てきすとぽい
X
(Twitter)
で
ログイン
X
で
シェア
第72回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・紅〉
〔
1
〕
〔
2
〕
«
〔 作品3 〕
»
〔
4
〕
ノーネーム・リレー
(
犬子蓮木
)
投稿時刻 : 2022.12.10 23:55
字数 : 2316
1
2
3
4
5
投票しない
感 想
ログインして投票
ノーネーム・リレー
犬子蓮木
強力なドラゴンと戦
っ
ていた。
僕らは魔法使いと戦士、ふたりだけのパー
テ
ィ
で、世界を支配しようとする魔王を倒すために冒険していた。
僕はひ弱な魔法使いで、相棒が屈強な戦士。僕らは酒場の会合であまりもの同士として出会い、他に誰もいなか
っ
たので、ふたりで冒険の旅に出た。
相棒が前衛で、体を張り、僕は後ろから魔法で敵を攻撃したり、相棒を回復したりするのがいつもの戦い方だ。
特に気が合うわけではない。
むしろ合わない。
職業としての組み合わせがいいだけで、それ以外はできればお互い関わりたくないと思
っ
ているそんな関係。いつもも
っ
といいメンバー
が見つか
っ
たら解散しようと話している。そんなところだけ意見が一致した。
ドラゴンは強か
っ
た。
本来ならこんなところで出会うはずがないレベルだ
っ
た。
僕らがま
っ
とうに勝てる相手ではない。
僕らだけなら逃げることを選んだだろう。
だけど、こんな森の奥深くになぜか子供がいた。正確には覚えていないけれど、そういえば昼間、村を出るときに、子供が迷子にな
っ
ている、というような声を聞いた気がする。
どうしてこんなところまで来てしま
っ
たのか、と怒りたい気もするけれど、今はそういう状況でもない。まずは生き延びるのが先決だ。
相棒が大剣で斬りかかる。
だけど大剣がつまようじにしか見えない。
ドラゴンはそれだけ大きく強靭だ
っ
た。相棒の渾身の一撃は、虫のひと差し程度の扱いで終わ
っ
た。
「だめだ、勝てない!」相棒が言
っ
た。
当たり前だ。勝てると思
っ
てたのか、この脳筋め。
「子供を拾
っ
て逃げるんだよ」僕が言
っ
た。
「そうだな、それしかないか」相棒が笑
っ
た。
よくこんな状況で笑えるものだ。
「僕がドラゴンのスピー
ドを遅くる呪文をかける。その間に子供を抱えて戻
っ
てきてくれ」
少しの間。はやくしろ。
「いや、お前がその呪文をかけて、子供を抱えてくるのもや
っ
てくれ」
「僕にあんなドラゴンに近づけ
っ
て?」
撫でられただけで死んでしまう。
「そうだな、もうひとりぐらい仲間がいればよか
っ
たけれどな」
そう言うと相棒はドラゴンの方に向か
っ
て走り出した。戦闘狂だ。
仕方がない、僕は呪文を詠唱する。杖を向け、ドラゴンのスピー
ドをいくらか気持ち程度、ゆるくした。
そして走り出す。
なれないことはするものではないが、冒険者としてそれなりに走
っ
てきたことはある。涙ながらに走
っ
て子供のところへ到達した。ないて立ちすくんでいる子供をおぶ
っ
て、ドラゴンから離れようとする。
そのとき地面を揺らす咆哮が響いだ。
「あつ
っ
!」
思わず目をつむり、そう思
っ
た。なんだろうドラゴンの鼻息かなにかか。目を開くと僕の周りが真
っ
黒に煤けて煙をあげていた。炎のブレスだ。一面を焼いたのだ。
なんで生きているんだと、脅しか? 外してくれたのか? 振り返ると、相棒が立
っ
ていた。
大剣を構えて、僕と子供の前を塞ぐようにして、焼け爛れて、立
っ
ていた。僕と子供をかば
っ
たのだ。
「はやく逃げろ
……
」
相棒が僕をかばうのはいつもどおりだ。ただ敵のレベルがいつもどおりではなか
っ
た。
回復魔法をかけても、もう意味がないことは明らかだ
っ
た。でも僕は詠唱をはじめる。
「回復魔法を
……
」
「逃げろ
っ
て言
っ
てるだろ。2回目は無理だ」
相棒がよろよろと剣をふりあげる。体はもう限界なはずだ。腕や足が今にも千切れそうだ
っ
た。持ち上げるだけでもつらいはずだ。
「俺さ、昔、助けてもら
っ
たんだよ。昔の仲間にな。そいつ、俺の身代わりにな
っ
っ
てさ。バカだと思
っ
たよ
……
。でも、憧れてたんだ。今度は俺が誰かを助けてやる
っ
て、だから行けよ」
僕は子供を背負
っ
て逃げ出した。
あいつはバカだ。
僕は泣いている。
足を必死に動かす。
転んではいけない。
ちくし
ょ
う。
か
っ
こいいじ
ゃ
ないか。
いけすかない奴だと思
っ
てたのに。
どうしても
っ
とはやく
……
。
背後で、相棒の声が聞こえた。
悲鳴ではない、最後に戦いを挑む声だ。
僕は振り返らずに走り去
っ
た。
村にたどり着いて、僕は倒れてしま
っ
た。
数日後に起き上がると子供の親から感謝された。
それから旅立とうとしたら、あの子供がや
っ
てきた。
「俺も連れてい
っ
て」
キレそうだ
っ
た。誰のせいで相棒を失
っ
たと思
っ
てるんだ。この子供さえいなければ二人で命からがら逃げることぐらいはできた。
「俺があの人の代わりになるから、戦
っ
て、おじさんを守
っ
て見せるから」子供が涙を流しながら言う。
そんな小さな体で無理だろ。体張
っ
ても、上を飛び越えてきた炎だなんだで俺がダメー
ジをくら
っ
てしまう。
「お前が大きくな
っ
て強くな
っ
たらな。それまで鍛えてろ、あんな危ないところには行かずにな」
子供が力強くうなずいた。
僕はそれを見てから旅に出る。
どこかあいつの面影を見た気がした。
20年後
勇者によ
っ
て魔王がついに倒された。
否、魔王を倒した冒険者が勇者と呼ばれるようにな
っ
た。
勇者は、ドラゴンに立ち向か
っ
た戦士でもなく、そのとき逃げ出した魔法使いでも、数年後にその魔法使いとパー
テ
ィ
を組んだ新しい戦士でもなか
っ
た。
彼らはみんなもうこの世にいない。
だけど、彼らがいなければ、勇者は、勇者になるまえに死んでいたはずだ
っ
た。
誰かを助け、助けるために命を落とし、助けられたものが前へ進み、また新しい者を助けるために散
っ
てい
っ
た。
勇者は、自分の身代わりにな
っ
て助けてくれた人の名を胸に刻み込んでいる。
勇者は、ドラゴンに立ち向か
っ
た戦士や、逃げ出した魔法使い、助けられた子供の名を知らない。
繰り返し、繰り返し。
繋が
っ
ていく。
いろいろな人間が、愛情や友情をふいにいだき、けれど伝える暇もなく、消え去
っ
た。
名前も残らない人たちの一瞬の積み重ねが今の世界を作
っ
ている。
そうして、世界はい
っ
とき平和にな
っ
た。
<了>
←
前の作品へ
次の作品へ
→
1
2
3
4
5
投票しない
感 想
ログインして投票