姫君と五人の侍
炎上した城を追われて命からがら逃げのび、偶然に落ち合
った侍は五人。山道は二つに分かれている。どの道を進んだとしても敵陣の刺客が潜んでいるだろう。勝ち目のないことを知った殿は抵抗を諦め、武将としての誇りを保つべく討たれる前に家族ともども自害した。その場に立ち会った家臣らは、殿の親族への遺言を託された。道中で落命した者は数多くいて、もうこれ以上の犠牲を出すことは出来るだけ避けねばならなかった。
一人でも多く生き残るために一人だけ違う道を進む。連れ立った残りの四人はまた分かれ道に出会い、ここでも一人が道を選び、その後も同様にして五人は散り散りとなり目的地を目指した。いずれも既に相当の傷を負っていて、もはや戦うことは困難に思えた。けれども忠実な彼らにとって、主君の命令通り動く以外の選択肢はなかった。そしてその全員が道半ばで敗れ、主の遺志を伝える計画は潰えた、かに思われたが、そこで信じられない奇跡が起こった。その経緯を記したのが、この図である。
[※ここに挿絵]
これを書いたのは殿と共に死んだはずの姫君だった。彼女は毒をあおって死んだふりをしていたが、それは毒物ではなく、不思議な力を持つとして先祖代々に伝えられてきた、魔法の酒だったのである。ならば他の家族も助けられたかもしれない。しかしその酒が効力を発するのは、殿を含め姫以外の家族らが亡くなるのと引き換えという条件付きだった。それは家族も承知の上で、姫にだけ酒を呑ませたのである。
度数の高い酒ゆえ、呑んだ直後は姫自身、それを毒と信じ込んでいたこともあって、数分の間は気を失っていた。ところが一人だけ目を覚まし、毒の入っていた器が妖しい光を放っていることに気付いた。そしてその器に、それが魔法の酒であると書かれていたのである。
姫は茫然とそれを見つめていたが、自らの意思とは関係なく近くにあった筆を手に取り、紙に書きつけたのが件の図であった。その途端、筆と紙は共に巨大化した。筆は西洋の魔法使いが使うホウキのようにして姫の身体を乗せて宙に浮いた。紙は姫の身体をすっぽり覆い尽くし、その姿を誰にも見られぬよう透明化させた。そのまま城外に飛びだした姫は、裏山の上空にて動きを止め、五人の侍がそれぞれ最後の死闘を繰り広げる現場に直面した。
どうすれば良いか分からぬまま家臣の身を案じていたところ、姫を包んでいた紙が五つに分割され、それぞれの紙片が星・月・水・太陽・心臓の形状に姿を変えながら、侍たちを加勢すべく金属質の武器として、刺客どもを一網打尽にした。そして姫を乗せていた筆は六倍の大きさになり、六つに分割されて五人の侍を乗せ、武器と化していた紙は元通り柔らかくなって、家臣たちの姿を隠した。こうして姫と五人の侍は、殿の親族の待つ城へ驚くべき速さで到着し、筆と紙は元の大きさに戻った。
一連の出来事を姫と侍が話してみせたところ、魔法の酒は親族の城にもあることが分かった。紙片に記された星・月・水・太陽・心臓は五人の侍の名前と符号するものであると判明したため、彼らは城の守り神として、魔法の酒や姫君と共に丁重に遇されることとなった。(了)