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脱出ポッドの三人
俺たち三人だけが、脱出ポ
ッドから出ることが出来た。
他はそもそも乗ることさえ出来なかった。みな爆発する宇宙船の中で死んでしまった。
降り立った俺達が、振り返ってまず最初に見たものは、無論のこと命を助けてくれたポッドの姿だった。
燃え盛り、爆発を繰り返す宇宙船から脱出してきたためだろう。
脱出ポッドはうっすらと焦げ付いていた。頼りなく見えるが、脱出の役には足ってくれた。
ポッドは着地時の衝撃を抑えるための、重力調整機能を搭載しており、これは着地時の衝撃を抑えるのみならず、乗員が降りる際には、スムーズに活動できるよう、周辺の重力を地球と同じ強さに保つ機能がある。
おかげで俺達は、安全に外に出られた。
だが、同時に絶望も外にはまっていた。
窓のないポッドから出た俺達が見たものは、案の定不毛の大地であった。
生物が棲めるようには見えない。
それはそうだろう。
この辺りで、空気の層を保てるほどの大きさがある星は、MZ星の一つしかない。
MZ星はテラフォームされているため、人間が生きていける濃度の大気があるはずだが、逆に言えばテラフォームされたはずの土地が、こんなに不毛なわけもない。
他の星は小さすぎて、いずれも大気の層そのものがない。
と、宇宙服を着た同乗者のうちの一人(女ということは憶えている)が声を上げた。
「待って、あれ……なに?」
女が指差した方には、巨大な鉄くずの残骸とも言うべきものが聳え立っていた。
内部がむき出しになった状態で、錆付いた巨大な鉄の塊。
俺は思い出していた。
遠い昔この近辺の宙域にあったという、ステーションのことだ。
確か何らかの事故で、俺達の宇宙船の様に爆発四散して、近隣の星々にパーツが墜落したらしい。
長い年月を感じさせるように、残骸はぼろぼろに錆付き、見る影もなかった。
「人の痕跡よ!! 人間の痕跡だわ!! 私たち助かったのよ!!」
女がふらふらと、錆付いたステーションの残骸の方へと駆けていった。
「おい待てっ」
俺の声はトランシーバ越しで彼女に届いていたはずだが、女は振り向きもせず行ってしまった。
「馬鹿女め……」
いや、馬鹿というよりはこの過酷な状況で、気がおかしくなってしまったのだろう。
長い間の宇宙船の楽ではない生活の後、ギリギリの状況で他の船員を押しのけて脱出ポッドにこぎつけ、たどり着いたのがこんな場所では、いっそ彼女の様に狂気に走ったほうが楽だったのかもしれない。
どのみちあんなボロボロのステーション跡に、まともに使える道具など残っているまいに。
「残ったのは俺とお前だけか……」
「…………」
もう一人の同乗者は、しかし黙ったまま、宇宙服のポケットに手をいれ、奇妙な柄のようなものを取り出した。
高周波ブレードだ。血も流させず、何もかも焼ききる。
「だろうな」
俺は自嘲した。
それはそうだ。ポッドに残された物資は僅かだ。
わずかな代えの酸素パック。わずかな水。
少しでも長く生き延びて、救助を待つには、とてもではないが二人分はない。
特に酸素は、一日ともたないはずだ。
うかつにポッドから離れた女には、もはやこれらの物資を手に入れる手段はなくなったと言える。
だが、残りはまだ二人いる。ならば、生きるためにすることなど、一つしかない。
中の人の姿を見た事がないため、性別も人種もわからない宇宙服の相手は、無言でこちらに切りかかってきた。
今俺が着ている宇宙服であろうと難なく切り裂けるだろう、高周波ブレードだが、俺も無抵抗なわけがない。
ポッドに密かに持ち込んでいた、携帯用火炎放射器を構えて相手に向け、トリガーを引いた。酸素と可燃物質の両方をまくため、宇宙でも使える代物だった。
殺人だ、と迷っている暇はない。生きるか死かだ。
高周波ブレードに火炎放射器の燃料をぶちまければ、地球では大爆発が起こってどちらも死ぬだろう。
だが、ここは大気のない真空空間だ。リーチではこちらに分がある。
俺は生き残るのだ。絶対に。2 / 2
「本当に奇跡だわ」
私は、宇宙服を脱ぎ捨てながら、笑うしかなかった。
錆付いた宇宙ステーションの残骸の下で、笑っていた。
何か残っているものがないか見回してみたが、さすがに何も残ってはいない様子だった。
まぁ、仕方あるまい。ステーションの錆を近くでしっかりと確認できたのだから、それで十分だった。
そう、長い年月を物語るように、ボロボロに錆付いていた。
この辺りの星は小さすぎて大気自体がないか、あるいはMZ星というテラフォームされた土地か、どちらかしかあり得ない。
物がこんなに錆びているのなら、それはつまり物を腐食させるだけの大気があるということだ。
MZ星の酸素に他ならない。
辺りは不毛の土地だが、単純にこの辺りが、砂漠気候だっただけということだろう。
テラフォームしても土が悪かったりすると、どうしても砂漠地帯は出来る。
そういう意味では、大当たりの落下地点とは言いがたいが、しかし砂漠地帯はそう広くなかったと記憶している。
おそらく歩いていける範囲内に、人の住む土地があるだろう。
「まさか、沢山の星の中から、MZ星に落ちるなんて、神様の思し召しは、本当にあったのね」
私は、そういえば同乗者の二人を置いてきてしまったことを思い出した。
ポッドの中ですごした時は、とてもギスギスしていた。
怖い人達だったけれど、それは生きるか死ぬかの状況で気が立っていたからだろう。
二人が来ないのであれば、しばらくしてから迎えに行ってもいいかもしれない、と思ったが、とまれしばらくは、宇宙服の中では長らくお預けだった、空気に満ちた風を体中の肌で味わっていたかった。