽり掻いた。
「どこでこんな怪我したのか、どうして怪我したのか全然覚えてないんだよね。覚えているのは、病院の大きな鏡で初めてこの傷とご対面したときのこと」
 京香は黙たまま、発泡酒を口へ傾けている。そんな京香を見て、三依は「キウちんはあんまり興味ないのかな?」と思いながらも、先を言た。
「それと、キプ帽を被た少女がさ、『今度あそこに連れててやる』てどこかで私に言てくれたんだ。そのときのことを思い出すんだよね。傷のことを思い出そうとすると、どうしてもそのキプ帽の少女が思い浮かぶ。大きめの白地のTシツと、デニム生地のホトパンツとスニーカーを履いてる、キプ帽の少女。私に手を振てさ、『じあな』て。きとその子と遊んでたんだと思うんだけど……
 三依は、深く深く頭の中の思い出を掘り起こそうとした。それは鏡で傷を見たときにいつもすることだた。この場でも、毎回そうしてきたようにおぼろげになた記憶を思い起こすことに努める。でも、やぱり思い出せるのは、病院の鏡と、キプ帽の少女、そして彼女の言た「あそこに連れててやる」のみつ。
「『あそこ』てどこなんだろう?」
 京香はつまらなさそうに発泡酒の最後の一滴まで飲み干すと、「気になるの?」と訊いた。
 三依は、うー……と唸ると、少し逡巡してから首を傾げる。
「わかんない。その少女の見当もつかないし。でも、『あそこ』がどこかは気になる。あの子、どこに私を連れて行てくれるつもりだたんだろう」
 しばらく三人とも目を閉じて考え込んだ。誰も言葉を発さないので、扇風機の音が室内を満たした。まるで、俺は働いてるんだぞ! と主張しているようなうるさい音だた。こんなに扇風機てうるさかたんだ、と思うほどの振動音だ。
 その振動音を掻き消したのは、京香だた。彼女は三依に近づくと、傷跡にそと触れて手のひらを上から下へ滑らせたのだ。
「ひあ!」
 三依は驚いて腰を浮かせる。京香はごめんごめんと言て謝る。でも、京香はしばらくのあいだ傷跡を撫で続けていた。
 なんだが不思議な雰囲気になてしまた。一人がブラジ姿でもじもじして、もう一人が半裸の女の傷跡を撫で続ける。それをまじまじと、もう一人の女の子が眺めているのだ。これが不思議でなくて、なんであろう。三依は心の中で「これ何のプレイなの!?」と叫んでいた。
 そんな雰囲気を掻き消したのは紗代だた。紗代はいきなりベドから立ち上がると、手を叩く。
「それなら、心霊スポトを巡りがてら、その『あそこ』を探しましうよ」
 自分で言て、これはとてもいい案だぞ、とだんだん思えてきたきたのだろう。紗代はそうしましうと繰り返して、京香の腕を引た。
「もともと、これから弟さんに車だしてもらて心霊スポト巡り、するつもりだたんでしう?」
 京香は紗代に引張られて、いてて、と漏らしながら困たような表情を浮かべる。
「行た事もない『あそこ』を探すてなあ……三依が覚えてないんだから、探しようがないんじないか?」
 三依は首を横に振てやんわりと否定する。
「方法はある……と思う。怪我した時期が分かるんだから、その時期に過ごしていた場所に行けばいいんだ。通てた幼稚園の周辺をぐると回れば、たぶん思い出すんじないかな」
 紗代はぱあと顔を輝かせる。思い通りに事が進みそうなのが嬉しいんだろう。けど、とぴしりと三依は言た。
「それから、『あそこぽいところ』を探すから、時間はかかると思うよ?」
 そういて、箪笥の上に貼り付いている掛け時計を指差した。現在の時刻は午前一時、真夜中だた。


 二


 車の後部座席で微かな振動に揺られながら、窓の外を三依は眺め続けている。国道の歩道には等間隔で街灯が設置してあり、街灯の弱々しいオレンジ色の光がこちら側にむかてはひとつひとつ通り過ぎていく。車はコンビニすらないこの道をただひたすら山のほうに向かて走ている。運転席の京香の弟の優(ゆう)が、眠たそうにあくびをして、助手席に座る姉の京香と他愛も無いやり取りをしていた。
「あんた、寝たら死ぬよ」
「それは俺が誰よりも知てるよ。あ、姉ちんガムとて」
 京香はダボードのグローブボクスからボトルガムを取り出し、優に手渡す。優はそれを口に入れて、不味い、と一言漏らした。ボトルガムは見たこともないメーカーのものだた。
「なんでわざわざこんな不味いガム買たのさ」
「美味かたら意味ないだろう。不味いから意味があるんだよ。それよりもさ、姉ちん免許とりなよ」
「どうして」
「お酒の量減るよ。このままじアル中ましぐらじないか」
 前部座席の二人の会話に、三依の隣に座ている紗代が入り込む。
「そうそう。京香はもう少し未来の自分を思い描いたほうがいいよ。いくらテニスするからてね、やぱりお酒て太るんだよ? ビー腹でテニスウア着るなんて、みともなくなりたくないならさ、ね?」
「そうですね。本当紗代さんの言うとおりです。もとこの愚姉に言てやてください」
 いきなり矛先が自分に向いたので、京香は話題を締めようと心持ち大きな声で二人の声を遮た。
「あー、次どこ行く? トンネルも滝もお墓もなんも無かたし、このままじ帰らんないよ」
 そうなのだ。京香が言たように、出ると噂の場所はどこも閉鎖されているか撤去されていた。トンネルは大きな柵がつけられていたし、滝のそばの公衆トイレは跡形も無く潰されていた。お墓にある、幽霊が出ると有名な電話ボクスだて、落書きが酷くて今年の春に撤去されたらしい(後で調べて知たことだが)。とりあえずぐるりと一通り回てがかりして今に至る。
 京香や紗代はがかりしていたろうが、三依はがかりしている場合じなかた。三依には大事なミンがあたのだ。遠い昔に会た少女の言葉から、行たこともない場所を記憶という少ない手がかりで導き出さなければならないのだ。
 だから心霊スポトに到着しても、常に考え事をしながら歩いていた。
 三依は泥濘から欠片を取り出すように、幼稚園児のころの記憶の奥深くに集中する。思い出すのは……

 ――幼稚園のバスの窓から眺めた雨道、台風が過ぎ去た後の公園の倒木。炎天下のアスフルトを裸足で駆け回たこと。四階から一階に一息で降りれる滑り台。迷路みたいな遊具に、ちとだけ盛り上がている砂場のそばの山。そして、綺麗に澄んだ小川とそこを見下ろす緑色の屋根の家。そしてキプ帽の……――


「緑色の屋根の家!」
 どうやら三依のちとした記憶のキーワードたちが口から零れ落ちていたようだ。京香はすとんきうな声を上げる。
「な、なに……どうしたの?」
「緑色の屋根の家て、心霊スポトとして紹介されてたんだよ。なんだか気味悪いんだて、さき携帯で見たサイトに書いてた。よ、そこ行こう!」
 なんという偶然。
「姉ちん、その場所は?」
「ちと待て、そのページ開くから」
 京香は、携帯で目当てのページを開くと、住所を優に告げた。
「あ、確かに幼稚園も近くにあるね」
 京香の言た幼稚園名は、まさしく三依が幼少時に通ていた幼稚園だた。これはいよいよ『あそこ』に近づきつつあるのかもしれない、と三依は思た。隣をそれとなく見ると、紗代はニコニコと嬉しそうにはしいでいた。
「『あそこ』が見つかりそうで良かたよ……あ、ほとしたー
 三依は、紗代が嬉しいのは自分の思い通りに話が進んだからだと思た。しかし、はしいでいたのは別のことが理由だたみたいだ。
 紗代は前の運転席に座る優の肩をぽんと叩くと、二十四時間営業しているスーパーを指差した。
「ね、あそこのスーパーで花火買て行かない? やりましうよ、花火」
 ああそうか。ただ単純に、楽しそうなことを思いついたからだた。


 サイトに載ていた住所に到着すると、残念ながらそこはただの駐車場となていた。車が六台分置けるスペースが確保されており、道路の反対側にはとても低い柵が取り付けてある。その柵の向こうには階段が設置してあり、それをしばらく降りたところに非常に細く伸びる小川が流れていた。取りあえず花火一式を持て、四人は車から降りた。そして開口一番に、四人口を揃えて「何もない」とため息を吐いた。
「なんかさ、こんなに幽霊を求めたのは生まれて初めてだよ」と京香。
「私はこんなに頭を使たのは高校受験以来だよ。暗記問題苦手なんだよね」と三依。
「あの河川敷が花火するのに丁度いいわ」と紗代。
「紗代さん、暗いですから気をつけて下さい」と優。
 何もないとため息を吐きつつも、四人ともそれでいいという気持ちになていた。どうせ暇を持て余した女子大生の思いつきだ。何もないなら、何もないなりに楽しんでしまえばいい。刺激的な夏休みというのは、恋焦がれるものでもあるが、いざ急に来られると困るものなのだ。小市民は小市民なりの夏休みの過ごし方というものが、あたりするのだ。三依は心の中で、ただ一人社会人である京香の弟に謝罪の言葉をつぶやいた。こんな暇つぶしに付き合わせて悪かたな、と思たのだた。
 しかし、優は三依の想像とは違て、ずいぶん楽しそうな顔で紗代に話しかけていた。花火がたくさん詰またプールバグを弄てからバケツにそれを収めたり、チカマンが点くことを確認していたり。どうやら優は花火をたいそう楽しみにしていたみたいだ、と三依はほとした。
 懐中電灯を持て先頭をずかずか歩いていく京香の後ろについて、河川敷へと降り立つ。三依の後ろには紗代と優がいた。彼ら二人に「このへんでいいかな」と声を掛けようと振り返る。
「あ……
 三依の視界に広がたのは、思い出の中にあた『緑色の屋根の家』とその窓から笑て手を振ていたキプ帽の少女の姿の面影だた。
「どした?」
「キウちん。私、確かにここで少女と遊んだんだ。あそこの階段と、今は駐車場になてるけど、その端に生えてる木々……見たことあるんだここから見上げた景色」
 京香はギとしたような顔をして、へ、とつぶやいただけだた。
 紗代と優がその京香の顔をみて、からかい始める。
「なんだよ、その顔ぶさいくだなー」「どうしたの? 幽霊でも見つけた?」
 二人は笑いあう。京香はいつもならそのからかいに反応して減らず口の一つも叩くのだが、今回は「花火ちとやおう」と言て優からバケツをひたくただけだた。


 花火は順調に本数を減らしていき、花火を嗜む人がみなするように、線香花火で締めくくりに入た。ちなみに、打ち上げ花火も数本パク詰めされていたが、閑静な住宅地の周辺である。それはさすがに自重して、車に持ち帰ることにした。
 蝋燭の火を四人で囲み、いせーのーせで線香花火に火を移す。誰が長く生きるかなんてつまらないことを言い出すのは、優だた。京香は「ドボン」と言て笑い、紗代は京香に「そんなこといて。一番に火種が落ちるわよ」と窘めた。三依はそれらの楽しげな会話や小川のせせらぎに耳をすまし、線香花火の揺れる灯りに視線が奪われながらも、あの一瞬のできごと、視界いぱいに広がた追憶の景色に酔いしれていた。
 三依の記憶の中のあの少女は小学校高学年ぐらいの背丈だた。三依のほうは幼稚園児だから、ずいぶんとお姉ちんだたのだろう。今はない緑色の屋根の下で手を大きく振てニカと笑う。三依を呼ぶ声。着いてこいよと親指で背後を指す。遊ぶぞと、力強く言う。任せろ、絶対楽しいから。
 幼稚園児というものは、すべてのものが大きく、頼もしく見える。小学校高学年なら、大人と同じように思ていただろう。着いて行て、さあどんな楽しいことをして遊ぶのだろうと、三依は確かにワクワクしたはずだ。そしてそこの階段を駆け上がる。階段を上り終えると――
 ――そこで線香花火の火種は落ちた。
 四人はしばらく静かに流れる時を各々沈黙によて感じていた。
 その沈黙は、京香が自身のジーンズを手のひらで打て、幕引きとなた。
「さ、帰ろうか」
 三人は頷いて、片付けの準備をする。そのすがら、紗代は京香に微笑んで言た。
「楽しかたわね」
「意外といけたな」
「残念だたわね、幽霊と出会えなくて」
 紗代はくすりと笑て、京香の頭に手のひらを置いた。よしよしされた京香は、はは、と笑て答えた。
「幽霊ならずといたよ」
「え?」
 ほら、といて京香は駐車場の端に植えられていた一本の木を指差す。
「あそこから、じーと見てた。気づかなかた? キプ帽を目深に被た女の子。線香花火のあいだにいなくなたけど」
 今度は三依が、え? と声を上げた。
「ずと親指で背後を指して、こちこいよて誘てた」
「冗談でし?」
 紗代は消え入りそうな声でつぶやく。京香は首を横に振た。
「他の誰でもなく私が一番驚いてるんだ。だから、声を掛けることもできなかた。ははは、人て本当に驚くとさ、知らん振りするもんなんだな。学んだよ」
 気を失いそうになるのを、やとのことで堪えて三依は苦笑いを浮かべた。


 三


 『ホラー・デイ』を取りあえず完遂したその二日後、三依と京香は一緒に美容院に行て髪を気持ち分短めに切てもらた。なんていて夏である。女の子の長い髪は、体感温度を三度上げる。比較的髪の短めな三依ですらそうなのだから、立派な長髪をお持ちの京香はもと夏を熱く感じていることだろう。もとも、京香自慢のロングをセミロングに変えるぐらい美容院で切てもらたわけではなく(三依が勿体無いといて京香を止めた)、後ろで髪を結んでポニーテールにすることによて首筋に溜まる熱気を少しでも放出し、涼しさを手に入れているのだが。
 美容院から出ると、視界に広がたアスフルトの熱が作り出す陽炎を目の当たりにし、昼下がりの街での優雅な散策は諦めた。ということで、美容院のすぐ隣の喫茶店で、しばし日が翳るまでおしべりでもして時間を潰そうということになた。
 京香は喫茶店の窓際の席につくなり、三依に「ウインナーコーヒーのウインナーてなんなんだろうな」と訊いた。三依が首をかしげていると、アイスコーヒーとチリソーとフライドポテト、それと目玉焼きとパンを注文した。テンポが速い。三依は京香の行動の素早さに置いていかれながらも、いまだにウインナーコーヒーのウインナーを考え続けていた。
「注文しないの?」
「あー、うん。するよ、注文」
 メニを取り出して、目に留また梅じそのパスタを注文した。しばし待ていると、注文の品がすぐに揃た。三依は「もしや、冷凍食品だな、これ」と当たりをつけた。個人経営ぽいお洒落な喫茶店なのに、そうだとしたら少し残念だ。
 三依の難しそうな表情を見て、京香は先ほどのナゾナゾのようなものの答えを自分からさらりと言た。
「ウインナーはさ、ウン風。オーストリアの首都ウンのコーヒーだからウインナーコーヒーなんだて。それならさ、ウン風コーヒーでいいよな。伝わらない単語は、単語として意味を成してないよ」
「知てるなら、すぐ教えてくれたていいじんか」
 三依は口を尖らす。
「てきり、アイスコーヒーとチリソーでウインナーコーヒーを作てみせてくれるのかと思たんだよ」
「まさか」
 チリソーにフクを刺しながら、京香は笑た。
「コレが食べたくなただけ。本当は目玉焼きとパンだけでよかたのにさ。誰かの罠にまんまと嵌てしまた」
 三依は、そんな意図は決してないよ、といて梅じその香ばしい酸ぱさを堪能した。いや、参るね。夏はやぱり梅だよ梅。酸ぱいのが美味しい季節、ああ夏最高! ね、梅じそちと頂戴よ。チリソーおひとつあげるからさ。と他愛もないやり取りをして、少し遅い昼食を楽しんでいると、三依があと声をあげた。
「どした?」
「そういえばさ、あの夜、やぱり本当に幽霊を見たの?」
「なんだよ、私が嘘言てるて言いたいのかよ」
 京香は不服そうに頬を膨らませる。三依はその頬を指で突いて破裂させてやると、
「いや、キウちんが本当に少女の幽霊を見たてことはさ、私の思い出に登場する少女は死んじてことになるんだよね?」
 幽霊というものは、大体において死んだ人間が現れるものを指す。足が透けて消えていたり、立てるはずのない場所に立てたりするのだ。そして生きている人間を、自分たちのいる世界へと誘い、殺してしまう。しかも、化けて出るぞ! という脅し文句があるぐらいだから、何か恨みだとか、そういう負の感情を持ている可能性だてあるだろう。
「生霊て手もあるぞ」
「うー……なんだかそれ考えると、また会えて嬉しい! ていうより、なんだか悲しい気持ちになうよね」
 京香はパンを掴んで口の中に放り込む。それをすべて飲み込んでしまうと、ふんと気のない返事をした。
「ちと。マジメに聞いてよ」
「私はいつだてマジメだす」
「もう。『あそこ』のこと思い出すかなて少し期待してたんだけどな」
 三依がそうぽつりと漏らすと、京香はいつになく真剣な眼差しになた。
「それなんだけどさ、その傷跡と少女の思い出。それて、失たことこそが正解な記憶なんだよ。きと」
「どうしてそう思うの?」
 京香の真剣な眼差しにどきとしつつも、三依はできるだけそけなく訊く。
「私は自分の都合のいいことしか覚えてないもん。ほら、私て忘れぽいし。三依のことだてしう忘れる。私にとて失うことが正解の記憶」
「なにそれ、ひどい」
「えーと、三依が小学校のとき好きだた男の子は確か……
「村上くん」
「そうだたの?」
「え、し、知らなかたの?」
……
「本当に冗談なんだよね?」
 京香はパンをもう一切れ掴もうと皿に手を伸ばす。しかし、皿の上には何も残ていなかた。
「キウちん?」
 咳払いでやり過ごそうとする。三依は目を細めて京香をじとと見た。
……とーにかくさ、プリンみたいなもんなんだよ。それて」
 また京香お得意の良く分からないところからの切り替えし、と三依は呆れた。本気で言てるのか適当に言てるのか判断がつかないことを、彼女はよく言うのだ。
「プリン?」
「うん。買たことも忘れてたプリンが弟に食べられてた。そのことを弟の口から聞いたとき、二重にがかりした。食べられたことも腹が立つけど、それを知たところでなんもいいことないてね。なんで教えたんだよ! 嫌がらせかよ! ていう。そんな類の話なんじないのかなあ」
「そうなのかな」
「そんなことよりもさ、私はそれを思い出して三依がいなくなることのほうが心配だよ」
「私がいなくなる? どこへ? 何しに?」
 また突拍子もない発言。三依は頭の中がぐるぐるになて、眩暈を覚えた。京香はお構いなしに言葉を続ける。
「知らないけどさ、そんな嫌な予感がすんの」
「へ、何か嫌なことが起きるて予兆かな。虫の知らせみたいな。そんなに私がいなくなるのが嫌なの?」
 ちと意地悪く三依は京香に尋ねる。京香はそれには答えず、さらに突拍子もない発言を放り込んだ。
「しう私はいなくなりたいて思うから」
「ふむふむ……へ?」
 完全に京香の発言にノクアウトされそうになた。三依の知らない間に、京香はなにか憂うことがあたのだろうか。もしかしたら、何かに巻き込まれて……としたら今流行の欝病!? と、いろいろと考えていると、京香は恥ずかしそうに俯いて続きを言た。
「この間さ、弟に足の裏の臭い嗅いでるところを見られた。このまま消え去りたいと思たね」
 三依は大きな安堵のため息を吐いた。
「なんでそんなワンコロみたいなことしてたの」
 よかた。キウちんはやぱりキウちんだた、と三依は安心した。と、同時に京香に向けて叫ぶ。
て、私が忘れてることて、消えたくなるほど恥ずかしいことなの!?」
 京香はケラケラ笑て、アイスコーヒーの氷をがりがりと食べ始めた。
「恥ずかしいことといえばさ、うちの下僕が紗代お嬢様に恐れ多くも惚れてしまたみたい」


 お会計を済ませると、外は丁度いい気温にまで下がていた。風も若干そよいでいる。空は赤みがかて、もう少しで完全に茜色に変わるだろう。夕暮れを人々に予感させる空だた。
 帰りの電車の駅に向かて二人で歩きながら、優が紗代と告白し付き合うことができる確率を話し合た。意外にも京香は弟の恋を応援するといい、三依を驚かせた。どうしてか理由を尋ねると、なんだかんだ言て幸せになてほしいから、だそうだ。
「私、姉妹がいないから、弟てものに憧れちうなあ」
 三依は一人子だた。もし弟がいたら、隣で歩く京香のように我が弟の幸せを願う素敵なお姉ちんになていただろうか、と三依は考えた。そんな私の器て大きいのかな、なんて。京香は「もうそのことは忘れてくれ」と照れながら言た。
「いいもんじないぞ。居心地最悪、バンドやてるから騒音で寝らんないし、おまけに勝手に私のプリンを食うんだ、ヤツは」
「でも、嫌いじないんでし?」
「そり……愛着だて少なからずあるからね」
 『愛着』という言葉が、三依の胸の中にすとんと落ちた。なるほど。あんまりいい事ばかりではないけど、なんか憎めない。それが、愛着。
「私のこの傷も、そんな感じだ。この間キウちんに触られたけど、嫌な気分はしなかた。くすぐたかたけどね。うん。うん、愛着て言えばしくりくるなあ」
 駅に到着するまで、確かに脇腹の傷跡の存在を感じながら、また話は優の恋話へと移ていた。
 女子の会話は脈絡なく流転し続けるのである。難しい、なんだかよく分からないキモチの話をしたならなお更のこと。物事を正確に理解しようとする話なんかよりも、よぽど恋愛話のほうが話していて楽しい。それはこの二人とて例外ではなく、いつの間にか優と紗代の恋をローマの休日になぞらえて面白おかしく妄想した後、電車駅の地下に新しくできたスイーツ屋さんの話になて、今度は効果的なダイエトの情報を共有し合た。


 四


 茹だるような暑さはまだ続く。このままだと文字通り茹ダコになてしまいかねないと三依は思た。しかし、意外にもこんな炎天下の中、窓の外から子供たちの元気な笑い声が聞こえてきた。さすが夏休みだと三依は思た。さすが子供だ、とも。
 飛んで火にいるなんとやら、こんな暑い日差しのなか外に出てあれやこれや飛び回ろうとは三依は微塵も思わなかた。かといて、家でずとごろごろするのも、厳しい。なぜなら、この部屋を懸命に涼しくしてくれていた扇風機の調子がおかしくなたからだ。
 ガーと風を送てから数秒立つと、ガと回転羽を止めて、ピーという警告音とともに完全に動きを止める。何度も電源をつけ直したが、とうとう起動すらしなくなてしまた。ああ扇風機よ、お前もこの暑さにやられてしまたのだな、情けない……と愚痴てみるものの、じあ仕方ないといてベドに寝転ぶには風がないことに耐え切れず、取りあえず涼しい本屋さんに避難して、日が暮れてから家電量販店で第二の扇風機を購入することにした。
 大型本屋はとても涼しかた。スーパーは品物が品物なだけに冷房が効きすぎてるきらいがあるが、本を冷蔵する必要はない。とても人が過ごすのに心地いい温度に設定されていた。ありがたい。
 三依は文学部のなかでも教育学専攻だたので、取りあえず教育学のコーナーに足を運んでみる。といても、別にお目当ての本があるわけではないので、すぐ文庫本のコーナーに行て好きな作家の本でも物色しようと思ていた。
 分厚い専門書の背表紙を流し見て、平台に積まれている表紙とタイトルを見る。どうして専門書てこう、ワクワク感がないんだろうなんて考えていると、ふいに「守城さん」と声を掛けられた。間違いなく三依の苗字は守城だたので、知り合いかな? と声のしたほうに振り向くと、四十ぐらいの優しそうな男の人が隣に立ていた。
「北村先生……ですか?」
「うん。覚えててくれたんだ。お久しぶり、元気にしてたかい?」
 北村は、本当に嬉しそうに三依に笑いかける。この四十ぐらいの優しそうな男の人は、三依が教育実習で母校の小学校に行たときに、とてもよくしてくれた先生だた。担当の教師(教育実習には実習担当教諭というものがあり、だいたいは実習に入る学級の担任がマンツーマンでお世話してくれるのだ)ではなかたが、実習生の控え室のような場所に時々やてきては、話を聞いてくれたり、お菓子を持てきてくれたり、励ましてくれたり、手伝てくれた。三依は担当の教師とそりが合わず泣かされてばかりだたので、その際に心を支えてくれた、本当にお世話になた素晴らしい先生なのだ。
 しかし、三依は今年度の教員採用試験に落ちていた。そしてまた、教師になることを半ば諦めて教育とはまたく違た私企業に就職しようかとも考えていたところだた。だから、三依にとては……あんなによくしてくれたのに申し訳ないな、と特に北村には不義理を感じていたところでもあるのだ。
「げ、元気ですよ」
「僕なんか、この暑さにまいたまいた。家のクーラーが壊れてね、避難してきたところだたんだ。せかくの休日なのに……と思てたら守城さんに会えたから、バチオーライだてことだ」
「はは、なんかそう言われると嬉しいです」
 こちは扇風機が壊れたから避難してきたんです、と三依は言わなかた。
「あれ、守城さんかなて遠目でちらちら見てたんだよ」
 そう言て北村は眼鏡をくと持ち上げる。服装はストライプのシツとグレーのチノパンといたカジアルな格好だたが、やぱり格好いい。三依は、この北村のまとう無邪気さと清涼感が好きだた。
「あ、話聞いたよ。試験落ちちたんだてね。残念だたなー。でもさ、試験は毎年あるしさ、気にすることないよ。いつかは受かる受かる」
 三依は視線を専門書に落としてしまう。北村はすこし間を空けてから、言た。
「僕もね、実は異動で役所のほうに回されてね。今は授業してないんだ。書類とバトルしてる」
 北村の言葉に三依は驚いた。実習のときに、何度か北村の理科の授業を見に行た。とても子供の発言が活発に飛び交う、いい授業だた。そして、北村の楽しそうな顔は忘れられない。
 実習最終日の飲み会で、北村が「授業は子供とのバトルなんだ」と言ていたのを覚えている。こちが百ぶつかたら、百返してくれる。僕たちが子供と誠実にバトルをしていくとき、授業というのが生まれる。
「もう帰るの?」
 北村は何気なく三依に訊く。三依は少し考えてから、いいえ、と答えた。
「あの、北村先生が良かたら、ドーナツでもご一緒にいかがですか?」
 三依は言てしまてから、どうしてこんなことを言てしまたのだろうと後悔した。


 ドーナツとアイスコーヒーを受け取てから、できるだけふかふかそうな椅子のある机を選んで座た。やはり三依や北村と同じように夏の暑さから逃れようとここにやてきている人が多いのだろう。ドーナツ屋はそれなりに混んでいた。
 席についてから、何を話すわけでもなく二人して、店の中央に設置してある水槽を眺め見た。三依は水槽で泳いでいる魚(名称はわからないがきと海水魚だろう)をぼと見ていた。それは北村も同じことで、若干居心地悪そうに少しアイスコーヒーを飲んで、水槽を眺めて。水槽を眺めては少し飲んでを繰り返していた。
 その北村の落ち着きのなさにくすりと笑い、北村のアイスコーヒーのグラスに垂れている水滴を見て、コプも汗を掻く季節なんだなあと適当な感想を思い浮かべていた。そして、そのグラスに差さているストローを見る。ストローには噛み跡がついていた。もう一度三依はくすりと笑てしまう。
「何か面白いことでも思い出したのかな」
「いや……忘れてください」
「そういわれると気になるな。何でも言てよ」
 せかく手にした話題を逃すものか、と北村は思ているのだろうか。三依は尻込みしつつも、変なことを思い出して笑てしまた自分をのろた。仕方なく答えることにする。
「ストローを噛む癖のある人て、お母さんのおぱいが恋しいて話を思い出しまして……失礼でしたよね。すいません」
 北村はぽかんと口を開けて、目をぱちくりさせてから、楽しげに笑た。
「確かに、噛み癖には甘えたいていう心理が表れているみたいだね。なんか恥ずかしいなあ。こう見えても三人の子持ちなんだけどな」
 そういう北村の無邪気な笑みが、三依にはアンバランスなものに感じて笑てしまう。大人でも甘えたいて思ても仕方ない。はい、そうですね。そうやて二人して笑い合うと、魔女に掛けられた魔法が解けてしまたように、自然と会話が続いた。三依は実習を振り返りながら、大変だたことや、担当の教師が厳しくて何度も家で泣いたことなどを気持ち分オーバーに話した。
 北村は、その話を目を細めながら頷いて聞いていた。
「僕が守城さんを見たときに、『あ元気にしてたんだ、会て話でもできるかな、話したいな』と思たんだ」
……といいますと」
「うん。実習の最終日さ、すごい死んだような顔してたし、実習初日の溢れ出るやる気がさ、見事に溢れきててゾンビみたいになてたから、大丈夫かどうか心配してたんだ」
「す、すいません」
 三依は肩を落として落ち込む。
「最後廊下でさ、『お疲れ様、がんばてね、また明日!』て守城さんに言たんだ。覚えてる?」
……いえ」
「ははは、だろうね、突込みも無かたし。守城さんは『がんばてね』のほうに反応してて『まだがんばらなきいけないの!?』て顔してたもんね。きと実習最終日の日誌とまとめを書く作業でも思い出してたんじないのかな
 三依は苦笑いを浮かべた。思い出すと、確かに実習が終わてもなお残ている作業の多さに陰鬱な表情をしていたかもしれない。
「僕は人のことは決して忘れないし、間違わない。それには自信があてね。というのも、子供て名前を間違えられるのが結構傷ついたりするんだよ。だからそこはね。それでね、特に人と最後に会たときのことは忘れないタチなんだ。だから卒業式とかは、本当につらい。嬉しいけどね」
「わかります」
「でもね、僕が一番好きなのもそんな瞬間なんだ。多少色合いは違うけどね。帰りの会をして、日直さんが起立、礼をする。そして『先生、さようなら。また明日』ていう。この『また明日』が堪らなく好きなんだよね」
 北村は恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうに頬をぽりぽりと掻いた。三依は、そんな北村の人柄に癒された。聞いているこちまでも、伝わてくるような温かい想いの言葉たちだたからだ。だからだろうか、北村がぽつりとつぶやいた、
「本当に、守城さんは、忘れられないなあ。昨日のことのように覚えているよ」
 という言葉は、それまでの言葉とは違た色合いで聞こえた。


 五


 三依は家電量販店で新しい扇風機をゲトして、部屋に設置した。今まで頑張てくれていた古い扇風機は粗大ごみの日まで押入れで眠てもらうことにした。
 とても楽しい日だた、と三依は思ていた。また、先生という職業は時間を止めてしまうのだろうかとも思た。久しぶりに会た北村は変わらず(といても実習が今年の春だたので、当たり前と言えばそうなのだが)元気な様子だたからだ。もし先生という職業が時を止めるのならば、現在先生ではない北村は、これからどんどん年をとていくのだろうか。まるで解凍されたお魚のように、徐々につややかさを失……。そういえば、心持ち元気がないように見えた。それはきと、授業をしていないからで、今日三依の誘いを快諾したのも、もしかしたら久しぶりに相談という名の授業ができると思たからかもしれない。
 そんなことを考えながらベドでごろごろしていると、どこか小学校時代が懐かしくなた。アルバムを引張り出してそのころを懐かしみたいと思た。
 残念ながらアルバムは実家にしまてある。それで、三依は母親に電話を掛けることにした。時間は夕暮れ時の五時だ。母は医療事務の仕事をしている。ばちし今は勤務時間帯であた。つながるかどうか不安に思たが、電話は問題なくつながた。
「どうしたの。なんかあた?」
 いきなり心配とは、私の素行について母はどう思ているのだろうか、と三依は苦笑いする。
「別に。私の小学校のアルバムとか見たいなて思て」
「なんなのー。びくりした。それで、いつくるの?」
 話が早い。家族との会話なんてこんなものである。用件は○○。ラジ。で終わるものなのだ。
「うー……今度の土曜にでも行くかな」
「わかた、なに食べたい?」
 三依は少し考えてから答えた。
「お鍋。暑い日にお鍋、いいよね」
「あー、お鍋ダイエト?」
「そんなのあるの!?」
 京香とダイエトの情報を交換した際には、そんな名称のダイエト法は耳にしなかた。
「ええ。汗いぱい掻いててやつ。聞いたことないの? 遅れてるわね。わかた、準備しておくわね」
 母がそれじあ、と言て電話を切ろうとする。三依はそれを止めて、以前から聞こうと思ていたことを聞いてみることにした。
「そういえばさ、お母さんがお父さんと離婚したのてなんでだけ?」
「え、なーにー? 藪から棒に」
「聞いたことないなて。だてそのころ聞いちいけない雰囲気だたし。私幼稚園児だたしさ」
 母はふーん、と気の無い返事を返してさらりと答えた。
「お父さん、他に好きな人いたんだて。浮気してたてこと。それだけ」
「ブチ切れるね、そり
「そりあもう。近くにあた土鍋をぶん投げた。あばら骨にヒビが入たんじなかたかな。病院に離婚届持ていてはい終了。あんたね、人生の年長者としてひとつアドバイスするからメモを用意しなさい」
 もちろん三依はメモなぞ用意はしない。
「なに?」
「愛するよりも、愛されなさい。それが女にとては間違いない」
「にるほど」
 まるで洒落たバーでウイスキーグラスの氷を指先で回しながらつぶやくセリフだ。でも、母は洒落たバーではなく、勤務先で電話を受け取ているのだ。その証拠に電話越しから「ミツイさーん、交代ですよ!」という声が聞こえた。はーい、と母は間延びした返事を返し、余計な一言を言い置いて、電話を切た。
「それで、今度の土曜日ね、あんたの彼氏楽しみにしてるから」
 違う、そうじない! というには少し遅かた。


 実家に一人で帰るにはしのびなく、紗代を誘て実家に帰た。本当は京香も誘たのだが、バイトがあるという理由で断られたのだ。
 紗代を見るなり、母は「彼氏じなくて、彼女を連れてくるなんて……」と冗談を言た。紗代も調子のいいもんだから、「私たち本気なんです」とかなんとか。この二人はウマが会いそうだ、紗代を連れてきて良かた、と三依はひと安心した。
 お鍋はチゲ鍋で、とても美味しかた。汗がだらだらと滝のように流れ落ちてくる。なるほどこれは確かにサウナと同じようなものかもしれない、と三依が言うと、紗代は三依の飲んでいる発泡酒を指差して、これがなきあね、と言た。
 風呂に入て、お目当ての小学校のアルバムを開く段になて、紗代は京香のことを聞きたがた。どんな小学生だたのか、どんな思い出があるのか。京香は三依と同じ小学校出身だたから、アルバムのページを捲りつつ、京香の写ている写真をつつきながら話をした。
「キウちんてさ、先生の言うことなーんも聞かない子だたんだよね」
「やんちたの?」
「そうそう。私たちの学校てさ、担任がぜんぜん変わんないの。四年生のときに一回だけ隣のクラスの担任と取替えこしてさ、そのまま六年間ずと。だから私の学年の先生て二人いたんだけど、二人ともキウちんの担任になるのを嫌がてたみたい。アイツは俺らの手に負えないて。六年間キウちんの学年に配属されたことをのろてたんじないかな」
「問題児だたのね」
 そうしてページを楽しく捲ていくと、三依は無意識にあと驚き声を上げた。
 先生の集合写真のページに、あのドーナツ屋でみた北村が、とても若い姿で写真に写ていた。四年二組の担任だた。


 六


 小鳥の囀りが聞こえる。まるで小川のせせらぎと会話でもしているようだ、と三依は思た。木々がざわめいて、こんな閑静な住宅地でも自然を感じられるというのは誠に素晴らしいことだ、と偉そうに評価してみる。そんな『素晴らしい』自然を感じながら、目の前の階段と、駐車場を交互に見やる。
 日曜日の休日、それも真昼なのに、人一人姿を見せない。ここらへんに住んでいる人は、全員家の中で涼んでいるのだろうか。それとも、どこか休日に集まる場所……たとえば大きな公園(ゲートボールでもできればもといい)や大型デパートでもあるのだろうか。
 三依は先週の土曜日に来た、緑色の屋根の家があた場所にまた来ていた。今度は一人でだ。電車とバスを乗り継いでここに到着した。途中ペトボトルのお茶と、日焼け止めを買た。目的は京香が見たという少女の幽霊とまた会うためである。
 もし会えなければ、また明日にでも訪れるつもりだた。幽霊であれば真夜中だろう、しかし電車が無くなてしまうので、一人で訪れることのできる時間帯は夕方までに限られている。もし夜にしか姿を現さない幽霊であれば、そのときは事情を話して、京香の弟に頼んで車で連れてきてもらおうと考えていた。しかし、できれば一人で少女に会いたかた。だてそれは、きと他の誰でもない三依の問題なのだから。
 三依はぼとすることが得意だた。そのせいで、度々授業を聞き逃してしまうが、これは案外悪くない特技だと三依自身は思ている。こうやて、頭を空ぽにして自然の声に耳を澄ませていると、今までやてきたことが途端になんでもないことのように思えてくるのだ。
 ずいぶん長い間ぼとしていると、駐車場に待ち人が現れた。
「待てたんだ」
 キプ帽を被た小学校高学年ぐらいの少女が、駐車場から三依を見下ろしている。少女は低い柵を乗り越えて、階段をゆくりと下りてきた。少し大きめの白地のTシツ。デニム地のホトパンツにスニーカー。思い出の中の少女とうり二つだ。
「久しぶり、ミ
……キミを見たて友達が言てた。先週の土曜日の夜、ここにいた?」
「花火してたから」
 なんでもないようにつぶやいて、少女はキプ帽のつばを弄て目元を隠した。
「ね、私たち、以前どこかで会たことなかけ?」
「会たことなかたら、待てたなんて言わない」
 少女が言た、待てたんだ、というのはどうやら三依の様子を表現したのではなく、三依に対して言た言葉だたみたいだ。
「そういうもんかな」
 少女はフーセンガムをつまらなさそうに膨らませて、ぼんやりと小川を見る。
「ミと待ち合わせをしてたでし。『今度あそこに連れててやる』てさ。ここの近くにケイドロするのにうてつけの場所があんだ。ちとした草ぱらに、おかない建物があてさ。僕たちの秘密基地だから、この間ダメだて言たんだけど、ミが泣いたから。それで、今度こそはそこに連れててやろうと思てた」
 三依はだんだんと思い出す。少女に泣きついたこと。困たような顔をする少女。きとあれは、連れて行てくれないことに駄々をこねていたのだ。
「そ……それてどこにあるの?」
 少女は小川の上流を指した。ちなダムみたいな段差があり、水は滝のように落ちている。落ちた水は真白な泡となては消え、激しい音を立てていた。
「今度こそ、連れて行てくれないかな」
 少女はこくりと頷いた。おそいよ、と一人ごちて少女はささと先を歩く。三依は置いていかれないように、少女の後に着いていた。


 少女と三依の二人は、『ちなダム』のそばの石垣を慎重に上ていく。この石垣がぬめぬめしていて、三依は何度も足を滑らせた。対して少女は、ひいひいと身軽に上ている。手馴れたものなのだろう。ダムを上り終えて、もう少し上流に歩いたところに、木々が分かれて小道を形づくている場所が見えた。その小道に少女はひいと入ていた。やはり山道で、さらに人があまり通らないものだから、三依にとてはかなり険しいものだた。大きめな石がゴロゴロしているし、草の背丈だて高い。ある程度予想をつけて、ワンピースとジーンズという軽装でやてきて本当に良かたと三依は思た。
 やがて山道の先に草原が現れて、その草原のど真ん中に、まるでストーンヘンジのように円形に組み立てられた建物が打ち捨てられてあた。
「あそこ、学校だたんだ。元はね。でも今は誰も使てない」
 少女は説明しながら、建物に近づいていく。
 その建物はどうやら四階建てみたいだた。窓と思しき枠が四つ縦に並んでいる。入り口は閉鎖されていて、その周辺の窓も板で塞いであた。少女は入り口を無視して、その裏側にぐるりと回る。するとそこに、一階と二階を繋ぐ小さな梯子が掛けられてあた。どうやらそれを上て、二階の窓から侵入するようだ。
「こんなところでよく遊ぶの?」
「怖いよ。こんなところ誰もこないし」
 そういてから、ニヤリと少女は笑た。
「だから、遊ぶには最高なんだ」
てことは、よく遊んでいたのね。今でも遊ぶの?」
 彼女は首を横に振た。
「相手がいない」
 梯子を上りきて、二階の窓から校舎内に入ると、そこは廊下だた。やはり廃校舎というのは本当のようで、廃材がところどころに落ちていたり、風に乗て運ばれた枯葉などがそこらじうに散らばている以外は、三依の想像している校舎とさほど違いはなかた。
「ボロブドル」
「へ?」
「ミニボロブドて、僕は呼んでる」
「私にはどちらかというとストーンヘンジに見えるけど」
「発見したときに、こんな場所誰も知らないんだてことに感動した。そんで、誰も知らないことにちと悲しくなた。それに、ストーンヘンジは意味の分からない石ころだけどさ、ここはれきとした学校。ここに人がいぱいいたんだ」
「へ、そういうのが好きなんだ」
「僕は、ね」
 それきり言葉を交わさずに、少女の案内で校舎内をしばらく散策した。夏とは思えないほど涼しく、三依には肌寒いと思たぐらいだた。
 一階はぬかるみが酷く探索できなかたが、二階や三階の教室は見ることができた(四階は踊り場が封鎖されていたので上がることができなかた)。教室と分かたのは、黒板がいまだに貼りついていたからで、古いチクも発見したからだた。
 この建物の見所はなんといても、中央の螺旋階段だた。螺旋階段の天井にはいくつかの採光穴がとりつけてあり、日光が一階の地面までますぐに伸びている。
 それを見上げて感嘆のため息を漏らしていると、二階の螺旋階段のそばの床に、チクで書いた円が残てあたのを見つけた。
「ケイドロ……
 何度もここでケイドロをしたのだろう。その綺麗に残たチクの円は、物寂しさを強調していた。
 三依は少女に思い出話でもしようと振り返た。しかし、少女はすでに廃校舎から跡形も無く消えていた。


 七


 三依はその次の日曜日の夜、京香に『ライン』で遊ぼうとメセージを送た。京香も暇していたみたいで、二つ返事で遊ぶことに決また。
 京香は実家から大学に通ていた。三依が一人暮らしをするぐらいには、地元と大学は遠いのだ。だが京香にとては朝早く起きることと、ご飯を自分で作らなければいけないことと比べたら、朝早く起きるほうが断然いいと判断した。それぐらい彼女にとて料理というものは苦行というわけである。
 手土産にもともと用意してあたプリンと、少し考えてから生ビール(発泡酒ではない!)六缶パクを買ていくことにした。京香の家のチイムを押すと、女子大生にあるまじき、Tシツと下着といた出で立ちでドアを開けた。弟さんは仕事からまだ帰ていないらしく、家には京香一人とのことだた。
「ありがとう」
 取りあえず三依は感謝の言葉を言た。京香はぽかんとしたままだ。それが少しおかしい、三依はそう思てくすりと笑みを零した。
「これ、プリンとビール。発泡酒じなく、ビール。オリオンじなくて悪かたけど」
「そんなことされる理由はないけど……なしたん? 私と飲みたくなたとか? 紗代呼ぶ?」
 突然の感謝と餌に戸惑いを隠せないらしい。京香は次から次へと「どうして三依が生ビールを持てきたかについて」の推察を並べていた。
「そんなことよりもさ、なんか服着てよ。みともないよ、花の女子大生がさ」
 京香は頭を掻いて、部屋にひこんだ。三依は中に入て、居間の座布団に腰を下ろす。しばらくして、京香は肩紐のキミソールと、チク柄のハーフパンツを着て登場した。そそくさと生ビールの箱を冷蔵庫にしまいこんで、そこから二本取り出し居間のテーブルに置く。
「サポロとはわかてる。サントリーたらこのテーブルひくり返してたよ」
「私はサントリー好きだけどなあ。美味しいじん、CCレモン」
「あれてサントリーたんだ」
 ビールを開けて、乾杯してぐいと飲む。ああ、夏てビールが美味いわね、ねー、と二人して言い合て、ちと待てよ、女子大生ていうのはビールじなくてもと違うお酒を飲んだほうがいいのではないか? とお酒談義をはじめた。やはり、彼氏(二人とも現在絶賛募集中だが)と食事するときにはワインがいいか、と話が落ち着いたときに、三依は用意した話をすることにした。
「確信持てなかたから、あの後家に帰てお母さんに聞いたんだ」
 京香は冷蔵庫に立て、二缶目のビールを持てきた。
「やぱり、私は大事なことを忘れてた」
「大事なこと、ね。思い出したの? 少女と『あそこ』の場所」
「だて私の記憶だよ? そりあ徐々に思い出しもするよ」
「それもそか」
「あの場所に行てから、思えばすべてがヘンだた」
「へん」
「茶化さないで。ふ、ふふふ、あはは『へん』だて、なにそれ」
「笑てるじん」
「ん、こほん。まず、ヘンだなて思い始めたのはさ、あの後キウちんが『忘れたほうがいい』て真剣に言たことなんだ。キウちんはこんなふうにさ、だいたいの場合真剣な表情をつくるてことなかたから、よぽどの真剣にならざるを得ない想いがあるんだろうと思た。たぶん、本当に私にとては『忘れたほうがいいこと』なんだて」
……
「これはキウちん知らないと思うけど、私ね、実習のときにお世話になた先生と偶然本屋さんで会たんだ。そのときに『守城さんは忘れられない』て言われた。……そりあ最初は実習でみともなく泣いたことなのかな? て思てた。けど、たぶん違う。実習で泣くことて、そんなに珍しいことじないから。しかも、その先生は私の担当でもなかたしね。家に帰たときに小学校の卒業アルバムを見てたら、先生の集合写真にね、その実習のときにお世話になた先生が写てたんだ。でも、私が六年一組で、先生の受け持ちは四年二組。私の担任じなかた」
「実習でもなければ、小学校時代の思い出でもないと」
「うん。……あ私の知らないうちに、私と先生との間に何かあたのかな? て思た。でもどれだけ思い浮かべても、そんな思い出はなかた。それも当然だたんだ」
 京香はふむふむ、と三依の話に耳を傾けている。傾聴というやつだ。三依は京香の顔色を伺いながら、話を続けた。
「私が高学年のとき、中学年の担任を先生はしていた。それで思い出したんだ。私たちの母校てさ、低学年から中学年、中学年から高学年、卒業したらまた低学年からて、一人の先生は六年間同じ学年にかかわるんだよね。ちなみに、これてとても珍しいんだけどさ。だから私と先生との間に、関わりというのがほとんど無かたはずなんだ。それで、私が卒業年次のときに中学年の担任をしていたてことは、私が低学年のときに、先生は高学年を受け持ていたてことだよね」
「高学年ていうと……
「うん。私の記憶の中にある少女は、高学年ぐらいだたんだ」
「じあ先生は、その少女の担任をしていて、三依を見てその少女を思い出して『守城さん』て言てこと?」
 三依は話がだんだん核心に近づいているのを感じた。
……たぶん。確信は本当に持てなかた。で、それが確信に近づいたのが、キウちんが見かけたていう少女と会たとき」
「会たんだ。あの幽霊に」
「そう『あの幽霊』に」
 三依は京香の顔を注意深く観察した。京香はいつもと変わらない、すました表情を浮かべているだけだた。
「たぶんそれがなければ、今でも何も知らないまま……いや、知ろうとしないまま違和感をやり過ごして終わていたと思う、だからありがと」
 今度は三依が冷蔵庫まで行て、ビールを二缶持てきた。本当は他人の家の冷蔵庫を覗くなんて無作法なのだが、どうしてもこのタイミングでビールを手渡したかた。
「あの少女はとても、思い出の中の少女と同じだた。顔も似ていれば、服装だて。そして思い出の中の『今度あそこに連れててやる』て言葉だて完璧に言て見せた。『あそこ』にも連れて行てくれた。まるで思い出の少女がそのまま登場したようで、最後の最後まで少女の言ていることをまるまんま信じてた。私の思い出の中の少女が幽霊となて現れたんだてね」
 三依はビールに口をつけて、すこし間を置く。京香もビールをすすた。
「ということは、あの少女は幽霊じなかたと」
「あのね、ケイドロをして遊んだて少女は言てたんだ。それで、ケイサツがドロボーを捕まえるための牢屋の円を示すチク跡もあた。それが今でも『綺麗』に残てるてことが信じられなかたんだよね。ケイドロをつい最近したの? 誰が? 何のために? 幽霊がチクを持て印をつけた? それとも、別の誰かが私と同じようにここに連れてきてもらて、チクの跡を残したの? だから、この少女は思い出から飛び出した幽霊ではないと思たし、素直に私と向き合て、すべてを教えてくれたわけではないと思たんだ」
「そか」
「実は今日の朝、それを確かめてきた。あれ、キウちんがあの子と会たときに、あの場所に連れてきてもらて書き付けておいたんでし
「なんのために?」
「キウちんはロマンチストでいたずら屋さんだからさ」
「いたずら屋さんて始めて聞く単語だ」
「でも、ウインナーコーヒーよりは意味が伝わるでし?」
 京香はくすりと笑て、違いない、とつぶやいた。
……それで家に帰て、お母さんに電話で、私が幼稚園だたころによく遊んでくれた子ていたか聞いてみた。そしたら、いとこのお姉ちんが、私によくしてくれたことをあけなく教えてくれた」
 あけなく。本当にあけなく教えてくれた。三依は環境が変化した幼稚園から小学校低学年のころの話題を無意識のうちに避けていた。相手が母ならなおさらだ。なんだか聞いてはいけない気がしていたから。しかし、母にとてはなんでもないことだたようだ。離婚の話を訊いたときのように、さらりと教えてくれた。
「お父さんの弟さんの娘さん。だから苗字も同じで『守城さん』だたんだ」
「そういえば、三依て離婚してからもお父さんのほうの苗字を使てるんだたね」
 三依は頷く。
「お母さんの苗字がミツイで、漢字で書くと三井三依。ミて読めちうから。なんかヘンでし? それで……その私によくしてくれていた子は、小学校五年生のときに私を庇て死んじたんだて。小雨で塗れた石垣に足を取られた私を庇て、川原の石に頭を打ち付けて」
……
「そのことを聞いたとき、私てなんて薄情なんだろうと思た。そんなによくしてくれた人のことを、ましてや命の恩人を忘れていたなんて。キウちんは、あの花火の後すぐに緑色の屋根の家があた駐車場に行たんだよね。それで『守城』て表札を見つけた。それからあの子と話をした」
 京香はちこんと頷く。
「緑色の屋根の家てね、お父さんの実家だたんだて。今は改装して半分駐車場にしてる。それでそのそばに叔父さんが住んでる。あの子は、『記憶の中の少女』の妹さんだた。私も訪ねてね、あの子にもう一度会てきたよ。待てましたて顔してた」
「それで」
「お仏壇に挨拶して帰たよ。だからこれはおすそ分け」
 三依はプリンを持ち上げて、左右に軽く振た。
「思いきりあの子に蹴られたけどね。ドリフみたいにひくり返た。あれは痛かたな


 八



 花火大会の日がやてきた。三依の地元では、夏祭りと合わせて楽しむことができる夏の風物詩だた。三依と京香と紗代と優のメンバーは、この間の花火で打ち上げ花火を見ることができなかたので、本物の『打ち上げ花火』を堪能するために、優の車で地元までやてきたのだた。
「やぱり車はいいね。すぐ着く」と京香。
「じあ今度はキウちんの運転でドライブだ。助手席にのけてね」と三依。
「私酔いやすいから、私が助手席ね」と紗代。
「ひとして俺の運転で、酔いました?」と不安そうに紗代に聞くのは優。
 他愛もないやり取りをして、神社に向かて歩く。出店が沢山並んでいて、いかにもお祭りて感じだ。三依がそんなふうに出店を眺めていると、いつの間にか京香の片手にはビールがあた。この飲んだくれめ、本当にアル中になうぞ! と心の中で叱咤する。
「三依はなんか買わないの?」
「うー……
 フトワークの軽い京香は、あそこの焼きそばはイマイチだ。あのイカ焼きは案外いけたと出店を批評している。いつの間に買て食べ終わたのだろう、三依には謎だた。
 そうして悩んでいると、りんご飴の出店の当たりに子供三人を相手にして、優しげな表情を浮かべている四十ぐらいのお父さんを見かけた。北村だた。
「先生、お久しぶりです」
 三依が近づいて声をかける。北村は、あの「ストローを噛むのは……」と言われたときと同じような驚き顔を浮かべた。
「やあ、また会たね。こら、買てやらないぞ」
 北村と手を繋いでいる(きと次男坊だろう)二番目に背の大きい子に言いつける。年は一番上から小学校高学年、中学年、幼稚園のお兄さん組といた感じだろう。その中学年の子はががーんと衝撃を受けたように目を真ん丸くしてから、「だて、りんごあめ、だて、欲しいんだよ」と泣き始めた。
 恥ずかしいところでも見られた、というように照れくさそうに北村は笑た。
「ウチは買う、とか欲しいて言たらダメてルールがあてね。はは」
「かわいそうねー
 三依がそういて、泣き始めた子の頭を撫でてやると、その子は意外にも口を尖らせて「でも、ルールはルールですから」と生意気に返事をしてくれた。敬語ぽい口調なのが、これまた可愛い。
「言われたとおりに何でも買てやるとよくないんだよ。財布がかわいそうになるしね」
 三依はその子を撫でながら、ちと少女のことを訊いてみることにした。
「『守城さん』はどんな子でした?」
 北村は一瞬鳩が豆鉄砲を食らたような顔をしてから、すぐあの実習で見た『教育者』と形容できる優しげな眼差しをその眼鏡の奥に宿した。
「とても活発な子だた。男の子みたいでね、危ないことならなんでもやたよ。木に上たり、橋のヘリを歩いたり、その橋から川に飛び込んだり。でもその度胸が、他の子供だちの尊敬を集めたんだろうね。クラスのリーダー。欠かせない存在になてた」
 北村は少し考えてから、頭を掻いてりんご飴の出店でりんご飴を三本買て、一本を次男坊に持たせた。
「ルールはルーていい言葉が聞けたから。いいかその気持ち忘れるんじないぞ。あと、ママには内緒にしてね」
 それから、巾着袋から五百円玉と百円玉三枚を取り出して、一番お兄ちんに持たせると、「これで好きなもの買いなさい。ハルは五百円。アキは三百円だ。僕はあちの神社のほうで座ているから」と言た。そして、二本のうちの一本のりんご飴を三依に差し出した。
「どうだい、少し話でもしないかい?」
 三依は今度はあのときのように少しも悩まず、はい、と元気に答えてりんご飴を受け取た。


 京香に「ちと神社で先生と話してくる」と言うと、京香は苦笑いで「私にあの二人と一緒に歩けていうのかよ」と口先を尖らせた。三依は「貸しひとつ」と言て、手を振た。
 北村の後ろを歩いて神社に着くと、お賽銭箱周辺はとても混雑していた。神様にお願いするのはいたん諦めて、端このベンチでりんご飴を舐めながらお話することにした。
「あの日も、いつものように帰りの会をして、『先生さようなら、また明日』て言て手を振た。僕は彼女に『危ないところで遊ぶなよ』て何度も言てきたように言たんだ。わかてるよなて。そしたら彼女は『危ないところでは遊ばない』て悪戯ぽく言た。その日の夜に、川原の石に頭を打て亡くなたことを知た。『また明日』は来なかたんだ」
「また明日……
「そう。彼女の妹さんは、僕の受け持ちではなかたんだけどね、廊下ですれ違うたびに思い出した。そして、君を見たときも」
 北村は情けなさそうに言た。
「あれは失言だたね。君が彼女と遊んでいたことも、庇たのが君だたことも、そして亡くなたことを知らなかたことも、僕は知らなかたんだ。気づくのが遅かた」
 三依は首を横に振る。
「いいえ。私は知てよかたことだと思ています」
 そして、微笑む。
「だて、お墓参りができるんですもの」
……そうだね。彼女はきと喜んでいると思う」
「喜んでいますかね」
「あの日、とても嬉しそうだたよ。『危ないところでは遊ばない、危ない道は通るけど』ていう先生を出し抜いた嬉しさもあたんだろうけど、やぱり君と遊ぶのを楽しみにしていたんじないかな」
 それはまるで、宝箱の中身を大事な妹分に披露するような、ちとしたワクワク。いいか、これから秘密基地に連れて行くんだ。お前はもう、僕の仲間だぞて。妹分の驚く顔を思い浮かべながら、北村に手を振たのだろう。
「今度のお盆どきに、一緒に彼女のお墓参りに行きませんか?」
 北村は驚いたように目を丸くさせると、少し遅れて頷いた。
……うん。悪くないね」
「いいねて言てくださいよ」
「はは、僕はこれでも子持ちだよ?」
「先生、今のはちとナシですよ。それに、私には年上趣味はありませんので」
 北村は今度こそ楽しそうに笑うと、何かを見つけて手を振た。三人の子供たちが、こちらに向かて歩いてきたのだ。一番上のお兄ちんが戦隊もののお面をつけた一番下の弟の手を引ている。その後ろでりんご飴をペロペロ舐めながら、二番目の子が歩いていた。
「あいつ……貯金するつもりだな」
「あら、しかりしてていいじないですか。将来モテますよ。きと」
 その三人の子供に追従するように、紗代と優、少し離れて京香が現れた。
「じあ、またね」
 三依は笑て答える。
「ええ。また会いましう。連絡、待てますよ」


 紗代と優の後で、京香と一緒にお賽銭を投げ込み神様にお願いした。京香はちらりと、お賽銭を入れ終えて少し離れた場所で談笑している紗代と優を見やて、いいなあ、とつぶやいた。
「彼氏欲しいの?」
「いや、紗代の飲んでる日本酒」
「あんたね……
 階段を下りながら、京香は三依に手を差し出した。
「りんご飴ちうだい」
「買てくればいいでし
 三依はため息を吐いて手渡す。
「ケチなんだから。そんなんじね、モテないよ」
 三依から受け取たりんご飴にかじりついて、京香はなんでもないことのように言い捨てた。
「いいもん。私は男にすべて奢らせるのだ。それが私のポリシーなのだ」
「そんなポリシーは今すぐどかに捨てて来なさい」
 京香はにははと笑う。三依はそれを見てぽつんとつぶやく。
「私はここにいるからね」
 京香には聞こえなかたのだろうか、反応は無かた。


 境内にアナウンスが流れて、打ち上げ花火が始また。境内内で見ようということになり、四人(正確には二人、二人の四人だ)で打ち上げ花火を眺めていた。
 不意に京香が三依の袖を引た。三依は、なに? と首を傾げる。京香はかなり酔ているみたいで、歩調がおぼついていなかた。
「どんな話したの?」
「何の話?」
 京香は少し間を空けてから、マイちんと、と答えた。マイちんというのは、少女の妹さん。つまり三依のいとこの妹になる。
「あ、最初は怒てた……ていうか私と会たらまず怒ることに決めてたんだろうね。取り合えずて感じで蹴られてから、ごめんなさいて言われて。『あの日騙してごめんなさい』ていうことみたい。私のほうも『忘れててごめんなさい』て謝てから『私を守てくれてありがとうて言いに来た』て言たら、嬉しそうに笑てた。その日は仏壇に手を合わせて、マイちんといぱい話をしたかな。あの子、中学二年生で、演劇部に入てるんだてね。それに、とても可愛らしい格好してた。『あの服装は演出ですので』て、恥ずかしそうに言てて可愛かたなあ。今度一緒に遊ぼうねていて、ばいばいしたよ」
 京香は頷く。
「なかなかのものだたんだなあ、ぜひ私もご一緒したかた」
「すごい上手。筋書きもなかなか」
「ああ、脚本書いたのは私だから」
 三依は、知てた、と笑て答えた。
「だから『いたずら屋』て言たの。どうせキウちんの演出だろうて」
 花火が打ちあがては弾け、また打ちあがる。その繰り返しの中で、今年の夏は絶対に忘れないだろうな、と三依は思た。
 京香もどうやら同じようで、目を細めながら打ちあがる花火を感慨深そうに眺めていた。
「今年の夏は忘れないね。幽霊にも会たし」
「幽霊て、マイちん可愛そうだよ」
 打ち上げ花火はどうやら終盤らしい。いくつも花火が畳み掛けるように打ちあがり始めた。何度見ても、花火大会の最後は圧巻だ。これでもか! と盛り上がりを演出していて、見ているほうの口は塞がらない。
「あれ、言てなかけ。私たちが川原で花火したときに私が見た幽霊、あれマイちんじないよ」
「え?」
「あーそういえば、脚本的には『花火してたから』て感じで辻褄を合わせたんだけか。『守城』さんのチイムを押してマイちんと会た日が、会た初めての日。マイちんは、その日友達とカラオケに行てたんだて」
 花火大会の終わりを告げる花火が上がた。あのとても安ぽい花火だ。
「それにさ、マイちんが幽霊を細部まで真似するのなんて、本物の少女を見た人の演技指導がないとできないて。格好だてこの目で見たから、そう教えることができたんだし。ほら、考えてもごらんよ、少女が死んだとき、マイちんはまだ生まれてなかたんだぜ? そんなマイちんにまともな演技が出来るかい?」
 花火大会が終わり、ぞろぞろとみんな一様に帰宅の準備を始める。それでもまだ、三依の口は塞がらず、ぽかんと開いたままだた。
「じあ、あの廃校舎は……
「たぶんここだろうて、マイちんと話し合て決めた。きとそこだと、思うよ」
 これまでの流れから言て、京香は嘘なんて吐いていないだろう。京香の言ていることが全部本当だとすると……
「紗代がさ、『死んでる人間と、生きてる人間見間違うのか』て言てたの覚えてる? それはどうか分からないけどさ、『人間と幽霊』は見間違えないて学んだよ。へこんだ頭から血流して、楽しそうに笑てんの。それが、ぎこちないんだ。ちぐはぐていうか。生きてたらもう少し動きもスマートになるんだろうけど……て三依聞いてる?」
 三依の脇腹にある傷跡がじんじんと熱を持てきたように感じる。その熱とともに、少女の声を三依は聞いた気がした。

 ――花火なんかよりも、もと面白い場所があんだぜ。ほら、こちこいよ。花火なんかよりもさ、もと面白い場所が……ちこいよ……――

 その親指で背後を指す少女は、線香花火の火種が落ちると同時に姿を消した。


 九


 少女は別れ際、私に向かて「今度『あそこ』に連れててやる」と言た。『あそこ』とは何処のことを指すのか、私の頭には選択肢すら思い浮かばなかた。だから『あそこ』に連れて行てくれると言た少女と、また会うのを楽しみにした。そして約束通り会うことは出来た。
 でも、『あそこ』には連れて行てはもらえなかた。
 きとその少女は、今でも私を『あそこ』に連れて行くために、待ていることだろう。待ち合わせ場所ははきりした。あとは、今度こそ滑り落ちてしまわないようなスニーカーを履いて、『あそこ』とはどこなのかをはきりとするために、今度は私が少女を待ち続けようと思う。この、昔あた緑色の屋根の家のすぐそばで、木々のざわめきなんかに耳を傾けながら、花火セトを用意して。
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