第58回 てきすとぽい杯〈夏の特別編・前編〉
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四葉のクローバー
投稿時刻 : 2020.08.22 00:17 最終更新 : 2020.08.22 07:12
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四葉のクローバー
すずはら なずな


「いぺん 泣いて」
教室の隅にわざわざ呼ぶから何かと思たら 手を合わせて智樹は言た。

小学校6年間、組がえでほとんどの子が一度は同じクラスになる。
紗季と智樹は 結構縁があるのか何回も同じクラスになている。

「泣き顔見たたことない女子て、お前だけなんだよな


女の子に限らず 6年の間にみんなよく泣いた。
転んで泣く、出来なくて泣く 失敗して泣く。イジワル言われて泣く、けんかして泣く、しかられて泣く。
感動して泣くてのもあたかな。

この間の球技大会では 決勝戦で競り合た末負けた。悔しがて クラスのほとんどが泣いた。
紗季だて負けが決また瞬間、胸がキてなて目頭が熱くなた。一番最初に泣きそうになたのは自分だ、と紗季は思う。でも気がついたら みんなわあわあ泣いていて、もらい泣きぽい子もいて、なんだか涙がこぼれる前に退いた。

泣きたい気持ちは 紗季だてある。でも涙はちと我慢する。それだけのことだ。



ふう……紗季は朝からため息ばかりだ。今日は体重測定がある。
「成長期の子どもがダイエトなんか 絶対しちだめだからね
お母さんはわざと、ご飯を山のように盛た。
「身長の伸びる時期と体重の増える時期が 順に来るのよ」
保健の先生みたいなことまで言う。

今日は重い体に加えて、足におもりが付いてるみたいだ。
雨上がりの校庭。水たまりがところどころに光ている。ぬかるみを避けてのろのろ歩く。
靴に履き替えて 何となくポケトに手を入れると、小さな紙片が触れた。チカちんがくれた「お守り」だ。四葉のクローバーを押し葉にして 仲良しのチカちんが作てくれた「しおり」。普通のよく見るクローバーよりちと小さめの葉ぱ。

──細くて小さくて可愛いチカちんがくれた 小さくて可愛い四葉のクローバーのしおり。
お守り眺めながら、紗季はやぱりため息が出る。


「なーんだ、コレ」
紗季の手からしおりがするりと逃げ出した。後ろから走てきた智樹のしわざだ。

「返してよ」
「いやーだねー。取れるもんなら取てみな」
わざとしおりをひらひらさせて、アカンベーした顔で振り向いたりして 智樹は逃げていく。



男子のほとんどが まだ紗季より小さい。ちとふざけてするくらいの喧嘩ならまだまだ紗季たち女子が強い。
智樹は紗季をからかいながら みんなが上靴に履き替えている中をチロチロ縫て逃げる。
くやしい。すばしこくて追いつけない。
玄関から泥んこの校庭に飛び出そうとした智樹を 紗季は全速力で追いかけた。
「返してよ」
上靴で外に出たくない。玄関ギリギリで智樹の腕を思いきり引た。
振り払おうとして智樹は腕を振り回す。智樹が急にバランスを崩しよろけ、しおりがひらひら泥んこの玄関先に舞い降りた。

ペタンとしがみこんで、紗季が落ちたしおりを呆然と見ていると
「重てー。お前 また体重増えただろ」
智樹が 言た。紗季の肘がほんの少しだけ、床に突伏した智樹の背中に乗ていた。

何か言い返そうとした。泥んこになたしおりのことで思い切り文句言てやりたかた。
なのに胸くうとが苦しくなて何も言葉が出ない。立ち上がり智樹に背をむけたまま 黙てしおりを拾た。
泥んこになたしおりが 急にゆらゆらくもて見えた。ぽたん ぽたん……しおりを持つ手に涙が落ちた。



どんなに大声で泣いたのか もう恥ずかしいから思い出さない。智樹の顔を見るのも嫌だ。
あの日智樹が 誰に責められ誰にしかられたかなんてそんなの知らない。
「ちんと はじめから説明して」
先生は言たけど 紗季は黙て泥んこのしおりだけ見せた。



**

智樹が近づいてきたから 紗季はわざとチカちんとおしべりに夢中のフリをした。
チカちんはあれから智樹のこと、むちくちている。 
「何よ
とにらんだチカちんの方を見ないふりして智樹は何かを差し出した。
「これ やる」
白い紙にセロテープでベタと貼り付けたやたら大きな四葉のクローバー。紗季の机の上にドン、と置くと智樹はすぐに走て離れて行た。

「何よこれ、お詫びのつもり?」
チカちんは見た目はふんわり可愛いけど気は強い。
「私たち二人の大事なお守りだたんだからね。特別可愛いの探して押し葉にしてリボンつけて……こんなの全然違うんだから
智樹が遠くから言い返す。
「うるさい ばーか。川原でいちばんでかい四葉だぞ。一番でかいのがいちばんいいに決まてら」


この一週間 智樹が川原にしがみぱなしで何か探していたことを 紗季だてちあんと知ている。
もう許してやろうかな……「でかい四葉のクローバー」を、眺めながら紗季はちとだけ思うんだ。
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