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第一回文藝MAGAZINE「文戯」BUNGI杯
〔 作品1 〕
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雲ノ月
(
白取よしひと
)
投稿時刻 : 2017.09.02 02:03
最終更新 : 2017.09.02 02:11
字数 : 5980
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2017/09/02 02:11:01
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2017/09/02 02:03:34
雲ノ月
白取よしひと
「セル見てよ。あ
っ
ちの進捗は尋常じ
ゃ
ないわ」
「彼奴らが介入しているとでも?」
「でなき
ゃ
、ここまでにはならないでし
ょ
」
「ま
っ
たく!これは運営の怠慢だな」
「で、どうするの?」
時は明暦四年。名君の誉れ高き家光を継いだ家綱公のご治世。当代とな
っ
て慶安の変が起き、そして昨年は明暦の大火で江戸の大半が灰燼に帰していた。
それら動乱の中でも、奥州の外れ、村山藩の城下は穏やかな正月を迎えている。村山は緑濃く、そして水清らかな山間の盆地にある小藩である。夏は匂い立つ草花に蜂が揺れ鳥獣に恵まれた土地柄であるが、冬になると峠道は雪で塞がれ春まで外界と隔絶される。
江戸の災いなど山国にと
っ
ては遠い話だ。いや、ところがそうでもない。もともと村山の石高は僅かで藩の財政は厳しい。そこへ、幕府から普請を命ぜられては堪
っ
たものではない。
も
っ
とも、藩主村山義兼や重臣らも策を怠
っ
ていた訳ではない。領地には豊富な湯量を誇る出湯がある。他国の有力な商人を招き、あれこれと画策したがどれも敢えなく失敗に終わ
っ
ている。
そんな村山にも正月はや
っ
てきた。財政が厳しく、俸給も借り上げとされていたから、藩士たちは野辺の草で仕立てた粥を啜る暮らしをしている。しかし、正月ともなれば話は別だ。辛抱して工面した濁り酒などを振る舞い家族で楽しむ。
平之助の屋敷でも細やかな宴の最中であ
っ
た。屋敷と言
っ
ても名ばかりで、細木の冠木門を入ると、二間と庫裡のみだけである。そこに独り者の平之助と、父の代から仕える年老いた奴の吾平と暮らしていた。
平之助はアケビの如くも
っ
たりと垂れ下がる鼻を、酒で赤く膨らませながら機嫌良く笑
っ
た。男二人で傾ける酒。つまみは燻
っ
た岩魚と大根だけだが、それでも酒があるだけ十分贅沢と云えた。ここは中級にも届かぬ家格であるが、村山ではどの家でも似たり寄
っ
たりの侘しい正月を過ごしていた。
「旦那様なんか聞こえねえだか?」
平之助は酒が回り、だらしなく脛を露わにして囲炉裏の炎に見入
っ
ている。
「旦那様、あの太鼓は」
平之助は漸く顔を上げた。
――
確かに重い太鼓の音だ。一拍おいての連打。
「吾平!登城じ
ゃ
」
立ち上がると酔いがまわ
っ
た平之助の足がもつれた。そしてそれを支えんとした吾平もよろめき尻餅をついた。正月の登城太鼓は前代未聞であり、大事が起きたに違いない。辻々は、酒で顔を火照らせた千鳥足の侍たちで溢れた。
城内の広間は異常な緊迫感と酒臭さに満たされた。
「正月の最中、ご苦労である」
殿からの労いがあり、上席家老の琴桔に代わ
っ
た。
「昨晩、又藤山に光しものが墜ちた。そして物見を出したのだが」
そこで一拍おき、皆を見回した。
「墜ちたのは舟であるらしい」
その言葉に広間は響めいた。家老は大仰な咳払いを放ち、波尻新左衛門に声を掛けた。どうやら波尻が物見を率いたらしい。
「申し上げます。確かに舟の如きものが山に墜ちておりました。それは鋼で拵えられており、見た目は繭に瓜二つにて、長さは五間ほどもある大層なものでございます」
再び皆が響めく。それを琴桔は一括して鎮めた。
「此度の件、殿は必ずしも凶事とは考えておられない。もしやすると我が藩を救う事になるやも知れん。それが舟なら中には何者かがおろう。その者と議を試みようとおし
ゃ
っ
ておられる」
事にあたる組を決めて明朝出発する。琴桔はそう告げた。
――
得体の知れない者と合議するなど無茶な話だ。
言葉の通じない毛唐が火縄でも撃
っ
たらどうするつもりなのだ。それに空飛ぶ舟が誠なら、妖怪の類いかも知れん。土台その様な物は人に作れるはずがない。平穏な正月気分はほんの半日で終わ
っ
てしま
っ
た。
「ねえ。動力は復活するの?」
「心配ない。エネルギー
制御が誤動作して放出してしま
っ
ただけさ。環境エネルギー
から採集すれば明日にでも離陸できる」
「こんなんで、ワー
ムは投入出来るのかしら」
「パブ。やらないと僕らは負ける。パラレルではもう航空機が飛んでいるんだからさ」
「ここと大陸の二個投入するのよね」
「ああ。ワー
ムには400年のテクノロジー
と精神的成長がメモリー
されてある。き
っ
と天才が生まれるだろう」
「そんなもので追いつけるの?」
「勝敗の基準は人口、文化、環境など評価ポイントが沢山あるのは知
っ
ているよね。あまり進歩が過ぎて滅亡したらそこで負けなんだ」
「とんだ元旦でございますな」
吾平は平之助に労いの言葉を掛け、僅かに残
っ
ている濁り酒を注いだ。囲炉裏にくべた薪が爆ぜる。吾平が箸で薪を整えると細かな火の粉が舞い、鎮められた様に静けさが再び訪れる。夕刻より雪が落ちていた。静かな夜は「さわさわ」と、雪の音が聞こえてくる。
雪を踏む音だ。吾平は平之助の顔を覗い、平之助は横目で太刀を睨んだ。踏み音は引き戸の前で止ま
っ
た。
「万年殿!万年平之助殿」
二人は顔を見合わす。そして、平之助は太刀を取
っ
た。平之助は、興奮すると大鼻が更に膨らむ。
「どなたかな?」
「ご家老、琴桔様の使いでござる。開けられよ」
太刀を戻し引き戸を開けると、菅笠に蓑を纏
っ
た武士が二人、雪塗れで立
っ
ている。後ろに控えるのは波尻だ。二人は、雪を払い落とすや否や用件を話し始めた。
「お主は使節団に選ばれた。役向きはご使者の警護となる」
寒さで顔が強ば
っ
ているのだろうか。使者は能面の如く心底を現さず、淡々と用件を語る。白湯でもどうかと勧めたが、これから他所も廻るのだろう。二人はそそくさと屋敷を後にした。
正使は馬廻りの辺津来様。副使に浄妙寺和尚の観念。その他警護で平之助含む五名。なんでも先方に警戒されない様、無勢にしたそうだ。
平之助は己の事を良く弁えている。才もなく昼行灯と馬鹿にされ、昇進どころか禄を保つので精一杯だ。刀術だけは心得があるが太平の世とな
っ
た今、それは無用の長物だ。それにしても、とんだ面子を選んだものだ。浄妙寺の和尚は別としても、藩士は働きのない者ばかりである。危ない橋は俺たちに渡らせて、見通しがついたら重責の連中が出てくるのだろう。
明朝、城を出た蓑姿の一行は背中に橇を背負
っ
ている。山に入ると雪が深くなる。足が取られ、とても草鞋では歩めないからだ。
山に入りいよいよ雪が深くなると、先導は上役たちから平之助ら警護衆に代わり、平之助たちは雪を踏みしめた。それでも歩みの慣れない観念は難儀をした。寒さで面が赤く焼け、禿げ上が
っ
た頭から湯気が立ち昇る様を見ると、まるで蓑を被
っ
たタコの如しである。そんな観念を促し、急かし、励ましながら雪中を一歩一歩と進む。
山の中腹を越えると、一方に向けて木々が薙ぎ倒されている。この先に舟があるのは明白だ。傍らの崖下を見下ろすと氷の張
っ
た大きな沼が見える。鹿も落ちたら逃げられないと噂のある音無沼だ。倒木によ
っ
て出来た道筋に沿い歩んで行くと、樹間に鉄塊が現れた。
「これは何じ
ゃ
!」
「確かに繭に似ていますの」
舟と聞いていたが帆がなければ櫂もない。使節団と息巻いて来たものの、皆、為す術がなか
っ
た。辺津来の顔を覗いてみるが、さも黙考しているかに取り繕い目を逸らすばかりだ。
平之助は白息を漏らし前に出た。才が無く卯建の上がらぬ男だが臆病者ではない。胆を決め使者一行と舟との中程に立つと、太刀を脇差諸とも足下の雪に勢いよく突き刺した。
「ひとり前に出てくるわ」
「なかなかいいを鼻をしてるな」
「あら、私を見ているみたい」
「パブ。馬鹿を言うなよ。あ
っ
ちから見えるはずないだろ」
「私たちにそ
っ
くりね」
「同じ猿人進化系の星を選んでいるからな。ただ鼻まで似ている個体は珍しい」
「で、セル。これからどうするの?」
「あ
っ
ちからや
っ
て来たんだ。御誂え向きさ。イヤー
トランサー
を装着しよう」
切れ込みもない船体に音も無く出入り口らしきものができた。使節団一同に緊張が走る。すると、身に吸い付いた衣を纏
っ
た若い男が姿を現した。顔には異様に大きく垂れ下が
っ
た鼻が鎮座している。
平之助は深く頭を垂れ、後ろに控えた辺津来を振り返
っ
た。奴は皆に背を押され前に出ようとするが腰が引けているのは明らかだ。
繭の男は、それに構わず平之助に語りかける。その語りは、異国の言葉であるかに思えたが、体の何処からか我らの言葉が聞こえてくる。
「こんにちは。お会い出来て嬉しいです」
「我々、村山藩はあなた方を歓迎致します」
型通りの挨拶を交わしていると、男の背後から新たに女人が現れた。一見器量良しとも思えるのだが、これまた大きな鼻を備えている。思わずその鼻を凝視した。
――
や
っ
ぱりだわ。この男は私を見ている。
男は船内に招待したいと申し出た。こうなると正使たちは後ろに控えてはいられない。導かれるままに三人は船内に向かう。使者二人と男から是非にと言われた平之助の三名であ
っ
た。
平之助が女とすれ違う際、あまりにぴ
っ
たりとした衣で寒そうに見えて声を掛けた。
「寒ぐねが?」
女は首を傾げたが、平之助は一行と共にそのまま歩む。訛りのあるその言葉によ
っ
てイヤー
トランサー
にデ
ィ
レイが生じたのだ。トランサー
は暫し考え、平之助の言葉を伝える。
「君。寒くないかい?」
優しいその一言に、女は平之助の背に目を向けて自らも後を追
っ
た。
「ほう。あなた方は空から参
っ
たと申されるのか」
安心したのか辺津来は一転して饒舌になり、更に言葉を重ねる。
「殿は皆さんと交誼を重ねたいと申しております。是非、城下へ参られたい」
イヤー
トランサー
が伝える言葉に、男は女へ目を向けた。
――
雪を歩いて山を下りるなんてとんでもないことだ。さ
っ
さと済ませてしまおう。
「残念ながら私たちは寒さに弱いのです。あなた方のお気持ちは良く分かりました。一度戻りますが、再び訪問させて頂きまし
ょ
う」
辺津来は小躍りする心持ちとな
っ
た。約束を取り付けたのだ。これは大手柄に違いない。
「あなた方がお泊まりになる館を設えお待ちしております」
男は席を立ち、異国の言葉で女と話をしている。
「ドリンクにワー
ムを仕込もう。あの僕らに似た鼻の男がいいだろう」
暫くすると女が鮮やかなザクロ色の飲み物を持
っ
てきた。
「私たちの飲み物で、一杯飲むだけで一日に必要な成分を補給できます」
「それは滋養があると云う事ですな」と、和尚は笑
っ
た。
「私たちは今晩旅立ちます。再会の日を楽しみにしています」
エネルギー
は予定通り充填された。繭は、ふわりと無言で浮きあがり、まるで辺りを窺うが如く向きを変えると、瞬く間に天に向けて跳ね上が
っ
た。細め雪落つる寒月の空。それは月明かりを仄かに返す雲間に姿を消した。
「ワー
ムは組織に馴染み始めているだろう。一体化が済むと英知が流し込まれる」
「セル。そんな事をして発狂したりしないの?」
「大丈夫さ。これまでも沢山使われてきたからね。ドリンクには指示通り入れたんだろ?」
「ええ。あんたの言う通りにしたわ」
「これでパラレルに逆転できればいいけどね」
「大陸へもう一匹落とすのよね」
「ああ。さ
っ
さと済ませて帰ろう」
パブは指示に反して毛の無い男のカ
ッ
プに仕込んでいた。
――
あの男は、私を好きなんだわ。
「君。寒くないかい?」
優しい言葉がいつまでも胸を反芻した。船内の内壁はぬめりとした全面モニター
にな
っ
ており、高速で星間を縫
っ
て行く。その五体が浮遊する感覚に、パブは浸り妄想した。
――
運命
っ
てあるものなのね。
モニター
越しに初めて目が合
っ
たとき
あなたがその人だと分か
っ
たの
異なる星に生まれても、話す言葉が違
っ
ても
決して二人を引き離す事はできない
嗚呼 なんて素敵なお鼻なの
二人のお鼻が触れ合うその日を想い焦がれて
わたしは異国の空を眺めるのだわ
我に返
っ
たパブは予定通りのルー
トである事を確認し、セルに顔を向けた。
「ゲー
ムオー
バー
まで、どれくらいかしら」
「カウンタでは29日だな」
「それじ
ゃ
、あの星の時間ではおよそ400年くらいね」
パブは小首を傾げ、何か思案する様に問いを投げた。
「私たちが光速であの星に戻
っ
たら、現地時間の推移に近づけるのよね」
「理論的にはおよそ100分の1の時間で追いつく事になるけど。それがどうした?」
パブはそれに答えず笑
っ
て往なした。
「さ、二回目のワー
プポイントに入りまし
ょ
!」
藩主吉兼は、辺津来からの報告を受けご満悦であ
っ
た。歓待の約定として館を建てる事にも同意する。吉兼はその館を村山名物として立ち上げたいと考えた。
交渉を成功させた恩賞として辺津来は家禄があがり、浄妙寺観念には新たな寺領を与えられた。そして活躍が目覚ましか
っ
たとされる平之助も家禄引き上げの御内示があ
っ
たが、他の警護衆が金一封のみと聞き、それと同等で十分と辞退したのである。
時は過ぎても相変わらず村山には貧しさの風が吹いている。期待の異星人は現れる様子が一向に無く、完成した館は空しく佇んでいる。
そして、吉兼の堪忍袋の緒が切れた。怒りの矛先は交渉に当
っ
た辺津来たちに向けられた。辺津来は加増取消とお役取り上げとなる。警護衆には金一封返上の達しがでた。
さて、ワー
ムを盛られた観念はどうな
っ
たのであろうか。寺領召し上げは当然だが、実はこの時、既に本人はこの世になか
っ
た。観念はあの一件があ
っ
てより、都の名刹を訪れ当世に聞こえた名僧を論破して評判とな
っ
た事もある。しかし、村山へ戻ると我が身を土中に投じ即身成仏すると云うではないか。あまりに知恵が付き過ぎて狂
っ
たのか。それとも未来を垣間見て無常観からそれを決意したのか。ともかく観念は土中の人とな
っ
た。異星人の目論見はまんまと外れたのである。
我らが平之助はいつしか嫁を娶
っ
ていた。噂によると押しかけ女房で、平之助は随分と逃げ回
っ
たらしい。奴のどこがそんなに良いものか。恐らくあの鼻が取り持
っ
た縁に違いないと城下では笑い噺の種とな
っ
た。それでも結ばれてからは、傍目から見ても仲睦まじいものだから次第に笑う者も潰えたと云う。
誠に「ハナバナしくもお似合い」の二人である。嫁の出自は平之助と音無沼に沈められた宇宙船のみが知る。
果たして、平行世界間で競われたゲー
ムの結果はどうな
っ
たのか。それは、セルとパブのチー
ムに軍配が上が
っ
た。裏世界は文明が進歩し過ぎ、世界大戦とな
っ
て、全面的に核が使用された。人類の生き残りは、地下にその子孫が途絶えるのを待つばかりである。
一方こちらも、大陸民族の子孫が核を発明し、戦争で使用された。しかし、ゲー
ムオー
バー
のタイミングで、概ね人類は健全であり、猿人文化の各エレメンツを競うこのゲー
ムで圧倒的な勝利とな
っ
た。
村山藩はその後どうな
っ
たのであろうか。絶え間ない困窮に悩まされながらも見事に幕末まで存続した。
異星人の為に建てられた館も幕末まで残
っ
た。その看板には、寒月の夜、雲間に消えた舟に因みこう書かれている。
「雲月」これを運の尽きととるか、運のツキととるかは諸兄のご判断にお任せする。
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