第壱回 書き出し指定大会
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月の下にて酒を飲む
(茶屋)
投稿時刻 : 2013.04.04 23:38
字数 : 2639
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月の下にて酒を飲む
茶屋


 PM2.5が吹き付けてくる。
 坂上田村麻呂は阿弖流為に 伸し掛かるように『「阿弖流為」って、なんて読むの?』と聞き出し、腰を引いて、上目遣いに毛穴を見た。
 毛穴がわずかに開いたような気がした。やはり怒りを覚えると、毛穴は開くのかと田村麻呂は興味深げに、ふむ、と小さく言った。
「お主、何度言ったらわかる。あてるいじゃ、あてるい」
 阿弖流為は眉間皺を寄せ、田村麻呂を見上げている。
「読みにくいものは読みにくいのだ。そうだ改名せい。わしが名をつけてしんぜようか?」
「断る」
 阿弖流為の毛穴はますます開いているような気がしたので、田村麻呂は実験の成功に満足し、毛穴を見るのをやめた。 
「ふぇ、ふぇ、ふぇっくしょん!」
 阿弖流為がくしゃみをしたものだから田村麻呂は慌てて横へ避ける。
「汚いのう」
「花粉症だ仕方なかろう」
「荒蝦夷の長ともあろうものが、その体たらく、情けないのう」
「長であろうが小僧であろうがなるものはなるのだ。いや、にゅうす で言っておった ぴぃえむにぃてんご とやらが原因かもしれんな」
「ぴぃえむにぃてんご?なんじゃそれは?」
「中国とかいう国が日本とか言うこの国に流してくる邪気だそうな」
「くしゃみをする邪気か。珍妙な術を使う輩もいるものだな」
「言われてみれば、珍妙だな」
 国の命運をかけ、相争った二人がこうしてこの場、現代の日本にいるのにはわけがあった。

 坂上田村麻呂と阿弖流為、日本古代の英雄二人が現代に呼び出されたのはかれこれ数ヶ月前だ。
 突然、光りに包まれて、次に目を開けてみた時には二人の前ににこやかに笑う好好爺が立っていた。
「なんじゃここは?」
「貴様、何者?」
 両名が殺気立って今にも腰の武器を抜き放たんとするなか老人は笑って言った。
「お客人、お茶でも如何かな?」
 老人の話では、老人はある術を使い、二人を呼び出したのだという。世界の危機に先立ち、危機と戦うための英雄が必要になったのだと、老人は言った。
 初めは納得できぬ二人であったが、二人にとっては幻術ともみえるような機械やらを見せられ、次第に信じないわけにも行かなくなっていた。
 なれば、という事で二人は一時的にではあるが、世界の危機とやらに立ち向かうため共闘しようということになった。
 だが、数ヶ月、何もない。
 見事なまでに何も起きない。
 呼び出されて初めの頃こそ、現代の技術やら社会に触れていちいち驚いていたのだが、驚くのにもつかれてしまったのか、すっかり馴染んでしまっていた。
 よって服装も現代人のそれであり、外に出た所で驚くものもいない。
「ご老体、ネギと豆腐、びいるを買って参ったぞ」
「おぉ、阿弖流為殿、ご苦労様」
 老人はにこやかに笑いながら頭を下げた。
「いえ、居候の身ゆえ」
「アイスはー?」
 こたつから顔だけだした田村麻呂が気だるそうな声をあげる。
「ない」
「ぬー」
「ないものはない」
 不満気に口を尖らす田村麻呂を無視して、買ってきた食材を冷蔵庫に詰めていく。まったく田村麻呂にも困ったものだと、阿弖流為は思う。この世界に来た頃は、征東軍の副将だけあって、武人らしく振舞っていたのだが、今ではもうすっかり腑抜けてしまった。家事の手伝いや買い物を積極的にするのはもっぱら阿弖流為である。
 倭国の人間とやらはあんなものばかりなのか?
 我々はあんな連中と戦っていたのか?
 そう思うと阿弖流為の中に怒りがふつふつよ沸き起こってきた。

 夕刻になったので晩酌でも始めようかと老人が言い出したので、阿弖流為は鍋の下準備を済ませて、ビールを持って居間へ行った。
 田村麻呂はぼぉっとテレビを見ていたが、酒と聞いてムクリと起き上がった。
「よこせ」
 阿弖流為が缶ビールを放り投げてやると、田村麻呂はうまくキャッチした。
 さっそく開けると中身が噴出し、田村麻呂の顔に思いっきりかかった。
 阿弖流為が大きく笑いだした。ささやかな復讐としてあらかじめ振っておいたのだ。
「貴様……」
 田村麻呂はドスの聞いた低音を響かせ、阿弖流為を睨みつける。
「ざまぁみろ。普段の行いが悪いからそうなるのだ」
「わしが何をしたというか!おのれ!」
 そう言うと田村麻呂は枕にしていた座布団をむんずと掴み阿弖流為に投げつけた。座布団は頑迷に命中する。
「何をする!」
 阿弖流為も負けじと座布団を拾い上げ、投げつけるが田村麻呂はひょいっとそれを避け、部屋のすみに置かれていた座布団を連続で投げつけた。
 為す術をなく座布団を投げつけられるばかりの阿弖流為であったが、それでもがむしゃらに投げ返す。
 座布団の飛び交う居間で老人はにこやかに笑いながらビールを飲み始めた。

 夜空に浮かぶ雲はまばらで、丸く輝く月の光は一際明るく輝いていた。
 ビールから日本酒に切り替えた三人は鍋を食し終え、田村麻呂も渋々ながら洗い物を手伝って片付けを終えた。
 そして再び三人は日本酒を飲みながら、縁側で観月と洒落込んでいた。
 静かにそよぐ風の音の他は時折触れるお猪口ととっくりの音のみ。
「変わらぬな」
 阿弖流為はぽつりとそんな言葉を漏らした。
「ああ、どこへいっても変わらぬ」
 田村麻呂はそれに答えるように言った。
「そうさな。月は変わらずそこにある」
 阿弖流為のそんな台詞に田村麻呂はにやりと笑い、お猪口の酒を一気にあおる。
「キザな台詞よ」
「いいだろう。酔っておるのだ」
 何の因果か敵同士、月の下にて酒を飲む。
「また、いつかこうして杯を交わしたいものさな」
「ああ、機会はまたあるだろうさ」

 その後、老人が言ったとおり世界の危機が訪れ、二人はその危機と奮戦することとなる。
 それはまた別の機会にお話することとしよう。
 ただ、彼らは勝つことが出来た。
 世界の危機に。
 そして、彼らは帰った。
 己等の時代。
 己等の世界へ。

―延暦二十一年八月十二日 河内国 夜半すぎ
 征夷大将軍となった田村麻呂は、朝廷に反旗を翻した阿弖流為の軍と衝突。苦戦しつつもこれを打ち破り、阿弖流為を下す。
 阿弖流為は覚悟を決めて投降するも、田村麻呂はそれを寛大に受け入れ、朝廷へ助命を嘆願する。
 阿弖流為を連れての帰途、朝廷からの返事が届いた。
「阿弖流為の助命は許さず」
 田村麻呂は怒りに打ち震え、再び嘆願書をしたためようとするのを阿弖流為は止めた。
 首を振り、「もう良い」とだけ言った。
 満月の美しい夜であった。
 二人は月下にて杯を交わし、語らい合った。
 笑った。
 その横には老人がにこやかに笑って、やはり酒を飲んでいるような気がした。
 敵ではなく、友として、月の下にて酒を飲む。


―延暦二十一年八月十三日
 阿弖流為、植山にて処刑される。

<了>
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