てきすとぽい
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「覆面作家」小説バトルロイヤル!
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〔 作品17 〕
星空に手を伸べて。
(
大沢愛
)
投稿時刻 : 2017.07.09 23:44
字数 : 4802
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星空に手を伸べて。
大沢愛
(お題:テー
マパー
ク/
懊悩)
午後八時を回
っ
た。パー
ク内の音楽はと
っ
くに止ま
っ
ている。アトラクシ
ョ
ンにともされたいくつもの明かりが、闇の中でゆ
っ
くりと楕円を描いている。縦にせよ横にせよ必ず楕円になることは、パー
クに勤めるようにな
っ
て気づいた。考えてみれば、限られた面積の中に設置されて、しかも動きがあるなら、必ず元の位置に戻らなければならない。直線の往復みたいなアトラクシ
ョ
ンを除けば、周回軌道にするのがも
っ
とも効率的だ。目を凝らすのではなくてぼんやりと、周辺視野に流して見ていれば、ときどきポー
ルに遮られながらも色とりどりの光が楕円を舞うのがわかる。
「おねえち
ゃ
ん、あ
っ
たりまえのことをポエム
っ
ぽくつぶやくの、よそでやらない方がいいと思うよ?」
隣に立
っ
ている妹の芽衣が正面を向いたまま、声を出した。
パイプで組まれたブー
ス内に二人並ぶと、足元に落としたチケ
ッ
トを拾うのに身を屈めるのも一苦労だ
っ
た。パー
クの制服は白のシ
ャ
ツにセルリアンブルー
のベストとスカー
トの組み合わせだ。この時間だと、ブルー
は黒
っ
ぽく沈んで見える。ほんとうは白のストロー
ハ
ッ
トを被ることにな
っ
ているけれど、芽衣は髪が乱れるのを嫌う。幸い、陽が落ちてからは帽子の意味がない、ということで被らなくても大目に見てもらえる。夕方の、日没前からのシフト入りのときからレイヤー
ボブの髪をそのままに、ブー
スに立
っ
ている。
「お客さんがいないときだ
っ
て、見られているんだから。観覧車の中とか、ジ
ェ
ッ
トコー
スター
の上からとか。み
っ
ともないことしないでよね」
はいはい。
芽衣はいつもこうだ
っ
た。私の方が二つ年上だから、おねえさんらしく振舞
っ
ていた時期もあ
っ
た。小学校のときは集団登校で芽衣の手を握
っ
て学校まで行
っ
た。歩幅が小さいのに合わせて歩いているとみんなから遅れる。がんば
っ
て歩いても追いつけなくて涙ぐむ芽衣を慰めながら二人で後を追
っ
た。お母さんから、芽衣は小さいんだからち
ゃ
んと面倒見てあげて、と言われていた通り、友だちと遊ぶよりも芽衣を優先していた。
アドバンテー
ジがなくな
っ
たのはいつだろう。中学三年のときだ。一年にものすごく可愛い子が入
っ
て来た、と三年の教室の男子までが騒ぎ出した。
――
結衣、お前の妹なんだ
っ
て?
同じクラスの、確か祐太だ。言いながら、目が笑
っ
ていた。そうだよ、と答える。
――
マジで。ありえねー
。
悪か
っ
たね、と言いたいのを堪える。代わりにに
っ
こりと笑
っ
てみせる。そうなんだよ。芽衣
っ
ていうの。いい子なんだー
。祐太はなにか言いたげだ
っ
たけれど、そのまま男子の方に行
っ
てしま
っ
た。
そう、妹を可愛がるおねえち
ゃ
んポジはいちばん傷が少ない。
私は芽衣のおねえち
ゃ
んとして十四年、生きてきて、芽衣よりも背が高く体力のある身体と、顔色を窺うよりも自分のしたいことをきちんと明言する性格とを身につけた。それ以外のものは全部、芽衣に回
っ
た。小柄で可愛らしく、誰からも愛される妹。私がおねえち
ゃ
んとして身体を張
っ
て守
っ
ているつもりでいた間に、芽衣はおくるみの中でお姫さまにな
っ
ていた。とびきり可愛いお人形なら持
っ
ているのは嬉しい。着せ替えたり髪をとかしたりして、も
っ
と可愛くな
っ
てほしいと思う。
だ
っ
て、お人形と私は比べられたりしないから。
私には男子の友だちは何人もいた。なかには、私と二人きりになりたが
っ
たり、肩に手を回したりする子だ
っ
ていた。そんなとき、私は声をあげて笑う。抜き差しならない状況にな
っ
て気まずい思いをさせないために。一方通行の雰囲気が壊されると、男の子はいろんな反応を示す。
――
勘違いしてんじ
ゃ
ねー
よ、結衣みてー
なブス。
さすがに傷つくけれど、悪くない。自分で可能性を潰してくれているから。
――
俺、結衣のこと真面目に好きなんだけど。
ち
ょ
っ
と怖い。自分が真面目ならその気持ちは通じるはずだという思い込みが。
――
あははははは。
最悪だ。冗談を装
っ
て、何事もなか
っ
たみたいに同じことを繰り返すから。
芽衣が入学してから、ち
ょ
っ
と違う感じで誘われることが多くな
っ
た。
――
妹さん
っ
て、どんな子なの?
それを姉である私に訊くかな
ぁ
? 男子と話す嬉しさに浮かれてペラペラし
ゃ
べるとでも思
っ
ているの?
どうやら「おねえさんのお友だち」ポジでアプロー
チを図ろうとしているらしいと気づいたときには、芽衣には何人も仲良しの男の子ができていた。
中学校ではそんなふうに過ぎてい
っ
た。
高校に入ると人間関係がシ
ャ
ッ
フルされて、芽衣の噂は遠のいた。私は普通科高校に入
っ
た。地元ではいちばんの進学校で、中学までのさまざまなプライドは再構築されてい
っ
た。スポー
ツができる子、見た目のカ
ッ
コいい・可愛い子、そんな基準に「勉強のできる子」が割り込んできた。人気を集めていた先輩が三年の秋口から急速にし
ょ
ぼくれていく。口ばかり元気でも「浪人するらしい」という噂とともに「論外」のポジシ
ョ
ンへと追いやられてゆく。最後の見栄で旧帝大を受験したあと、東京の大手予備校の寮に入る、という噂を最後に姿を見せなくなる。翌年の受験シー
ズンに調査書を受け取りにや
っ
て来たときには、別人かと思うほど太
っ
ていた。一浪の結果、どこの大学に進んだのかは分からない。そこそこの大学ならLINEで言いふらすことから考えてお察し、だ
っ
た。
とりあえず予習復習をまめにして上位の成績をキー
プすることで、私の高校生活はそれなりに華やいだ。「勉強ができる割に見た目もまあまあ」という、さまざまな受け取り方のできる立ち位置を手に入れた。まさかとは思
っ
たけれど、彼氏ができた。悠斗という、陸上部の子だ
っ
た。地味だけれど爽やかで、男の子の友だちも多か
っ
た。私のことも噂に上
っ
ていたと思うけれど、からかわれることはなか
っ
た。いつも苗字にさん付けで呼ぶ。
――
古橋さん、今日は一緒に帰ろう。
――
いいよ、悠斗。
自転車を並べて下校する。塾のない日にはコンビニのイー
トインで話し込む。テスト前には互いの家で勉強する。悠斗のお母さんとも顔馴染みにな
っ
た。「結衣ち
ゃ
んみたいなし
っ
かりした子をつかまえるなんて、うちの悠斗もすみにおけないわね」と屈託なく笑う。うちに連れて来たときには、芽衣に紹介した。芽衣の驚く姿を見て、内心、得意だ
っ
た。悠斗と肩を並べて、芽衣には理解できない勉強をや
っ
てみせることで、一矢報いた気にな
っ
ていた。
半年ほど経
っ
たある日のこと。学校から帰
っ
て来た私に、芽衣が部屋へ来るように言
っ
た。ベ
ッ
ドに座ると、自分のスマー
トフ
ォ
ンを投げてよこす。開けてみてよ。そこには見慣れたアイコンのMEIとYOUの遣り取りがあ
っ
た。
――
どうしても
っ
て頼まれてID交換したらこれだよ。
悠斗の執拗さを言い募る芽衣のそばで、私は遣り取りを読み終えた。不思議なことに、芽衣が嘘をついているとは全く思わなか
っ
た。
――
明日、ち
ゃ
んと聞いてみる。
――
もう返さないから
っ
て言
っ
といて。
翌日、悠斗に問い質した。スマホをじかに見た、とは言わなか
っ
た。しばらく黙
っ
ていたあと、ごめん、と頭を下げた。
――
芽衣ち
ゃ
んがすごく可愛くて、どうしても話したか
っ
たんだ。
(遣り取りでは二人きりで会おうと何度も言
っ
ていた)
――
古橋さんの妹だから大切にしようと思
っ
て。
(画面にあ
っ
た、おねえち
ゃ
んは真面目だけれど退屈だ、という言葉が浮かぶ)
――
一度会
っ
て誤解を解きたいから、古橋さんからも言
っ
てくれないかな。
(おねえち
ゃ
んはお人好しで何でもホイホイ信じるから笑える、そうだ)
悠斗は別れることは頑なに拒んだ。それは芽衣への執着にしか聞こえなか
っ
た。
私は独りにな
っ
た。彼氏持ちではなくな
っ