第30回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
〔 作品1 〕» 2  6 
決刀怪奇譚
投稿時刻 : 2015.12.12 23:13
字数 : 2955
5
投票しない
決刀怪奇譚
犬子蓮木


 ときは江戸。戦国の世が終わりやてきた平和な時代。しかしそれでもそれほど発達していない人間たちはそれぞれの主義主張を決めるために、ロジクや話し合いという平和的解決法ではなく、もと野蛮でおもしろい方法を選んだ。
 それを決刀と呼ぶ。
 それぞれは刀を持ち寄り、そして殺し合う。負ければ死ぬのだから、残された勝者の主張が通るという至極簡単な道理であた。
 わたしの父は、その決刀に敗れて死んだ。
 わたしに残された家族は、あのとき、血塗れの父から託されたこの妖刀潤波砂海<うるはのさかい>だけになてしまた。
 刀を捨てて、平和に生きることはできる。日陰で惨めに、周りの空気を読んで争うことなく、媚びへつらい愛想笑いを浮かべながら生きている人だている。そうすれば誰かの妻となり、子でもできて、旦那にすべてをあずけながら生きることもできたかもしれない。
 だが、父からこの刀を託されたのだ。
 父は、娘が平和に生きることを望まなかた。
 たとえ戦いに巻き込まれようとも自らの意志を貫いて生きることを刀に込めて託したのだ。
 だからわたしは、父の意志をついで戦う道を選んだ。今はまだ何の力ももていない。だからもと強くなて敵を討つのだと、心に誓た。

 どうすれば勝てるのか、そればかりを考えている。わたしはこれまでこれといて修練を積んできたわけではない。あの日から毎日、刀を持ての型の訓練や素振りはかかさずに行ているが、それだけで勝てるほど甘い相手ではないと知ている。
 あの川原での一戦。父は振りかぶた刀を振り下ろすこともなく、地面に崩れ落ちた。スピードが段違いなのだ。
 そこで考えた結果、わたしは刀を改造するという道を選んだ。めずらしいことではない。人間という器には才能とそもそも人間という種族の限界が備わている。
 どんなに鍛えたところで、テラノサウルスの一撃を超える力は身につかないのだ。
 だが刀は違う。
 鍛えれば鍛えただけの強化が望めるのだ。また、そこには独創性が反映される。単純なトレーニングによて筋力を強化する人間とは違い、刀の強化はさまざまな方向に進めることができる。それは相手を油断させるという意味でも重要だた。
 そうしてわたしは十年かけて真面目に働き、偉い人に頭を下げて出世して、お金を稼いだ。貯金したお金がある程度まとまたところで刀を強化し、そしてまた働く。
 肉体の減衰がはじまりだした27歳。収入面からの刀の強化とのバランスを考えた結果、ここしかないというところで、わたしは父の仇に決刀を申し込んだ。

 日曜日の川原。物見遊山の人だかりができていた。決刀はそれほどめずらしいわけでもないが、仇討ちという噂が人を呼んだらしい。さらに相手は多くのフンを抱えるストライカーであた。だからみんなわたしが殺されるのを見に来ているのだ、とも言えた。
 一山を縫て進み、バトルの場へと立た。しかし相手の陣営に人はいれぞ、タートの姿が見えなかた。
「母さんはどうした!」わたしは叫んだ。「父の仇をとてやる」
「落ち着いてよおねえちん」妹が笑た。「お母さんは食べ過ぎでつらいから、僕に代わりを頼んだんだ。父親似の雑魚なんて簡単だろうて」
「ふざけるな!」
 決刀に代理は認められている。しかし、感情がそれを認めたがらなかた。
「ルールだよ」妹がくくと笑う。「もうはじめていいかな」
 妹が刀を抜いた。彼女は母ほどの強者ではないが、最近の若手エースとしてちらほら決刀を行ているので情報はある。しかし、若者らしく刀をよく変えるので、作戦を立てられるほど決また戦法がないというのが問題だた。母用に考えてきた作戦も刀のカスタマイズも通用しない。わたしの刀の情報が伝わていないという利点はあるが、経験で言えば相手のほうが圧倒的で、情報のない相手との戦いも慣れているに違いなかた。
 しかしそれでもわたしは戦わなければならない。
 刀を抜いた。妹を睨みつける。
 はじまりと終わりの合図だけを出す審判がわたしと妹の様子を伺う。そして両者がともにうなずいたので、審判が旗をあげ、
「決刀開始!」
 振り下された。
 妹がいきなり突進してきた。こちらが慌てている内に決めてしまおうという魂胆か。びくりはしたが、刀が振り下ろされる前に一歩踏み込んで、上から来る刀をこちらの刀で受け止めた。
「お父さんよりは長生き出来たね」
 わたしと妹はちうど十離れている。妹もあの決刀を母の陣営から眺めていた。
「お前が母さんより弱いからじないの」
 そういうと妹はキレた様子で何かを叫び、わたしのお腹を蹴て距離を広げた。そこから二度バクステプして、くるりと回転しながら刀を振り回した。
「ひはー」妹が叫んだ。
 来る!
 そうおもた目の前に空気の歪みが進んでいるようにみえた。わたしはすぐにジンプしてそれをかわす。後ろを見るとその歪みが通たところで木が切断されていた。
 かまいたち。
 目に見るのがむずかしい空気の刃を飛ばせるように刀を改造してあるのだろう。あの回転は空気を刀に取り込んで圧縮するための動作なのかもしれない。
「よく避けたね」
 その通りだた。集中していなければ、見逃していたかもしれない。
「その刀は飾りなの?」妹が笑う。「お父さんの使ていた古臭い刀そのままみたいだけど」
 飾りではない。しかし、母さんを倒すために改造したものをここで見せてしまていいかという問題があた。しかし迷て入られない。ここで負ければ、それで終わりなのだ。
「古臭い刀だよ。そのままじないけれどね!」
 刀で真一文字を切る。
 妹はなにかが来るのかと身構えた。しかしなにも起こらなかたので、きろきろと様子を伺ていた。
「不発?」
「そう思うならトドメをさしにくればいい」
「そうする」
 妹がまた回転してかまいたちを飛ばしてきた。今度は連続して回転して何発もタテヨコナナメと飛ばしてくる。集中して避ける。しかしその避けた瞬間の隙に直接切りつけようと妹が迫ていた。
「ばいばいおねえちん」
「そう、さよならだね」
 妹が刀で切りつけてきたその瞬間に、彼女の動きが止また。
 どうして止またのか、わけがわからないという顔をしている。
 そんな彼女を縦に切り捨てた。
 真赤な血しぶきがあがる。
「どうして……
「毒ガスを撒いてたの。体が麻痺するようなものを」
「おまえは……」妹が倒れた。地面に這いつくばて、こちらを睨みつけている。
「母さんの血液型に反応するように作たのだけど、どうやら同じだたみたいね」
 わたしは父さんと同じ血液型だた。だから影響はない。
「ごめんね、父親似の雑魚で」
 そこまで聞いて妹が息絶える。
 これでネタがバレてしまた。母さんと戦うにはさらなる改造を施して作戦を練らなければならない。また、真面目に働くか……
 決刀終了の合図が出されて、わたしは勝者となた。勝ててうれしいのだけど、目的は達成できていない。なんだか曖昧で、気が抜けてしまた。疲れたな……
 これからのことを考えようという気持ちとなにも考えずに休みたいという気持ちがあた。そうして帰ろうと土手の上を見たとき、そこで下卑た笑いを浮かべる母さんの姿を見つけてしまた。
 まるで最初から計算通りとでもいうような笑みだ……。            <了>
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない