【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 7
〔 作品1 〕» 2  7 
わかってくれとは言ってない
茶屋
投稿時刻 : 2014.09.30 21:06
字数 : 2922
5
投票しない
わかってくれとは言ってない
茶屋


****


 ――
「わかんない」
 そういて茉莉は印刷されたテキストを投げ出す。
 そんな台詞を聞いた正也はあきれ顔で振り返た。
「どこがわかんないんだよ。こちはわかりやすく書いてるつもりなんだけど」
「全然わかんない」
 座椅子に腰かけた茉莉は頭を上に向かせ、デスクチアに座た正也を見上げる。
「全然か」
「うん全然」
「できれば具体的に言てほしいな」
 座椅子を浮かせながら腕を組んだ茉莉はうんと唸りながら眉間に皺を寄せる。
 本当に考えているのか、それとも考えるジスチをしているのか、正也には判じかねた。
「なんで最後に二人は別れるの? だて二人とも好きあてたんでし? そこが一番意味わかんない」
「そこ? だてそれは歴然としてるじん。二人には越えられない壁があたんだよ。どうしても越えられない壁」
「そんなんあた? 壁なんて単語出てこなかた気がするけど」
「そり比喩だよ。でも中心のテーマはそう、越えられない壁なんだ」
「どこが」
「そりさ、例えばここの恋愛に対する言葉の意味の取り方の違いとかさ」
「うん」
「この愛を伝えた言葉のそれぞれの受け取り方の違いとかさ」
「うん」
 茉莉はずとしかめ面ばかりだ。どうにも正也の言葉に納得ができていないらしい。
「これはつまるところ相互コミニケーンの不可能性について書いてるんだよ」
「そうごこみにけーんのふかのうせい?」
「そう。相互コミニケーンの不可能性」
「何それ?」
「つまりお互いは分かり合えないてことさ」
「そうかな。十分分かり合てる気がするんだけどな
「わかてくれないな。そうじないんだよ。決定的な違いが二人にはあて、そこは二人には越えられない壁なんだよ」
「うーむ」
 茉莉は不承不承といた体でふたたびテキストとにらめこする。
「やぱりわかんない」
 今度はさきより盛大にテキストを放り投げる。
「ほんといつもわかんない」
 茉莉はふくれ面を膨らませてぷーと息を吹き出す。
「わかんないかー
 正也は頭を掻きながら、テキストを拾い上げて思う。
 ま、本当はわかる必要なんてもんはないんだよな。
 だいたい、わかんないならわかんないなりにどうにかなるもんだと。
 ――

****

「は? 何これ?」
 麻里は眉を吊り上げながら、デスクチアに座た将也を振り返た。
「何これ? 説明して?」
「説明て何をですか」
 将也の表情は早くも恐怖で強張ている。
「相互コミニケーンの不可能性て言てるけど何? 内容にほとんど反映されてないじん? ただ使てみたかただけ? 難しいこと言てみただけ? 内容に反映しなきダメじん。読者は構えるじんこんな言葉出てきたら? 構えた末に肩すかしてどうよ」
 いきなり手厳しい批判を喰らた将也の顔は暗い
「例えばクオリアとかさ、言語ゲームの個人のルールの違いとかさ。そういうコミニケーンの不可能性に関する話が出てきてもいいわけじない。たとえばスタニスワフ・レムのデスコミニケーンについて言及したりさ」
「いや、スタニスワフ・レムに言及したらそれこそ置いてけぼりかなと」
「は?」
「いえなんでもないです」
「読者だて時間を使て読んでるわけよ。それなのにこんな意味の分かんない文章をたらたらたらたらたらたーらたらたら書き連ねて申し訳ないと思わないの? 時給でも払てくれてわけ?」
「いや、別に俺は読んでもらわなくてもいいけど君が読みたいて言うから……
「あ゛?」
「いえ、すみません。おる通りです反省します」
「そもそもつまんないつかー展開おそいつかー現代の読者はさ、時間がないわけよ。だからもと短い間にどんどん展開させていかないと」
「いや別に現代の読者市場を見据えているわけではなく……
「なんか言た?」
「いえ、何も言ておりません」
「もうさ。異世界とか飛ばそうよ。流行てるんでし。異世界」
「ちくわ大明神」
「いや別に流行に乗ろうとしてるわけでは……
……
「すいませんおる通りです今度異世界書いてみます」
「そうだよ。もと現代の読者のことを考えろよ。それでも作家志望かよ」
「いや、これ趣味で書いてるだけで別に作家になろうだとかは……
「ん?」
「すいません考えが足りませんでしたもう少し読者の気持ちになてみます」
たく、これだからオマエは駄目なんだよ。全くダメダメだよ」
 おわかりいただけただろうか。
 いや、別にお分かりいただけなかたらかまわない。
 それはさておき、今この瞬間、麻里と将也の目の前に時空の裂け目が現れた。
 将也は恐る恐る近づいてみると、世界で唯一吸引力の落ちない掃除機:ダイソン、の力によて見る見るうちに時空の裂け目へと吸い込まれてしまう。吸引力はひたすらであれこれ説教を垂れていた麻里までもを吸い込んでしまた。
 吸い込まれた先は異様な風景の世界である。
 異世界である。
 空には飛行船や鯨が浮かび、丘の上から見える海には巨大な海上都市が形成されている。そうここは異世界「テル・ナ・ノーグ」。食べても減らない豚のいる世界。ここでは現在覇王軍と烈王軍が覇権を賭けた戦いを繰り広げており、休戦協定が結ばれているとはいえそれぞれに属する諸侯の代理戦争的な小競り合いが続いている。またここには未だ伝説的な魔獣や魔物が住んでおり、冒険者たちは彼らの守る財宝や秘法、秘められし大魔術を求め、果敢な冒険を繰り広げている。預言者たちは、伝説の勇者が現れ、この地に太平天国を作り上げるとのたまている。世はまさに乱世。魔法と蒸気科学の入り混じるこの世界で果たして彼らは生き残れるのであろうか!?
 あ、申し遅れました。私、異世界派遣会社『ニライカナイ』の営業をやております君手摩と申します。あ、どうぞ名刺です。あ、はい。ではですね、今回無料異世界就労体験キンペーンというものをやておりまして、もちろん無料と言うのはあくまで異世界側の派遣先の事業者に対してでして、被派遣の方々には給与はお支払いいたします。え、なに? 登録した覚えがない? またまた、ご冗談を。お好きですね、脅かしちいけません。こちだて心臓が何個もあるわけじありませんからね。いえいえ、もちろん、もちろん私共は派遣先の企業のみならず、被派遣者様への配慮も十分に行ております。なんて言て厚労省から表彰されたくらいですからね。どこの世界の厚労省からですて? やだな、君のような勘のいいガキは嫌いだよ。なんつてははは、冗談でございますよ。ほんのね。悪気はございません。場を和ませようと、こう、口からついつい転げ落ちちてね。ごろごろと転げてね。言いました。ははは、元ネタが分からない? ハガレン? 知らない? ジネレーンギて奴で御座いますな。ははは」
 そう、これから伝説は始まるのだ。
 だが、もうここまでにしておこう。
 伝説の物語はきとあなたの頭の中に出来上がていくはずだから。
 そういて逃げるのは許されないことでしうか。
 許す許さないの問題じないんです。
 もう収拾がつかないのです。
 わかてくれとは言いません。
 もう仕方がないことなのです。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない