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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 12
〔 作品1 〕» 2  6 
じぶんでえらぶこと
茶屋
 投稿時刻 : 2015.05.31 21:48
 字数 : 6169
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じぶんでえらぶこと
茶屋


 潮の匂いがする。
 潮の匂いと一言で言ても、それは時間帯や季節、天候によて様々変わる。しかしながら、それにはどこか一貫性の様なものがあり

、潮の匂いは、やはり、潮の匂いと感じるのだ。
 その一貫性は、海に近づくほど高まていく。NaClとその他ミネラル、プランクトンとその他上位生態系が醸成する香り。多分単一の

分子によて嗅覚の受容体が反応するものではない。様々なバランスの上に成り立たものが潮の匂いだ。
 ppm、ppb、あるいはそれ以下。大気中に含まれる潮の匂いの成分はかなり微量で絶妙なバランスの上で成り立ているものだろうと想

定すると不思議な気分になる。
 ノーマルな香りなどあるのだろうか。
 つまり、無臭。
 大気中にはいろいろな物質が微量ながら含まれている。
 それを鼻の受容体が感知するか否か。どのような選択性があるのだろう。
 あるいは花の受容体が分子を捕えても脳のニロンが発火か否か。
 生まれた時から常に同じ匂いにさらされていれば、その匂いを無臭と感じ、大気中に空気のみになた時、斬新な匂いを感じるのでは

ないか。
 皆さんはどう思いますか?
 そんな風に、先生は問いかけた。

 潮の匂いはしない。
 かれこれ三時間は糸を垂らしているだろうか。
 一向に、釣れる気配はない。
 鼻はとうに潮の匂いに慣れきてしまている。
 それでも、まだ引き上げる気はしない。
 ま、これでいいのだ。
 空を見上げて、煙草の煙を吐き出す。
 そろそろ針を上げて、釣り餌を変えようか。そんな風に思う。
「お、いたいた」
 人の声がして振り返る。
 王戎がいた。
「どした?」
「いや、阮籍見なかたか?」
「見てない。通話と検索は?」
「あいつプライベートにしてる。影も形も」
「ふーん。プライベートにしてるんだたらほといたら」
「そういうわけにはいかね。急ぎで学校の補修やちまいたいんだが3Dプリンタの調子が悪いんだ。つーか、なんでお前もプライベ

トにしてんだよ? こちがビビたじねえか」
「いや、俺はプライベートにしてたわけじなくてデバイスオフにしてた」
「なんでまた」
「偶にはネトワークから解放されたいんだよ」
「そういうもんかね
「そういうものさね。おと、糸が」
 強い引きを感じ、リールを急いでリールを巻き上げる。釣りの何たるかを知ているわけではない。駆け引きもあまり知らない。
 故に、引きがあたら糸を巻きあげる方法しか知らない。それでも釣りは好きなのだ。
 幸い釣れた。
 デバイスをオンラインにする。
 本日の釣果。
 トゲガニ。名前の通り全身に発達したトゲトゲした突起を有することが特徴的な甲殻類、十脚目(エビ目)- 異尾下目(ヤドカリ下目

)- タラバガニ科 に属する。元来商業用に養殖されていたがどういうわけか工学的に組み込まれた不妊の宿命を突破して自然繁殖の形

質を獲得し、自然環境に適応、今に至るというわけだ。もともと商業用に開発されただけあて味は一級だ。
「夜飯にちうどいいな」
 そう言うと王戎は肩をすくめて答えた。
「いいさ。とりあえず釣りはひと段落して、阮籍探索に付き合うとしよう」
「悪な」
 釣り道具を片付けると王戎と一緒に歩き出した。
「ところであてはあるのか」
「ないな」
「そり結構なことで」

 あてはなくてもとりあえず挑戦してみること。
 それはあまりよろしくない、と先生は言ていた。できることならば事前に情報を収集し、計画を練るべきだと。
 少なくとも現代社会ではそれはだいぶ容易になたことだから。
 けれども、と先生は付け加える。
 もし事前に情報も収集できず、計画を練ることをできない場合、とりあえず挑戦してみることは良いことかもしれない。
 それは行動することによて、行動と同時進行的に情報収集と計画の立案がなされることだから。
 世界にアクシンを起こすことによて、レスポンスを得られる。
 それはそれで良いことかもしれない。
 時と場合によるのだけれど。
 時と場合。それはどんな場合か。
 先生は時々、僕たちをそちのけで自問自答に耽るようなことがあた。
 それが先生の癖だた。
 癖。
 先生のその癖がいつ何時に発生したものなのか。僕たちは知らない。
 最初からか、僕たちに授業をするようになてからか。
 直接聞いてみても良かたかもしれないが、そもそも先生は本当のことを教えてくれただろうか?
 そもそも先生はその癖を認識できたのだろうか。
 それはもうわからない。
 先生は、もういない。

 建物や植物に組み込まれた情報素子から広域的に情報を取得、分析すれば阮籍の居場所をすぐに特定できるかもしれない。けれども、

そんな権限は僕は持ていない。緊急事態ならば別だが、「情報開示要求、緊急事態」と言てみても生体デバイスは拒否と返してくる

。僕の心拍や脳の状況をモニタリングしていて、本当に緊急事態かどうか判断しているのだ。
 拘束具。
 僕はそんな風に制御装置を密かにそう呼んでいる。全ての制限から解放されれば、僕はどんな情報でも取得でき、情報素子の組み込ま

れたものならその許す範囲で操ることができる。超常的な力を発揮できるようになるのだ。けれども実際のところ僕はそれらの力に枷を

つけられている。
 僕だけじない。王戎も阮籍、僕らみんなが拘束具を着ている。
 人間であるために。
 人間を超えることを防止するために。
 何故なら僕らは生きた人間のアーカイブの一つなのだから。

 人間であること。
 それが君たちに課せられた使命なのです、と先生は言ていた。
 人間性とは、どこからが人間で、どこからが人間ではないのか。それは難しい問題です。
 一部の遺伝子の同一性が98%もあるからと言てチンパンジーは人間ではないのです。
 ある花の30%が人間ではないのと同じように。
 では脳だけ生体のサイボーグは人間でしうか?
 逆に脳だけがコンピターで他が生身のサイボーグは人間でしうか?
 人間性と言う玉座には脳が座ていると考える人もいます。もと進んで脳内の電気信号をトレースできればそれは人間だとする人も

。これにはいろいろな人の意見があります。イルカも人間の仲間で人権を与えるべきだ、とか。
 もしかしたら、人間性の臨界点と言う問題は人間には解けない問題なのかもしれません。人間の扱う言語の公理系が扱うと矛盾が生じ

てしまう問題、もしくは真偽の決定ができない問題。
 人間とは何でしうか?
 そう問う事が出来る生き物が人間だと定義するものもいます。

 墓地が見えてきた。
 だいぶ草が伸びてきたようだ。今度ドローンを使て草むしりでもさせよう、と思う。
「ところでこちでいいの?」
「多分」
 王戎は自信なさげに答える。
「無駄足にならないといいけど」
 墓地に眠ている人たちのことを僕らは知らない。
 僕らは一応第一世代と言うことになている。
 この孤島に先生と僕らが来たとき、誰一人として住んでいなかた。
 一応、夜露を凌げる程度の損傷具合の家はあたし、学校の方はほとんど壊れていなかたので復旧作業は当初よりも早く済んだ。
 以前この島に住んでいた島民たちがどうなてしまたのか。詳しいことはわからない。
 先生も教えてくれなかたし、情報の開示レベルを取得できる年齢に僕らは至ていない。
 とりあえず、ヒマンアーカイブプロジクトの一環として、僕らはこの島の人間社会を復旧させるのだ。
 その第一世代。
 それが僕らで、その指導に当たるのが先生で、それがずと続くものと思ていた。
 朽ちていく墓。
 何事にも終わりが来る。この墓だて、そのうち風化して、墓があたことさえ忘れ去られてしまうのだろう。
「で? どち行く」
 道は二つに分かれている。右か、左か。

「選択することはとても大事なことです。それは神の与えたもうた特別な力なのです」
 先生が実際に神を信じていたかどうかは定かではない。
 先生に聞いてみれば答えてくれたかもしれないが、それが実際に先生の信仰を現しているとは限らなかた。
 そもそも神を信じている人間なんてほとんどいないこの世界で「神が与えたもうた」なんて慣用句は元来の意味は失われたも同然だ。
 どこかのアーカイブプロジクトの一部では神を信仰する人間の保存が行われているかもしれないけれども。
 信仰とは何か。
 信じることとは何か、定義せよ。
 選択することとは何か、定義せよ。
「自由意思、それはとても大事なことです。自分で選び、行動し、信じること。それが君たちには可能なのです」
 そう先生は言た。
 本当だろうか?
 僕は思う。
 アーカイブプロジクトは全て精度高く予測されていて、僕らの行動は生まれた時から既に全ての行動を決められているのではないか

。それなら、自由意思てやつに何の意味があるていうんだ?
 そんな錯覚が、僕のある種の信仰であり、運命感。

 結局王戎とは二手に分かれた。
 しばらくとぼとぼ歩いていると、急に劉伶の位置情報が視覚上のマプに表示された。すぐ近くだ。
「おす」
 人影が見えて声がした。マプの位置情報と声からして劉伶だ。次第に見えてくる姿も劉伶だ。当然だ。この島で自己身分プロフ

ルを偽装しようとする奴なんていない。ましてや拡張現実を操て自分の顔を変更するなんて回りくどい真似も。だから、多分、おそら

く、間違いなく、自信はあるわけではないが、とりあえず、劉伶だ。
「おすー
「どうしたんだこんなところで」
「いや、ちと阮籍を探してるんだけど……見なかた?」
 劉伶は少し思い出す風に眉をしかめて唸り、上を見る。
 そしてぱと手を叩いた。
「そうだ。そういえばさき森でハンモクかけて寝てたよ」
「さきのことなのにひねり出さなくちならないなんてお前の記憶力は大丈夫か」
「う、ちと度忘れしただけだ。じあな!」
 そう言て劉伶は慌てた様子で去て行た。
 嘘だ。
 知ている。
 髪と襟元が少し乱れていた。阮籍とさきまで一緒にいたのだろう。
 ま、下衆の勘繰りはこれぐらいにしておこう。
 王戎に電信を入れる。
「阮籍は森にいるらしい」
 
 僕らは先生のことが好きだた。
 何せ最初の頃は僕らはほんの小さな子供で、ほんの小さな世界の中を生きてきたのだから。
 その頃の情報開示のレベルはかなり低く、先生から得られる情報のほうが大きく感じられていた。
 先生は僕らを優しく包んでくれ、様々なことを教えてくれた。
 僕たちの生きる先を指し示してくれた。
 そんな風に思ていた。

「阮籍、探したんだぞ」
 王戎一緒に森へ行くと劉伶の言ていた通り阮籍が眠りこけていた。
 狸寝入りかと邪推するが、しばらく返答がなかたので本当に眠ていたのだろう。
 しばらく淀んでいた阮籍の目が白眼視に変わる。眠りを覚ましたことに対しての反感だろうか。
「なんだ。俺の眠りを覚ますとは」
 酒の匂いがする。
 どうやら酒を飲んでいたらしい。酒は本土からの配給品には含まれていない。どうにか密輸したか、自分で醸造したものか、阮籍はい

つも酒を持ち歩いていた。
「急いで学校の補修をやちまいたいんだが3Dプリンタの調子が悪くてな。ちと見てほしいんだが」
「不便だ」
 阮籍は頭を掻き毟る。
「一つのことに卓越するのはいいことだと先生は言ていたが、情報の開示が個々人により分けてあるのは不便極まりない。何故俺にだ

け機械工学のインストールが許されているのだ」
「知らんよ」
「ああ、不便だ。不便。不便極まりない。だから、寝る」
 そう言て阮籍は再びハンモクに横たわる。
「おい! こら」
 王戎は突込みを入れて阮籍を揺り起す。
「くそ、何で起こすんだ。俺は寝たいのだ。現世は夢、夜の夢こそまこと」
「薀蓄は結構だ。ささと3Dプリンタを直してくれ」
 今度は不承不承だが、阮籍も王戎に従うことにしたようだ。
「おんぶ」
「うるせ! ととと歩け」
 王戎は呆れたようにため息をつき、僕はそれを見て笑た。

「何を笑ているんですか?」
 先生はそう冷たく言た。
「今は真面目な話をしているんですよ。そういう態度は、失礼に当たるというものです」
 そんな風に言われても、僕はきとんとしているしかなかた。
 先生が怒たことなんてその日までなかたからだ。
 そしてその日以来、先生の態度は刺々しいものに変わていた。
 何がトリガーとなたのか、それはわからない。ただ、僕ら七人の反感が先生に対して募ていくのも時間の問題だた。
「もう俺たちに先生なんていらない」
 山濤がそう言うと、向秀は黙て頷いた。
「だけど、先生は先生だ」
 僕は反論する。
「先生が必要なのは、かつてあた義務教育と言う制度下においては、たいていの場合、成人するまで、もしくはそれプラス数年だ。俺

たちはもう、先生無しでもやていけるんじないか」
「先生無して、どうするんだよ」
「先生には、本土に戻てもらおう」
 山濤は冷酷にその言葉を口にした。
 冷酷だと、今となてみては思うが、山濤はそこまで意識していなかただろう。
 本土に戻された先生は、廃棄処分される運命にあたのだ。

「今度、新しい先生と生徒たちが来るらしい」
 阮籍の言葉に急に現実に引き戻される。
「知てる。だから学校の補修を急がなくちならないんだ。台風も来る」
 と王戎。
「先生か……
 と僕。
「先生はもう戻てこない」
 阮籍は冷たくそう言い放つ。
「俺たちが決めたんだ」
 どこか後悔が忍んでいる。
 そう、あの日、僕らは先生の解任と本土への返還を議決した。
 賛成多数。
 先生は本土へ返還された。
 そして……
 別れの日、先生は満足そうな顔を浮かべていた。そして名残惜しむように皆の顔を一人一人確認していた。
 一人一人にやさしい言葉をかけてくれた。
 だけど、その優しい言葉は僕たちには響いて来なかた。
 あの時の僕たちは束縛から解放されることばかりを望んでいたから。
「先生は、わざと俺たちに厳しくしていたんだろうな。別れを望ませるため。決別を悲しいものにさせないために」
 王戎が思い出すようにそう言うと阮籍は苦い表情を浮かべる。
「プログラムさ。最初からそう決まていた。感情なんてなかたんだ先生には」
 そう。先生は教師としての技能に特化したAIだた。先生が去たあとしばらく経て開示された情報にはそう記されていた。感情は

ない。ただ、生徒たちから入力された情報に出力するだけの機械。自由意思のないプログラム。
「だけどさ、僕たちも同じようなもんなんじないかな。本当に自由意思なんてあるのかな」
 僕の言葉に二人はきとんとしていた。
「あるだろう。だてほら実際に俺たちは自分の意志で行動してるわけだし」
「うむ。先生も己の自由意思を尊重するように言ていた」
 二人とも自分の自由意思には疑いがないようだた。
「でも、自分の自由意思を確信として感じるようにプログラムされていたら? ないものをあるようにプログラムされているのだとした

ら?」
 だとしたら、先生も、自由意思を感じていたのかもしれない。
 あるいは、自由意思があたにもかかわらず、それを否定するプログラムによて自由意思を持ていないと思い込んでいたかもしれ

ない。
 二人が黙てしまたので仕方なく僕がまた口を開く。
「とりあえず皆で飯でも食おうか。トゲガニが釣れたから今日は蟹料理だ。先生直伝のレシピだよ」
 これは僕の選択だ。
 多分。
 でも、この選択を大切にしよう。
 先生がそう言ていたんだから。
 先生は多分まだ生きている。
 僕たちの中で。
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