【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 13
 1  5  6 «〔 作品7 〕» 8 
(時間外&文字数超過)リプレイ
投稿時刻 : 2015.07.20 14:42
字数 : 11012
5
投票しない
(時間外&文字数超過)リプレイ
ほげおちゃん


 故郷に帰た時、昇は衝撃を受けた。
 電車を降りて改札口へと下る階段に向かう途中、幼馴染がお腹を擦り、自分と同年代の男と仲睦まじそうに歩いているのを見かけたのだ。それだけで、昇には十分だた。元に戻らない日々はあるのだと、思い知るには十分だた。
 改札口を出た後、近くのフストフード店でドリンクとハンバーガーを頼み、頬張た。その後、再び改札口を通り抜け東京に戻ていた。行くときに感傷に浸ていた思いはぶち壊され、数千円の痛い出費だけが残たのである。昇は電車のドアを叩いた。何度も何度も、ドアを叩いた。
 何をやているんだ俺は……
 何をやているんだこの俺はよ
 何を言ている、ただ現実になただけじないか。
 冷めた思考が昇を襲う。
 東京出るときから分かてたはずだろ? 上も下も横も後ろも道がなくなて、ただ前に進んでいくしかないんだて。それが現実になただけじ……
 昇はドン、とドアに体を押し付け、そして動かなくなた。
 売れてやる。
 絶対に売れて、何もかも見返してやる。

「は……? 路線変更……?」
 雄二は耳を疑た。
 まさか天変地異が起きても、この目の前にいる人物だけはそれを口にすることはないはずだと確信していたからである。
「いつまでもさ、化粧してオカマみたいな恰好しててもしうがねだろ?」
 昇が向かいのパイプ椅子で踏ん反り帰ている。堂々と気だるげで、説明するのもバカらしいという雰囲気だ。
 タバコの匂いが染みついた狭いスタジオ控室に、四人の男たちが一同に会していた。ボーカルの昇、ギターの雄二、ベースの雅、ドラムの梶。結成から四年でメジデビに上り詰めた、ヴアル系ロクバンド・リプレイの面々だ。しかし七年目を迎えた今、彼らはそのアイデンテを捨てようとしている。
「路線変更……あどんなのするんだよ」
「JPOPてやつ?」
「はあ?」
 調子の外れた声を出す雄二。
「JPOP……お前、あんなのやるぐらいなら死んだほうがましだて言てたじか!」
「だからよ、皮肉るんだよ。世間てのはさ、俺たちの音楽が高尚すぎて理解できないんだろ? だからさ、お前らはどうせこんなのが好きなんだろ?てやてやんのさ。そんでまた売れたら好きなことやりあいい」
 昇はニヤニヤしている。
 雄二が昇の隣に目を向ければ、雅は長い髪で目線を隠して縮こまていて、その向かいにいる梶は相変わらず何を考えているのか分からない表情だ。
 おかしいと思ているのは俺だけなのか。
「お前さ……どうしちまたの?」
「は?」
「お前隠してるけどさ、この前実家に帰たんだろ? そんときなんか言われたのか?」 ピクリ、と雅が反応する。
 昇の表情から笑みが消える。
「は、なに検討違いなこといてんの?」
「お前が突然変なことを言い始めたんだろうが。なに、びびちまたのか?」
「テメ……!」
「やめてくださいふたりとも!」
 昇が立ち上がり雄二に掴みかかろうとしたところで、雅が慌てて昇の体を抱え込む。
「離せよ、オイ!」
「雅、お前はどう思てんだ!」
 雄二の言葉に、昇と雅がピタリと体の動きを止める。
「僕……ですか?」
「お前さ、このバンドやるからて無理やりこいつに東京に引張り込まれたんだろ? それが急に路線変えるとか言い出してよ。 むかつくとかないの?」
「僕は……
 俯く雅。顔を上げれば、激しい怒気で昇が雅を睨んでいるのは分かているのだ。
 それでも、雅の出した答えは自らの本心に従うものであた。たとえそこに恐怖があたとしても、それだけが全てではない。
「僕は……昇さんに従います。これまでそうやてメジにまで来れたんですから、昇さんのことを信じています」
 しばらく息を荒げていた昇だたが、雅の言葉に溜飲を下げることができたのか、どかと再びパイプ椅子に腰を下ろした。反対に険悪なのは雄二のほうだ。信じられないという表情で雅のことを睨んでいる。雅は縮こまるしかない。
「俺も路線変えてもいいと思うな」
 三人が一斉に梶へ視線を向ける。
「最近ドラム叩いててもさ、昔みたいに楽しくないんだよね。だから心機一転で変えてみるのもいいと思う」
 梶は相変わらず目はぼうとしていたが、その言葉は辛辣で、三人の心に蟠りを残した。だがこの場に関しては、その蟠りのおかげで今後の方針が固またのである。
 リプレイは今後ヴアル路線を捨て、ポプスターとなることを志す。

 衣装室に通されたリプレイの四人は、その光景に目を疑た。
「なんすか……? これ……?」
 いつも余裕の表情を浮かべる昇も、さすがに唖然とせざるをえない。
 衣装室には、まるで一九八○年代のアイドルたちが着るような衣装が飾られていた。
「この中から好きなものを選びたまえ」
 スーツを着た事務所の男は、メガネをくいと押し上げながら言た。
 雄二が思わず苦笑する。
「いやいや、冗談でし? こんなの来たらポプスターていうより、ただのコミクバンドじないですか」
「選り好みできる身分か」
 凍り付く雄二。
「お前らのこの前の曲はなんだ? 英語でわけのわかんねータイトルつけた挙句、売り上げはたた五千枚だ。五千枚ていくらかわかるか? たた五百万だぞ。契約を解除されないだけでもありがたいと思わないとな」
 メガネ男の言葉に雄二が下を向き、唇を噛む。
 さすがに雅も梶も顔が強張り、昇の目も一瞬殺気を孕んだのだが――
「じあ俺はこいつでも着るか」
 昇はアルミホイルを張り付けたような全身銀色スーツを手に取た。
 目を疑う雄二。
「昇……お前本気かよ?」
「その代り、俺たちが売れたら真先にあんたのこと首にしますわ」
「そのくらい売れてほしいものだな。最も、売れたならまず感謝してほしいところだが」 昇はメガネの男を睨んだが、男は意に介さず衣装室から出ていた。
……、着るか」
 服を脱ぎ、銀色スーツに手を通す昇。
 雅も手を伸ばすが長い髪の隙間から見える表情は明らかに引いていて、梶は梶で衣装のビラビラした部分を触り楽しみ始めた。
 雄二だけがひとり、拳を固く握り締め俯いている。

「俺、リプレイ辞めるわ」
……は?」
 それはある音楽番組の収録が終わた後のことだた。
 まるで倉庫のような暗くかび臭い殺風景な楽屋に戻てきて、昇が銀色スーツの上半身をはだけパイプ椅子に腰を下ろしたときのこと。雄二が楽屋に入らず、突然そんなことを言い出したのだ。
「冗談だろ雄二? 何言てんだよ!」
 しかし雄二の表情は明らかに冗談ではなかた。恐ろしく冷めていたのである。辞めるか辞めないかの境界線を、はるか彼方に置いていてしまたようだた。
「お前さ、まじわかんねの?」
「何がだよ」
「こんな恰好しながら音楽続けてるて、バカじねえのかお前?」
 楽屋の外で手持無沙汰にしていた雅が、さすがに気が気でない様子で雄二の背中を見つめている。梶はトイレで場にいなかた。したがて雄二だけがこのとき昇の表情を捉えていたのだが、雄二の視界の中、昇は明らかに狼狽していた。
「だから言てんだろ? これはあくまで恰好だけだ……
「それで音楽番組で悪態つくんだよな? こんなに滑稽なことはねよ!」
 雄二が半ば笑いながら、壁をバンと叩く。
「ミステリアス気取てた奴らがさ、全員変な服着てパーマ当ててんだぜ?! お前がバカにしてるやつらとどちがダセーんだよ!  ネトでの俺たちのあだ名知てるか? パーマンズて言われてんだぜ! 売れたところで元の音楽ができるかクソが!」
 閉口する昇。事務所が彼らに強要したのは、服装だけではなかたのだ。全員にパーマをかけることを求めた。八十年代の某人気アイドルはパーマをかけていたという理由だ。昇は訳が分からず苛立ちつつも、渋々従たのだが……
「お前は銀色の服着てるからウルトラパーマンて呼ばれてるよな? よお、ウルトラパーマン。事務所に玩具にされた感想はどうだい?」
 昇は立ち上がり雄二に歩み寄ると、衝動的に殴り飛ばした。勢いよく壁に激突する雄二。昇はさらに殴りかかろうとするが、雅が慌てて止めに入る。
 昇を見上げる雄二の瞳は、完全に虚ろだた。

 かくしてリプレイは三人体制となた。頭を抱えたのは事務所の面々である。
「貴様、よくあんな騒ぎを起こしてくれたな……おかげでこちの戦略が全部パだよ」
 昇を会議室に呼び出したメガネ男は、さそく悪態をついた。
 メンバー脱退はもちろん大きな痛手だたが、事務所はそれ以上にイメージへのダメージが大きいと考えたのである。
 ヴアルロクから80年代アイドル風ポプバンドに転身させ、そのギプで世間を引き付ける事務所の戦略は思いのほか上手くいた。音楽番組に出るたびに悪態をつく昇だたが、それが毒舌キラとしてお茶の間の人気を獲得しつつあたのだ。それに昇の作る曲は元々ポプ性に優れたもので、転身後の路線と妙にマチした。シングルは久々に週間音楽チトでトプテン入りし、これから巻き返しが大いに期待できると考えたそのとき、あの事件は起こたのである。誰かが雄二に殴りかかろうとする昇の姿を写真に収めていて、週刊誌に売りとばしたのだ。暴力的なイメージがついてしまえば、これ以上あのキラクターを続ける意味がなくなる。
「お前リーダーなんだろうが! 内部統制ぐらいできなくてどうするんだ! それであのとき俺を首にするなんてよく言えたもんだなあ!」
「うるせよ」
 苛立ち会議室の机を蹴り飛ばす昇。
 メガネ男が驚き焦りの表情を浮かべる。
「な……お前、何やているのか分かているのか?」
「イメージ戦略だろ?」
 何かを言いかけたメガネ男を、昇が胸倉を鷲掴みにして制する。
「だから今度は暴力的なイメージで売ていくんだろうが。手始めにテメを殴てやるか」
「ヒ……! や、やめ
 昇が拳を振り上げたところで、メガネ男の表情が崩れる。これまで強硬な態度を取ていた男は、あという間に矮小な存在となた。
「チンケな野郎だ、殴る価値もね
 昇は手を放すと、くるりと背を向ける。
 メガネ男は慌ててネクタイの位置を正すと、昇に向かて叫んだ。
「屑野郎が! お前なんか契約解除だ! どこにでも行ちまえ!」
「テメにそんなことできる余裕があんのか? 知てんだぜ? 俺たちが売れなきお前も一蓮托生なんだろ」
 メガネ男が目を剥き、何も言えず口をもごもごさせる。昇の言う通り、メガネ男もまた崖ぷちだた。かつては懐かしのアイドル路線戦略でスマトを飛ばした事務所の異端児だたが、その路線も飽きられた今となては、ただの勘違い野郎として日陰に追いやられている身分なのである。
「心配しなくても、俺たちのやり方で売れてやるよ。いずれにしろお前なんかすぐクビにしてやるから首を洗て待てな」
 昇はそう吐き捨てて会議室をあとにする。
 メガネ男はただ呆然と、昇が出ていたドアを見つめるだけだた。

 こうして再始動した新生リプレイだが、彼らを動かすのは怒りだた。
 自分たちを金目の道具にする事務所への怒り、白い眼で見る世間への怒り……プスターへの憎悪も度を越したものだた。昇は音楽チト上位に君臨するミジシンたちの名前を歌詞に登場させ、強烈にデた。
 ――百年も同じ音楽をやてる奴ら。進歩がないね。
 これに反応したのは、中傷を受けたミジシンのフンたちである。元々昇の発言によりいつ荒れてもおかしくなかたネト界は、これを境に一気に炎上した。
 ――はあ? ヴアル系崩れが何言てんの? 売り上げでトプテン入りするのもやとの奴らがさあ。
 ――その結果があのパーマンズて、笑えるよね!
 ――とと消えろ、勘違い三流バンドが。
 週刊誌でも取り上げられ激しいバシングの嵐だたが、昇はたじろがない。むしろさらなる怒りの炎を滾らせ、その怒りが次の作品を生み出す原動力となた。音楽はこれまでのいずれとも異なるパンキなものとなり、服装もパンクなものに変わていく。昇は髪を真金色に染め上げ、雅は元の黒髪ストレートに戻し、梶はサイドを刈り上げ片方に剃りこみを入れた。メデアを敵視してテレビへの出演は控えるようになり、ライブバンドへと化していく。甘い囁き声と高音のフルセトはデスボイスに置き換わり、昇は観衆の前であらゆるヘイトを吠えた。雄二なき今はサポートメンバーがギターを担当しているが、そのギターへの昇の風当たりは強く、少しでも間違えようものならアンプを蹴り飛ばす。
 最も衝撃を受けたのは、かつてのフン達だた。80年代アイドルポプ路線時代にフンになた者たちはもちろん、ヴアル系時代からずとフンを続けていた者の多くも今回の路線変更に戸惑いを隠せなかたのである。外見からかつてのミステリアス性はなくなたものの、昇の歌声、音楽性は健在だ。多少ポプ色は強くなたが、それでも根本に流れるものは変わらない、だから自分たちはリプレイについていくのだと。彼女たち(フンの多くは女性だた)はそう決めたのだが、今のパンク路線は自分たちが好きだた音楽性とは全く異なる。その証拠に、雄二も辞めてしまたのではないか! そして彼女らはアンチと化した。
 世間を敵に回し、かつてのフンも敵に回し――しかし周りの批判の声とは裏腹に、リプレイはますます勢いをつけていた。ライブを行うごとに、新たなフンは確実に増えていたのである。元々彼らはインデズ時代、ライブで名を挙げたバンドだ。否、メジでデビしたバンドの多くは、そもそもライブで名を挙げたバンドだたのだ。それがテレビに出演し、商業ポプの波に飲まれる中で、耳触りのよい大衆性の音楽に取り組むようになり、勢いが落ちていく。そうではない、それでは駄目なのだ。ライブのたびに盛り上がりを増す観衆を見て、昇は確信した。間違いない、俺たちの進む方向は間違いない。何年かぶりに生き返た気がする。俺はこのために生きてきたのだ。
 そして新たにリリースされたアルバムは、音楽チト週間で初登場2位を記録した。武道館ライブも決定、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの彼らは絶頂期にいた。しかし昇は気が付かなかたのである。彼が批判してきた多くのもののなかに、まさか自分のメンバーも含まれているなどとは……
 その日武道館ライブ宣伝のため久々にテレビ出演することになたリプレイは、明らかに不機嫌な様子を見せながらも、ライブパフマンスで暴れまわり満足げに楽屋に戻てきた。昇はマイクに電源が入ていないことをアピールして、どうせネトはまた荒れるんだろう。けど理解してくれるやつは理解してくれる。
「あー、バカどもをコケにするのは最高に気分がいいね」
 マサージチアに腰を下ろし、ご満悦であた。以前ふざけた格好でテレビに出演したときから、まだ一年も経ていない。それがあの黴臭い楽屋からこの一流の楽屋にランクアプである。
 俺たちは三人なのに、化粧台がいくつ並んでるんだ? 寝ころびくつろげる座敷に、このマサージチアだ。今や向こうから出てくれて頼まれる地位さ。こんなに気分良いならまた出てやてもいいなあ、梶!
 その梶は珍しくささと身支度を整えていたのだが、あー、と声を出すと、突然昇に思いがけないことを話し始めた。
「昇くん、俺リプレイ辞めるよ」
「は?」
 昇はぽかんと口を開き、マサージチアの駆動音が鳴り響く。昇にとてその言葉は、本当に晴天の霹靂だた。
 楽屋の隅でベースの手入れをしていた雅も、梶の決断に驚きを隠せないようである。
「お前……何言てんだ! 俺たち絶頂期だぜ? こんなときに辞めるてどんな理由があるんだよ!」
「最近ドラム叩いてて、あんまり楽しくないんだよね」
「は?」
 昇は再びぽかんと口を開いた。
 ドラム叩いてて楽しいてなんだ? 意味がわからない。
「俺さ、売れるとか売れないとかどうでもいいんだよね。楽しく音楽したい」
「バカかお前。俺たちプロだぞ? 売れるのが正義だろ。楽しくて売れないとかクソじねーか!」
「昇くんの音楽はさ、息苦しいんだよね」
 梶の言葉は昇の胸に深く突き刺さた。途端に息苦しくなり、溺れそうになる。
 何故こんなにも梶の言葉が胸に響くのか、昇には分からない。
「昇くんが前歌詞でバカにしてたバンドさあ、俺好きなんだよね。それで俺も昇くんの嫌いな人間のひとりなのかと思てさあ」
 ボストンバグを肩に下げ、楽屋を出ていこうとする梶。
「雄二くんも俺が何も知らないうちに辞めることになてたでし? あれもずと根に持てんだよね。誰かのワンマンバンドて、俺やる気でない」
 梶は言いたいことを言てのけ、ひとり楽屋をあとにした。
 昇はマサージチアの肘掛を何度も叩き、沈痛の表情を浮かべる。雅が手入れを止めて、じと昇の横顔を眺めていた。
 その後のリプレイは、まるで両翼をもがれた鳥のようであた。武道館ライブを決行するも、そこにいるのは梶ではなくサポートドラマーの姿。観客からは悲鳴が上がた。昇のヘイトはたしかに多くのフンを引き付けたが、梶の何を考えているか分からない奇妙なキラクターも、そのヘイトの中で一種の清涼剤的役目を果たしていたのである。
 息苦しい、どうしてこんなに息苦しいんだ?
 昇は何故こんなにも息苦しいのか分からなかた。海外から連れてきたドラマーは超絶テクで、梶なんかとは比較にならない。だが音が全て尖ていて、それが全部昇の胸を刺すのだ。ギターもそうだ。全部尖てる。昇の歌声も尖ていく。こいつは負け犬の遠吠えだ。いくら吠えても虚しさしかない、尖ていく。
 雅のベースのみが元のリプレイの形を伴ていて、しかしそれだけで全部支え上げるのは困難だた。虚しさがポロリポロリと剥がれ落ちていく。この先にあるのは破滅だ。しかし昇は止まらなかた。この商業世界の中で、転がり続けたバンドは止められないのだ。
 息苦しさを感じた多くのフンは、また離れていた。しかし変わらず応援するフンや、新規でつくフンもいた。昇の思いとは裏腹に、その虚しさが、昇の元々感傷的だた感性にさらに磨きをかけたのである。歌詞は外部への攻撃性を潜め、自らに残る幼さのナイーブな面を描くようになていた。恥知らずもいいところだ。しかし両翼を失ても鳥は飛ぶ、飛び続ける。昇が転がりをやめるそのときまで、鳥は飛び続ける。
 新たにリリースする新譜は音楽チトを駆け上がり、ついに初の一位を獲得する。夢を失くし迷走する多くの者たちの支持を得て、昇は今やカリスマとなた。しかし昇の心は満たされない。その先を目指しても何もないことに、昇は気付いてしまた。
 季節は秋。大箱アリーナでのライブを終え、楽屋に戻る昇と雅。昇は憮然と椅子に座り、雅は相変わらずベースの手入れをして、一言も会話がない。かつてから、二人の間柄はそうであた。雅は同じ学校の一つ下で、以前から根暗で口数が少ない。雅がバンド活動していると知たとき、こんなやつがと昇は大いに驚いた。しかしそのベーステクの凄まじいこと……雅は真面目なのだ。真面目に一流のベーシストを目指し、多くの優れたミジシンたちと共演することを夢見ていた。どこか軽さのあたリプレイの中で、雅だけは異質の存在。だから昇は雅を自分のバンドに引張り込んできたのだ。元々、仲が良いからとか音楽性が合うからとかそんな理由で引てきたんじない。だが昇は雅を信頼していた。信頼していたからこそ、次に雅が口を開いたとき、自分たちは完全に終わるんじないかと。
……昇さん」
 口を開いた雅の表情は思い詰めていた。昇が感じていた息苦しさを、雅も感じていたのだ。そして今や雅には、多くのミジシンたちからラブコールを受けていることも知ている。
「辞めたいのか」
 昇は反射的にそういた。
……はい」
 雅の返事は小さく、しかしはきりとした意志の込められたものだた。
「お前に言われなくても辞めてやるよ、こんなクソバンド」
 昇はそう吐き捨てると、何もかもがどうでもよくなていた。これまでの出来事が走馬灯のように駆け巡たが、全て無駄だたのだと。クソタレ。
 次の日の朝、会議室にメガネ男を呼び出した昇は、机に辞表を叩きつけた。
「そうか、もう限界か」
 メガネの男は言た。リプレイの状況を全て分かていたかのようだた。
……結局、私を辞めさせることはできなかたな」
「てめなんかに付き合てる暇なんかなかたんだよ」
 昇の言うことは確かだた。ヘイトを向ける先なんて、このメガネ男なんて構わずともたくさんあたのだ。そしてメガネ男は、当初昇が思ていたよりも有能だた。一時期二日に一回という殺人的ライブスケジルを組んだリプレイだたが、メガネ男は一度も問題を起こすことなく会場を押さえてきたのだ。それがどれだけ難しいことか、インデズ時代に自分で交渉を進めていた昇はよく分かている。メガネ男もまた、快進撃を続けていたリプレイの一部だたのだ。
「解散ライブはいつにする」
「そんなものいらねよ」
「お前らはプロだろう。フンへのけじめをつけろ。それが責任だ」
……勝手にしろ」
 昇は席から立ち上がり、会議室を飛び出した。そして都内の高級賃貸マンシンに戻り、床にごろりと寝ころんだ。家賃がクソ高く、ただだだ広いだけの部屋だ。ライブ後の寝床に使ているだけで、ほとんど意味がない。
 実家にでも顔を出すか、と昇は思た。
 勝手に東京に飛び出したことで実家とは絶交状態だたが、一流のバンドマンとなた今となては、堂々と戻てやても何も問題ないだろう。無駄に稼いだ金で何か買てやてもいい。
 昇は帽子とサングラスをつけると、最低限の変装で車に乗り込んだ。

 閑散とした町だた。
 山を切り崩して作られた新興住宅街といえば聞こえはいいが実際に発展しているのは駅の近くだけで、そこを外れればどこで遊んでいいのか分からない。
 故郷の向かう途中、ふと墓参りに行こうかと昇は思た。小さいとき自分を何かと気にかけてくれた婆ちんの墓参りだ。年金を使て、遊園地やいろいろな場所に連れて行てくれた。夢があるなら追いかければいいんだ、と言てくれたのも婆ちんだ。だたら、まずは婆ちんに報告しておくのが筋だろうと昇は考えたのだ。
 適当な場所に車を止め、見知らぬ百円シプで最低限のものを買い墓に向かうと、そこには見知た女の姿があた。
「真理……?」
 昇に振り向いた女の顔が、さと歪む。その人物は間違いなく、幼馴染の真理だた。傍に子供を連れている。
 真理はさと子供を抱え、逃げようとした。昇が慌てて立ちふさがる。
「おいおい、何で逃げるんだよ」
「なによ、アンタこそ何でこんなところにいるの」
「ちと暇が出来たから久々に実家に顔を見せにきたんだよ」
 真理は何も言えず、昇から顔を背けた。抱える子供はまだ二歳ぐらいだろうか。自分が何を考えているのかも分からないといた様子で、顔にはてなを浮かべている。
 昇はその子を見ながら、ふと思い浮かぶことがあた。深く考えることもなく、その思い浮かんだことが反射的に口を出た。
「お前……男はどうした?」
……なんで……アンタがそれを知……
 真理が驚愕し、苦痛の表情を浮かべる。
 その表情を見た瞬間、昇は悟た。あの日真理とすれ違てから約三年。自分がバンド活動で苦悩している間、彼女の身に何があたのかを悟たのだ。
「お前、捨てられたのか!」
 真理はカと目を見開くと、殺さんばかりの勢いで昇の腹を殴りつけた。
 昇が苦痛に顔を歪ませる。いくら男女の体格差はあれど、不意打ちは効くのだ。
 怒りで去ろうとする真理の腕を、昇がとさに捕まえた。
「ち、待てよお前」
「何よ! 離しなさいよ!」
「待て、まじで待てくれ……
 真理の腕に縋りつくように取り付く昇。
「バカにしようとして言たんじない、そう聞こえたならマジで謝るよ」
 あまりにも昇が必死なので、真理は思わず立ち止まてしまた。
「一緒に、墓参りしようぜ。そのほうが婆ちんも喜ぶだろう」
 昇の人懐こい笑顔に、真理は逆らえないものを感じた。子供がひとり、やはり訳のわからない様子でふたりを交互に見つめていた。
 三人で墓に向かう。草むしりやゴミ拾いをして綺麗にした後、線香に火を付けお供えをする。昇が持てきたものは、先ほど百円シプで買てきた駄菓子だ。
「アンタ、そんなものお供えするの?」
「いいじか、婆ちんが好きだたんだからよ」
 呆れ顔の真理に、大人げなく反論する昇。
 ふたりで手を合わせているうちに、昇の脳裏に祖母との日々が蘇てきた。遊園地やどこかに出かけるとき、昇の傍には必ず真理がいたのである。そして二人は当然のように付き合い始め、昇が夢を追うため別れるまで、ずと一緒であた。全て昇が選んできた結果である。そして今、ふたりの思い出に関係ない第三者が不思議な顔をして昇と真理を見つめているわけだが、昇はその子のことを不快に思わなかた。むしろどこか親近感に近いものを胸に抱いたのである。
「この駄菓子、やるよ」
 子供がお供えの駄菓子を欲しそうにしていたので、昇は子供にそれをやた。
「ちと、勝手にお菓子あげるのやめてよ。アレルギーとか怖いんだから」
「細けなあ、じあお前が後で食えばいいだろう」
 ふたりが言い争いしている間、子供は無邪気に嬉しそうである。三人で並んで歩く姿は、まるで親子のように見えなくもない。
「アンタ、私と歩いてていいの? フンの子とか週刊誌に見つかたら大変じないの」
「は、お前俺をアイドルかなんかと勘違いしてんのか? だいたいもう三十にもなるし、プライベートでキアキア言われる時代はもう終わてるての」
 言い終わり、昇はハとする。自分は三十歳になたのだ。たしかに二十歳で東京に飛び出し、リプレイを結成してからもう十年経ていた。メンバーの脱退を繰り返しもはや元の影も形も残ていないが、自分が命を燃やし走り続けてきたバンドは、今や十周年を迎えていたのだ。
……悪い俺、今すぐ東京戻るわ」
 は? という真理の声も聞かないうちに、昇は走り出した。
「リプレイはもう解散すんだよ! だから最後は盛大にやらなきな!」
「はあ?! なんで解散するの!」
「もう決またことなんだ! お前も見に来いよ!」
 昇は真理の返事も聞かないまま、あという間に墓場から姿を消した。
 車に乗り込み、昇の頭にはいろんなことが駆け巡ている。雅や、雄二の奴や梶も呼んでやろう。他に何か仕事があて知たことか。俺たちは責任を取らなくちならないんだ。
 昇は今まで自分を突き動かしていた憎悪が、とても矮小なものであることを知た。だが昇は開き直ている。人間てそんなもんだろう。今を生きていれば理由なんてどうだていいんだ。
 昇は再び頂点を目指すことを誓た。それがまた誰かとバンドを組むのか、ひとりでやるのかは分からない。しかし今度は自分も満足したまま頂点に立てやると、心に誓たのである。(終)
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない