「覆面作家」小説バトルロイヤル!
〔 1 〕…〔 15 〕〔 16 〕«〔 作品17 〕
星空に手を伸べて。
(大沢愛)
投稿時刻 : 2017.07.09 23:44
字数 : 4802
1 2 3 4 5
投票しない
星空に手を伸べて。
大沢愛


(お題:テーマパーク/懊悩)

 午後八時を回った。パーク内の音楽はとっくに止まっている。アトラクションにともされたいくつもの明かりが、闇の中でゆっくりと楕円を描いている。縦にせよ横にせよ必ず楕円になることは、パークに勤めるようになって気づいた。考えてみれば、限られた面積の中に設置されて、しかも動きがあるなら、必ず元の位置に戻らなければならない。直線の往復みたいなアトラクションを除けば、周回軌道にするのがもっとも効率的だ。目を凝らすのではなくてぼんやりと、周辺視野に流して見ていれば、ときどきポールに遮られながらも色とりどりの光が楕円を舞うのがわかる。

「おねえちゃん、あったりまえのことをポエムっぽくつぶやくの、よそでやらない方がいいと思うよ?」
 隣に立っている妹の芽衣が正面を向いたまま、声を出した。
 パイプで組まれたブース内に二人並ぶと、足元に落としたチケットを拾うのに身を屈めるのも一苦労だった。パークの制服は白のシャツにセルリアンブルーのベストとスカートの組み合わせだ。この時間だと、ブルーは黒っぽく沈んで見える。ほんとうは白のストローハットを被ることになっているけれど、芽衣は髪が乱れるのを嫌う。幸い、陽が落ちてからは帽子の意味がない、ということで被らなくても大目に見てもらえる。夕方の、日没前からのシフト入りのときからレイヤーボブの髪をそのままに、ブースに立っている。
「お客さんがいないときだって、見られているんだから。観覧車の中とか、ジェットコースターの上からとか。みっともないことしないでよね」
 はいはい。

 芽衣はいつもこうだった。私の方が二つ年上だから、おねえさんらしく振舞っていた時期もあった。小学校のときは集団登校で芽衣の手を握って学校まで行った。歩幅が小さいのに合わせて歩いているとみんなから遅れる。がんばって歩いても追いつけなくて涙ぐむ芽衣を慰めながら二人で後を追った。お母さんから、芽衣は小さいんだからちゃんと面倒見てあげて、と言われていた通り、友だちと遊ぶよりも芽衣を優先していた。
 アドバンテージがなくなったのはいつだろう。中学三年のときだ。一年にものすごく可愛い子が入って来た、と三年の教室の男子までが騒ぎ出した。
――結衣、お前の妹なんだって?
 同じクラスの、確か祐太だ。言いながら、目が笑っていた。そうだよ、と答える。
――マジで。ありえねー。
 悪かったね、と言いたいのを堪える。代わりににっこりと笑ってみせる。そうなんだよ。芽衣っていうの。いい子なんだー。祐太はなにか言いたげだったけれど、そのまま男子の方に行ってしまった。
そう、妹を可愛がるおねえちゃんポジはいちばん傷が少ない。
 私は芽衣のおねえちゃんとして十四年、生きてきて、芽衣よりも背が高く体力のある身体と、顔色を窺うよりも自分のしたいことをきちんと明言する性格とを身につけた。それ以外のものは全部、芽衣に回った。小柄で可愛らしく、誰からも愛される妹。私がおねえちゃんとして身体を張って守っているつもりでいた間に、芽衣はおくるみの中でお姫さまになっていた。とびきり可愛いお人形なら持っているのは嬉しい。着せ替えたり髪をとかしたりして、もっと可愛くなってほしいと思う。
 だって、お人形と私は比べられたりしないから。
 私には男子の友だちは何人もいた。なかには、私と二人きりになりたがったり、肩に手を回したりする子だっていた。そんなとき、私は声をあげて笑う。抜き差しならない状況になって気まずい思いをさせないために。一方通行の雰囲気が壊されると、男の子はいろんな反応を示す。
――勘違いしてんじゃねーよ、結衣みてーなブス。
 さすがに傷つくけれど、悪くない。自分で可能性を潰してくれているから。
――俺、結衣のこと真面目に好きなんだけど。
 ちょっと怖い。自分が真面目ならその気持ちは通じるはずだという思い込みが。
――あははははは。
 最悪だ。冗談を装って、何事もなかったみたいに同じことを繰り返すから。
 芽衣が入学してから、ちょっと違う感じで誘われることが多くなった。
――妹さんって、どんな子なの?
 それを姉である私に訊くかなぁ? 男子と話す嬉しさに浮かれてペラペラしゃべるとでも思っているの?
 どうやら「おねえさんのお友だち」ポジでアプローチを図ろうとしているらしいと気づいたときには、芽衣には何人も仲良しの男の子ができていた。
 中学校ではそんなふうに過ぎていった。
 高校に入ると人間関係がシャッフルされて、芽衣の噂は遠のいた。私は普通科高校に入った。地元ではいちばんの進学校で、中学までのさまざまなプライドは再構築されていった。スポーツができる子、見た目のカッコいい・可愛い子、そんな基準に「勉強のできる子」が割り込んできた。人気を集めていた先輩が三年の秋口から急速にしょぼくれていく。口ばかり元気でも「浪人するらしい」という噂とともに「論外」のポジションへと追いやられてゆく。最後の見栄で旧帝大を受験したあと、東京の大手予備校の寮に入る、という噂を最後に姿を見せなくなる。翌年の受験シーズンに調査書を受け取りにやって来たときには、別人かと思うほど太っていた。一浪の結果、どこの大学に進んだのかは分からない。そこそこの大学ならLINEで言いふらすことから考えてお察し、だった。
 とりあえず予習復習をまめにして上位の成績をキープすることで、私の高校生活はそれなりに華やいだ。「勉強ができる割に見た目もまあまあ」という、さまざまな受け取り方のできる立ち位置を手に入れた。まさかとは思ったけれど、彼氏ができた。悠斗という、陸上部の子だった。地味だけれど爽やかで、男の子の友だちも多かった。私のことも噂に上っていたと思うけれど、からかわれることはなかった。いつも苗字にさん付けで呼ぶ。
――古橋さん、今日は一緒に帰ろう。
――いいよ、悠斗。
 自転車を並べて下校する。塾のない日にはコンビニのイートインで話し込む。テスト前には互いの家で勉強する。悠斗のお母さんとも顔馴染みになった。「結衣ちゃんみたいなしっかりした子をつかまえるなんて、うちの悠斗もすみにおけないわね」と屈託なく笑う。うちに連れて来たときには、芽衣に紹介した。芽衣の驚く姿を見て、内心、得意だった。悠斗と肩を並べて、芽衣には理解できない勉強をやってみせることで、一矢報いた気になっていた。
 半年ほど経ったある日のこと。学校から帰って来た私に、芽衣が部屋へ来るように言った。ベッドに座ると、自分のスマートフォンを投げてよこす。開けてみてよ。そこには見慣れたアイコンのMEIとYOUの遣り取りがあった。
――どうしてもって頼まれてID交換したらこれだよ。
 悠斗の執拗さを言い募る芽衣のそばで、私は遣り取りを読み終えた。不思議なことに、芽衣が嘘をついているとは全く思わなかった。
――明日、ちゃんと聞いてみる。
――もう返さないからって言っといて。
 翌日、悠斗に問い質した。スマホをじかに見た、とは言わなかった。しばらく黙っていたあと、ごめん、と頭を下げた。

――芽衣ちゃんがすごく可愛くて、どうしても話したかったんだ。
(遣り取りでは二人きりで会おうと何度も言っていた)
――古橋さんの妹だから大切にしようと思って。
(画面にあった、おねえちゃんは真面目だけれど退屈だ、という言葉が浮かぶ)
――一度会って誤解を解きたいから、古橋さんからも言ってくれないかな。
(おねえちゃんはお人好しで何でもホイホイ信じるから笑える、そうだ)

 悠斗は別れることは頑なに拒んだ。それは芽衣への執着にしか聞こえなかった。
 私は独りになった。彼氏持ちではなくなった解放感と、別れた理由への穿鑿とが同時に押し寄せてきた。いろんな捉え方があるだろう。女の子の友だちを介して聞いたところでは、「悠斗が私の妹に関心を持ったことに嫉妬して私が悠斗を振った」ことになっていた。間違いではない。でも、正鵠を得ているとも言えなかった。

「あれはちょっとないんじゃない」
 ブースの中で、同じ方を向いたままで呟く。ベストのボタンがわずかにほつれかけていた。
「大学に入ってから聞いたけれど、結局、あれって芽衣のほうから声かけてたんだよね。面白半分に」
 宵闇の中で光の楕円がゆっくりと回る。キャンディをいっぱいに乗せて、子どもたちの夢を誘うかのようだ。
「あの程度でふらっとしちゃうのがだらしないんでしょ。私をはねつけるくらい、して欲しかったよね」
 いくらか大人になった悠斗は、穏やかに謝った。いくら謝られても、あれからの数年間は戻らない。悠斗の微笑は心をざわつかせるだけだった。
「おねえちゃんこそ、ひどいと思う」
 金属の軋みが鳥の叫びを思わせる。色とりどりの光が宙で途切れる。
「河津さんのこと、おとうさんに言ったでしょ。河津さん、良い人だったのに」
 河津さんとは、芽衣の最後の彼氏だった。商業高校に進み、男友達が市内全域へと広がっていた芽衣の前に現われたのが、繁華街で事務所を開いていた経営コンサルタントの河津さんだった。年齢は四十代で、バツイチだった。商業高校そばまでベンツで迎えに来て、それから宵の口までいっしょに過ごしていたらしい。
「おとうさんが警察に乗り込んで行ったでしょ。新聞に名前まで載って。おかげで河津さん、この町にいられなくなったんだから」
 河津さんが去ってから、芽衣は商業高校に行けなくなった。私が悠斗と別れたときには、毎日、学校へ行った。両親も周りも、芽衣を気遣ったけれど、私にはなんの同情もなかった。歯を食いしばってでもなんとか学校に行けるのはたいして苦しんでいない証拠だ、と言わんばかりに。
「河津さん、別れた奥さんとの間に子どもが二人いてさ。和樹くんと理奈ちゃん。よく四人でこのパークに遊びに来てたんだ。すごく喜んでくれた」
 パーク内には子どもの姿はない。はしゃぐ声も、追いかける芽衣の姿もない。もちろん、芽衣が中年男と付き合っていることで苦しみ抜いた両親の姿もない。
「おねえちゃんは、悠斗くんとここに来たんだよね。初めてのデートってやつ? 平和だね」
 その平和を無理やり壊したのはどこの誰よ、と言いたくなる。それに、最初じゃなくて最後だ。大学生の私と悠斗が、二人で訪れた。そして、ほんとうに終りになった。あれから、暗闇の中に悠斗の姿をずいぶん探した。ここにはいないと分かっているのに。
「だからって、ここでバイトする? 未練タラタラじゃん。やっぱり、モテない女ってやることが暗いね」
「イケメン男子を喰いまくってたくせに、最後は子持ちのしょぼくれたオッサンだったアンタに言われたくないな」
 言葉は宙で散る。ここで取っ組み合いを演じても、なにも戻らない。二人とも、なにも持たずにここに来たのだ。夜風が肌寒さを呼び覚ます。
「どうして戻って来たのかな」
 芽衣の声が闇に融ける。足元はもう見えなくなっていた。
「また戻って来るんでしょ」
 私が返す。答えはない。
 ぽつり、ぽつりと灯火が消えてゆく。あの日、パーク中を炎上させた猛火の名残りみたいだ。口もきかなかった私たちが、たまたま同じ場所にいた。それぞれの思いが、同じ場所に集った。狎れ合うつもりもない。許す気にもなれない。ただ、私たちは姉妹だ。それは未来永劫、変わらない。
 芽衣の姿は見えなくなった。いつものことだ。きれいなうちに消えてしまう。そうやって、誰にでも愛される。いつまでも、じゃないけれど。
 みっともなく、惨めに足搔くのは私の役目だった。最後まで、弱まる姿そのままに、ここにあり続ける。
 だって、私は「おねえちゃん」だもの。
 光が消えてゆく。闇の中では、錆びた鉄骨も、ひん曲がったレールも目に入らない。
 祈るように、光が去ってゆく。空を舞い、海を渡り、遥か彼方へと。
 最後に残った一つ、それが私だ。
 またね。
 あなたが憶えていてくれる限り、私はここにいるよ。
← 前の作品へ
次の作品へ →
1 2 3 4 5 投票しない