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ファッションの秋!パリコレ小説大賞
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手袋の行方
 投稿時刻 : 2017.12.31 21:45
 字数 : 5491
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手袋の行方
ポキポキ7Coupé2000XE


 懐かしそうに目を細めた北村はなにか言いたげに口許を緩めたまま、しばらくの間、俺をじと見つめていた。
「なんだよ。なんか言えよ」
燻らせた紫煙を追て宙を仰いだ俺は、バツが悪くなり唇を尖らせた。
「いやさ、どれくらいぶりに三島と会たのか考えていたんだよ」
「成人式の後にやた高校の同窓会以来だから、30年くらいだろ」
 俺のつけんどんな態度が可笑しかたのか、北村は肩を震わせて笑いを噛みころした。下がる目尻に少年の面影が残ていて、高校時代の記憶が呼び起こされる。次々と浮かび上がる同級生の顔は想像の中で妙な老け方をしていて、自分も口許が緩んでしまい思わず失笑してしまた。カウンターの奥に並ぶ様々な形のボトルが間接照明で淡く輝き、卒業アルバムの集合写真のように見えた。
「結局、北村は親父さんのあとを継いだのか?」
 代々不動産業を営んでいる北村の家はとても裕福だた。当時まだ高価だたコンピターやピカピカのステレオデキが当たり前のように部屋にあり、俺やクラスメートはいつも嫉妬と羨望が混じた複雑な思いに囚われていた。成績が良かたのに偏差値が低い不動産学部がある大学へわざわざ進学し、北村は親のあとを継ぐのだろうと誰もが思ていた。
「うん。自分のやりたいことを見つけて別の道を探しても良かたんだけど、どうも僕は冒険が苦手なみたいでね、おとなしく敷かれたレールの上へ乗ることにしたんだ。だから、いまでも三島が少し羨ましい」
 シルクを織り込ませた艶やかなスーツで、毛玉が残たジトの俺に北村は告白する。なんの冗談だと思たが、切なげな眼差しにお世辞は含まれていないようだた。
「冒険なんてたいそうなものじないよ。同窓会のときはさ、世界一のフンデザイナーになるとか大口叩いていたけど、途中で挫折して鞄屋に転職だもの。冒険じない。遭難だよ」
 グラスの氷が小さく割れて流氷のようにウイスキーの上を漂ていた。なにかが変わるわけじないけど、俺はひと息で飲み干しグラスの底に残た氷の粒を見つめた。マスターに合図をした北村が「同じのでいいか?」と尋ね、ゆくり頷く。
「それでもいまは自分の店を持ているのだから、三島は凄いよ。革の手袋を作てくれる工房を探していたら革工房ミシマて出てきて、もしかしたらと思てホームページを見たら三島秀樹て書いてあた。最初は同姓同名かとも考えたんだけど、写真がさ、そのまんまヒデちんなんだもの」
「いいから、話を進めようぜ。革の手袋を俺が作ればいいのか?」
 懐かしいあだ名で呼ばれてきまりが悪くなり、手のひらを扇いで北村を急かした。
「分かた、分かた。この間、メールに詳しく書かなかたのは、実際に見てもらいたいものがあたからなんだ」
 隣の椅子からバグを持ち上げ北村は腿に置いた。ブラクのシンプルなレザートートはおそらくエンガー。イギリスの上品な感じが北村に似合うなと考えていると、特徴的なピンタブを弾き、中から角が寄れたA4の手帳を取り出した。
「この写真を見てくれ」
 ページの間に挟まれていたモノクロのキビネ版はかなり古い写真のようで、黄色いシミがあちこちに広がていた。
「ずいぶん古そうなオープンカーだな。イギリス車か?」
「ホンダの車だよ。S600て車」
 フロントウンドーの向こうでハンチング帽を被た青年がハンドルを握ている。肩にエポレトがあるからトレンチコートを着ているようだ。隣には風になびく髪を押さえた笑顔の女性。北村がオーダーしたいのはドライビンググローブなのだろうが、このアングルだと全体像は掴めなかた。
「こんな感じのやつを作ればいいのか?」
「いや、可能な限り同じものを作て欲しい」
 呆気にとられた俺は北村の顔を凝視したまま固また。
「実は去年、お袋が亡くなたんだ。それ以来、親父に覇気がなくなて、先月突然、仕事を引退するなんて言い出してさ。もとも傘寿になるから遅いぐらいなんだけれど」
 合点がいかない俺を察して、北村は写真の人物を指差して話を続けた。
「僕としてはさ、お袋の最期ばかり考えている親父が不憫でね、出会た頃を振り返て楽しかたこととか、悲しいことばかりじないだろて思い出して欲しいんだよ。僕も親父には本当に世話になたからさ。だから、そのためにね、納屋の奥で埃を被ていた車をレストアして、2人のドライブを再現してあげようと思たんだ。そろそろ免許も返納して欲しいし」
「つまり服も含めて完全再現したいと」
 照明に透かし、もう一度写真を注視してみた。遊びに行たときに見掛けた北村の親父さんはいつも難しい顔をしていたから、写真の中の穏やかな表情を浮かべた青年となかなか結びつかない。ただ隣にいる北村と血縁がある人物だとは面相や雰囲気からなんとなく理解できた。
「コートと帽子はあたんだが手袋だけはどうしても見つからなくてね。ちなみにこの写真のネガはある。四つ切に引き伸ばしたあと業者に頼んでカラーにする予定だ。拡大した画像と色はメールで送るので、手掛かりは少ないけど、どうか引き受けて欲しい」
 きつく唇を結んだ俺を迷ていると判断したのか、北村は説得するように声へ力を入れた。写真を返し煙草に火を着け、宙の一点を見つめたまましばらく考える。形さえ分かれば造作もないことだから、友人だし断る理由はない。ただ頭に過ぎたのは幾ばくかのつまらない意地だた。自分の仕事を遭難と例えたのには意味があた。独立した当初、俺には野心があた。
「くだらない話なんだけどさ、俺は自分の作品を世間に認めさせたかたんだよね。名の知れたブランドになるとか、持ているとステータスになるような、そんな製品を作りたかた。でも店を出してから気づいた。財布でもベルトでもさ、当たり障りのないデザインのものが売れるんだよ。俺らしさを込めたところでたいして売れない。期待した子どもがクラスでハブられているような、そんな寂しさを感じちてね、気がつくと生活のために思い入れのない製品ばかり作ている。最初の俺はどこに行たんだろうて」
 グラスを揺らしながら黙て聞いていた北村はウイスキーを一口含むと不意に相好を崩した。
「三島にとて作たものは子どもなんだね。なんだか僕の親父みたいだな。あれこれ子どもに願望を押し付けて自分の思い通りにしようとする。まあ、僕はそれを受け入れたんだから文句は言えないけど。でも三島は違うと思ていたよ。親の意思とは関係なく自分のやりたいことを見つけて、いまがあるんだろ? だたら子どもも自由にしてあげればいいのに。それに思い入れのない製品なんて言い方、ちと可哀想だ。出来のいい子だけ贔屓する親みたいで、僕はどうかと思う」
「ひとして俺、説教されている?」
 途中から笑顔を忘れ熱くなていた北村は俺が言葉を挟むと我に返た。
「ごめん。家業を継ぐて決心するまで、僕もいろいろあたんだ。当時を思い出して、つい興奮してしまた。別に三島を責めたいんじないんだ。ただ子どもの立場だたらどう思うかとか、自分と重ねて考えちて」
 申し訳なさそうに項垂れた北村の背中を軽く叩いた。穏やかな印象ばかりが記憶に残ていたが、こうして感情をあらわにする姿を目の当たりにすると些細なことで喧嘩した高校時代を思い出し、また新たな友情を築けそうな気がした。
「三島の場合は、もう少しお客さんを信用したらいいと思う。三島が気に入らないものでもお客さんが選んだてことは、その人にとて価値があるてことなんだから」
「客を信じろか。自信て不思議だよな。自分の中の根拠が揺らぐとすぐに消えてしまう。俺の場合、たぶんその根拠ていうのは自惚れと変わらなかたんだろうな。誰かが良いて保証してくれないと、不安になてしまう」
 今度は北村が俺の肩を叩いた。
「僕が保証してあげるよ。天下の革工房ミシマなんだから、三島の色がなくたて間違いなく良い製品になる」
 いいように乗せられたような気がしたが、悪い気分ではなかた。
「お願いできるかな?」
 棚のボトルみたいに輝いている瞳が答えを待ていた。カランと氷が溶けてグラスを弾いた。それが合図だと思たのは俺が少し酔ていたからなのかもしれない。
「手袋なんて作るのは専門に通ていたとき以来だけど、まあ、やてみるよ。もう1杯ご馳走してくれるのなら」
 ドリンクメニをカウンターに滑らせ、してやたと言わんばかりに北村は口角を上げた。

 1週間ほど経たあと、北村からのメールが届いた。ドライビンググローブを中心に拡大された画像と彩色された全体画像、補足として写真は昭和40年ごろの撮影で、当時親父さんは舶来品を好んでいたとの情報が記されていた。
 画像を拡大して特徴を探るが、指出しのオープンフンガーではなくフルフンガーで指関節の山に穴がないことぐらいしか見て取れない。コートの袖で陰になている手袋の口の部分がかすかに広がていることから、ボタンやフスナーのような留め具は使われていないタイプだと推測した。
海外の老舗メーカーで手袋といえばイタリアのメローラやフランスのガンコスが思い当たる。取り急ぎ1965年前後に発売されていたドライビンググローブをインタートで検索し、似た形の製品をいくつかピクアプした。
念のため当時輸入されていたかどうかも可能な限り調べ、候補を絞り北村へメールした。
(三島が決めていいよ。間違いないから)と、全幅の信頼を置いているのか無責任なのかよく分からない返事に頭を抱え、俺は自分の勘に任せてイギリスのデンツを選んだ。クラシカルな指先の十字の縫製と手縫いのマチに見える指の間の小さな陰が画像に見えたような気がして、似た製品がデンツのラインナプにあたことと、神保町の古本屋を巡り昭和40年前後の車雑誌の広告を調べ、レース用のグローブはあてもドライビンググローブの広告はなく、当時は一般的な手袋を使ていたのではと推測し、昔のフン誌に載ていた手袋の広告がデンツだたのがその根拠だ。というか、現在でも同じモデルが売ているのだからわざわざ作る必要はないのではと疑問に思たが、北村は俺の問いかけに(三島が作るから意味があるんだよ)と笑顔の絵文字を添えて送り返してきた。
 デアスキンと呼ばれる雌の鹿革は軽くて通気性が良く、ドライビンググローブのような裏地がない手袋にはちうどいい素材だ。色は普通に流通しているイエローなので問屋に在庫はあた。クロム鞣しの鹿革を1メートル四方、100デシ注文する。納品されるまでの間に紙型を作る。親父さんの手は北村と同じくらいと聞いていたのでデンツのMサイズに合わせて寸法を取る。本来ならば金型を作て荒裁ち、化粧裁ちと進めるべきなのだろうが、今回は量産しない1点モノだ。手間だが手動で丁寧に裁断する。
 納品されたばかりの革を伸ばして裁断する向きを見極めていると、北村が見学に来た。物珍しそうに店内を見渡し、奥の作業場にいる俺に気づいて小さく手を挙げた。進捗でも確認しに来たのかと問うと、一度来たかただけだと答え、展示してある財布を物色していた。
「顔を見ればね、進んでいるかは分かるよ」
 通ぶた言い方で嘯いた北村は小銭入れを手に取り、俺の肩に手を置くとレジに向かた。アルバイトの子が割り引くべきか目線で指示を仰ぎ、俺は2割だと指を2本立てた。
 裁断した手の甲の部分を折り曲げ糸を通す。フリ柄と呼ばれる3本のラインを指の骨の間に作る。親指側のラインで甲と掌を縫い合わせてから親指のパーツと指の側面部分に当たるマチをつけ、全体を縫いまわし余た革を切り除く。最後にクリ金という指の形をした金属のアイロンで内側の革を熱し、経年で縮む量を予め想定して大きめに革を伸ばす。これで完成だ。ホームページでデンツの製品と見比べ、形状に相違がないことを確認する。もとも熟練した本場の職人と自分を比べるのはいささか気が引けるが、数度の使用ならきと誤魔化せるだろう。
 俺の作品であて作品でない手袋を、自分らしいデザインを意識して作た財布と並べて眺めた。北村の言う通り、俺は自分の願望を作品に押しつけていたのかもしれない。写真の中の手袋は親父さんの手袋であて、製作者の手袋ではなかた。もしも製品に強い願望が込められていたとしたら、俺は迷うことなくデンツの作品だと気づけたはずだ。そのデザインも質も、選ばれた時点で客のものになた。いつまでも子離れできない親みたいに、俺は客ではなく自分のことだけを考えていたのだろう。

 北村と再会して半年が経過した。俺は相変わらず自信を持てデザインした製品が売れないことを嘆いている。ただ遭難しているとはもう考えていない。少しだけ前向きに、冒険の途中で寄り道しただけだと思い込むようにしている。先日、北村が送てくれた写真の中で、親父さんは楽しそうに笑ていた。ピカピカに生まれ変わたS600のハンドルを握り、まるで高校時代の北村みたいな穏やかな笑顔を浮かべていた。手袋は親父さんの感情の一部だ。俺の存在なんか影も形もない。それが良いことか悪いことかは、いまだはきりとは分からない。
 待ち合わせのバーへ向かう途中、自分の思いをどう言葉にして北村へ伝えようか悩んでいた。素直に謝辞を述べるのはどうも気恥ずかしい。酒の1杯でも奢れば、なんとなくでも分かてくれるだろうか?
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