第64回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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チリンチリン
投稿時刻 : 2021.08.22 14:38 最終更新 : 2021.08.22 14:52
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- 2021/08/22 14:52:07
- 2021/08/22 14:38:27
チリンチリン
はなまる


 あんな夢を見たのは、台風が近づいているのに風鈴をしまい忘れたせいだろうか?

 荒れ果てた荒野をただ一人。どこまでも、どこまでも歩く夢だ。聞こえるのは耳元を吹き抜ける強い風と、杖に付けた小さな鈴の音だけだた。

 夜半過ぎに目を覚ますと、すでに暴風域に入ているらしく、風鈴はチリンチリンを通り越してチリチリチリと十六ビートを刻んでいた。
 慌てて窓を開けたら短冊部分(舌というらしい)が雨風に煽られて、陸上された魚のようにビタンビタンと跳ねている。取り外すために伸ばした腕は、あという間にびし濡れになた。

「風、凄いね。水路、大丈夫かな?」

 律子がベドサイドの淡いランプを灯けながら言た。寝起きでカタコトになているのが可愛い。

「警報は出てないな」

 スマホをチクして応えると、律子が両足を天井に向けて上げ、それを下ろす勢いで立ち上がた。
 その動作をはじめて見た夜はそれなりに驚いたが、今では愛嬌すら感じてしまう。我ながらベタ惚れで困たもんだ。

「キチン行くならビール持て来てくれる? 一番小さいやつでいいから」

「えー、今から飲むの?」

 律子は、言葉の割にたいして嫌そうでもない顔で寝室を出て行た。可愛い。

 吹き荒れる風の音を聞きながら、さきまで見ていた夢を反芻する。時間がたつにつれて鮮明になている気がする。普通は夢て、起きた瞬間から凄い勢いで忘れていくものなのに。

 僕は元々、リアルな夢を見ることが多い。夢の中で音を聞けば鼓膜が震えた振動が耳に残り、ものを食べれば舌に味が残り、何かに触れば感触が手に残る。

 これはいわゆる『思い出している』状態で頭に浮かぶ記憶とは一線を画していて、煮詰またスープみたいに純度の濃い感覚だ。
 その純度で見るエロい夢は、それはそれは凄かたりする。うん、凄い。

「その代わりと言何なんだけど、ストーリーがあやふやなんだよな

 物想いに沈んでいたら、律子が戻て来たようだ。階段を上がる音がする。

 軽く飲んだらまた寝るとしよう。それとも久しぶりに朝までたぷり愛し合うか?
 ニヤニヤと緩む顔を律子に見られたくなくて、手で口もとを覆う。

 あれ? さき雨でびし濡れになたパジマの袖がすかり乾いている。そういえば、窓枠から外した風鈴はどこに置いただろうか。耳にはチリチリと鳴る音が、確かに残ているのに。

 ふと、思い出す。

 そういえば僕は、明晰夢だけは、一度も見たことがない。
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