てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 11
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〔 作品10 〕
(時間外)超人ユキ子の一生
(
ほげおちゃん
)
投稿時刻 : 2015.04.19 02:32
字数 : 5678
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(時間外)超人ユキ子の一生
ほげおちゃん
ユキ子が中学二年生にな
っ
たとき、鞄を肩から下げ、「ああ、今日も死に一歩近づいたんだなあ」と思いながら校舎の階段を降りていて。
突然、どん
っ
と背中に強い衝撃が走る。
一瞬意識が途切れる間に、平均よりひと回り小さいユキ子の体が宙に舞
っ
た。プー
ルで水面に飛び込むみたいな形だ。ごめんなさい、と切羽詰ま
っ
た声が聞こえて、周りの景色がスロー
モー
シ
ョ
ンになる。その中でも自分は確実に落下していて、「なんだ、こんなところで死んじ
ゃ
うんだ」と、頭は冷静に思考し続けていて。しかし階段の角が眼前に迫
っ
たとき、さすがにパニ
ッ
クに陥
っ
た。目を瞑り視界は暗転、無我夢中で突き出された両腕は人形のように細く
――
しかしその手は階段の角をが
っ
しりと掴んだ。
加速をつけた体重が乗りかかり、腕がくの字に折れ曲がる。頭部が石畳に叩きつけられる直前、力の向きが前にスライドする。さらにスプリングのように肘が伸びあがれば、完全な制御下で小さな体が再び宙に舞い上が
っ
た。
一回転、二回転、三回転
――
……
自身の体が計五回転したことを知覚し、踊り場に着地する。体操選手のように反射的に両手を掲げて。ず
っ
と肩に下げられていた鞄が、激しくうねりながらユキ子の体にぶつかる。それだけで、彼女を放心状態から覚まさせるには充分だ
っ
た。
どくん、どくん、とユキ子の心臓が跳ね上がる。いま自分が何をしたかは理解しているのに、何故自分がそれを出来たのか、全く信じられないのだ。一息たびに呼吸が荒くなり、視線は踊り場の片隅でひし曲が
っ
た自分のメガネを見つめている。
ひた、と背後に忍び寄る気配。それは女の子だ。背はユキ子より少し高いぐらい。しかし寸胴のユキ子とは違
っ
て出ているところは出ている。髪はロングでキ
ュ
ー
テ
ィ
クル。
何故そんなことまで分か
っ
てしまうのか。
「アノ
……
」
その声が耳に届いた瞬間、ユキ子は一目散に駆け出していた。何も悪いことはしていないが、これまでの人生を常に「逃げ」の一手でやり過ごしてきたユキ子が反射的に起こせる行動はソレしかない。
そしてユキ子は無事声の主から逃れることができたのだが、その駆け出し速度があまりにも凄まじく、声の主をますます驚嘆させることにな
っ
ていたとは知る由もなか
っ
た。
ユキ子に趣味はない。あえて挙げるとするならば、如何にして苦にならず時間を潰すかであ
っ
た。ユキ子のこれまでの人生の半分は、そのことを考えるために費やされてきたとい
っ
ても過言ではない。
幼少時代、ユキ子がハマ
っ
たのはテレビゲー
ムだ
っ
た。ハマ
っ
たとい
っ
ても、それが大好きだ
っ
たということではない。弟に感化されてのことだ
っ
た。
弟はかつては大のテレビゲー
ム好きで、クリスマスや誕生日にはいつも新しいゲー
ムソフトを強請
っ
た。買
っ
て買
っ
てと駄々をこね、それが叶わなければワンワンと泣く。時折親の様子をチラリと見るようなしたたかさを持ち合わせて。ユキ子は何故、弟がそこまでしてゲー
ムを欲しがるのか分からなか
っ
た。彼を惹きつけているものとは一体
……
? そして気の弱いユキ子は弟に強請られて、本当は弟が欲しいものを誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントに指定するのだ
っ
た。あくまで私が好きなの、という程で。無論、大して面白くはない。さすがにプロが如何に遊び手を喜ばせるかを考えているだけあ
っ
て、その演出に驚くこともあるといえばある。しかしユキ子の頭の中にはいつも「これ
っ
て現実じ
ゃ
ないよなあ」という虚しさがあ
っ
て、故にユキ子が本当に求めている面白さには一歩届かないのであ
っ
た。かとい
っ
て、それに勝る面白さを現実に見出せているわけでもない。したが
っ
てユキ子は単なる暇潰しとして、ゲー
ムに多くの時間を費やしてきたのであ
っ
た。
弟が次第にゲー
ムからサ
ッ
カー
にのめり込むようになり、ユキ子も必然的にゲー
ムから離れてい
っ
た。そして今現在、ユキ子は思考に最も長く時間をかけるようにな
っ
てい
っ
たのである。
一体、あの階段での出来事は何だ
っ
たのだろう。
学校を飛び出してしばらく興奮状態だ
っ
たユキ子は、自分の部屋でようやく冷静さを取り戻していた。
何だ
っ
たのだろうあの身のこなしは。チンチクリンな自分にできるはずがない!
最初、ユキ子はそれについては真剣に考えていなか
っ
た。それよりも、自分があの場から逃げ出してしま
っ
たことのほうが重要だ
っ
たので。私を突き飛ばし、そのあと私に話しかけようとしたあの子は誰だ
っ
たのだろう? しかしその後家に帰
っ
たとき母から眼鏡を紛失していることを告げられて、しかも眼鏡がないのに不自由なく周りの物が見えているということが
――
全く説明できない。
まずユキ子は明日自分はどう学校で振舞えばいいのかと考えて(しかし結論は出なか
っ
た)、次に自分に起きている身の変化について考え始めた。
火事場の馬鹿力的なものとしか、言いようがない。
あらゆる方面の思考からその結論に辿り着き、うん、と頷くユキ子。よく知らないが人間というやつは普段は力をセー
ブしていて、本来の十パー
セントぐらいしか出せないらしい。それが自分はあのときの衝撃、もはや死んでしまうしかないと覚悟したあの衝撃で眠れる力が解放され、七十だか八十だかもしかしたら百パー
セントの力を出せるようにな
っ
たのだ。うん、そうに違いない。今も目はよく見えているのだから、き
っ
とその力は継続しているに違いない。
ユキ子は浮かれる。今まではどれだけ考えても妄想でしかなく、しかしそれでも暇潰し程度ぐらいにはな
っ
ていたのに、それが今や現実のものとな
っ
てしま
っ
たかもしれないのだ。これは浮かれるしかない。
優れた力を手に入れたというなら、それを試したくなるのが人というもの。
さて、何をして試せばいいだろう。
例えばドラマやアニメなどであればここで都合よく事故やら事件やら何やらが起きて力を発揮しなければいけない場面になるのだが、いまユキ子がいるのは自分の家である。こんなところで何かが起きるわけがないし、起きたとしたら大惨事だ。まさか自分の力を少し試したいというだけで、我が家の不幸を願うほど馬鹿ではない。じ
ゃ
あ外に出て事件を探しに行くかというとそれも不謹慎な気がするし、何より母に「一体どこに行くの」と不審がられるに違いない。
したが
っ
てユキ子は誰にも気付かれることなく、狭い部屋をベ
ッ
ドと勉強机のせいでさらに狭くさせられたスペー
ス内で、自身の力を試す術を考えなければならないのだ
っ
た。
どうすれば
……
?
ユキ子の夜は更けていく。
チ
ュ
ンチ
ュ
ンと小鳥の囀りが聞こえる。
空は一片の曇りもなく快晴模様、あなたもあなたもあなたもおはようございます、と出会
っ
た人に片
っ
端から言
っ
て回りたくなるような朝だ
っ
た。
ユキ子は寝不足と、微熱のような憂鬱を抱えてその時間を迎えていた。
結局ユキ子は興奮が収まり、異様な眠気によりベ
ッ
ドに誘われるそのときまで、自分の力を確かめる良い方法を思いつかなか
っ
たのだ。
悪い方法であれば思いついていた。筋トレを行うのである。
ユキ子は虚弱な体質で、腕立て伏せなどこれまで一回も完遂させたことがなか
っ
た。腹筋もである。唯一、何故か上半身をそり返させる背筋の運動だけは人並みにできたが、自身の無い胸を誇示しているようで、あまり気にいるものではなか
っ
た。それが昨日は背筋だけでなく、腕立て伏せや腹筋もち
ゃ
んと出来てしま
っ
た。その初めての感覚に、ユキ子は一瞬感動を覚えたのだ。だが腕立て伏せや腹筋を繰り返したところで、自分を取り巻く環境が変わるわけではない。
ユキ子はとりあえずベ
ッ
ドから起き上がることにして、それから一回だけ腕立て伏せ、腹筋をした。
どうやら、まだ力は失われていない。
冷静に、自分の部屋を出て洗面所に向かい、顔を洗
っ
た。口を濯いで食卓に向かい、席につく。テレビではいつもと変わりない朝帯の番組が放送されていて、シリアルを主とした朝食がテー
ブルに並べられていて、弟は眠気まなこでそれを頬張
っ
ている。何の変哲もない朝だ。ユキ子だけが違う。昨日の自分ではない。その事実が少しだけ、ユキ子を再び興奮状態に陥らせた。私の真実を知
っ
たとき、この二人はどうな
っ
てしまうのだろう。そんなことを考えて。
いつもより早く学校に登校したユキ子は、まだ誰もいない教室の片隅の自分の席で、き
っ
と今日訪れるであろうシチ
ュ
エー
シ
ョ
ンを頭の中で何度もシミ
ュ
レー
シ
ョ
ンしていた。
昨日階段でぶつかり、そのあと私に話しかけようとしてくれたあの子。
顔は、わからない。見てないから。名前も、わからない。聞いてないから。
あのとき空気が伝えてくれた感覚だけを覚えている。柔らかく流れるきめ細やかな髪、大人びた体。
ユキ子は直感的に当たりを付けていた。
多分、あの子だ。
そのあの子が教室の二番目の入室者として訪れて、ユキ子は思わず飛び上がり椅子をガタガタと揺らした。
あの子がビク
ッ
とする。
「え
っ
……
」
「あ、あの、おはよ」
勢いで挨拶したユキ子は、あの子の体をまじまじと見つめた。黒髪、ロングなキ
ュ
ー
テ
ィ
クル。大人びた体。このフ
ィ
ー
リング、間違いない。
竹内純花。このクラスで、否、おそらくこの学校で一番綺麗な子だ。
「おはよ、今日は早いね」
純花は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに挨拶を返してきた。
「う、うん」
思わず俯いてしまうユキ子。
思えば自分はそういうことをしないキ
ャ
ラとして、この学校生活を過ごしてきた。中学二年生は昨日からだけど、純花とは一年生のときも同じクラスだ
っ
た。一目見たときから心打たれて
……
何を話そうかは考えている。結局、素直に話すのが一番だ。
昨日ね、なんだかび
っ
くりして逃げち
ゃ
っ
たの! 眼鏡? いいよ、全然! あのときから何だか目がよく見えるようにな
っ
ち
ゃ
っ
て! なんで? わかんないよ!
とにかく明るく努めて話さなければならない。自然に、何でもないふうに。そして、友達になれればいいのかもしれないね。ち
ょ
っ
としたことをキ
ッ
カケにさ。ず
っ
と、友達になれればいいななんてこと考えていたし、ね。ほら。
意を決してユキ子は顔を上げる。純花は前の席に座り、自分に背中を向けていた。
なんでだよ!
ユキ子は頭の中で突
っ
込む。
今がチ
ャ
ンスなんじ
ゃ
ないか? 今しかチ
ャ
ンスがないんじ
ゃ
ないか?!
しかしいくら念を送
っ
てみても、純花がこちらを向く気配がない。
やがて別の同級生が教室を訪れ、ユキ子は大いに落胆した。
何をや
っ
ているんだ。
本当に彼女は、一体何をや
っ
ているんだろう。
午前中の間ず
っ
と純花の背中を見つめ続けて、もしかしたら人違いかもしれないと思い始めたのは昼休みのことである。
そうか、そういう可能性もあるかもしれない。
ユキ子はもう一度、あのときの子と純花とを比べてみた。
髪はロングなキ
ュ
ー
テ
ィ
クル、そのとおとり。大人びた体が空気を切
っ
ていく感覚、そのとおり。じ
ゃ
あ、声は?
あのときユキ子が唯一聞いた、「アノ
……
」という声。あの声と純花の声は、果たして本当に同じだ
っ
たのだろうか。
わからない。そうかもしれないし、そうじ
ゃ