第51回 てきすとぽい杯
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隣の客はよく鍵食う客だ
投稿時刻 : 2019.06.15 23:07
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隣の客はよく鍵食う客だ
犬子蓮木


 となりの客がすごい勢いで鍵を食べている。
 ガリボリボリガリ。
 僕は店に入たばかりでカウンターに座り、注文した品が届くのを待ていた。そうして変な音がするなと横をみたらよく鍵を食べる客がいたのである。
 お皿に山盛りになた鍵の束たちを手にとて口に運んではけたたましい咀嚼音をたてながら砕いて飲み込んでいく。あんなに食べてしまていいものなのだろうか。あの砕かれて飲み込まれて行た鍵が使われるはずだた鍵穴を思う。
 もしあの鍵がひとつしかないものだたらその扉はあけることができなくなる。
 合鍵だたらいいけれど、そう考えたところで、僕はひとつ思い出すことがあた。
 合鍵。
 そう、ずと持ている鍵があた。
 昔、付き合ていて、別れて、別れ方が急だたため、返しそびれた人の家の合鍵。ずと持ていたまま、だけど当然使うこともなく、しかしながら今更のんびり返しに行く気にもなれない合鍵だた。
 鍵の処分方法というのはよくわからない。
 普通は引越すときに大家さんや管理会社に返して終わりなわけだ。ゴミ袋にいれて捨てたりは基本しないわけである。誰かに使われても困るし。だけど、たとえばなにか変わた人がいて、合鍵を増やしまくて、律儀にそれを大家さんに返すこととがあたりしたらどうだろうか。100本も合鍵が束になていたら大家さんも困りものだろう。次の入居者に100本渡すのもどうかと思われるし、入居者的にもそれは怖い。きと鍵を変えたくなるだろう。そうして鍵が変わると使いみちのなくなた合鍵があまるのである。あの隣の客が食べている鍵はもしかしたらそういた使われなくなた鍵たちなのかもしれない。
 僕はポケトからキーホルダーにつけた鍵の束を取り出して、返しそびれた合鍵だけはずした。それから隣の人の肩をとんとんと叩く。
「あのすみません、もしよかたらこの鍵も食べてもらえないでしうか」
 隣に座ていた女の人は、僕の顔を観察するように眺めてから鍵を見る。ゆくりと無言でうなずいて、受け取た。それから鍵を皿の横に置いて立ち上がた。セルフサービスの水とおしぼりを新しく持てきて席に座る。
 新しく持てきた水の入たコプに鍵をつけて、持たままちぷちぷと浸した。続いて水から出した鍵を袋からあけたばかりのおしぼりでふいていく。
 たしかにいきなり知らない人間からもらた鍵なんて食べられたものではないだろう。どれだけ汚れているかわかたものではない。気をつかわせてしまたなと思う。
 そうして洗われた鍵がお皿の上に落とされた。
 キーンと音をたてる。
 それから他の鍵とまぜていく。
 かちかちと音がたつ。
 隣の客が鍵を食べる動作を再開した。鍵の束を口にふくんで噛み砕いていく。山盛りになていた鍵がどんどん減ていく。僕の渡した鍵がもう隣の客の胃の中にはいたのか、まだ順番待ちの列にいるのかわからない。おいしく食べてもらえればいいのだけど。
 そう思ていたところで、カウンターの向こうから店員さんが声をかけてきた。
「味噌ラーメンおまち」
 あたたかそうに湯気をたててている味噌ラーメンを受け取り、僕は目の前に置く。割り箸をとて、割て、ラーメンをすすていく。とてもおいしい。夢中になて食べていく。額に汗がうかぶ。ちと休もうかと体を離すと隣の客がいなくなていたことに気付いた。
 席を立ち、お会計のレジの前に進んでいた。
 隣の客だた人が座ていた席には空になたお皿がまだおかれていた。
 少なくとも食べられないものではなかたらしい。
 僕は、僕の渡した鍵の味について感想を聞いてみたかたけれど、隣の客だた人がお会計を済ませてお店から出ようとしていたので追いかけるわけにもいかないなとあきらめる。
 隣の客だた人がお店の扉をがらがらとあける。
 外の冷たい風が一瞬、入り込んできた。
 僕は味噌ラーメンを食べて体をあたためることにした。
 それから追加で生ビールとラーメンにいれるライス、あとたまごを注文した。
                                             <了>
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