第21回 文藝マガジン文戯杯「Illuminations」
暗殺者の亭主
hato_hato
投稿時刻 : 2022.11.04 06:33 最終更新 : 2022.11.14 20:04
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- 2022/11/14 20:04:42
- 2022/11/04 06:33:16
暗殺者の亭主
hato_hato


 僕のスマートフンが鳴たのは午前二時だた。僕はパズル雑誌のクロスワードパズルを解いていた。嫌な予感がした。
「私、杏」
「こんな時間になんだい。今日は仕事だろ」
「うん。ちとあて。歌舞伎町の病院まで来て」
「何があた」
「電話ではちと」
「わかた。そちへ向かう」

 僕はタクシーを呼んで、歌舞伎町の病院へ向かた。タクシーの中ではなんにも考えないようにした。良くないことに決まているのは陽子と婚約した時からわかていた。
 病院は歌舞伎町一番街の電灯がきらめくゲートがさらに雑居ビルの一角に建ていた。看板が控えめにあた。
 医者に入ると、杏が僕に飛びついて来た。
「ごめんなさい潤さん。私がしかりしていなかたから」
「なにがあたんだ」
 貫禄のある女性の看護師が出てきて、「こちらへ」と。
 カーテンを開けると陽子の口には酸素マスクが付けられていた。
 医者が現れ、「銃弾は全部摘出した。ただ今夜が峠だろう」と言た。
 杏に詳しいことを聞くことにした。
「杏、何があたんだ?」
「ヤクザの親分がタートだたんだけど、護衛がいることに気づかなくて」
「それで返り討ちにあたのか」
「そう。シクでし
「ま、シクではないと言えば嘘になるが、杏が思ているより冷静だよ。いつかこんな日が来る日は婚約した時から予想していたから」
 医者が会話に入り込んで来た。
「それとクランケは妊娠しておるぞ。幸いなことに流産はしておらん」
 そちのほうがむしろ驚いた。
「はじめて聞いた」
「潤さんには内緒にしてねと言われたけど、そうだたの。姉さんも産むか悩んでいたの。殺し屋の子供なんてちんと育つか心配で」
「なんてこた」
 僕は再び陽子の横に行き、「半年後には結婚式なんだから、がんばれ」と涙ながらにつぶやいた。左手の薬指には婚約指輪がはめられていた。

 陽子と会たのは、同業の啓太が開いた合コンだた。
「姉妹が相手で妹を俺が口説きにかかているんだけど、なかなかガードが固くて」
「それで合コン」
「うん」
「なんで、俺なんだ」
「周りの同業者で食えているのてお前ぐらいしかいない」
「そこか」
「ま、他にマシなのがいなくて」
 渋谷のイタリアンで合コンをすることになた。俺は当時やと、原稿料だけで食えるようになて、まだ彼女なんて早いと思ていたが、啓太の為ならしうがないと思い、出かけていた。
 店は賑やかな雰囲気だたが落ち着いたインテリアだた。姉の陽子はメガネをしていて、長髪こそきれいだが、地味めの女性だた。きれいな形な胸をしているなと思た。妹の杏はシトカトと大きな目が活発的な印象だた。これは杏が啓太の小説に出てくるような女性だなと思た。
「それでは乾杯」と啓太が乾杯の音頭を取た。
 啓太と杏は会話が弾んでいたが、どうも陽子と僕は会話が弾まなかた。
「あのお仕事は?」
「小説家です。陽子さんは?」
「地元のスーパーでレジ打ちをしています。どんな小説を書いていらるのですか?」
「ライトノベルの推理物です」
 意外なところから会話が弾みはじめた。
「どんな趣味ですか?」
「今はやていないけどサバゲーかな」
「へ、どんな銃器がメインアームですか」
「自衛隊の20式です」
「珍しいですね。20式はちと触たことないな。どうですか使い勝手は」
「Mー4より、日本人の体格にあていて使いやすいと思います」
「サイドアームは」
「P220です」
「自衛隊好きですね」
「日本人には使いやすいと思います。米軍系のものも試したことあるけど手に大きくて」
「でも、私、日本の実戦を経験していない銃器はどうも信用できなくて。P220も今どきシングルカラムなんて。実戦ではダブルカラムの装弾数が勝負をつけると思うのです」
 俺は若干引き気味になていた。
「女性のわりに詳しいですね。で、実戦的」
 ちと陽子はあせたようになり、杏も止めにかかていた。
 杏が「姉はハードボイルドの小説が好きなんです」。
「ああ、そういうことですか」
「そうだよね、お姉ちん」
「ええ。さ、もと飲みましう」
 啓太がフローするように「そうだ、潤、飲め」
 またスパーリングワインが飲みやすいもので、気がついたら、瓶一本を一人で開けていたらしい。
 翌朝、気づくと、陽子の部屋のソフに居た。僕の部屋と違い、物が少ないシンプルな部屋だた。白で統一しているようだ。
「おはようございます」
「なんで、ここにいるの?」
「タクシー代がもたいないのでうちに連れてきちいました」
「ま、いいけど。ここどこ」
「武蔵小山です」
「ああそう」
「これから私、仕事に行くので、鍵を閉めたら、玄関のポストに入れて置いてください」
「わかりました」
 陽子が出て行くと、俺は啓太に電話をした。
「どういうことだ?」
 電話越しに杏の声が聞こえた。
「だて、面倒だたから。陽子さん構わないと言うし。杏が言うには、お前のこと気に入たらしいから、帰りに勤め先に寄てあげなよ」
「どこだ」
 電話越しに啓太が杏に聞いているのが聞こえた、そして「スーパーのライフ」と。
「わかた」
 俺は鍵を締め、スマートフンの地図を見ながらライフに向かた。
 陽子はレジを打ていた。僕はオランジーナを一本持てレジの列に並んだ。レジの番が回てくるとすぐに気づいたようで。
「高橋さん、どうしたんですか?」
「いや、ま会いたいと思て」
「そうしたら、後1時間で休憩なのでドトールで待ていてくれますか?」
「了解」
「ありがとうございました」

 僕はドトールでコーヒーをすすりながら、今後のことを考えていた。向こうがいいと言うなら、付き合てもいいかなと思いはじめていた。俺ももう28歳だし、所帯を持てもいい頃だろうし。ま、でも陽子がどう思うかわからないが。でも、とりあえず今年は年収で500万を超えたし、もうそういう時期かなと。
 一時間したら陽子が来た。
「お待たせしてすいません」
「いえいえ。どうせ自由業ですから。で、今後のことなんですが陽子さんがよければ付き合ていただけませんか」
「ええ、私もそうなるといいかなと思ていました。私ももう25歳ですし」
「僕も28歳ですし。まあ、そういうことで」

 こうして僕たちは付き合いはじめた。
 デートを数回した。デートにいつも陽子は周囲に溶け込むような地味な恰好でやてきた。これが意図してのものだとはこの時は知らなかた。三月もすると結婚を意識しはじめて、同棲を考えはじめた。
「どう、そろそろ一緒に暮らさない?」
「いいけど、条件があるの」
「なに?」
「私のうちで同棲することと、私の部屋には入らないこと」
 ま、たいして気にすることでもないし、彼女にもプライバシーはあると思ていた。
「いいよ」

 こうして同棲をしはじめた。仲はうまく行ていた。結婚資金も2つの財布ができたので、順調に貯まりはじめた。陽子がスーパーの残り物などを持てきて、節約もできた。陽子が休みの日になると昼に武蔵小山周辺でラーメンを食べて、林試の森公園を散歩するのが定番になた。デズニーランドにも行た。彼女は「私もシンデレラになりたいと」と言たのが印象的だた。
 僕の小説のヒトもあり、もと広い家に越せるぐらいになた。そのことを陽子に相談すると。
「うーん、ちと引越しは面倒なのよね」
「仕事の関係?」
「ちとね」
「ま、子供ができたら考えよう」
「うん」と元気のない声がした。
 この頃、まだまさかの陽子の部屋が武器庫だとは思ていなかた。

 陽子が殺し屋だと気づいたのは、雨の日だた。二月に一回ぐらい夜になると妹に会うと言て出かけて、深夜遅くに帰てくることがあたが、姉妹の仲がいい程度にしか思ていなかた。いつも楽器をやると言てギターケースを持ていた。そんな趣味があるのかと思たけど、あまり気にしなかた。その日は、やけに火薬の匂いをさせて帰てきて、不審に思た。
「なんか、火薬くさいんだけど」
 モデルガンを集めていた時期があたので、火薬の匂いとわかた。
「気のせいよ」
 そう言て、陽子は自室に入ていた、濡れていいたし、風呂に入れないといけないと思い、彼女の部屋を開けた。陽子は気絶していて、ロシア製の狙撃銃ドラグノフが置いてあた。サバゲーの時に見たことがあるものだ。開いていたタンスに狙撃銃や拳銃があた。
 僕はリビングに戻り、ことを冷静に考えはじめた。まさか、おもちだよなと。でも、火薬の匂いはした。彼女はスナイパー
 とりあえず、濡れた陽子の服を着替えさせてベドに入れた。熱を測ると三十九度もあた。雨の中で傘もささずにいたのだろう。
 翌朝、僕が起きる前に陽子は起き、リビングで泣いていた。僕は後ろから抱きしめた。
「別に陽子が何をしていてもいいよ。ただ、僕に話してくれよ」
「初めて話すのは、潤さんだけ。いままではばれる前に逃げて来た。私たち姉妹は殺し屋なの」
「殺し屋て言うとアサシン、暗殺者?」
「そうも言うわね。私は主に狙撃専門」
「なんでそんなことを……
「親の代からの家業なの」
「今どき、家業なんて」
「でも、小さい頃からしてきたの」
「怖かただろう」
「いや、最初の時はそうだたけど、今ではなんにも感じないわ。楽器を演奏するようなものよ」
「そんな」
「別れてもいいわよ。でも、警察にだけはつきださないでね」
「ちと、考えさせてくれ」
「そうね」
「二、三日実家に帰てくる」
「それがいいわね」
 僕は沼津にある実家に帰た。仕事をするためにMACも持ていた。仕事ができる心境でもなかたが。これも俺なりのプロ意識だろう。
「かあちん、ただいま」
「おや、ま潤どうしたんだ」
「ちと、陽子と喧嘩してね」
「ま、あの人と。そんなことないように思えたんだけどね」
 一回、実家に二人で帰てきて、一週間ほど滞在したことがあた。おふくろは陽子を気に入てくれたようだた。
「なにがあたんだい?」
「たいしたことじないよ」
「ま、ここはあんたの家だし、いいけど」
 俺が実家にいると杏からスマートフンに電話がかかてきた。
「お姉ちんから聞いたよ」
「杏もそうだたのか」
「うん。きつかたんだよ」
「啓太はどうだ」
「別れたよ」
「どうして」
「このことを話せなくて」
「そうか」
「お姉ちんと別れるの?」
「わからない」
「お願い、私たち姉妹、親もいないから」
「親からの家業じないのか?」
「小さい頃に実の親は交通事故にあて、引き取られた先がそうだたの。やらなき食べさせても学校も行かせてもらえなかたの」
「そうか」
「養父がそういう人で、今はその人からの命令でやているの。でも、これが私たち姉妹の才能でもあるの」
 俺も才能で食う商売、小説家をやているからわかる気はした。でも、本当はここでわかいけなかた。
「そうだな」
「じあ、あとは潤さんには任せる」
「ああ」
 その後、俺の決意は固また。陽子に電話をした。
「今から沼津へ来られるか?」
「明日は休みだから行けるけど」
「うちの両親に挨拶しろ」
「え!?」
「結婚しよう。君のお父さんのところにも行くよ」
「わかた」
 翌朝、陽子は実家にやてきた。おみやげは東京ばななだた。この辺のセンスのなさは天然だた。
 親父とおふくろを前にして、俺はいざとなると緊張した。
「ええと、まだ日取りとか考えていないけど、この人と結婚します」
 親父とおふくろは、喜んでくれた。
 おふくろは「できちた婚?」と言てくるから、そうじないと言た。
 親父はいざ小説家で食えなくなたら、こちに戻てきて漁師を継げばいいと言てくれた。
 陽子はそれを見て安心したらしく、「とにかく私のほうが頼りぱなしですから」などと言ていた。その晩、陽子は実家に泊まていた。
 俺の部屋に布団を敷き二枚敷き。一緒の部屋で寝た。寝ながら話した。
「問題は陽子のほうだね」
「うちは関心ないと思うわ」
「そうでもないだろ」
「だ……
「わかた」
 翌日、上京して陽子の実家に行た。浅草にあた。4階建ての雑居ビルの最上階が養父の家だた。陽子の養母は既に亡くなており、養父だけであた。一見すると下町の紳士風だが、殺し屋、何を考えているかわからない。
「陽子さんと結婚したいのですが」
「私としては反対する立場にないのですが、どこまで知ているのですか?」
「殺し屋の件ですね。もう陽子に話してもらています」
「それでも構わないのですか?」
「陽子のことを愛しましたから」
「ま、お茶を飲んでください」
 僕は出されていたお茶を飲んだ。意外な反応だたので、肩から力が落ちた。
「ただ、まだ依頼が残ていますので、結婚はその後で」
「それはいつですか?」
「一年後です。陽子かまわないか?」
 陽子も緊張の糸が途切れたようだた。
「でも、いいんですか?お父さん」
「なに、もうこんな家業はやめて構わんよ。わしもお前の結婚を見たら福島に帰て畑でも耕す」
 こうして結婚の話はまとまた。

 こうなると順序がおかしくなたが婚約指輪を贈らなければと思た。月給三月分と言ても自由業だから月給がないし。そこで考えた末、新刊の印税を全部婚約指輪に賭けた。
 陽子には、スーパーのレジ打ちから帰てきた夕食の時に渡した。
「なんか雰囲気もないけど、ごめんな。締め切りが多くて、外食もできなくて」
「ううん、そんなことない嬉しい。潤さん大好き」

 婚約には杏も啓太も喜んでくれて、久しぶりに四人で集まて、飲んだ。杏と啓太は友達同士の関係に落ち着いたようだた。
「売れ子作家はいいですな
「なに、来年はどうなるかわからない身だから今のうちに稼ぐよ」
「潤さんありがとう」
「いや」
「お姉ちん、高校時代もお付き合いなんかしたことがなくて」
「へ
「そんな恥ずかしいこと言わないで」
「ま、とりあえず二十代のうちに決められてよかたよ。俺、三十代前には結婚したいと思ていたから」

 俺は陽子の秘密を知てしまたが、いままでと態度を変えることはしなかた。陽子も生活ぶりを変えなかた。暗殺がある日は黙て出て行く。俺は結婚するとなたらお金がいくらあてもいいので、仕事を増やして稼ぐことにした。今、思えばそれは現実逃避だたかもしれない。秘密を知たけど、変わらないフリをするための。でも、陽子のほうはそうでもなかた。暗殺が終わると、やたらと僕に甘えるようになてきた。いままで一緒に暮らしていても孤独だたんだなと思た。俺はそれを受け入れた。
 俺は暗殺に陽子が出かけている時、落ち着けず、原稿を書けないのでクロスワードパズルを解きながら待ていた。でも、そんな状態でまともに思考できるはずもなくて、いつも真白なままだた。
 僕から陽子の仕事内容について聞くことはなかたが、たまに陽子が株式売買をしているのは気づいた。売りポジシンから入る銘柄を買た時はだいたい数日後、夜に出かけて行た。そして株価が下がた時に清算する。そうタートの人物の会社の株を売買していたのだ。
 そういう資金も含めて結婚の費用も大分貯また。
「新婚旅行はどこがいい?」
「私、海外行けないから」
「どうして?」
「海外の諜報機関にマークされているかもしれないから」
「大丈夫だろ」
「そうね。お父さんに相談してみる」
「だとしたら」
「ローマがいいわ」
「ローマの休日?」
「うん、私、あの映画好きなの」
「いいよ。じあイタリアにしよう」

 私は孤独だた。潤さんに会うまでは。私は暗殺者。アサシン。専門はスナイパー。狙撃手。日本では多分、十指に入る腕前だただろう。もとも、この業界に何人スナイパーがいるかわからないが。
 実の親は私が三歳の時に交通事故で亡くなた。妹の杏はまだ一歳だた。親戚はいなかたので施設に入た。そんな、私たちを引き取てくれたのが今の父、権蔵だた。私たちは権蔵の家のある、福島で暮らすことになた。そこで、行われたのは暗殺者の訓練だた。私は三歳からトイガンで訓練が始められた。杏が小学校に入た時、実銃での訓練が始また。なにしろ福岡の山奥、狩猟も行われているので、私たちの訓練など周囲にはばれることはなかた。でも、小学生の小さい体には重たい銃の反動は響いた。その上、成績が悪いと食事抜きになた。食うためにも戦わなければならなかた。
 初めて仕事をしたのは杏のほうだた。拳銃で大企業幹部を殺すことだた。サイレンサーをしたワルサーで、近づいて後ろから一発。そして、父と何気ないフリをして去ていく。そんなことを何度となくやた。
 私の初めての仕事は十歳の時だた。ヤクザの幹部を屋上からスナイプするものだた。ドラグノフは重かた。スポターは杏。でも、トリガーを引いた瞬間、命中するイメージが浮かんだ。これを父は才能と呼んだ。
 そして、杏が中学になる時、上京してきた。浅草の四階建ての雑居ビルの最上階だた。暗殺者が住むには、逃げにくく向いていないと思たが、街に紛れ込むことを優先してだと言うことだた。
 台湾まで暗殺をしに行たことがあた。狙撃銃を持ち込むために船便で行た。高校の修学旅行より思い出深い。高校は私立の偏差値も平均的なところだた。私は気配を消して過ごした。いじめとか起こされても困る身だからだ。だから、どちにもつかなかた。部活も入らなかた。もとも、誰も細身でたいして背も高くない私が狙撃手で運動万能なんて気付きもしなかただろう。
 淡い初恋もした。同じクラスで一番成績のいい子に。バレンタインにはチコレートもあげたが、数多くのチコの一枚だた。そうして、本当になんにもなく高校生活は終わた。親友の一人もできなかた。いや、一人、私を気づかてくれる子がいた。名前はもう忘れた。
「陽子さん、いつも一人ね」
「そういうわけじないんだけどね。ま、なんとなく」
「一緒に体操やらない」
「私、体弱いから」
「体弱い子がそんなに姿勢良くないて。陽子さん、転びそうになるとちんとバランスをくずさないし。体育の時、体操で気づいたの」

 高校を終わると、スーパーのライフに就職して働いた。これが昼の顔。夜の顔、殺し屋は続いた。だんだん、ミンも難しいものになり、三日間待機という時もあた。そういう時、勤め先には父が連絡してくれた。そんな働きぶりだから、レジ打ちより上に行くこともなく、会社に友達もできなかた。
 父は子供の時のように食事を抜くとかはしなくなていた。ただ、何を考えているかは相変わらずわからない人だた。元はすごい殺し屋だたというのは、組んだことのある同業者の人から聞いたことがある。ただ、心臓を悪くしていたと言う話だた。
 そうして、二十代も後半に差し掛かかろうという時、潤さんと出会た。
 潤さんとの日々は幸せだた。正直に言えば、初めて付き合た男性だた。
 妊娠を知た時は素直にうれしかた。でも、私の手は血で汚れている、何百人て言う人をこの手で葬て来た。中には家族のいる人もいただろう。私たちと同じように施設に行た子もいるだろう。そう思うと素直に幸せな家庭を作ていいかためらわれた。だから、潤さんにはこのことを話していない。

「ちと出血が厳しいの。どちらかA型で」
「私はB型です」
「僕はO型です」
「困たな」
 そこに陽子の父の権蔵が現れた。
「私がA型です」
「でも、権蔵さん、あんたは」と医者が言た。
「娘に最後にできることです。先生、お願いします」
「うむ、わかた」
「そうか、じあ輸血に付き合てくれるか」

 朝が来た、陽子のところに行くと、医者が検診していた。
「いくら婚約者と言えど、検診中にのぞくのは感心せんな」
てことは、助かたんですか」
「ああ。権蔵さんも無事だ。権蔵さんの心臓も耐えたようだ」
「ああ、よかた」
「ほら、二人だけとはいかんが、わしは外に出ていてやるよ」
「当分、入院だて」
「ま、しうがないだろ」
 権蔵さんも起きたようだ。
「無事だたようだな」
「はい、お父さんありがとうございました」
「潤くんがいたおかげだよ」
「僕はなんにもできませんでした」
「さて、俺はもう少し寝かせてもらうぞ」
「もう、仕事はやめるわ」
「妊娠しているんだてな」
「ええ。でも私が産んでいいのかしら。ずと過去の仕事の夢を見ていたの」
「忘れろ。未来を見ろ」
「それでいいの?」
「いいのさ」
「ところでこの病院、保険が効かないんだて」
「え!?」
「かと言て、まともな医者には入院できないし。結婚費用は多分なくなるわ」
「あれれ」
 四日ほどで退院して、こうなると権蔵も陽子を引退させる気になて、結婚式は急遽行うことになた。
 そんなわけで、結婚式は家族だけの小さいものになり、ダイヤの結婚指輪とは行かなくなた。教会で式をして、レストランで家族と杏、啓太と食事をした。それでも、式では陽子はうれし泣きをして、権蔵もいざ娘が離れるとなると泣いていた。
 新婚旅行もイタリアはあきらめて、沖縄にした。それでも季節は初夏だたので、値段は安く、海岸にも人はいなかた。ホテルのビーチにいるのは僕らだけだた。
 砂浜に寝そべりながら、陽子が言葉を発する。
「きれいな夕日ね。こんなリラクスした日は人生で初めてかもしれない」
 僕は読んでいたミステリーにしおりをはさんで。
「なに、これからはこういう毎日が続くのさ」
「本当、そうかしら」
「もちろんだよ。もう、裏の仕事は僕が体を張てでも止めるよ」
「ありがとう。もう、私もしないわ」
 東京に帰てきて三月ぐらいすると、そろそろお産の時期になた。僕と陽子は病院の予約をして子供を待つことになた。僕が父親か。しかりしないといけないと思たけど、陽子はどうも浮かばない表情のことが多かた。そんな時、陽子を柔らかく抱きしめた。
「いいんだよ、陽子が幸せになても」
「でも」
「あの時も話しただろ、いままでのことを忘れろと言うのも無理だろうけど、幸せになる資格まで失たわけでないんだから」
「うん」

 そうして、予定日が来て、入院した。お産は無事行き。女の子が生まれた。ここまで、気付かなかたのもどうかと思うが、子供の名前を考えていなかた。
「子供の名前はどうするの?」
「うーん、親父に頼むとロクなのつけそうにないし」
「潤さん、小説家でし。名前を付けることなんていぱいしたでし
「でも、いざ自分の子供となると悩むよ」
「じあ、薫」
「なんで?」
「潤さんの小説の中で一番好きな話のヒロインだから」
「うん、いいかもしれない。あの小説は売れて、今も人気があるし」

 子供が生まれると権蔵も来た。
「かわいいな。おじいちんですよ」と抱きながら話しかけている。
 うちの両親は跡継ぎがいないと愚痴ていたが何、二人目に期待しろと言た。
 権蔵が来た時、僕を病院の喫茶室でお茶をしようといい出した。何かあるかなと思たが、ま話してみないとわからない。
「わしも資産と言えるほどのものは持ていないが、あのビルだけは俺のものだ。あと株が少々ある。そこで生前贈与しようと思う。ま、潤くんも心配だろうから、この筋のちんとした弁護士に頼んでおいた。ま、杏と半分ずつぐらいになるようにしておいた」
「また、どうしたんですか」
「ま、わしが畳の上で死ねるとは思ていない。あの子たちには苦労ばかりかけたからな」
「心臓がよくないそうですね」
「陽子から聞いたか」
「いいえ、杏ちんからです」
「杏は苦労を抱える子だからな。これからどうするんですか」
「福島に帰て畑でも耕そうと思う」
「そうですか。一緒に暮らしてもいいと思ていたんですが」
「なに、独り身が一番だ。あの子にこれ以上、苦労はかけられん」

 お姉ちんは結婚した。狙た獲物は逃さないぜ、ロクオン!なんてね。合コンした時に潤さんに一目惚れ。しうがない。あの手のタイプに弱いのはわかていた。やさしいものね、潤さんは。啓太さんと一緒になりたかた。でも、私は姉さん以上に自分の罪を許せなかた。初めての公園での暗殺。暗殺した人は家族ですごしていた。あの時の子供がどうしているかを考えると今でも眠れない夜がある。睡眠薬なしで眠れなくなたのは高校生ぐらいの時からかしら。お父さんが気づいて、うまく薬を入手してもらていたけど。まさか、精神科医に過去の暗殺が原因でなんて話せないものね。でも、姉さんが悪いと言ているわけでないのよ。姉さんだけでも幸せになて欲しかた。私は姉さんが引退した後、父さんのスポターになた。父さんは姉さん以上の才能だたわ。ただ、心臓が悪くて、長期戦になると耐えられなかた。それでも仕事の依頼は来たわ。父さんも結局、福島に帰ても過去から足を洗えなかた。姉さんが足を洗たことで自分に罪が帰てきたと思たみたい。

 権蔵の死が訪れたのは、薫が一歳になた時だた。まさか、杏と組んで仕事を続けているとは知らなかた。陽子も同様で、てきり福島で隠居生活に入たと思ていたみたいだた。死因は狙撃でタートに見つかて、逃げる時に走ていて心臓発作を起こしたことだた。それでも、なんとか警察にばれずに歌舞伎町の病院まで運んだが、結局、助からなかた。それに杏ちんがそのことを僕らに教えてくれたのは、既に遺体を焼いて、墓に入た時だた。僕たちは福島にある権蔵の墓に行た。杏は、私たちは人並みに葬儀とかできないのと言ていた。
 杏が駅前まで車で迎えに来てくれた。福島の権蔵が住んでいた家にまず寄た。
「ここが私たちの育た家」
「すごい山奥だね」
「電気と電話はかろうじて来ているけど、光フイバーは来ていないわ」
「杏ちんはこれからどうするの?」
「何にも考えていないわ」
「もう、お父さんの呪いからは解き放たれたんだから自由に生きないと」
「そうね。でも、私は姉さんみたいにうまく行きそうもないわ」
「杏……
「あ、別に姉さんのことを批判しているわけでないわよ。ただ、潤さんみたいな人が私にはいないから」
「啓太とは」
「あの人はちと違うのよね。友達としては一生付き合うだろうけど、秘密を話して耐えられる人じないわ」
「そうか」
「だから、私はここで畑を耕して暮らすわ。姉さんのところにも収穫できたら送るから」
「それでいいの」
「うん。私、姉さんから習た株でうまく稼いで、ここで暮らすには一生分ぐらいの資産はあるから」
「それなら、それでいいいわ」
「さて、父さんのお墓に行こう」
 お墓は地元の寺にあた。山村家の墓と彫てあた。墓誌を見ると何人かの名前が刻まれていた。その中には権蔵の名もあた。
「お父さん、これからも陽子と薫を大切にして生きていきます」
「お父さん、もう私は殺しに手は染めません。殺し屋の家系の血はここで止めます」
 薫を杏が抱きながら。そう念じて、二人で手を合わせた。

 私が陽子と杏を引き取たのは四十五歳の時だたか。妻ももう四十を過ぎ子宝に恵まれず、施設に相談した。そこに二人がいた。私の代で殺し屋の家系は止めるつもりでいたから、男子はいらなかた。だから女子二人が好都合だた。妻も子供が来たことに喜んでくれた。
 ただ、周囲はゆるしてくれなかた。特に組織は。そのうち、私は心臓を悪くしていき、半ば引退を迫られた状態だた。相棒だた妻も体が弱かた。結局、妻は二人が来て半年後に亡くなた。私は働きにも出られない、この子たちを養うためにも、暗殺に手を染めないとならなかた。この子たち自身で。組織からはそれを条件に援助してもらえることになた。陽子を狙撃手にしたのは、二人を比べての結果だた。それと狙撃はギラがいいので、早くデビさせたいからだた。二人ともめきめきと腕を上げていた。多分、高校生の頃には海外の暗殺者にも負けないレベルに達していた。そして、私たちは東京に上京した。陽子は高校に行かなくてもいいと言たが、私は高校だけは出て欲しかたので、高校へは無料やり進学させた。今どき、中卒など仕事を探しても見つからない。本当は大学まで行かせたかたが、陽子はそれをせず就職した。杏も姉と同じような生き方を選んだ。そのうち、私たちへの依頼も増えてきた。
 そうして、陽子もそろそろ引退させて嫁にでも行かせたいと思ている時、潤くんが現れてくれた。
 彼には感謝している、殺し屋家業の私たちを受け入れてくれたことを。そして孫まで作てくれた。私は幸せものだ。潤君は陽子に未来をくれた。いや、陽子と杏と暮らせたことも幸せだた。せめて、人並みの子供として育てたかた。
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