てきすとぽい
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【BNSK】月末品評会 in てきすとぽい season 4
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〔 作品11 〕
見送り人
(
司馬
)
投稿時刻 : 2014.07.01 03:15
字数 : 10868
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見送り人
司馬
(酷く、青い空だ)
ふと、そう思
っ
た。
ぼ
ぉ
ぉ
ぉ
ぉ
、という、まるで地鳴りのような音が、私の耳を震わせる。それに合わせ、半ば体に染み付いた動きと、本能のように口から出てくる祝詞が耳朶を震わせる。
やがて、地鳴りが聞こえなくなると、目の前にある蒸籠の釜にくべられた薪を、一本、二本と抜く。しばらくして、祝詞を上げる私の声にまた、地鳴りの音が合わさ
っ
てくる。
昔、先代の神主だ
っ
た私の父に、なぜ地鳴りがなるのか聞いたことがある。
「これは、神様の声なんだよ、栄蔵」
そんな、誤魔化しの様な答えが返
っ
てきたが、そのあとち
ゃ
んと父は教えてくれた。何でも、蒸籠の中に入
っ
ている米が、釜から上が
っ
てくる蒸気で膨張するときに擦れあ
っ
てなる音なのだという。
“鳴釜神事”と言う呼び名なのだと知
っ
たのは、父の後を継ぐために修験場へ通い始めた、十年ほど前のことになる。
読み上げる祝詞が終わる頃には、再び地鳴りは収ま
っ
ていた。丁度いい按配だ。これも、父から教わ
っ
たことである。
「本日も、お勤めありがとうございます、先生」
「いえ、こちらこそいつもお世話にな
っ
ておりますから」
深い、深いお辞儀をしてくれる檀家の、山田のおばあさんに、私も畏ま
っ
て深々とお辞儀をする。その拍子に、私の額から大粒の汗がぽたり、ぽたりと落ちた。
「あら、あら。まだ初夏の前だというのに、暑いですからねえ、先生。すぐに麦茶でも用意しますので」
おばあさんは私の様子を見て穏やかに笑い、ゆ
っ
くり急ぐ、とい
っ
た表現がし
っ
くり来るような歩みで家の中へと消えていく。
私は、ありがとうございますと好意に甘んじることにして、懐から湿気た手拭いを取り出し、額の汗を拭
っ
た。つんざくような蝉の声が、鳴り響いている。もうすぐ涼しくなるとはいえ、こんな季節に神主装束を纏うと言うのは大変なことだと人は言う。
しかし
――
。
「
……
御国のために戦
っ
ている人々に比べれば、なんともないな」
そう、呟いた。
今、皇国は英米との太平洋戦争の最中だ
っ
た。新聞によると、戦況は大きく優勢に傾いており、戦争勝利も間近だという。
だが、私はなんとなく思
っ
ていた。戦況は、芳しくないのだと。むしろ、帝国の敗北さえあり売るのではないか、と。
その証拠に、あちらこちらから、かき集めるように粗鉄が徴収されている。我が家にも、帝国陸軍の人間がや
っ
てきては、必要最低限のものを残して、鍋やら食器やらを持
っ
ていかれた。
最初は飯をこさえるのにも苦労したが、御国のためであれば、止むを得ないことだろう、と今は思
っ
ていた。
き
っ
と、最前線では御国のために、数多くの同胞たちが命を削
っ
て、戦
っ
ているのだろう。
そんな状況で、未だに私が内地で、のうのうと神主業をしていられるのは、ひとえに私が当主であるからだ。
五年ほど前に父が流行り病で亡くなり、跡を継いだ兄も結核を患
っ
て、今は病床の身である。兄には跡取りがいなか
っ
たため、いつ死ぬか知れたものではない身よりも、健やかな体を持つ弟のほうが当主に相応しいと、当主を譲られたのが四年前だ
っ
た。
その年の冬、帝国海軍は真珠湾に至り、太平洋戦争が始ま
っ
た。私が、徴兵されることはなか
っ
た。ひとえに、地元の名士の、当主であるから。ただそれだけの理由で、私が呼ばれることはなか
っ
た。
「
……
幸運なこととは思うがなあ」
また、ぼやきを一つ零しながら、私は手拭いで汗を拭う。もちろん、戦争に好んで行きたいわけではない。だが帝国臣民の一人であることに変わりはないのだ。御国を、ひいては家族を護るためなら、喜んで戦場へ向かうつもりではあ
っ
た。
「ええ、お待たせしました、先生。あいにく麦茶はうちの子が全部飲んでしま
っ
ておりまして。まだ冷えてはおりませんが、緑茶と、粗末なものですがお菓子を包ませていただきましたので」
しばらくぼお
っ
としていたが、山田のおばあさんの声で我に返ると、なんだか申し訳ない気分になり、緑茶は頂くとして、お菓子は固辞することにした。
「この大変な時期です、山田さんのところも、あまり余裕はないでし
ょ
うし、正太郎くんに食べさせてあげてください」
「へえ、この大変な時にうちの子は、飯が食えるありがたさも分からず、図体ばかり大きくな
っ
て、がつがつ食うものでねえ。ちとばかし、躾のためです」
そうい
っ
て、山田のおばあさんはお布施ののし袋と共に、和紙で包まれたどら焼きを、押し付けるように、私の懐へと入れる。
「息子さんに、食べさせてあげてくださいな、先生」
そこまで言われては、もはや断ることも出来ず、深々とお辞儀をして御礼をするしかない。山田のおばあさんは、いつもどおりの微笑みを浮かべて、同じようにゆ
っ
くりとお辞儀をする。
そうして、少し立ち話をしてから私は山田さんの家を後にし、分教会でもある我が家への帰途へと就く。とはいえ、山田さんの家から我が家までは、半里もない。同じ村の端と端ぐらいの距離である。
神主装束のまま、村のあぜ道を歩いていると、たびたび村の人間から挨拶をされる。昔からず
っ
と、神主業をや
っ
ていた家だ。どうしても、一目を置かれてしまう。
それがなんだか、少し苦手だ
っ
た。幼少はそうでもなか
っ
たが、今では心許せる友など、両手で数えられるほどだろうか。いや、それだけいれば十分なのかもしれない。
ただ、その友たちも全員、太平洋の島々や満州、印度支那で戦
っ
ている。生きてまた、あえる保障などどこにもなか
っ
た。
「
……
ん、郵便か?」
やがて、私の家が見えてきた。父の代に建てられた木造平屋で、分教会を兼ねた家だ。屋敷と呼ぶには小ぶりだろうが、それでも普通の家と呼ぶにはやや、大きいものだ
っ
た。
その家の前に、茶褐色で見覚えのある制服を着た青年が、佇んでいた。そして、私の姿を認めると、少し目を伏せ、意を決したような表情でこちらへと走
っ
てくる。
瞬間、その青年がどういう理由で私の家の前に佇んでいたのか、悟
っ
た。同時に、私の体の中で何かが、冷たく冷えていくのを感じる。
「ええと、山中、栄蔵さん、ですか。神主の」
「
……
ええ、はい。そうです」
「あの
……
、その。僕、じ
ゃ
ない、私、帝国陸軍の、その
……
」
「大丈夫です、分か
っ
ています。
……
頂けますか?」
言いよどんでいる青年に、私は静かに笑えば、青年が持
っ
ているだろうそれを、差し出すように言
っ
た。ばつの悪そうな表情の青年はやがて、肩からかけた郵便鞄から一枚の封書を取り出す。
私は、封書に巻かれている糸を外し、開けた。ちらりと見える、赤茶色の紙。
ああ、やはり。とうとうこのときがきたか。そう思
っ
てため息をつこうとしたときだ
っ
た。
「ええと、我が帝国陸軍は、栄蔵さん。あなたに、従軍神主として、お越しいただきたいと思
っ
ております」
青年は、暗記してきただろう文章を読み上げるように、緊張した面持ちで、そう告げた。どうも、私の思
っ
ていたものとは、少し違うらしい。
やがて、青年は郵便鞄の小物入れから、折りたたまれた和紙に書かれた文字を読み上げ始めた
――
。
□
――
□
――
□
「少尉相当官、従軍神主の山中、現着いたしました」
私は、少し緊張しながらそう告げる。洋服と言うものは、あまり慣れない。も
っ
とも、今着ている物を洋服とするならば、だ。
茶褐色の上着に、茶褐色のもんぺ、茶褐色の帽子。いかにも、帝国軍人とい
っ
た出で立ちである。しかし、私に言わせれば、まるで服に着られているような気分にな
っ
ていた。
どうも、洋服は性に合わないらしい。亡き父も、着物を好んでいたし、私の一族は洋服との相性が悪いようだ。
「山中少尉、来てくれたか」
私の声に気づいた、恰幅のいい中年男性
――
私よりも、一回りほど年上の、年季の入
っ
た軍服を着た将校が、やや憔悴した様子でこちらへと歩いてくる。
そうして、私の目の前で綺麗な敬礼をした。なんとか、見よう見まねで敬礼をしてみたが、どこかおかしか
っ
たのかその男性はおかしそうに、くすりと笑う。
「そう無理にしなくてもいい、山中少尉。いや、先生と呼ぶべきかな」
「そんな、恐れ多いことです。山中とお呼びいただければ」
「そういうわけにも行くまい。兵たちの手前、わざわざ招聘したのだからな。私の方こそ、松井と呼んでくれ」
そういいながら、松井と言う将校は私を営舎へと案内してくれた。階級は大尉らしく、私よりも二つも上である。も
っ
とも、私の階級は相当と言うだけで、正式なものではなか
っ
た。
「話は聞いているね、先生?」
「はい、松井大尉。新たに発令される作戦のための祈願、と聞いています」
「ならばいい。なんとしてでも、この作戦は成功させなければならない。英米の息根を止めねば
……
」
松井大尉はそこまで言うと、は
っ
と口をつぐむ。
(やはり、戦況は芳しくないのだな)
そう思いながら、松井大尉の後を歩きながら、営舎の中へと進む。やがて、行きついた先は下級将校用の部屋の一つだ
っ
た。
「先生はこの部屋を使
っ
てくれ。三つ隣が私の部屋だ。困
っ
たことがあれば、遠慮なく尋ねるように」
そういうと、松井大尉は部屋を出て行
っ
た。あまり長居して、機密を喋るのも不味いと思
っ
たのかもしれない。
(
……
なんとも)
大きくため息をつき、帽子を傍の椅子に引
っ
掛けながら、内心呟いた。結局、軍務に就くとは言え、内地の安全な場所での勤務と言うわけだ。しかもなぜか知らないが、下級将校の待遇までもら
っ
ている。
一方、友人たちはろくに食事も出ない最前線で、草をかじりながら弾薬不足の中、戦
っ
ている。そう思うと自分の境遇が、酷い裏切り行為なのではないか、と言う思いがわいてきた。
「ともかく、出来ることをするしかない。神主として、求められているのだ。御国のために応えることが、臣民の責務だ」
まるで自分を叱咤するかのように、持
っ
て来た神具や衣装一式を、部屋の片隅へと置いた。
………………
…………
翌日、松井大尉より呼び出され、共に営舎の司令部へと向かう。神主装束を着てから、とのことだ
っ
たので、茶褐色の軍服ではなく既に衣装を纏
っ
ている。
「遠路はるばる、ご苦労だ
っ
た、先生。基地司令の岸田だ。まあ、楽にしてくれ
……
といいたいところだが、その衣装では難しそうだな」
岸田司令は、げ
っ
そりとこけた頬をぽり、と指で掻きながら、椅子に座る。それを見てから、私も椅子に座
っ
た。
「早速だが先生。君にや
っ
てもらいたいことがある」
「はい」
「作戦の必勝祈願だ。や
っ
てくれるね?」
「はい」
「よろしい。松井君、先生を案内してくれたまえ」
「は
っ
」
短いやり取りが幾つか為された後、私は松井大尉に連れられ、営舎を後にした。どうやら、営舎の傍に敷設された、飛行場へ向か
っ
ているらしい。
やがて、格納庫の傍に、簡易な神棚が作られ、神酒や榊が供えられている。その前には、三人の若い搭乗員が居並んでいた。
ごうん、ごうんという、プロペラが回転する音も聞こえる。エンジンを温めているのだろう、と思
っ
た。
「時間も、そう多くはない。先生、ご祈祷を」
「分かりました」
急かされるように、私は準備を始める。薪を置いて、火打石で火をつける。水を入れた釜の上に蒸籠を置き、米を入れ、蓋をする。それを、五徳に乗せて、薪の上に据えた。
やがて、祝詞をあげ始めると、ぼ
ぉ
ぉ
ぉ
、という釜の鳴る音がし始める。それが、私の紡ぐ祝詞と合わさり、奇妙な雅楽とな
っ
て周囲に響く。
そうして、祝詞をあげ終わると同時に、釜の音は鳴り止んだ。御幣を、三人の搭乗員の頭上で振りかざし、祈祷の言葉をあげる。火打石の火花を降り掛け、刻んだ榊の葉と和紙を、振りまいた。
最後に、また祝詞をあげる。長く、長く、祈願の言葉を紡ぎ、御幣を振る。
それで、全て終わりだ
っ
た。
「終わりました、松井大尉」
「うむ、ご苦労だ
っ
た、先生。全員、気を付け!」
松井大尉の、よく通る声が響く。その声と同時に、三人の搭乗員はびしと、直立した。
「諸君らはこれより、皇国の為、陛下の御為、その命を炎と為し、一億総火の玉の先駆けとして、敵空母を撃滅する為に、神風となる
ッ
!」
一瞬、その言葉の意味が分からなか
っ
た。神風、とは何のことだ。た
っ
た三機で敵空母が撃滅できるはずもない。尋常な手段では。そう思
っ
た。
――
つまり、尋常な手段ではない。それを、悟る。彼らはこれから、”死ぬ”のだ。それがなぜか、分か
っ
た。
「先生の必勝祈願は終えられた。諸君らの抱く五十番は、必ずや敵空母を撃沈せしめるだろう
ッ
!」
松井大尉は、三人の搭乗員に小皿を渡し、そこに神酒を注ぐ。松井大尉自身も、小皿に神酒を注ぐ。そして、四人が同時にそれを口に流し込んだ。
「勇敢なる兵どもよ。諸君らの健闘を祈る!」
松井大尉は、くるりと踵を返した。そして、訓示の終わりと同時に、足早に営舎のほうへと歩いていく。
「ま、松井大尉
ッ
」
私は松井大尉を小走りで追いかける。やがて、追いついた松井大尉に対して、詰め寄
っ
た。
「大尉、あれはどういうことですか
ッ
!? 神風とは一体
……
ッ
!」
「
……
静かにしてくれ、先生。致し方がないことなのだ」
「何が、致し方がないなのですか
ッ
!? 彼らのような、私などよりも若い、前途ある若者を死地に送り込むなど
……
ッ
」
「そんなことは百も承知だ、馬鹿者
ッ
!」
松井大尉の大声が、営舎に響く。あまりの大声に、頭に血が上
っ
ていた私でさえ、思わず冷静になるほどだ
っ
た。
「誰が、好き好んで、教え子たちを
……
ッ
! まだ、満足に真
っ
直ぐ飛ばすことも出来ないひよ
っ
子を、空に上げるというのだ
……
ッ
!」
松井大尉が、真
っ
赤な目をして、私を睨み付ける。その瞳から、抑え切れなか
っ
たように、涙が一粒零れ落ちた。
一分ほどにらみ合
っ
ていただろうか。やがて松井大尉が踵を返し、足音を踏み鳴らしながら自身の部屋へと戻
っ
ていくのが見えた。
一方の私は、呆然とすることしか出来なか
っ
た。しかし、エンジン音が大きくな
っ
たことに気が付いて、思い出したように再び、滑走路へと向かう。
既に、三人の搭乗員たちは出撃準備を終えていた。飛行帽を風に靡かせ、空を見上げている。
「君たち
っ
」
私は小走りで彼らの元に駆け寄る。そして、息切れを整えながら、それでも祝詞を読むときのような、し
っ
かりとした声で彼らに言
っ
た。
「恐か
っ
たら、戻
っ
てきてもいいんだ。君たちには、帰る場所がある。むざむざやられては
――
」
そう言
っ
たが、三人のうち一番年上の、兄貴分のような青年は、私の言葉を遮るように笑う。そして短く、彼は言
っ
た。
「ありがとうございます、先生」
「若林飛曹長
ッ
、準備できました
ッ
」
整備兵の報告があがる。それを聞いて、その青年
――
若林飛曹長はにこりと微笑んだ。
「行きます、先生」
その、別れと呼ぶにはあまりにも短く、そしてありふれた言葉に私は、何か言うことも出来ず、ただ彼と、その後にいる二人の青年の姿を見ることしか出来なか
っ
た。
やがて、操縦席に乗り込んだ三人は、私と整備兵の、た
っ