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山本昌くん引退記念 レジェンド小説大賞
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働かないライオン
 投稿時刻 : 2015.10.08 07:45
 字数 : 3400
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働かないライオン
ぴゅうりたん


 むかし、働かないライオンがいました。
 兄弟が狩りに出かけても、老齢の親ライオンが鼻先で小突いても、彼はサバンナを照りつける過酷な太陽の中で、涼しい木陰に寝そべて暮らしていました。
 朝も昼も寝転がたままぼんやりと過ごして、時折、のそりと動いたかと思うと、近くの水場で喉を潤して、また寝転がるのでした。
 食べては寝て、寝ては食べて。
 そんな暮らしぶりでしたから、彼は他の誰よりもでぷりと太てしまい、少し歩くだけですぐに息が上がてしまいます。
 食事といえば、狩りから戻てきた兄弟たちを押しのけて、我先に兄弟たちが苦労して狩てきた獲物の肉にありつく有様ですから、群れの誰もが彼のことを疎ましく思ていました。
 ある日のことでした。
 狩りに出かけた兄弟ライオンたちが、日が暮れても戻りません。
 心配になた親ライオンたちは、兄弟ライオンを探しに行こうかとそわそわするのですが、そんなことも気にならない様子であくびをする彼の傍から離れようとはしませんでした。
 狩りの基本は朝に出かけて明るいうちに戻ることです。
 暗くなると、迷子になたり、思わぬ強敵と出くわしてしまうおそれがあるのです。
 兄弟ライオンたちは、獲物を捕らえることができなくても、日が沈む前には戻てくるよう、幼いころから教育されていましたから、辺りが真暗闇になても戻てこないということは、何かよくないことが起きたのは、もう明らかでした。
 ライオンたちは群れで生活しているとはいえ、基本的には家族単位で行動しますから、まさか群れの誰かに様子を見てきてくれなどとはとても言えません。
 それでも親ライオンたちは、なかなか決心できませんでした。
 少し歩いただけで息が上がてしまうような彼を一人、置いていくわけにもいかず、かと言てこのまま戻てこない兄弟ライオンたちを待ち続けるのは、とても危険なことだとわかていました。
 というのは、もし他の動物たちにこの住処が見つかてしまたら大変なことだからです。
 生き残た一頭のあとを追て、群れを一網打尽にしようとする。
 そんな狩りをする動物もいるものですから、状況をしかりと見極めるために、やはり様子を見に行く以外に方法はありません。
 そんな親ライオンたちを尻目に彼は大きなあくびをします。

 彼は、昔はそんなライオンではありませんでした。
 他の兄弟たちと元気にあちこちを駆け回り、強い親ライオンのことを心の底から尊敬していました。
 ある時、彼は過ちを犯してしまいます。
 それは群れで新しい住処を探して、移動を開始したときのことでした。
 当時、彼の父親ライオンは群れの指揮を執ていました。
 父親ライオンを先頭に、夕暮れのサバンナをライオンたちが横断していました。
 彼は、まだ幼かたので、兄弟たちと一緒に母親ライオンの傍にいました。
 朝からずと歩いていましたから、いい加減、彼は喉が乾いていました。
 そこに、なんとも涼しげな木陰と水場が見えてきて、彼は思わず群れから離れてしまいます。
 ところが、彼がいなくなたことに母親ライオンも兄弟たちも気付いていませんでした。
 彼は、存分に水分を身体に蓄えて、少し木陰にごろんと横になります。
 なんとも素敵な場所を見つけた。
 そうだ。
 みんなにも教えてあげよう。
 彼は、身体を起こして、さきまで歩いていたけもの道を見てみるのですが、そこにはもう誰もいませんでした。
 急に彼は寂しくなて、みんなを探すのですが、見つけることができません。
 そうこうするうちに、周囲は真暗闇になてしまいます。
 かわいそうに、彼は、知らず知らずのうちに、ヒウの群れに囲まれていました。
 ジリジリと草木に隠れて彼に近づいていきます。
 一方の彼といえば、もう怖くなてずと鳴いているばかりでした。
 一頭のヒウが彼の胴体に狙いをつけて飛び出しました。
 彼は飛び上がて、一目散に逃げようとしますが、何頭ものヒウが姿を現して、次々に彼を襲います。
 もうダメだ。
 そう思たときでした。
 聞きなれた獰猛なうなり声が聞こえてきます。
 父親ライオンでした。
 父親ライオンは、ヒウたちの隙を見て彼を口にくわえて走り去ります。
 もうヒウたちの姿は見えません。
 助かた。
 彼は安堵のため息をつきましたが、父親ライオンは、緊張した顔で、彼をくわえたまま、夜のサバンナをもの凄い速さで駆け抜けます。
 もう大丈夫なのに。
 彼は、そんな父親ライオンを見て、口を尖らせました。

 二人が戻るとすぐ、群れは移動を始めますが、もう真夜中でしたし、みんな、ずと歩き詰めで疲れ切ていましたから、しばらくして足が止まてしまいます。
 そこを待ていましたとばかりにヒウたちが襲いかかります。
 そう、実は、ずと彼らを付け狙ていたのでした。
 大人のライオンたちは、子どもライオンを守ろうと抵抗しますが、疲労のせいで次々にヒウたちに倒されてしまいます。
 母親ライオンは、彼と兄弟の上に覆いかぶさて、ヒウたちの攻撃に歯を食いしばて耐えます。
 ヒウたちの狙いは子どもライオンでした。
 何度も何度も母親ライオンに襲い掛かります。
 そうして夜が明けると、ヒウたちはしとめた子どもライオンを口にくわえてゆうゆうと自分たちの住処に戻て行きました。
 彼らは多くの仲間を失てしまいました。
 そんなことがあて、彼は極度に夜を、外を怖がるようになり、ついにはまたく働かなくなたのでした。

 ふと遠くで、兄弟ライオンの一人の危険を知らせる声が聞こえてきます。
 その声は、まるで最後の命を振り絞るような、弱り切た、しかしその声は確かに親ライオンたちに届きました。
 親ライオンたちは即座に危険を群れに知らせますが、みんなもうぐすりと眠てしまい、誰も起きようとはしませんでした。
 老いた身体に鞭打て、父親ライオンが迫りくる獰猛な声に立ち向かいます。
 母親ライオンは、あの時の傷のせいで素早く動けませんでしたが、彼のすぐ傍に立ち、威嚇のうなり声をあげます。
 ようやく、危険な状況に気付いた群れは、子どもライオンを庇うようにあちこちでうなり声をあげ、周囲を窺うようにぐるぐると回ります。
 そんな異変を、やはり彼も気付いていました。
 しかし、彼はもう死んでもいいと思ていました。
 ずとみんなに責められていましたし、自分が臆病でダメなライオンだとわかていたので、もう楽になりたいとずと思ていたのでした。
 しかし、母親ライオンは彼を守るため、必死に戦います。
 そんな様子を、彼は諦めた顔でぼんやりと眺めていましたが、一頭の雌ライオンが襲われているのを見て起き上がります。
 たくさんの仲間を失て堕落の人生を歩んでいた彼を、責めることもせず、また慰めることもせず、時折寄り添い、励ましてくれた彼女を、彼は好きになていたのでした。
 でも、ダメな自分が彼女と一緒になてはいけないと、ずと冷たい態度をとていたのですが、彼女が逃げ回る姿に、無我夢中で駆け寄り、彼女を庇うように獰猛なうなり声で威嚇します。
 でぷりと太た身体のことも、恐ろしいあの夜のことも、群れのみんなから感じる疎ましさも、親ライオンや兄弟ライオンたちへのすまなさも、全部忘れて彼は襲い来る敵に立ち向かいます。
 その敵は、あの日、彼を、群れを襲たあのヒウたちの子どもたちでした。
 身体に無数の傷が増えても、彼は戦い続け、何頭ものヒウを倒していきます。
 そうして、夜が明けると、手負いのヒウたちは方々に逃げ去ていきました。
 群れに死んだライオンはいませんでした。
 ただ一人。
 でぷりと太て、いつものように寝転がる彼を除いては。
 いつも無表情だた彼の顔つきは、幼いころに憧れた父親ライオンのような勇ましい立派なライオンのものに変わていました。
 群れは、彼の迫りくる死を悼んで、悲しそうに遠吠えを上げます。
 彼は、薄れゆく意識の中で、自分が変わればすべてが変わる、と気付いたのでした。
 それに気付くには、もうずいぶんと遅かたのですが、彼は満足でした。
 自分が変わればすべてが変わる。
 だけど、どうやて自分を変えればいいのか、あのヒウたちがいなければきと気付けなかたのですから。
 願わくば、尊敬の眼差しで彼を見つめる子どもライオンたちが、どうしようもない自分の変え方を、そして彼自身の過ちを、その目に焼き付けてくれれば。
 彼は、静かに目を閉じて、動かなくなりました。
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