第20回 文藝マガジン文戯杯「記念日」
〔 作品1 〕» 2 
ミラ
投稿時刻 : 2022.08.20 21:30
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ミラ


 俺が一人暮らしを決意したのは、これ以上妹と一緒に暮らしていたら、いつか妹を犯してしまうのではないかという強迫観念にとらわれてしまたからだた。
 妹と言ても血は繋がていない。俺の実の父親はろくでもない男で、酒を飲んではよく母と俺を殴た。耐えかねた母は当時小学生だた俺を連れて実家に戻り、家庭裁判所に調停を申し立てて協議離婚の手続きをした。父は何度か実家にまでやてきては、二人に合わせてくれと母の両親に懇願した。酒を飲んでいないときは実に気が弱く、大人しい性格の父が涙声で母と俺の名を呼んでいるのを、母と俺は二階の部屋で身を寄せ合て聞いていた。
 ようやく離婚が成立したあと、いつまでも実家に潜んでいるわけにもいかないので、母は隣町に仕事を見つけてアパートの部屋を借りた。仕事というのはパチンコ屋の店員だた。母子家庭になてから、俺の小遣いは少なくなたが、酒乱の父親がいなくなて毎日が平和になり、転校先で友達も出来た。
 中学三年のときに母が再婚し、母子二人での生活が終わりを告げた。子供だた俺には、なぜ母が再婚しようと思たのか理解できなかた。俺がいればいいじないか、どうして赤の他人を家族に加えようとするんだろう、と。
 再婚相手の男は消防署の隊員で体格がよく、精悍な顔立ちをしていた。大きな声で、なんでも思たことをそのまま口に出すタイプの男だた。実の父とは正反対と言ていい性格で、俺に対しても気兼ねなく話しかけてくるのだが、正直苦手だた。大人の男とどう接したらいいのか、そのときの俺にはまだわからなかた。
 彼には連れ子が一人いた。俺に三歳年下の妹が出来た。
 当初、妹は俺に懐かなかたし、俺も血の繋がらない妹という存在に対して、どういう態度を取ればいいのか分からずにいたが、何度かテスト勉強を教えてやてるうち、次第にお互い打ち解けていた。義理の父親とは相変わらず馬が合わなかたが、きうだいというものも悪くないと、そう思うようになた。
 ある日、俺は自分の部屋で自慰をしていたところを、突然入てきた妹に目撃されてしまた。それから妹は俺を避けるようになた。母は俺が妹に何かしたのではないかと疑た。俺は家族の中で孤立した。
 俺は疎外感を抱えたまま、その後の高校生活をやり過ごした。その間、妹は一度も俺と口をきかなかた。俺は自慰をするたびに、妹に見つかたときのことを思い浮かべた。妹の驚きと嫌悪の入り交じた表情を反芻しながら射精した。俺は妹を憎み、そして求めた。俺はいつか妹を犯すに違いない、そんな強迫観念が俺を苛んだ。
 進学を期に、俺は大学に近いアパートを借りて一人暮らしを始めた。家族という重苦しい関係から解放され、妹に対する入り組んだ感情も次第に薄れていた。それでも時折胸苦しい思いが湧き上がることがあて、そういうときは大学の悪友と一緒に女漁りに繰り出した。
 ある日、妹がアパートに訪ねてきた。近くまで寄たからと妹は言た。しばらくぎこちない世間話をしたあと、妹は突然泣き出した。そして、ごめんねごめんね、と何度も俺に謝た。
 俺は黙て肩を抱いて、涙を拭いてやた。その日、ようやく本当のきうだいになれた気がした。
 妹を駅まで見送た後、晴れやかな気分でアパートへ戻る途中、みすぼらしい初老の男とすれ違た。おそらくホームレスなのだろう、薄汚れた服装をして、よろめくように歩いていた。何故か見覚えがあるような気がして、しばらく後ろ姿を眺めていたが、結局思い出せなかた。
 まあいいさ。誰であれ、今の俺には赤の他人だ。
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