てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 11
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おおきく空振って
(
大沢愛
)
投稿時刻 : 2015.04.18 23:59
字数 : 8187
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おおきく空振って
大沢愛
異変に気づいたのは三回表の攻撃からだ
っ
た。唐沢さんの初球は例によ
っ
て右打者の内角へ外れた。七番はぴくりとも動かなか
っ
た。これで七人連続だ
っ
た。どんな打者でも、好きなコー
スや球種を投げられれば反応する。逆に、完全に外れたときにも舌打ちの一つくらいはする。そして内角球が当たりそうになれば避ける。そうい
っ
た反応が見事なまでにゼロだ
っ
た。
唐沢さんに投げ返したときにいちおう声はかけたけれど、あんまり分か
っ
ていない。ロー
ジンバ
ッ
グを手にまぶしてサインを見るふりをしている。露骨に不貞腐れていないぶん、今日はまだマシだ
っ
た。
†
三年の唐沢さんはうちのエー
スだ。「月刊高校野球の友」に「一四〇キロの速球で押す本格派」と書かれてから、す
っ
かりその気にな
っ
ている。本当は何も考えずにムチ
ャ
投げして一四〇を出したことがあるだけだ
っ
た。スライダー
に色目を使
っ
たおかげで肘が下がり、ストレー
トがシ
ュ
ー
ト回転するようにな
っ
た。本人はツー
シー
ムだと思
っ
ている。枠内にコントロー
ルできるのはせいぜい一二〇台中盤が限界だ
っ
た。
僕は一年の秋から一個上の唐沢さんとバ
ッ
テリー
を組んでいる。僕はは
っ
きり言
っ
てバ
ッ
テ
ィ
ングは苦手だ。わが波木田高校野球部には捕手が三人いたけれど、間違いなく三番目だ。なぜ正捕手になれたのか。ある意味、唐沢さんのおかげだ
っ
た。唐沢さんは最初、一個上の任海さんと組んでいた。任海さんは四番打者で、監督との打ち合わせ通りのリー
ドをする。唐沢さんはそれに従えず、大喧嘩にな
っ
た。しばらく試合に出して貰えず、その間、同じ学年の三織さんと組んだ。三織さんは考えたリー
ドをする人だ。唐沢さんの癖や特徴を見抜いて、それに見合
っ
た要求をする。間違
っ
てはいないと思う。ただ、頭がいいぶん、唐沢さんの癇に障
っ
てしま
っ
た。唐沢さんの根拠のないプライドに配慮しきるには三織さんはクリアすぎた。結果として、三織さんと組んだ時の唐沢さんは滅多打ちを喰ら
っ
た。とうとう三織さんは唐沢さんを見放して、同期の天良さんを持ち上げるようにな
っ
た。天良さんは左オー
バー
スロー
の打たせて取るタイプのピ
ッ
チ
ャ
ー
だ。ま
っ
すぐは一二〇そこそこだ
っ
たけれど、コントロー
ルは唐沢さんとは比べものにならない。キ
ャ
ッ
チ
ャ
ー
からすればリー
ドしがいのあるピ
ッ
チ
ャ
ー
だ
っ
た。組んでいるのを見ていると、コミ
ュ
ニケー
シ
ョ
ンは取れているし、内外野との連携もいい。ただし、最低でも四点の失点は覚悟しなければならなか
っ
た。そんな中で、ほとんどブルペン要員だ
っ
た僕が唐沢さんの球を受けることにな
っ
た。中学時代、我儘放題のピ
ッ
チ
ャ
ー
の相手はし
ょ
っ
ち
ゅ
うさせられていた。最初の一球はミ
ッ
トの先をかすめて外野へ転が
っ
てい
っ
た。直前に誰かと言い合いをしたらしく、目の色が変わ
っ
ていた。こういうとき、「落ち着け」とか「切り替えて行こう」とか言うキ
ャ
ッ
チ
ャ
ー
がいる。言われた方は怒
っ
てもいいと思う。落ち着けるものならと
っ
くに落ち着いているからだ。中には「肩の力を抜け」と声をかける奴もいる。言われたら力が抜けると本気で思
っ
ているなら、野球よりもまず脳の検査を受けるべきだと思う。転が
っ
てい
っ
たボー
ルを拾い、両手で捏ねて砂を取りながら、唐沢さんに歩み寄る。ボー
ルを渡しながら「左手に力、入れてみてください」と声をかけた。怪訝そうな顔の唐沢さんに背を向けて捕球位置まで戻る。唐沢さんが振りかぶり、投げ下ろす。ミ
ッ
ト越しの中指と人差し指の付け根に衝撃が走
っ
た。首を傾げる唐沢さんに投げ返して「ナイスピー
」と声をかける。脱力させたいときには正反対の部分に力を入れさせるといい。日本語が理解できているかどうかわからないピ
ッ
チ
ャ
ー
相手に学んだことだ
っ
た。どうしても定まらない制球を何とかするために、僕の右肘目がけて投げさせたりもした。右打者のインコー
スぎりぎりに「ツー
シー
ム(笑)」が決まり、ピンチをしのげた。「何か、お前相手に投げるとコントロー
ルよくなるわ」と唐沢さんは言う。「審判の顔面」「左バ
ッ
ター
ボ
ッ
クス外」「プレー
ト手前地面」等、オリジナルのサインを創出して崩壊した制球を辛うじて維持した。
唐沢さんがエー
スになるとともに僕も正捕手にな
っ
た。監督は僕よりも打撃の良い捕手を使いたくて仕方がないのがみえみえだ
っ
たけれど、勝ちたい欲求には逆らえないようだ
っ
た。ある時、妙に嬉しそうに「お前、安川の教育係をや
っ
てくれ」と言
っ
てきた。安川は一年の捕手で、ビバンダムくんそ
っ
くりの体型だ
っ
た。粗削りながら長打力はあるが、捕手としてはボー
ルを捕
っ
て投げ返すだけの単純労働者だ
っ
た。「安川を育てるのがお前の役目だ」安川のリー
ドがまともになれば晴れて僕を外すことができる。こんな都合のいい成果主義に付き合うつもりはなか
っ
た。僕は二人きりになると、ひたすら安川の打撃を褒めた。単純な男で、ますます振り回すようになり、一死一塁の場面で初球をフルスイングして遊撃正面に内野ゴロを転がすようにな
っ
た。リー
ドについて話しているときにも露骨に上の空の態度を取るようになり、ほどなく監督からお役御免のお達しがあ
っ
た。チー
ムの一員としてはあるまじきことだと非難されるかもしれない。それは真夏の炎天下、プロテクター
やマスク、レガー
スのフル装備で、絞るような汗をかきながらブルペンでひたすら球を受け続けたことがない人間のきれいごとだ。渇きに堪えかねてベンチでウ
ォ
ー
ター
サー
バのアクエリを飲むのも、レギ
ュ
ラー
連中に遠慮してコ
ッ
プ半分しか飲めない。試合のあと、勝ちに沸くレギ
ュ
ラー
選手のそばで疲れ切
っ
た身体で用具の片付けやベンチ清掃を行う。誰も言わないけれど、度合は同じでもレギ
ュ
ラー
選手の疲労は意味あることとして労われるが、控え選手の疲労は「なか
っ
たこと」にされる。引退のときには「よくや
っ
てくれた。お前がいなければこのチー
ムはなか
っ
た」という監督の決まり文句ですべてチ
ャ
ラという扱いになる。打撃が良ければ野手としての出番もあるだろうが、リー
ドしか売り物のない捕手がキ
ャ
ッ
チ
ャ
ー
ボ
ッ
クスを手放してしまえば単なる雑用係でしかない。監督が好きに使えて罵倒できる三年間限定の奴隷。それを強いるものがいるなら、僕は全力で戦う。それだけの話だ。
春季大会は県でベスト八まで行
っ
た。最後の敗戦は三織さんがマスクを被り、唐沢―天良のリレー
で八点取られた。ブルペンで受けた感じでは唐沢さんの球威はまずまずだ
っ
たけれど、連投で左腰に痛みが来ていた。も
っ
て四回だと思
っ
ていたら、監督は六回まで引
っ
張り、一死までに二四球・三安打で五点を献上した。天良さんは二回からウ
ォ
ー
ミングア
ッ