僕と妻とラブドール
まだまだ夏盛りというのに、連日の雨に少し肌寒くも、眠るには十分に快適な二○二一年八月二一日の夜。僕は夢を見ていた。
夢。特別、夢日記をつけているというわけではないが、夢の内容をは
っきりと明瞭に覚えていられるのは、僕の数少ない能力のひとつだ。覚えていられるばかりか、明晰夢を通り越して「幽体離脱」まで出来てしまうのだが、それはともかくとして、その日の夢は本当に懐かしい人物が登場した。
彼は、大学時代の友人であり、お互い社会人となってからは、まったく交流がなくなり、今や連絡先もわからない。長身で極度に細身の、ピザ屋のアルバイト生であり、恐ろしいほど不幸体質の持ち主で霊感も強く、夜な夜な心霊スポットにともに出かけたものだ。
そんな彼と、僕はどうやらラブホテルにいるらしい。ラブホテルというには、あまりに雑然。ベッドと呼べるものは見当たらず、L字型のソファが唯一の寝具といえるだろう。特に特徴的だったのはホテルと謳いながら、隣室との境のドアに施錠器具がなく、普通に行き来可能なプライバシーのなさに、僕は肩をすくめるしかなかった。
そこで彼が僕に見せてくれたのは、二体のラブドールだ。黒髪の少女らしい身体つきの彼女は「まゆみ」というらしい。もうひとりは、まゆみと似たり寄ったりな風貌で、ふたりが姉妹であることは一目瞭然であったが、まゆみと違ってさらに低年齢な様子で、彼女を「まゆ」といった。そして、どういうわけか、彼女たちのうち、まゆを僕にくれるというのだから、なにがなんだかわからない。突然、目の前に有名通販サイトのレイアウトが浮かび上がって、六八一円という安さに目を丸くするのだが、そうはいっても、ドールには並々ならぬ熱量を抱く僕だ。とりあえず、ソファにまゆを寝かせて、毛布をかけてやる。
ここで場面転換の暗転が訪れる。ややあって視界がひらけると、なにやら満足そうな顔で前に立つ彼と、その機能を十分に発揮したと思われる足元のまゆみ。不憫に思っていると、突然ヤンキーカップルが乱入してくる。そして、ここから出て行けと言ってくるのだが、さっきまで横たわっていたまゆみがいない。僕は、彼女の名を大声で叫んだ――
なんの違和感もなく目を開けると、穏やかな寝息を立てる妻の顔。乱れた毛布を整えて、そのちいさな身体を引き寄せる。しかし、まゆみって誰だ。
ふとあげた視線の先に腕のないラブドールが暗闇のなかに浮かび上がっていた。