ずっと私の隣にいてくれませんか、と言いたかっただけ
「私の彼氏のフリをしてくれませんか!」
「はい?」
言
っちゃった。言っちゃった。学校からの帰り、夕方の駅。私の目の前に立つ高校生の男の子はあきらかにとまどっていた。そりゃそうだろう。だって、今まで話したこともない女子高生からいきなり「お願いがあります」とか言われて、さらに聞いて見たら「彼氏のふりをして」なんだから。それでもいいのだ。私にはこれしかないのだって、考えたんだ。
「漫画とかでありますよね。友達に彼氏がいるって言っちゃったけど、本当はいないから、そのふりだけを男友達に頼むみたいな」
「僕は君の友達でもないし、知り合いでもないよね……」
「友達とかそんなこと頼めるような人がいたら困りません!」
そらそうだ。だいたいそういうのはその頼むような相手が好きで、相手も自分を好きな両想いで、もう元からできてるようなものなんだよ。いや、私だってこの人のことが好きだよ。でも、毎日、駅でみかけても、名前も知らない赤の他人なんだ。友達になることすら難しくて、ついにはこんな暴挙にでてしまったってわけ。でもしょうがないでしょ。知らない人とかいきなり逆ナンとかできないし、告白なんかしても私なんか断られるに決まってる。でも、フリぐらいならしてるくれるかもしれない。というかたぶん大丈夫。
「どうして僕なの?」
好きだから。そんなことが言えたら苦労しない。
「頼んだら聞いてくれそうだったから」
これもまた真実だ。
彼はもの凄く驚いて、ほんのちょっとだけ怒ったような感じもするけど、すぐに落ち着いて、そんなところがまた好きで、ゆっくりと口を開いた。綺麗なくちびるだと思う。
「……いいけどさ」
「いいんですか!」私は喜んだふりというか、本気で喜ぶ。「彼女さんとかいないですか」
「いないからいいよ……」
よっしゃ! 心の中でガッツ石松のポーズをして、彼に抱きつくような妄想をイメージしてから、表面上は落ち着いたふりを見せる。
「ではよろしくお願いします。友達との食事に付き合ってくれるだけでいいので」
そして当日。私と彼と私の友達ふたりでファミレスに来ていた。なお、私の友達も当然、仕掛け人である。言ってみれば彼は罠に迷い込んだ哀れな獲物ということになるだろうか。うふふ……。うふふ……。
「これ、話してた私の彼氏」
私は友達に彼氏を紹介するかのようにふるまった。
「よろしく……」彼ははずかしそうに一礼する。
「よろしくおねがいしまーす!」
そこから、私の友達による一方的な銃撃がはじまった。
「いつから付き合ってるんですか」
「さ、三ヶ月ぐらいまえかな」
「どんなところが好きですか?」
「ショートカットなところとか」
「どこまでいきました?」
「遊園地とか」
「そうじゃなくて」
「映画館とか」
などなどなどなど。なお、質問事項を用意したのは私です。がんばって答えてくれる姿がとっても素敵。やさしいんだって、余計に好きになっちゃう。でも、あまり行き過ぎて場を壊しちゃいけないので少し止める事にした。
「ちょっとあまり変なこと聞かないでよね。困ってるじゃん」私は友達を止めた。
「ごめんなさい」
「まあ、いいけど」彼ははずかしそうに言う。「ちょっとお手洗い」
彼がトイレに消えると私たちはにんまりと笑いあった。ここではしたなく爆笑したりはしない。
「いい人そうじゃん」
「こんなことに付き合ってるくれるだけほんといい人だよね……」
「というかバカっぽい」
「それは言うな」私が言う。「たぶんすごい優しさであふれてるんだって!」
「それでこのあとどうすんのよ?」
どうしよう。それは考えていない。いや、考えようとしたけれど、上手くはまとまらなかった。
「どうすればいいかな」
「連絡先を聞いて、また後日、お礼に食事とかじゃね?」
「無理、私、そんなの無理。いきなり二人だけで会うのとかはずかしくて死ぬ」
「こんなお願いするほうがはずかしいと思うけど……」
「うるーさい!」
「ここでキス見せてくださいとか言ってみよっか」
「やめて」
「あんがい、やってくれるかも……。というかそれに乗ってこないぐらいだと脈ないよね」
そうなのか。そういうものか。今日はいちおう、身だしなみに気を遣ってきた。当然だろう。ふりとはいえ、彼の隣に座るのだ。彼は私のことどう思ってるだろう。変な女って思われるのは仕方ない。それでもすごい嫌とかキライとかそんな風に思われてなければいいな。逆にそうでないなら……。
キスしちゃう!?
「あ、戻ってきた」
「お待たせ」
「いえいえ」友達がふたりとも微笑む。
どこでそんな上品にみえるようないやらしい笑顔を覚えたのだ、こいつら。
このあとどうするのか、作戦はまとまらなかった。まさかいきなり「キス作戦」にでないとは思うが、私はドキドキしっぱなしだった。
だけど結局、そんな話は出ず、後半は学校とか好きな教科とかそんなありきたりな話ばかり。
「こいつバカなんですよー」
「知ってる」
「ちょっと!」
こんなたわいもない会話が続いて、なんか少しだけ本物っぽいなって思って、そんな風にぼーっとしてたら、いきなり友達がいいやがったのだ。
「じゃあ、今日はありがとうございました」
「え!?」
「『え!?』じゃないよ。二人の休日をあんまり邪魔しちゃ悪いし、彼氏がいい人そうだってのはわかったし、私たちは帰りまーす」
「あとは若い二人で……」
「タメでしょ!」私はつっこんだ。
「そういうつまらないのはいいから」
つまらないって言われた。
そうして、ふたりはじぶんたちの会計だけ済ませて帰ってしまった。取り残された私と彼氏(偽)。あ……、彼が私の隣から立って、向かいに座り直した。コーヒーのカップもずいずいと向こうに連れられていく。
「きょ、今日はありがとうございました」私は頭をさげる。
「おつかれさまでした」彼も頭を軽く下げた。
沈黙。どうしよう。連絡先をもらえばいいのか。そうか。それしかないか。私はこの先にすべきことを考えながら、どうにかこの耐え難い沈黙に抵抗した。
「ごめんなさい。失礼な友人で」
「別にあんなものじゃないかな? そんな変でもないよな……」
「そ、そうですよね」私は声にだして笑う。
「こんなお願いはすごい変だと思うけど。赤の他人に」
私の笑い声は日本刀でスパッとぶった切られたみたいに、口から離れて消えた。私はひきつった感じで口をあけてしまっている。
「あのさ……」彼が言う。
「はい」
なんだろう。怒られるのだろうか。
「もしよかったらなんだけど、これからも……その……」
これは。もしや。まさか。その。きたか。あれか。奇跡。はずかしい。頭が熱くなる。いろいろなイメージがかけめぐる。どうすればいいかわからなくなってしまう。
向かいに座る彼の顔を見た。
真面目な感じ。
やさしそうな感じ。
初々しい感じ。
「どこかで遊ばない?」彼が言った。
「勘違いしないでください」私が言った。「今回、協力してくれたことは感謝します。だけど、これはフリです」
「ああ、うん……ごめん」彼が謝る。
うおー。なにを言ってるんだ私は。混乱して恥ずかしくて断ってしまった。意味がわからない。素直に受け入れればよかっただろう。それ以外に正解なんてないだろう。なにをしているだ。いや、ここは私の決定権があるような感じでかっこよく、お礼のデートなどに誘うのだ。それしかない!
「いえ、その本当に彼氏のフリなんていうおかしなお願いに付き合ってくれたことには感謝しています」
だからそのお礼の……。言おうとしたところで、彼がコーヒーをぐいっと飲み干した。
「うん、いいよ。ここの食事おごってもらえたし、じゃあね」
それで彼は笑顔でさよならをした。
ちょっとだけさみしそうな微笑み……。
行っちゃった……。
連絡先も聞けなかった……。
私は放心してファミレスの壁を見つめる。しみの数をかぞえようかなと思っていた。そこへさっきまでここにいた友達から電話がかかってきた。
「どうよ?」
「なにが?」
「彼氏さんだけ、先にでてきたみたいだけど」
「彼氏じゃねーし」
私はあきらかにふてくされてる。なにがあったんだよ、と友達が尋ねるので、私はその後のことを説明した。なんかもう泣きそうである。
「なんでお前はそうバカなの? 死ぬの?」
「うるさい」
「う? ちょっと電話かわるよ」
電話の向こうで電話相手の友達が入れ替わったらしい。
「なに?」私が言う。
「もうできることはひとつだね……」
月曜日。夕方。私の頭は今日の授業のことなんて、少しも考えていなかっ