吉野朝流離譚
天皇を消す。
我々は別に天皇に対する戦争責任だとか、旧弊的な立憲君主制の名残を消し去ろうだとかそういう面倒くさい大義があるわけじ
ゃない。むしろ天皇陛下のことは尊敬しているし、自由など存在せず国家の象徴として道具か傀儡に似た境遇にどこか憐れみも感じている。
けれども、天皇、および皇族には死んでもらわなければならない。
警備は厚いだろうが、こちらには賛同者が多い。賛同者は必ずしも僕らの真の計画を知っているわけではなくて、左側の人間や国外の人間もいる。
彼らは多分、天皇という存在そのものを抹殺するのを目的としているのだろう。
けれども我々は違う。
正統な皇統たる南朝の天皇を即位させるのが目的だ。
南朝、後醍醐帝より続く、正統たる天皇の系譜であり、逆臣・足利によって踏みにじられた皇統である。
それを今こそ再起しようというのだ。
そう、我々は南朝の後胤、かの応仁の乱の折、山名宗全が擁立したと言われる西陣南帝の嫡流の子孫を見つけ出したのである。
無論、本人や周辺の言い伝えが根拠であることは致し方ないが、彼の家では「本物の」三種の神器が受け継がれているという。三種の神器こそが天皇を天照大御神より続く系譜であることを決定づけるものである。
故に、我らは真の天皇たる我らが帝を今上天皇と皇族を抹殺したのちに即位させるのだ。
そんなオカルトじみた発想が中核メンバーの中に蔓延しているものの、真の目的は実は違う。
新たな帝を擁立しようとする理由、それは我らが帝が6月生まれだからである。
そう、天皇誕生日。
不遇たる水無月、休みなき労働の月に、祝祭の日を、休息の日を。