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山本昌くん引退記念 レジェンド小説大賞
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僕らのレジェンド・ストーリー
(
kaz
)
投稿時刻 : 2015.09.27 03:25
字数 : 3341
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僕らのレジェンド・ストーリー
kaz
「俺がレジ
ェ
ンドだ」
この台詞を初めて聞いたのは、蒸し暑い初夏の日のことだ。
その日、他県から転校してきた彼が、教師の掛け声とともに教室のドアを開け、黒板の前に立
っ
たとき、クラスの女子から黄色い声が飛んだものだ
っ
た。
黒板に書かれる名前。
そうして、教師に促されて、彼の口から紡ぎだされた言葉
――
アイ・アム・レジ
ェ
ンド。
その瞬間の真冬のような吹き荒(すさ)ぶ風を、ついこの間のことのように思い出せる。
その時の教室に、彼の言葉の真意を完全に理解できた人は、僕以外き
っ
といなか
っ
ただろう。
教師の咳(せき)払いとともに、時間は戻され、彼は僕の後ろに座
っ
たのだ
っ
た。
それからの彼は、確かにレジ
ェ
ンドの名前に相応(ふさわ)しい伝説を歩み続けた。
定期試験の合計点数
――
10教科50点。
50M走
――
タイム15秒。
レオナルド・ダヴ
ィ
ンチ彫刻像の模写
――
モアイ。
“
~
ものの”を使
っ
て文章を作りなさい
――
すももももものもものうち。
“伝説”を英語で書きなさい
――
reigendo。
彼の伝説は学業だけに留まらない。
他校の女子生徒に告白されること
――
50回。
喫茶店のおばち
ゃ
んに“顔面”割引されること
――
3回。
レンタルの延滞料金を免除されること
――
4回。
芸能プロダクシ
ョ
ンにスカウトされること
――
10回。
挙げだしたらキリがないが、彼のことを考えるたび、僕はつくづくイケメンは得だと思う。
彼には、学問の才能がない。スポー
ツの才能がない。英語の才能がない。
けれど。
その才能のなさを補
っ
て余りあるほどの顔面偏差値。
僕みたいに、何の才能もなければ、顔面偏差値も良くない人間は、日陰の道を歩く他ないじ
ゃ
ないか。
彼に一度、そう話したことがあ
っ
た。
僕の言葉に、彼の口から飛び出した言葉は、僕の予想をはるかに超えていた。
――
俺はレジ
ェ
ンドだからな。
慰めるわけでもなく、はたまた大人の“俺はなんでも知
っ
てる”と言わんばかりの説教をするのでもなく、ただ彼はいつもの言葉を口にした。
それが彼の優しさだと気付いた頃には、僕は彼といつも一緒にいるようにな
っ
た。
学校でも。
放課後でも。
時には、深夜でも。
そうして、熱い夏は過ぎ去
っ
て。
少し物悲しい紅葉の季節の今日、彼はあの時と変わらぬ台詞を口にしたわけというわけだ。
僕は、彼にそろそろ言わなければいけないと思
っ
ていることがある。
それを、今日。
ここで、彼に伝えなければならないのだ。
彼にと
っ
ては残酷な宣告かもしれないが、それでも、僕は彼に伝えたいことがある。
そういうわけで、僕は彼があの台詞を口にするのを待
っ
ていたのである。
そして、ついに彼はその台詞を口にしたのだ。
僕は、はやる心を無理に抑えつけて、何度か小さく深呼吸をする。
言うぞ。
言うぞ。
言うぞ。
僕は、意を決して口を開いて
――
すぐに閉じた。
僕は今、なんて言おうとした?
“君はレジ
ェ
ンドなんかじ
ゃ
ない”
そう言うつもりか?
違う。
彼は確かに、レジ
ェ
ンドなんだ。
そう。
あれは、僕がゲー
ムセンター
で不良たちに絡まれたときのことだ。
何人もの屈強な不良たちに小突かれて、財布の中身をす
っ
からかんにされる。
まさにその時だ
っ
た。
彼が颯爽(さ
っ
そう)と鼻血を出して横たわる僕の前に立ち、言い放
っ
たんだ。
“俺がレジ
ェ
ンドだ”
――
と。
その言葉を聞いて、一瞬首を捻
っ
ていた不良たちは、そのうち彼を嘲笑(あざわら)い始め、一斉に飛びかか
っ
てい
っ
た。
彼は、それに臆することなく、僕の前に立ちふさいで叫んだ。
彼は、殴られながらも叫んだ。
“俺はレジ
ェ
ンドだ!”
――
と。
不良たちは、ただただ彼を殴り続けた。
店員が止めに入るまで、あの台詞を彼はただ叫び続けた。
それから、僕らは互いの酷い顔を夕暮れの河川敷で笑い合
っ
た。
ひとしき笑
っ
た後、僕は急に悲しくな
っ
て、泣きながら彼に問いかけた。
どうして、あんなことを。
彼は、切れた唇をハンカチで押さえながら、ニカ
ッ
と笑
っ
て、やはりあのお決まりの台詞を口にした。
でも、その日、いつもと違
っ
たのは、その言葉に続きがあ
っ
たことだ。
彼は、しばらく口をつぐんだ後、こう言
っ
たんだ。
俺はレジ
ェ
ンド。お前の名は、須藤凛(すとうりん)。
須藤凛。
すとうりん。
すとー
りー
。
“二人合わせてレジ
ェ
ンド・ストー
リー
だ”
僕は、呆気(あ
っ
け)に取られて彼を見つめる。
“伝説は物語でなければ、紐解(ひもと)くことができない。つまり、レジ
ェ
ンドにはストー
リー
が必要なんだ”
――
だから、俺にはお前が必要なんだ。
僕は、その言葉の真意を理解できなか
っ
た。
できなか
っ
たが、彼なりに、僕の問いに答えようとしていた。
それだけは理解できたし、それで十分だ
っ
た。
僕らは、二人合わせてレジ
ェ
ンド・ストー
リー
。
切
っ
ても切り離せない関係の。
一人じ
ゃ
できないことも、二人ならき
っ
とできる。
彼が照れくさそうに突き出した手には、不良たちに取られそうにな
っ
た僕の財布だ
っ
た。
僕は、それを震える手で受け取り、子供の頃のようにわんわんと泣いた。
困
っ
たように、夕暮れの空を見上げる彼は、まさに僕にと
っ
ての“レジ
ェ
ンド”だ
っ
た。
そして、今。
あの時と同じように、今、何かよく分からない音で口笛を吹く彼の顔に、夕暮れがさしかか
っ
ている。
僕は、今言おうとしたことが、あまりに無粋(ぶすい)な気がして、それを口にするのを躊躇(ためら)われた。
まるで、これまでの僕らの関係にくさびを打ち込むような。
そんな怖さが、僕の身体を襲
っ
て、震えが止まらない。
それでも。
今日で。
今日で終わりにしよう。
この関係を。
僕は、もう一度、今度は大きく深呼吸をして、ついにその言葉を口にした。
「前からず
っ
と言おうと思
っ
てたんだけど
……
」
彼は、僕の妙な行動に、き
っ
と何かを言おうとしていることに気付いていたはずだ。
それを証拠に、彼は僕が口を開くまで、数十分。
ただ僕を待ち続けたんだ。
だから。
僕は、最後まで言うんだ。
「あ、あのね! 最近は
――
苗字から名前を言うんだよ!」
遠藤玲人。
令二遠藤。
レイジ・エンドウ。
レー
ジ・エンド。
レジ
ェ
ンド。
い、言
っ
ち
ゃ
っ
た。
………
。
無言の時間がゆ
っ
くりと過ぎていく。
どうして、何も言わないんだ?
僕は耐え切れなくな
っ
て、彼をちらりと上目遣いで見る。
彼は
――
笑
っ
ていた。
僕と視線が合うと、もう耐え切れないとばかりに、声をあげて笑う。
笑わなくてもいいじ
ゃ
ないか!
さ
っ
きまで、悩みに悩んだ数十分。
あの台詞を始めて聞いた日のことから、あのレジ
ェ
ンド
――
。
まるで僕が馬鹿みたいじ
ゃ
ないか。
「ま
っ
たくだ! お前は馬鹿だ!」
もうち
ょ
っ
とオブラー
トに包んでくれてもいいじ
ゃ
ないか!
「くだらん! 実にくだらん! 俺はレジ
ェ
ンドだぞ!」
彼の顔面偏差が平均以下にな
っ
ても、笑いが止まらないとい
っ
た様子だ。
僕は、自分の馬鹿さを呪
っ
た。
気が済むまで笑
っ
た後、彼はなんとか顔面偏差を取り戻して、口を開く。
――
が、お前の言い分にもそれなりの理がある。
理しかないと思うんだけど。
「そこで、改めようと思うんだが」
………
は?
――
今、なんて言
っ
たの?
僕は思わず、素の声をあげてしまう。
「うむ。そろそろ、飽きてきたんだよな、レジ
ェ
ンド・ストー
リー
にさ」
それ、僕も入
っ
てる
ぅ
?
彼は重々しく頷く。
「もちろんだ」
こ、この
ぉ
……
。
僕はやり場のない怒りで床にへたり込む。
「俺たちは今、ここで! 新しい境地へと達するのだ!」
こほん。
咳払い一つ、彼は新たな僕らの名前を口にする。
エンド。
レイ。
オブ。
ストー
リー
。
end 0 of story。
………
ダサい。
それに、0だけ日本語読み
っ
てどうなの。
ジもどこかに行
っ
てしま
っ
ているし。
断固拒否!
やり直しを要求する!
そんな僕の抗議を涼しい声でかわす。
「細かいことはどうでもいいじ
ゃ
ないか」
大事なのは、心。
――
マインド
ゥ
。
………
はあ。
「はいはい
………
もう、それでいいですよー
だ」
僕は、半分呆れ顔で舌をべー
っ
と出した。
意図せず、ため息がこぼれてしまう。
本当にくだらなすぎて、涙が出そう。
「さて、俺の旧(ふる)い物語は終わ
っ
たわけだが」
――
お前の旧い物語も終わらせてみた
っ
ていいのじ
ゃ
ないか?
本当にレジ
ェ
ンドだ、この人。
全部、お見通し
っ
てことか。
もちろん。
そのつもりだ。
だ
っ
て。
僕らの
――
ううん。
私たちの関係を新しく始めるために。
――
終わりのない物語のために。
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