ガラスの靴の魔法は解けない
「忘れ物をしました。その靴は、これから私を幸せにつなげてくれるはず。」
老女は同じ言葉を繰り返す。なるほど、片方の靴がない。
とりあえず交番にでも連れて行こう、と私は思う。
時刻は0時5分。私だ
って家に帰りたい。
「さっきまでどこにいたの?」
場所は「お城」だと言う。異国情緒豊かな繁華街の店の中には「お城」と言ってもいい豪奢な造りのものも ないことはない。地味で粗末な服装の老女にとっては、どこもきらびやかな「お城」なのかもしれない。
「何処から来たの?どうやって来たの?」
面倒なことになったなと思うと 掛ける言葉もぞんざいになる。
「ああ、もうあれは馬車でもないの。どこにあるのか解らない。だって……」
少女みたいな喋り方をすると、彼女は私の腕を取り 時計を見て絶望的な声で言う。
「12時を回ってしまった。魔法は解けたの」
きっと、なり損ねたシンデレラ。無駄な希望を引きずって 今日まで生きて来たの?
さっき私も「王子様」に振られたところ。誰かに貰う「未来の幸せ」なんて期待しない方がいい。
さあ、ここでご家族呼んでもらって、元の生活に戻りなさいね。どんな日常でも 夢だけ見て暮らせればそれも幸せかもしれないね。交番の入口で彼女の背中を押した。
そんな都合よくガラスの靴の落とし物なんてあるわけない。だって魔法は解けたんだから。
そう思いながらも 道路の向こう、一際古風な石造りの建物の大きな階段に きらりと輝く片方の靴を見たような気がして目を擦る。