第20回 文藝マガジン文戯杯「記念日」
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迂闊な記念日
romcat
投稿時刻 : 2022.08.21 19:53
字数 : 3077
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迂闊な記念日
romcat


 昨年のこと、である。妻に内緒で小遣いを貯め、誕生日に旅行をプレゼントした。とは言ても、所詮は小遣い貯金。雀の涙を集めたところで出来ることには限りがある。少ない予算でも豪華に楽しめるものはないか、あれやこれやと探していると「グランピング」というものがあることを知た。「グランピング」とは「グラマラス」と「キンピング」を掛け合わせた造語である。自然溢れる景観の中に大きなテントを張り、そのテントの中には寝具やら家具やらがまるでホテルの一室のように備えられてある。
 「グラマラスなほどに豪華なキンプを堪能する」という新しいアウトドアのスタイルで、そのグランピングを旅行として企画をしたのである。
 私が選んだのは「伊勢志摩エバーグレイズ」というところであた。かつて妻がTV番組の紹介を羨ましそうに見ていたのを覚えていた。アメリカンな雰囲気が美しいアウトドア施設で、苦労をかけてきた妻に何らかの孝行を、と発起して一番高いグランピングプランをサプライズプレゼントしたのである。高いといても一泊七万円程度、バーベキの食材付きとあてまずまずの満足度であた。

 ところが、である。その体験に味をしめたのか、娘たちが今年のママの誕生日は何処に行くんだ? と騒ぎ出した。昨年は気まぐれに思いついたサプライズ企画。今年は五、六千円程度のプレゼントでお茶を濁そうと考えていたので当然小遣いなど貯めていない。宵越しの金は持たね、が信条の江戸子気質な私は、娘たちの問いを適当にはぐらかしていたのであた。

 しかし、私は迂闊であた。奴らの狡猾さをみくびていたのである。

「もう、予約取たの?」

 妻が突然、問いかけてきた。どうやら娘たちが「今年もママの誕生日、エバーグレイズに行くんだて」と耳打ちをしたらしい。既成事実を作る作戦に出たのである。

「あ、い、いや、こ、今年は休みが取れないからさ、ど、どおしようかな、なんて思てて……

「どおすんの? 子供たち楽しみにしちてるよ?」

「ほ、本当はサプライズにしようかと思ててさ、ご、ゴールデンウクなんかで考えてて……

 突然のことで咄嗟に出まかせを言たら、じあそれでいいよ、という運びになてしまた。

 ゴールデンウクといえばまだ、二か月ちと期間がある。今から頑張れば七万円くらいは何とかなるか、その程度の認識でタカを括ていた。

 けれどもまた、私は迂闊であた。連休における日本人の行動をみくびていたのである。

 ネトで予約を、とエバーグレイズのホームページをみたらゴールデンウクはすでに満室。嫌な予感がして、他のグランピング施設も調べてみたら、何処も満室である。いやいや、まだ二月だろう、探せばどこか空いているところがあるはずだ、と思い探しまくていみてもなかなか無い。ホームページを開いては閉じ、開いては閉じ、と繰り返すうちに、ようやく伊豆の離島にあるアウトドア施設に空きを見つけた。グーグルで検索したら家から五時間ちとで行ける距離である。

「エバーグレイズもいいんだけどさ、せかくだから今年は違うとこにしようか」

一応、妻に確認をとる。

「そんなこと言て、エバーグレイズ、もう満室だたんでし? 動くの遅いよ」

図星である。

「で、場所どこ?」

私は小声で答えた。

「伊豆の離島……

「はあ?! ゴールデンウクで道が混むていうのに伊豆なんて行けるわけないでし! しかも離島て!」

ですよね、である。

 これは困た。他を当たろう。頼むからどこか空いていてくれ、と祈るような気持ちでスマホと格闘をする。

「比較的近場でグランピングで、いやこの際温泉でもいいか、もう何でもいいや、見た目小綺麗であればあとはもうどうだて何だていいだろ……

 本人に聞かれたら質の良いパンチをお見舞いされるであろう危険な言葉をぶつぶつ吐きながら探し廻る。
 しかし、探せど探せど見つからない。こうしている間にも、私と同じ迂闊なお父さん達が探しまくているかと思うと、焦りばかりが募る。何とか彼らよりも先に見つけ出さなければならない、と広大なネトの海を泳ぎ続けていると、ようやくまた一軒だけグランピングプランが見つかた。こちらの希望の日にちの空き状況は残り二室となている。
 場所は三重県賢島。車で三時間ちと。伊勢志摩が有りなら、ギリギリセーフな距離であろう。あとは小綺麗かどうかだ。妻はその辺にうるさい。
 ホームページで部屋の様子を確認する。大きくて小綺麗なドーム型のテントに小綺麗で白いセミダブルベドが二つ。中々に小綺麗な家具が揃えてあて、見て感じた印象は、小綺麗である、といたところか。
 よし、ここに決めた、と再び予約画面に戻ると、いつの間にか空き状況が残り一室に変わている。

「く! 卑怯なり!」

 思わず言葉を発した。私が小綺麗かどうかの確認をしている隙を突いて、迂闊なおさんのひとりが先に予約を済ませたに違いない。
 迂闊であた。ここに到れば小綺麗かどうかなどさしたる問題でもなかろうに。ようやく見つけたのというのにまた予約を危うくしてしまた。何ということだ。私は迂闊なおさん界のなかでも輪を掛けて迂闊な存在であたということなのか。
 などと落ち込んでいる場合ではない。もうこれ以上の迂闊は許されない。急いで予約ページに個人情報を打ち込む。親指をぽちぽちとスマホに押しつける他の迂闊なおさんの姿が頭に浮かぶ。急がなければ。奴らに先を越されてしまう。慣れない作業に苛つきながらなんとか最後の情報を打ち込み、祈るような気持ちで送信を押す。

予約されました。返信メールで予約内容を確認して下さいー

「勝……

 安堵のため息とともに自然言葉が漏れた。

 思いの他大変な作業であた。いつも、デズニーランドやらユニバーサルスタジオやらの旅行を妻に任せきりにしていた私は、ようやく身に染みてその苦労を理解した。
 思えば、突き放すような妻の態度も、連休時の旅行の計画がいかに大変かというのを私にわからせようという想いがあたのかもしれない。
 何にせよ予約は取れた。私に敗れた他の迂闊たちを尻目に余裕の心持ちで予約内容を確認する。
 
・家族五人で大人二人、子供三人
・ゴールデンウク特別プラン食事付き
・夕食、朝食付一泊宿泊
・料金総額、131340円(税込)

よしよし、希望通りに予約出来たな。これでもう大丈夫だろう……やれやれ……とんだ災難だたな……て、ん? 131340円?!

 再三に渡ていう。私は迂闊であた。予約を焦るあまりに金額の確認をしていなかたのである。完全に予算オーバーだ。
 しかし、今更またネトの大海原に戻るには、私はいささか泳ぎ疲れていた。精も根も尽き果てていた。もう、迂闊なおさんとの競争の世界に、到底戻れる気がしなかた。

 何とかなるだろう。そう思うことにした。何とかなるだろう。なあに、旅行当日まで、酒とタバコと昼飯をやめれば済むだけの話じないか。何とかなるさ。子供たちも楽しみにしている。妻もきと喜んでくれるだろう。節制を解いた暁に食す、贅を尽くしたバーベキはさぞかし美味かろう。何とかなるさ。
 勝利の美酒は別れの酒。こよなく愛した酒とも暫しの別れである。最後の焼酎を開け、ゴクリと大袈裟なほどに喉を鳴らす。三寒四温と春に向かう二月の一日の、寒の方の夜。邂逅を果たすその日はきと、日差しに少し汗ばむのであろう。名残りを惜しみつつ飲み込む酒の、束の間の酔いに身を任せ、私は家族の幸福を想うのであた。
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