てきすとぽい
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「覆面作家」小説バトルロイヤル!
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メリーゴーランドは回り続ける
(
うらべぇすけ
)
投稿時刻 : 2017.06.08 02:47
最終更新 : 2017.06.08 03:47
字数 : 4409
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2017/06/08 03:47:01
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2017/06/08 03:45:11
-
2017/06/08 02:47:16
メリーゴーランドは回り続ける
うらべぇすけ
お題:テー
マパー
ク/ゴー
ストタウン
故郷が閉鎖された。
そんな話を聞いたのは、もう随分前のことだ。だからと言
っ
て、僕にはなんの感傷も浮かばなか
っ
た。良いことなんてち
っ
ともなか
っ
た。むしろ閉鎖されて、せいぜいした気分だ
っ
た。
みんな好き勝手に生きている。その「好き勝手」が故郷を捨させ、親を捨てさせ、子どもを捨てさせ、やがて街の「鼓動」を捨てさせたのだ。僕は唇を歪めて笑
っ
たのだ
っ
た。
だけど僕は気づけば、鬱蒼と生い茂る木々に阻まれた道を、汗だくにな
っ
て歩いている。
何十年と人の活気を失
っ
た街は朽ち果て、道が道でなくなり、そこで人々が生きたという記憶すら遠い過去の出来事だ
っ
た。
ここに商店街があ
っ
た。ここに通い慣れた道があ
っ
た。ここに僕らが暮らしたあの日々があ
っ
た。
僕は噛みしめるように、ひび割れたアスフ
ァ
ルトの上を歩く。
この街のゴー
ストは、僕自身なのかもしれない。僕はそんな感傷に思わず苦笑いした。故郷が閉鎖されたと聞いて、ニヒルに笑
っ
た僕は、三人で暮らした狭苦しいアパー
トを前に、ガラガラと音を立てて崩れてい
っ
た。
かつて僕らが暮らしたアパー
トは、ひび割れた外壁と、止まることの知らない自然の脅威をその身に受けて、もはや倒壊寸前であ
っ
た。
それでも、僕はあの頃と同じように、ドアノブに手を当てて引いてみる。ガチンと施錠された音と衝撃が、僕の手に伝わる。住む者を失
っ
てなお、アパー
トは誰かの帰りを待ち続けているのだ。
玄関からの「帰宅」を諦めて、僕はぐるりとベランダ側に回り込む。窓ガラスは無残にも割れて、ガランとな
っ
た室内が剥き出しに佇む。ベランダの手すりをよじ登り、割れたガラスで額を切らないように気をつけながら、「帰宅」する。
僕らがここを出た後、誰かが住んだだろうか。一人で暮らすには十分なワンルー
ム、されど、家族で住むには今ひとつ窮屈さを解消できないこの部屋も、生活感のない伽藍堂に、いくばかりかの寂しさを感じざるを得なか
っ
た。
あの時、僕が引き止めていたら。あの時、僕が少しばかりの優しさと強さを持
っ
ていれば。チクリと胸を刺す痛みに僕は顔を歪める。
それはいつもの誰かの悲しい事件のひとつになるはずだ
っ
た。何気なく見ていたニ
ュ
ー
ス番組の画面に映し出された顔と名前に、世界は時を止めてしま
っ
た。淡々と流れるカラフルな輝点の連続は、僕の無音の世界を冷酷に照らす。
やがて部屋に飛び込んできた、けたたましい呼び鈴と人の雑踏に、再び世界が色を取り戻した時、僕は込み上げてくる嘔吐感を抑えきれず、真新しいカー
ペ
ッ
トの上に這いつくば
っ
て、胃が痙攣を忘れてもなお、喉が焼き切れるまで感情を吐き捨てていた。僕を繋ぎとめていたあのか細い「蜘蛛の糸」は、力なく手繰り寄せられないで、弛んだ死体とな
っ
て、そこに横たわ
っ
ていた。僕は「死体」のような力ない指に、再び絞殺するような痛みを覚えて、とうの昔に失
っ
た世界へと引き戻されたのだ
っ
た。
そうして僕はここにいる。
しばらく、呆然とあの頃の記憶を手繰り寄せて、ヨロヨロと立ち上がり、また別の目的地を目指した。
煌びやかな思い出を求めて。
その存在感の重圧に、僕は足がすくんだ。
遠くにあるはずの、しかし目の前にそそり立つ巨大な建造物に、フラ
ッ
シ
ュ
バ
ッ
クのような激しい記憶の痛みと眩さを感じて、額に手をやる。
あの日、僕らがまだ幸せだ
っ
た頃。残り滓のような小銭を、丁寧に並べて何度も数えた。それから僕らは、わ
っ
と声をあげて笑顔を見せ合
っ
た。決して裕福な暮らしではなか
っ
た。けれど、僕らは互いに約束をして、少しずつ貯めた小銭を握りしめて、ここに来たのだ
っ
た。
あの狭苦しいアパー
トの一室で、三人で作
っ
た無数のおにぎりを、使い古された弁当箱に詰めて、あの子は大事そうに抱えて鼻歌を歌いながら、僕らは手を握
っ
て、そんな様子に口元を綻ばして、この道を朝早くから肩を寄せ合
っ
て歩いた。
荒れたアスフ
ァ
ルトの上に、長く伸びるひとつの影を見つめながら、ふらふらと歩く。二度とは帰らぬ記憶を、何度も立ち止まりながら確かめた。そうしてるうちに、僕の隣に並ぶ小さな影に、は
っ
と振り返
っ
た。
あの子は、風呂敷に包まれた、その身体には大きすぎる弁当箱を抱えていた。鼻歌が聞こえる。僕はぐし
ゃ
ぐし
ゃ
にな
っ
た顔で、同じようにハミングする。
ふたつにな
っ
た影は、ゆらゆらと確かに歩く。この道を。
やがて、あの日と同じように、僕らはひときわ広い敷地の前で足を止めた。
この街は、廃墟にな
っ
たはずだ
っ
た。だけど、目の前に広がる光景はどうだ。煌びやかな光と、楽しげな音楽が鳴り響き、人々の幸せそうな喧騒が一面に広が
っ
ていた。まるで、あの日のように「子どもの国」が、僕らの到着を優しく待
っ
ているかのようだ。
小さな頭が首を傾げて、こちらを見上げる。僕は、もう何がどうな
っ
ているのかわからなくて、その顔に向か
っ
て、下手な笑顔を作
っ
て頷く。小さな顔い
っ
ぱいに広が
っ
た笑顔を見て、僕は何も言えなくなり、ポロポロと涙をこぼして、その子を引き寄せて抱きしめた。不思議そうな顔も、あの頃と同じだ。しばらく、その小さな身体のぬくもりを胸にとどめて、弁当箱を受け取ると、小さな手を引いて「子どもの国」に吸い込まれてい
っ
た。
二人で案内板を見上げて、どこに行くか、あれこれ悩む。僕らに言葉は必要ではなか
っ
た。目移りする視線、指し示す小さな指先、確認するように頷く表情。それだけで十分だ
っ
た。
最初は、園内をぐるりと観覧する「蜂の子」を模した乗り物だ。園内の喧騒とは裏腹に、待ち時間なく、すんなりと乗り込めた。ガタガタと荒い動きを感じながら、時折、身を乗り出しそうになる小さな身体を引き寄せる。案内板の表示を思い出して、あれがそうだとか、二人で言い合う。次は、あれに乗りたいと、せわしなく指差しては、ぴ
ょ
んぴ
ょ
んと跳ねるものだから、「蜂の子」は一層、大きく揺れる。そんな様子を眺めながら、僕はひとときの幸せを感じて、優しく髪を撫でてなだめる。
次は、観覧車だ。子どもは大きなものが好きだ。これが若いカ
ッ
プルなら、デー
トの最後の締めにと、日の落ちた街の明かりをバ
ッ
クに、愛を囁くものだけど、僕らにはそんな「ロマンチ
ッ
ク」さは不要だ
っ
た。目に入る「憧れ」を、ひとつずつ自分のものにしていく大事な時間なのだから。
ごうんごうんという轟きとともに、ゴンドラが目の前に現れる。係員はいない。僕は、ゴンドラを彼らがそうするように手で押さえながら、ドアを開ける。ドアに施錠ができないがと、苦笑いしながら、ドア側に陣取るようにして座ると、ガチ
ャ
ンという音がして、僕はなおのこと苦笑いした。
ゆ
っ
くりと、空に昇
っ
ていく。まだ日も明るいうちから、観覧車に乗るというのだから、たいそう街の様子がうかがえた。僕がここに来る前に見た景色とは、まるで別世界のようだ
っ
た。あの廃墟と化した世界は今、人々の息吹きを生に感じられるほど、生き生きと存在している。だけど、もはや僕にと
っ
て、それは何も驚くようなことではなか
っ
た。僕らが暮らした世界は、なんとも美しい世界だ
っ
た。あの頃は、そう感じただろうか。あの日、三人で訪れた「子どもの国」で、僕らの目に映
っ
たこの街は、いまほど躍動感があ
っ
ただろうか。
小さな手を窓に張り付いて、無言で街を眺めているこの子には、この世界がどんなふうに見えているのだろう。あの地獄のような日々は、覚えてはいないのだろうか。僕は小さく微笑んで、かぶりを振る。思い出さなくてもいい。人は、直面した様々な困難に立ち向かうべきだという。しかし僕は思う。この小さな身体で向かい合
っ
た、まるで「熱湯」のような日々を、果たして立ち向かうべきものだ
っ
たのだろうか。逃げることもひとつの知恵だ。それをバカの一つ覚えのように「戦う」ことを強要するというのなら、い
っ
そ忘れたままでいた方がいい。たとえそれが、二度とは動き出さない静止された世界であ
っ
ても。
「蜂の子」とは打
っ
て変わ
っ
て、ゴンドラが一周するのをおとなしく過ごしたあと、ガチ
ャ
ンという開錠の音とともに、開かれたドアから流れ込む涼しげな風に逆ら
っ
て外に出る。
小さな身体を揺らして、とてとてと僕の手を引きながら、次のアトラクシ
ョ
ンを催促する。もう一つ、二つ楽しんで、園内にある広場で作
っ
てきたおにぎりを食べようか。僕は弁当箱を指さして応える。小さな頭が、大きく頷いたのを見て、僕らは、また園内を歩き出すのだ
っ
た。
日がそろそろ落ちる頃、遊び疲れて、背中で眠る小さなぬくもりを感じながら、出口に向か
っ
て歩いていた。僕は父親の顔をしていただろうか。あの日と同じように、楽しませてやれただろうか。この夢に終わりがあるというのなら、なんて残酷な世界なんだろう。この子が、き
っ
と最期に見たか
っ
た夢にちがいない。幸せだ
っ
た記憶を手繰り寄せて、たどり着いた、この「子どもの国」で、この子はどんな夢を描いたのだろう。だけど、この夢が不完全であることに、僕は気づいていた。足りないのだ。一人。だから、僕はすがるような気持ちで、この「夢」の出口を見つめながら、き
っ
と、この夢はまだ醒めたりはしないのだと、奥歯を嚙み締めた。完全な「夢」を求めて、この子はまたここに来てしまうのだろう。ああ、そうな
っ
たとき、僕は果たして、どこにいるべきなのだろうか。この荒廃しき
っ
た現実の世界に戻るべきなのだろうか。それともこの「幸せ」な醒めない夢に残り続けるべきなのだろうか。僕が目覚めるのなら、このままこの子が眠り続けている間に、「夢」の出口を通り抜けるほかないだろう。悩むことなどあるだろうか。僕は、この子の「父親」なのだから。
背中のぬくもりが、もぞもぞと動いて、僕の首に巻いた腕を、さらにきつく巻き直すと、何かを訴えるように、耳元で「声」を発するのだ
っ
た。そうして、小さな指先が指し示した先を見て、僕は思わず、笑みをこぼしてしま
っ
た。そうなのだ。この世界は回り続けるのだ。あのメリー
ゴー
ランドのように。
『次のニ
ュ
ー
スです。先日、暴行の末虐待死した沢渡絵美さん(二五)の母親沢渡千佳(四五)容疑者の前夫中林幸雄(四六)さんが、アパー
トの一室で首を吊
っ
て死んでいたことがわかりました。中林さんは、数日前より行方不明とな
っ
ており、警察では自殺と他殺の両方の可能性を視野に、捜査しているとのことです。現場は、一五年前に閉鎖された〇〇県××市△△町の一角にあるアパー
トで、当時中林さんと絵美さん、千佳容疑者が暮らしていたアパー
トではないかと言われており、絵美さんの死亡となんらかの関係があるのではないかと考えられています。また、知人関係者らは連日の取材などで、心神に異常をきたしていた様子を訴えており、警察関係者らは、慎重に捜査を進める方針です』
君の帰りを待
っ
ている。
いつまでも。
このメリー
ゴー
ランドのように。
(了)
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