てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 12
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思い出の先生
(
ほげおちゃん
)
投稿時刻 : 2015.06.06 23:36
最終更新 : 2015.06.06 23:38
字数 : 9645
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2015/06/06 23:38:30
-
2015/06/06 23:36:26
思い出の先生
ほげおちゃん
十勝平太は不機嫌だ
っ
た。
家庭教師などというものを突然雇われたからだ。平太には何の相談もなしに。
「どうしてそんなこと勝手に決めるの」
「お父さんの知り合いの子に、北坂高校に通
っ
ている子がいるんだ
っ
て。北坂高校よ?」
北坂高校は、平太たちがいる学区内で最も頭の良い高校である。それぞれの中学校はそこにいくら子供達を送り込めるかがステー
タスであり、二番手の高校とは天と地ほどにもかけ離れているとい
っ
てよい。毎年限られた椅子をめぐ
っ
て選りすぐりの秀才たちが凌ぎを削り、もし我が子が合格したなんてことになれば、親はその事実だけで生涯を誇らしく生きていけるレベルである。
そんな高校なのだから、大抵の子供達は一度はそこに通うことを夢見るものだ。いま少々成績が悪くても、中学生にな
っ
たときに本気を出せば。そして実際にな
っ
たときに現実を知り、自分が特別な人間ではないことを知るのである。
しかし現在小学五年生の平太は中学生になるまでもなく、そのような夢を抱いたことは一度もなか
っ
た。夢を抱く一切の余地なく、壊滅的に成績が悪か
っ
たのである。
「しかもその子、北坂高校の中でも成績がすごく良いんです
っ
て。将来は東大合格間違いなし
っ
て。ね、すごいと思わない? アンタそんな子に見てもらえるのよ」
平太は溜息をついた。平太は学校の勉強はできないが、全く頭が回らないということではない。ようするにいま平太に恍惚の表情で語りかけている母は、頭が良い子と付き合えば自分の子供も頭が良くなるはずなんていう、世間一般の親たちが陥りがちな全く根拠の無い思い込みに囚われているのだ。そしてそれが実際に思い込みであることを、平太は知
っ
ている。
「家庭教師なんかいいよ。勉強した
っ
て、サ
ッ
カー
にはぜんぜん役にたたないしさあ」
平太の将来の夢はプロのサ
ッ
カー
選手になることである。プロ、しかも海外で活躍する選手になれば、年俸は億は下らない。たとえ学校の勉強が全然できなくても。地元の少年サ
ッ
カー
クラブに去年所属して以来、自身にその才能を見出した平太は、学業に早々に見切りをつけ日々サ
ッ
カー
に明け暮れていた。
しかし平太の母は、そんな平太の志しを快く思
っ
ていない。
「もう、またサ
ッ
カー
サ
ッ
カー
っ
て。いい? プロになるの
っ
てすごく難しいのよ? 本当に才能に恵まれた、ほんの一握りしかなれないんだから」
「うるさいなあ、そんなことわか
っ
てるよ」
「いいえ、わか
っ
てないわ。アンタこの前の新分記事読んだ? たとえプロにな
っ
ても二・三年でクビになる人が多い
っ
て。大学でち
ょ
っ
と活躍した人を安い給料で雇
っ
て、給料を上げないといけない時期にな
っ
たら切り捨てるんです
っ
て。そうな
っ
たら蓄えもないし、次の就職のアテだ
っ
てないし、大変なのよ? そうな
っ
たらどうするのよ! ただでさえこのご時世、なかなか就職先見つかりにくいんだから!」
「母さんはいつもネガテ
ィ
ヴすぎるよ!」
そのようにして平太は言い争いを続けたが、何より相手は自分を養う親である。サ
ッ
カー
クラブをやめさせて塾に通わせるなんて言われれば抵抗のしようがない。こうして平太はしぶしぶ家庭教師を受けいれたのである。
その週の日曜日。
あれから時間があ
っ
たので、平太は家庭教師に対する対策を立てることができた。
家庭教師にどう接するかということだ。
聞けば相手も家庭教師は今回が初めてなのだという。不真面目に授業を受ければやる気をなくして帰
っ
てくれるのではないか? しかしそんなことをすれば今度こそ本当にクラブを辞めさせられて塾に放り込まれるなんてことになりかねない。一番良いのは、ほどほどに家庭教師の授業を受けた後、学校でテストを受ける。そして点数が悪ければ、この子はいくら勉強させても無駄なんだと思
っ
てくれるのではないか。よし、それでいこう。
成績のわりによく回る頭をくるくる回し、その考えを実行に移す機会が訪れたのは午後五時のことである。
日曜日のサ
ッ
カー
クラブの練習は午後四時まで、その後それぞれの少年たちは家に戻り、やり残していた学校の宿題や予習・復習やらに取り込んだりするのだが、平太は帰宅直後うがいや手洗いもそこそこに、クラブのユニフ
ォ
ー
ム姿のまま携帯ゲー
ムに勤しんだ。先に述べたとおり、平太は学業をすでに諦めている。その代わりにサ
ッ
カー
に取り組むと決めたのだから、ゲー
ムの種類はもちろんサ
ッ
カー
ゲー
ムである。自分オリジナルの選手を作成し、実在するチー
ムに放り込んで操作するというものだ。最初はレギ
ュ
ラー
ではなく、途中出場の限りなく短い時間帯でその実力をアピー
ルしていかなければならないのだが、平太はつい先日、ドイツの強豪クラブであるFCベー
コンでレギ
ュ
ラー
を勝ち取り、念願のリー
グ制覇に向けてチー
ムを牽引していた。ライバルは現在リー
グ首位のウ
ィ
ンナー
SV。勝ち点はわずか一試合分しか離れておらず、直接対決に向けて負けられない戦いが続いている。
本日の相手はボウガン1996であ
っ
た。その名の通り1996年に成立した新しいチー
ムであり、二メー
トルを超える長身選手を前線に並べて放り込みからヘデ
ィ
ングを叩き込むという圧倒的力任せの戦術を得意とする。FCベー
コンはこの戦術にコテンパンにやられた。何しろベー
コンには、二メー
トルを超えるような選手は一人もいない。最高でも180cmそこそこで、フ
ィ
ジカルの低さをパスワー
クで補
っ
ているチー
ムだ
っ
た。そんなチー
ムだから、単純愚直にパワー
プレー
のみを繰り返してくる相手に対しては抵抗のしようがないのだ。前半で既に三失点、守備陣は満身創痍で後半にさらなる失点を重ねることは避けられそうにない。ただしFCベー
コンも、ただコテンパンにやられているだけではない。ベー
コンがボウガンのパワー
プレー
に抵抗できないのに対し、ボウガンもベー
コンのパスワー
クに抵抗できないのである。もはやプロのサ
ッ
カー
の試合とは思えぬ、前代未聞の点の取り合いが繰り広げられていた。
「これで終わり、だあー
!」
ベー
コンの流れるパスワー
クから、平太の操るエー
スプレイヤー
・ヘイタ=フ
ァ
イアボー
ルにボー
ルが渡り、ドリブルもそこそこに豪快にシ
ュ
ー
トを叩き込む。これで8―6。後半ロスタイムで二点差。
ボウガンボー
ルで試合が再開したところで試合終了の笛が鳴る。
「や
っ
たー
! 勝
っ
たー
!」
ゲー
ム機をソフ
ァ
の上に放り出し喜ぶ平太。なんとい
っ
ても今日のヘイタ=フ
ァ
イアボー
ルは五得点だ。ダブルハ
ッ
トトリ
ッ
ク一歩手前という凄まじい成績。得点ランキングも首位に立ち、この試合は彼のためにあ
っ
たとい
っ
ても過言ではない。もはや平太の中で十勝家は十勝家ではなく、ソフ
ァ
は表彰台だ。ヘイタ=フ
ァ
イアボー
ルに将来の自分を重ね合わせて妄想が進むことこの上ない。
は
っ
、と平太が我に帰
っ
た。
ひとりの少女―とい
っ
てもセー
ラー
服を着ていて平太よりも明らかに年上であ
っ
たが―が笑顔を浮かべるでも何を浮かべるでもなく、平太のことをじ
っ
と見ていたのである。黒髪で、両サイドから二つの房が肩に垂れ下が
っ
ていた。眼鏡の銀色のフレー
ムは細くスタイリ
ッ
シ
ュ
で、整
っ
た目鼻立ちは笑みを浮かべぬ口元と相ま
っ
て、知性を感じさせる。背はそれほど高くないが痩せ型でスラリとして、健康的に見える。頭の頂から爪先に至るまでやや古風で模範的な学生像に乱れなく、平太はこの少女が自分の家庭教師なのだと本能的に悟
っ
た。でなければこうして平太の家に来て平太の目の前に、このような人物が現れる因果はないのである。
平太は面食ら
っ
た。さすがに状況を理解していても、精神がついていけないときはある。それに何故制服を着ているのかということなど、頭の中を山手線のように疑問がぐるぐる回り、ついに来た宿敵を前にキ
ャ
パシテ
ィ
オー
バー
に陥
っ
たのだ。
その平太に稲妻の一撃を、少女は放り込んだのである。
「それ、何が楽しいの?」
少女の無表情の白けた口調は、混乱する平太の思考を突き破り胸に突き刺さるには十分だ
っ
た。あなたの趣向は理解できないと、言葉と態度では
っ
きりと言われたのである。この瞬間、平太はこの少女が別人類であるという思いを確かなものとし、そしてこの少女のことが嫌いにな
っ
た。
先のとおり少女はまだ高校生だが、平太よりはるか年上なので、いつまでも少女と述べるのはそぐわないと考える。だからここからは、少女のことを先生と述べることとする。
家庭教師の時間が終了後、少女は平太の両親の勧めで夜の食卓に招かれることにな
っ
た。十勝家の食卓は四人席である。片方のサイドに平太の父と母が並んで座り、反対サイドは父の正面に平太、母の正面に先生が座るという図である。
かわらず無表情で、高校生にそぐわぬ大人びた眼差しをする先生。その隣で平太はブス
ッ
としていた。何故か正面の、平太の両親たちは笑顔である。
なぜ彼らが笑顔なのか。その理由は、母がふたりの様子を見に、こ
っ
そりと勉強部屋を訪れたときのことが起因する。
実は母は、ふたりのことが心配だ
っ
たのだ。時は遡り、平太と先生が衝撃的な出会いを果たす少し前、母が買い物に出かけようとしたときに先生が十勝家を訪れてきたのだ。約束の時間までまだ三十分もあ
っ
たので、随分真面目な子だなあと母は思
っ
た。恰好もいまどきの若者にありがちな乱れがないというか、休日なのに何故か制服である。「なぜ制服?」と思
っ
たことを口にせずにはいられない母は先生に訪ねたが、先生いわく、教師をする以上は正装で着たほうがよいと考えたらしく、自分の正装といえば制服しかなか
っ
たということだ。何かおかしい気がするがそんなものかと母は納得し、先生を家に入れて自分はさ
っ
さと買い物に出かけた。子供たちだけで先に会
っ
ておいたほうが話が弾むだろうと思
っ
たのだが、家に帰ると居間にて只ならぬ空気でふたりが対峙していたので、ふたりを無理やり勉強部屋に押し込みつつも、本当にうまくやれるのか気が気でなか
っ
たのである。
母はごくりと唾を飲みこみ、ふたりにバレぬようそ
っ
とドアを開けて、しかし隙間から部屋の中の様子を眺めると、ふたりは真面目に勉強していた。おそらく漢字の書き取りだろうか。平太がノー
トに黙々と漢字を書き、先生が間違いを指摘している。平太は文句を言わず消しゴムでごしごしと間違えた箇所を消して、書き直している。平太の表情は、いつになく真面目だ。真面目に勉強しているのか、あの平太が。家に帰
っ